LINEマンガ主催のプレスセミナーから出版業界の“今”を読み解く!

LINE Corp.は11日、都内にてLINEマンガ主催のプレスセミナーを開催しました。セミナーには同社執行役員の森啓氏のほか、多数の出版業界関係者が登壇し、各テーマに沿ってそれぞれの立場から現在の出版業界の状況や今後の課題についてトークセッションが行われました。

これまで印刷物を中心としてきた出版業界にとってデジタルモバイルデバイスであるスマートフォン(スマホ)は「脅威の対象」であり、敵対する存在であるという認識が一般的でした。しかしその状況もここ数年で大きく変化し、大手の出版社や書店はデジタルデバイスとそれを使いこなす「デジタルネイティブ」の世代を上手く紙の出版物へと誘導し始めています。

出版業界がどう変化しスマホ全盛時代を生きる若いマンガ世代にアプローチしているのか、また今後どのようにアプローチしようとしているのか、今回行われたプレスセミナーの内容とともに解説したいと思います。

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LINE Corp. 執行役員 森啓氏


■出版物は減っていない?電子コミックスの読者が急増している「LINEマンガ」
「紙の出版物は減っていますが、電子出版と合わせると過去最大となっています」。セミナー冒頭で森氏はそう語りながら、スクリーンに映し出されたプレゼン資料を紹介しました。

古くはPCの一般家庭への普及に始まり、インターネットの急速な拡大や携帯電話およびPDAなどのモバイルデバイスの発展によって「電子書籍」というジャンルが生まれました。しかし電子書籍は出版業界が紙の出版物の発行部数低下や雑誌の廃刊などを恐れたことなどから専用デバイスでの流通がメインとなり、しばらくは普及の兆しを見せないマイナーな存在に留まっていました。

その流れが一気に変わったのはスマホの登場です。スマホはこれまでのどのようなモバイルデバイスよりも一般へ開かれたインターネットの世界を提供し、人々がデジタルデバイスによってマンガや書物を読むという行為への抵抗感を払拭しました。当然ながらこれに危機感を持ったのは出版業界でしたが、同時にビジネスチャンスであるとアプローチを模索していたのも事実です。

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紙の出版物が売上を落とす中、電子出版物は急速に売上を伸ばしており市場全体としては拡大している


森氏によればLINEが展開する電子コミックスコンテンツ「LINEマンガ」には現在18万点以上のマンガが掲載されており、総読者数は1,300万人以上、総閲覧回数も42万回を超えています。LINEマンガでは無料購読ができるマンガが多数あり、無料マンガの読者の39%が紙もしくは電子出版でそのマンガの続きなどを購入しているという資料も提示しました。

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スマホでのマンガの閲覧が大きく伸びている


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マンガを知るきっかけもまたスマホが書店の次に多い


LINEマンガはこれまでも前年比50%という大きな伸びで利用者を増やしており、2017年はさらに大きな伸びを予想しています。アプリマーケットにおいてもゲームアプリや映像コンテンツ関連アプリが台頭する中でランキング8位と健闘しています。

「LINEマンガの利用者は男女や世代間の差が小さく全体的に偏りが少ない。また新作・旧作という境界線なくボーダーレスで楽しまれている」と森氏は述べ、紙の書籍にはない電子書籍ならではの利用者動向がある点を指摘。この「ボーダーレス」をキーワードにその後のトークセッションへと繋げました。

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スマホがもたらした「ボーダーレス」は今後の出版業界へ大きなヒントを投げかけている


■マンガアプリがマンガの流通を変える
第1部トークセッションでは「マンガアプリサービスの登場によるマンガ流通の変化」と題し、LINEマンガ編集チーム マネージャーの村田朋良氏が司会進行を務め、トーハン コミック営業推進室 アシスタントマネージャーの川村明氏、白泉社 販売宣伝部部長の小見山康司氏が登壇しました。

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左から、川村明氏、小見山康司氏、村田朋良氏


トークセッション冒頭で小見山氏が「紙は部数減少、物流が滞る、書店が減る。業界全体が直面している課題。克服しないといけない」と紙の出版物の危機的な現状について語り、いかにして読者にコミックス(単行本)を買ってもらうのかというところで苦戦している状況を吐露。

そこで村田氏が「電子書籍で無料で読めばそのまま(電子書籍で)買えるのは当然だが、電子書籍が紙のコミックスにどう影響を与えるのか」と提起し、読者のコミックス購買動向についてグラフを提示。「ドラマやアニメは放送日翌日に売上が上がる購買動向が窺い知れますが、LINEマンガの場合同じ傾向が無料掲載の更新日当日に一部の作品において見られる。LINEマンガによって紙のコミックスが書店で動く」と述べ、「ここまで詳細なデータは当時なかなか把握できなかった」と、LINEマンガによって紙のコミックスが売れるという購買動向が実は副次効果的なものであり、LINEマンガの展開当初はそういった動向に注視していなかった点を語りました。

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電子コミックスが紙のコミックスの売上に良い影響を与えている事実にLINE側が気が付いたのは川村氏からの一報がきっかけだった


川村氏は同社が取り扱うマンガ「なみだうさぎ」の購買動向について「通常メディアで誰かが紹介しなければ動かないような売上の上昇だった」と述べ、さらに「通常であれば1巻から徐々に売上が落ちるのだが、この時は2~3巻目から売上が伸びるという謎の動きがあった」と語り、無料掲載によって読者の興味を惹き付けるという電子コミックスならではの動きの面白さに言及しました。

小見山氏もまた同社の取り扱うマンガについて「これまでもよく分からないタイミングで売り上げが上がっているマンガが複数あった。調べてみたらLINEマンガが無料掲載を始めていた」と語り、「これは販促に使えるのではと書店へLINEマンガの連載状況などを連絡するようになった。その後書店からも『LINEマンガの状況を知りたい」との要望が入るようになった」と述べ、LINEマンガが紙のコミックスの販売促進に活用され始めたことを語りました。

このLINEマンガと紙のコミックスの相乗効果はその後書店でのキャンペーンへと繋がるきっかけとなり、川村氏が「紙と電子は敵対するものではなく売り上げが上がるという事実が既に出ていたので比較的良い反応だった」と述べるように、書店側の反応もよくその販促効果も確実に上がっていたことを語りました。

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「通常の書店フェアと違い、LINEマンガのケースでは1週目2週目と期間が長期化しても売り上げが維持されやすい。とても良い取り組み(川村氏)」とも語られた


一方で小見山氏が「売れる巻数がどこから売れるのか把握しきれていないのが現在の難しさ」と語るように、LINEマンガでの掲載によって書店への在庫の問い合わせや購入の問い合わせが増加している点を述べ、紙の書籍という「モノ」を取り扱う実店舗ならではの悩みを語り、在庫管理などの面でLINEマンガとの密な連携が必要であると指摘しました。

■敵対から連携へ。出版各社の電子コミックスへの取り組み
第2部トークセッションでは各出版社の担当者が登壇し、現在のデジタルマンガ市場について、これまでのLINEマンガとの付き合いや電子書籍との関わり方の変遷などを語り合いました。

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第2部トークセッションはざっくばらんな雰囲気の中で行われた


トークセッション冒頭でメディアドゥの溝口氏はLINEマンガ4周年へ祝辞を述べると「この話(LINEマンガの企画)をLINEと始めたのが5年前。当時は夢物語だったけどこんな日が来るなんて。当時話していたのは『電子 VS 紙』だった。LINEとトーハンのトークなんてものは想像もできなかった」と語り、5年前は出版業界にとって電子書籍は敵対する存在であったことに言及。

それを裏付けるように集英社の鈴木氏も「非常に厳しい出版不況に直面している。96年に最高益、そこから約20年間にわたり1兆円も売り上げが縮小している。主たる要因は雑誌の落ち込み。雑誌はコンテンツを産む源泉。それがなくなった」と語気も荒く語り、壇上にも若干重い空気が流れる場面もありました。

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メディアドゥ 取締役 (兼) 事業開発本部長 溝口敦氏


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集英社 デジタル事業部 部長代理 鈴木基氏


その上で「雑誌がヒットポイント(集客商材)として機能しなくなった。そこにスマホが来た。スマホはヒットポイント足り得るのか(鈴木氏)」と提起すると、講談社の吉村氏が「講談社で預かっている作品は2万点。夏電書冬電書女子電書朝電書と様々にキャンペーンをやっている。そうやって押し出さないと我々は存在感を出せない。書店では講談社のコーナーを作ってもらえたが電子ではそういったものが何もない。読者も全く気にしていない。だから逆に女性にもヤンマガが売れる。そこは我々が気が付かなかった。盲点だった」と続け、ここでも電子書籍ならではの購買動向を指摘。

小学館の飯田氏も「うちも2万点近いタイトルを(電子書籍で)扱っている。『BLACK BIRD』などは完結タイトルなのによく売れる。1万~2万あるタイトルをどう表に出してどう読んでもらうのか。とにかく『掘り起こし』。そして『書き起こし』です」と、新作や旧作といった垣根なくコミックスが売れる電子書籍独特の動向を改めて語り、その上で電子書籍ならではの新作をどう売り込んでいくのかという次のステップを模索している点を述べました。

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講談社 販売局局次長 (兼) 宣伝部長 吉村浩氏


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小学館 デジタル事業部 コンテンツ営業室 副課長 (兼) マーケティング局 コミック宣伝課 (兼) 国際メディア事業局 国際事業センター 飯田剛弘氏


各社ともLINEマンガについてはそれぞれの出版社が独自で展開しているデジタルコンテンツサイトや専用アプリよりも良い反応があるとしており、とくに無料掲載による過去の作品の掘り起こしについては「LINEのプレゼンスが非常に高い。タッチポイント(読者との接点)も良い。紙の売り上げのランキングとは違うランキングが作れているのは非常に興味深い。(LINEマンガに)感謝している(鈴木氏)」、「既刊も売りたいし新刊も売りたい。新刊をフックにして既刊を読んでもらいたい。新刊既刊にこだわらずにタッチポイントを如何に増やしていくのかが重要(吉村氏)」と続けて語るなど、強い手応えを感じているようでした。

今後のデジタルマンガ戦略については、溝口氏は電子書籍取次という同社の立ち位置から「先程の『掘り起こし』というワードに関してそろそろ次のものとして『個々』を考えたい」と述べ、新たなレコメンドエンジンの開発なども示唆。これまでの機械的な「オススメ」をするレコメンドエンジンではなく、メタデータを活用し利用者の性格などにアプローチするAI型のレコメンドエンジンの必要性を指摘した上で「今日の懇親会でもメタ情報について語りつつバックヤードを整えていきたい」としました。(※このプレスセミナー終了後に業界関係者による懇親会が予定されていた)

また電子コミックスにおける新規作品について終始積極的だったのは飯田氏で、「書き起こしをデジタル上でどう広めていくか。最初は『連載中の配信はダメ』みたいな流れがあり『名探偵コナン』すら配信できないなんて時代があった。これからは紙と電子が近づきつつも違うものが出てくる10年になると思う」と、電子出版が紙の出版物とは独立した存在になる可能性も語りました。

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LINEマンガ限定配信のマンガが出始めるなど、電子コミックスの世界は大きな転機を迎えつつある


■電子コミックスは電子書籍普及の突破口になり得るか
前述のように出版業界はデジタル出版物やインターネット、そして媒体としてのケータイやスマホの普及によって紙の出版物に関しては出口の見えない不況に陥っており、この20年間ほぼ例外なくその売り上げを減少させ続けてきました。しかし「出版物」という世界を紙や電子の垣根なく見た場合、その世界はむしろ広がっている事実に気が付きます。

電子コミックスを取り扱う各出版社も「LINEマンガ」が生み出した「性別や世代、新作や旧作といったあらゆるボーダーにとらわれない出版物の売上動向」に気が付いたことで、旧来の「出版」の考え方から大きく変化してきているように思われます。

マンガという若い世代に訴求しやすい商材が、同じく若い世代が敏感に取り入れ積極的に活用しているスマホと非常に相性が良いことは必然とも言え、5年前にLINEがそこに注目しLINEマンガのサービスを開始させたことは、SNSツールとしてのLINEの拡大も含め大きな意義があったのではないでしょうか。

一方で電子コミックスの動向や普及状況はまだまだ発展途上であり、飯田氏が指摘するように電子コミックスならではの「書き起こし」や「電子コミックス限定配信」といった新たな方向性(ジャンル)が生まれる可能性は十分にあります。電子書籍という大きな枠で見た時、それはまだ紙の書籍出版の枠から独立した存在であるとは言えず、またお互いに補完する関係へと十分に醸成されているとも言い難いのが実情です。

マンガ大国でもある日本において、LINEマンガのような電子コミックス媒体がそういった電子書籍(電子出版)と紙の出版物との新たな関係を生み出し、電子書籍がそれ単体で1つのマーケットとして成立・普及し紙の書籍出版とのシナジーを生み出す原点になる日が来るかもしれません。



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