テレビの存在意義や必要性について考えてみた!

今年1月、なんとなくパソコン用にテレビチューナーを購入しました。冒頭の画像のものがそれです。ピクセラが販売しているUSB接続のスティックタイプのもので、受信のほかに簡易な録画などもできるお手軽なものですが、自宅のテレビケーブルと接続すればかなり快適にパソコンでテレビが視聴できました。パソコンで作業をしながらウィンドウ表示でテレビが見られるというのは意外と便利なものです。

今回は別にこのテレビチューナーを紹介したいわけではありません。みなさんはテレビをどのくらい視聴するでしょうか。筆者は中学生の頃までは強烈なテレビっ子で、地上波放送のアニメやバラエティ番組を放送時間まですべて覚えているほどテレビが大好きだったのですが、通学時間の長い遠方の高校に入りテレビを視聴する時間が激減したことと、自分の足で世の中を見て歩くことの面白さを覚えて以来、テレビに対するこだわりが急速に消えてしまいほとんど観なくなってしまいました。

今まで一度も自分の部屋にテレビを置いたことがないという時点で相当な偏屈人間だなぁと自分でも自覚していますが、別にテレビが嫌いなわけではないのです。そのため数年に一度(10年に一度?)程度、前述したようなパソコン用のテレビチューナーなどを購入して視聴を試してみたりするのですが、ここ数年「テレビは今の時代そこまで必須のものなのだろうか」という素朴な疑問を強く感じることが多々あるのです。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はそんなテレビにまつわる諸々をお話したいと思います。

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テレビについて思うこと、何かありますか?


■年齢別に見るテレビ利用の実態
総務省が2016年に公開した「平成28年度版 情報通信白書」によると、2012年~2015年におけるテレビのリアルタイム視聴の時間は50代~60代が圧倒的に高く、以降40代、30代、20代と年齢層が下がっていくに連れてその利用時間は減少していきます。60代では平日で平均260時間程度も視聴されているのに対し、10代に至っては平均100時間程度と顕著な差があります。また20代~40代の視聴時間も120時間~150時間程度に収まっていることが読み取れます。

このデータだけでは「単に勉強や仕事が忙しくてテレビを利用できないだけでは?」という推察も立ちますが、一方でネット(インターネット)の利用時間は若年層ほど高く、10代で100時間程度、20代では150時間程度となっており、以降年齢層が上がるほどに利用時間は減少し60代に至っては30時間少々まで落ち込みます。

つまり、忙しいからテレビを観られないのではありません。そもそもテレビに強い関心がなく、あまり依存していないのです。

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年齢層によってテレビや新聞の視聴時間とネットの利用時間が見事に逆転している(「平成28年度版 情報通信白書」より引用)


■その昔、テレビは最大のエンターテインメントデバイスだった
50代以上の人々にとって、テレビがここまで浸透しているのにも理由があります。かつてテレビ(白黒テレビ)・洗濯機・冷蔵庫の3つを「新・三種の神器」などと呼んでいた時代がありましたが、その時代やその直後に生まれたのが今の50代~60代であり、娯楽の少ない時代の中で、テレビは圧倒的なエンターテインメントデバイスでした。

その上、その世代にとって現在のインターネットは扱いづらくよく分からない世界と捉えられることも多く、情報のインタラクティブ性や共有性が重視されるネットと違い、確定した情報として流れてくる「放送」という形式は非常に手軽で疲れない、受け手としてはとても都合の良い媒体だったのです。

しかし時代は変わりました。ネットがパソコンで細々と利用されていた時代はまだテレビにもアドバンテージがありましたが、誰もがスマートフォン(スマホ)片手にいつでもどこからでもネットへアクセスし、動画やSNSなどリッチコンテンツを思うままに扱えるようになった今、一方的に発信するだけの「放送」というメディア形態の扱いづらさが際立ってきたのです。

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テレビはお手軽だ。しかし今となってはそれだけの存在だ


■「放送」という形態の限界点
筆者は執筆業を生業としていることから取材のために様々な発表会や展示会へ赴きますが、そういった場所で大手テレビ放送局のクルーと出会うことは多々あります。大きく高性能な機材を担ぎ、綿密な打ち合わせのもとにニュース映像を造っていくその姿はまさにプロのマスメディアといった様相ですが、その取材内容を横目で見ながら疑問を感じることも少なからずあります。

テレビという媒体にとって、重要なのは「何が視聴者を惹きつけるのか」です。もちろん筆者もライターの端くれとして、読者は何を求めているのか、何を知りたいのか、また自分が何を伝えたいのかといったことは常に心掛けますが、それ以前に「取材する相手が何を伝えたいのか」を最も重視して記事を書きます。

しかしテレビメディアは若干アプローチが異なります。自分たちが何を伝え、視聴者に何がウケるのかを重視するあまり、取材対象が望まない情報の書き方や、時には情報そのものを歪めて報道してしまうことがあります。

筆者自身過去に某テレビ番組へ出演したことがありますが、テレビ局側は「その内容は分かりづらい。もっと簡単に」、「こういう流れでお願いします」と少しずつ手を加えていき、結果として本来伝えたかった内容からかけ離れてしまったという経験があります。またその時お話した内容の大部分がカットされ、放送されませんでした。

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テレビメディアはどこまで真実を伝えられるのか


筆者としては、そういった「放送の仕組み」が生み出す弊害の部分や意図しない情報の偏向については仕方がない部分もあると思っています。テレビという媒体は時間軸に縛られた「放送」という形態であるために情報を一定の時間に収めなければいけませんし、情報量が少なく放送されない時間ができてしまっても大問題です。24時間とめどなく放送を行わなければいけない上に情報の新鮮さも重視しなければいけないという矛盾が番組制作スタッフに無理難題を与え、結果として歪んだ番組制作になってしまうこともやむを得ないのかもしれません。

しかしだからこそ、テレビというメディアの在り方が旧時代的すぎるとも感じるのです。今や情報は「誰かが発信するのを待つ」時代ではありません。誰もが情報発信者であり、オピニオンリーダーであり、情報共有者なのです。情報はリアルタイム性よりもアーカイブ性が重視され、情報の長さや内容も自由に選択できます。いつでもどこでも何度でも読み返すことができ、複数のソースを比較し検討し推敲し考察できる時代なのです。

そんな時代に、一度見逃したらもう見ることができない、録画予約を忘れたら有料のネット配信やディスク販売を待つしかない媒体のメリットはどれほどあるのでしょうか。それでも情報の正確性や緻密性、公平性などにアドバンテージがあるならばまだ意義も大きいですが、ニュース番組の間違いや偏向報道などが当たり前のように取り沙汰される中で、そのアドバンテージはどこまで信用に値するでしょうか。無茶な番組制作が必要不可欠となっている時点でニュースソースとして破綻してはいないでしょうか。

昨年はネット上での偏向報道や悪意的な偽情報によって人々が扇動される「フェイクニュース」が大きな話題となりましたが、そのようなネット上の不正確な情報とテレビメディアの情報の正確性に大差がなかったとしたら、人々は限られた時間の中で利用する媒体としてどちらを選択するでしょうか。

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超高密度な時間管理社会の中で人々は隙間の時間を見つけて情報を得ている。そのライフスタイルにテレビメディアはついていけていない


■テレビメディアは人々の興味関心を取り戻せるか
2017年12月に行われたGoogleの「Google Play ベスト オブ 2017」の表彰式では、ユーザー投票部門におけるアプリ大賞として「AbemaTV」が受賞を果たしました。ネット発信によるテレビメディアライクな放送番組アプリですが、大きく異なるのはアーカイブ性です。番組はリアルタイム視聴のほかにいつでも何度でも見逃し配信で視聴が可能で(有料プランへの加入が必要な番組や一部アーカイブ化されない番組もあり)、視聴者同士がコメントを寄せ合いSNSのように番組についての感想や意見を共有することができます。

こういったこれまでのテレビ放送とオンラインメディアのメリットを組み合わせたバランスの良い配信形態が大きな話題を生み人気を博した理由となったのかもしれません。

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一般のテレビ局に負けないエンターテインメントに特化した番組制作も好評の理由だろう


テレビメディアは現状の「若者のテレビ離れ」を食い止めるべく、より美しい映像表現が可能な4Kや8Kといった高品質放送に望みをかけ取り組んでいますが、「いつでも、どこでも、何度でも」という視聴者のニーズから乖離している感は否めません。そもそもエンターテインメントや情報ソースの多様化により「テレビの前に座る」という習慣のないデジタルネイティブ世代に、どのようにしてインタラクティブ性やアーカイブ性のない映像番組の魅力を伝えるのか、その回答が明確に示されていないのは致命的にも思えます。

かつてラジオ放送の地位を映像という別次元の表現技術によってテレビ放送が奪ったように、テレビ放送もまたインターネットという別次元のインタラクティブ技術を基盤とした世界によってその地位を奪われようとしているのかもしれません。その転換期の只中にあり、テレビ放送は変革できるのでしょうか。その存在が死滅するとは全く考えていませんが、しかし現在のラジオ放送程度には人々への影響力が希薄になり興味関心が薄れていく未来は十分に考えられるところまで来ている気がします。

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放送業界に復活への戦略はあるのだろうか


記事執筆:秋吉 健


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