テザリング有料化の背景や市場動向について考えてみた!

既報通り、KDDIおよび沖縄セルラー電話は2日、au向け料金プラン「カケホとデジラ」の月間高速通信量が20または30GBの「データ定額20・30」(スーパーデジラ)において現在無料キャンペーンを行っているテザリングオプション利用料を、2018年4月利用分から月額500円(税別)に改定すると発表しました。

またソフトバンクも「データ定額 20GB/30GB」、「家族データシェア 50GB/100GB」、「法人データシェアギガパック(50)/(100)」において現在無料キャンペーンを行っているものを2018年3月末にて終了とし、月額500円(税別)とすると発表していましたが、すでに紹介しているようにユーザーからの反響や要望が多かったことなどから移行猶予期間を2ヶ月分設け、実質的に無料期間を2018年5月末までとしています。

スマートフォン(スマホ)や一部のフィーチャーフォンなどを簡易的にモバイルWi-Fiルーターとして利用するテザリング通信は、広域無線通信網を内蔵しないノートパソコンやタブレット端末などを外出時にインターネットへ繋ぐ方法として非常に手軽で便利であることから、今では多くの人が利用しています。このテザリング通信の有料化(無料期間の終了)には少なからず批判的な意見も聞こえています。

KDDIやソフトバンクはなぜテザリングオプションを有料化するのでしょうか。またその影響は今後どういった流れを生むのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はテザリングオプション有料化の意味と各社の思惑、そして今後の市場動向について考えます。

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みなさんはテザリングオプションを利用したことがありますか?


■テザリングは高コストなのか?
はじめにおさらいです。そもそもテザリングオプションとは、前述のようにスマホやフィーチャーフォンなどをモバイルWi-Fiルーターのように中継機として利用するものです。例えばLTE通信を中継させる場合、「LTE基地局 ⇔(LTE通信)⇔ スマホ ⇔(Wi-Fi、有線、Bluetoothなど)⇔ タブレット」のように接続することでタブレットでのLTE通信を可能にするわけですが、素人的には「それってスマホでLTE通信してるだけだから追加料金が発生するのはおかしくないですか?」と感じてしまいます。

事実、この感想はあまり間違っていません。テザリングによって絶対的な通信量が変わるわけではなく、キャリア側に大幅な接続管理コストが発生するわけではありません。APN管理などで若干手間が増えているのは事実ですが、それはテザリングを利用しようがしまいが初期運用コストとして計上すべきであり、また1契約あたり別途月額500円(税別)の追加が必要になるほどの高コストサービスとは到底思えません。

何より、KDDIもソフトバンクも有料化対象となっている料金プランはいずれもデータ通信容量に上限のあるパックプランであり、仮にノートパソコンなどでテザリングを行い大容量ファイルのダウンロードなどに使われたとしても、基本となる料金プランが設定されている以上通信キャリア側の想定以上の大量のデータ通信が発生するとは思えないのが実状です。それでもなお追加料金を請求するというのは、やはりどこか納得行かない部分があります。

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利用上限のあるプランなのに、利用の範囲内で追加料金をする意味とは?


またこの追加料金を不自然に感じさせているもう1つの理由として、テザリングを無料としている通信キャリアが数多くあることです。移動体通信事業者(MNO)であるNTTドコモは同社の大容量データプラン「ウルトラパック」のテザリング定額料において、2018年3月末まで無料となるキャンペーンを実施していましたが、2018年4月以降も本キャンペーンを終了期限を定めずに延長することを決定しています。また仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスを行っている各社も、テザリングが利用可能なプランにおいてテザリング接続料を別途設定している様子はありません。

一方ではテザリングが無料で、一方ではテザリングに別途料金が発生するという状況は、何かと横並びな料金体系やオプションプランの設定が多く「寡占が進み市場競争が働いていない」、「談合でもしてるんじゃないか」と苦言や嫌味を呈されることすらある通信キャリアとしては少々特殊な状況とも言えます。

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NTTドコモによるテザリング無料キャンペーンの無期限延長を伝える報道発表資料


■テザリング有料化で固定回線利用へ誘導?
テザリングを有料化する理由を考えるにあたり、固定回線に少しでもユーザーを誘導したいのではないか、という推察もあります。KDDIやソフトバンクでは広域無線通信回線と光通信による固定回線をセットにした料金割引施策を実施しており、この割引をそれぞれの回線への顧客誘導や囲い込みに利用しています。

当然ながら無線回線は周波数帯域に限りのある「有限資源」であり、ユーザーはその資源を分け合う形で利用しているわけですが、急激に進むモバイル端末向けコンテンツのリッチ化や動画配信サービスの普及、そして何より若い世代を中心とした「全てをスマホで済ませる」、「スマホがあれば十分」という流れからのデータ通信容量の肥大化が、各通信キャリアの通信トラフィックの逼迫を生み出しています。

またMNO各社がそういった若者を中心としたデータ通信の利用スタイルの変化を受け、MVNOのような低価格路線に舵を取らずデータ容量単価を下げて大容量プランを用意することでユーザーニーズに答えつつ高いARPU(1契約あたりの月間平均事業収入)を維持する戦略を取ったことは、さらなるモバイルデータ通信利用を加速させトラフィックを圧迫していったことは間違いありません。

そこで、テザリングオプションを有料化することで「なんでもスマホのLTE回線で済ませる」というユーザー心理にブレーキをかけ、自宅では比較的余裕のある光固定回線からのWi-Fi接続などを利用してもらうという、いわゆる「オフロード戦略」が取られている可能性は否定できません。

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KDDIはauブランドの光回線「auひかり」をホームゲートウェイとした「au HOME」構想を進めている。スマホによるWi-Fi接続の利用もその構想の1つに入っていると考えるのが自然だ


■それぞれの思惑とデメリットの希薄化が生んだテザリング有料化の流れ
ともあれ様々な要因と理由により、現在のスマホユーザーの多くはLTE通信によって動画配信の視聴から大容量コンテンツのダウンロードまで、全てをまかなうのが当たり前と感じ始めています。無線通信に利用される周波数帯域が有限資源であることなど多くの人は考えもしません。「回線が混んでで遅いなら回線を太くすればいいじゃないか」くらいの感覚で利用しているのです。

またKDDIやソフトバンクにしても、テザリングオプションの有料化でユーザーが固定回線からのWi-Fi接続の利用を増やしてくれるならありがたい話でもあり、固定回線とのセット割引による囲い込み戦略もより効果を増し、仮にそのようにユーザーが動かなかったとしてもテザリング接続料金を毎月払ってくれるのであれば当然ながらARPUは上昇し収益となるわけで、ユーザーが他社へ逃げない限りはテザリング有料化によるデメリットがあまりない状況でもあるのです。

仮にテザリングオプションを解除されたとしても現時点で無料であることから収益的なデメリットはなく、その上でパソコン等による長時間の帯域専有や、30GBや50GBといった超大容量プランでも使い切るほどのデータ通信を行うユーザーの減少など、トラフィック的にメリットのある話となります。

つまり、テザリングオプションを有料化することのデメリットはメリットに対してかなり小さくなってきた、ということなのです。

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ソフトバンクは2017年、同社の大容量プラン「ギガモンスター」で約3割のユーザーが容量超過による速度制限を経験しているとして、さらに大容量の「ウルトラギガモンスター」を発表していた


■生活インフラとしての適切な料金施策を
モバイル関連の情報に詳しくITリテラシーも高い人であれば、「有料のテザリングオプションを契約するくらいならモバイルWi-Fiルーターを買えばいいじゃない」とか、「データ通信専用SIMと格安のSIMフリースマホを買い増したほうが便利」、「そもそもMNOを契約しなければ良い」などといった結論に至るかもしれませんが、全ての人にそういった使い方を勧めるわけにもいきません。かといって、消費者が企業の思うままに割高な料金を搾取され続けるといった状況を黙って見ているのも情報を伝える側の人間としては非常に歯痒いものがあります。

多額のコストを投じて自社で通信基地局を運営・管理しているMNO各社がその収益を確保すること自体は全く否定しません。しかし現在のMNO各社が平均6,000円前後と高いARPUを維持し、各社のグループ全体では年間数千億円から1兆円を超えるほどの経常利益を上げる中、さらなる料金の上乗せが本当に適正なものなのか少なからず疑問が残ります。

人々にとって、もはや生活上なくてはならない必須インフラとなった通信回線だけに、通信の安全やさらなる安定性の確保に期待しつつ、市場の寡占状態が生み出す競争の停滞とそれに伴う利用料金の不当な上昇がおこならないよう、今後さらに注意深く監視していく必要がありそうです。

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容量単価は確実に安くなっているが絶対値としての利用料金は年々増え続けている。ユーザーもモバイルデータ通信の利用方法を再検討する時期が来ているのかもしれない


記事執筆:秋吉 健


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