Google STADIAからクラウドゲーミングの課題と未来について考えてみた! |
米国Googleは20日(現地時間19日)、新たなクラウドゲーミングプラットフォーム「STADIA」(ステイディア)を発表しました。サービス提供地域は当初アメリカ、カナダ、イギリス、ヨーロッパが予定されており、残念ながら日本での提供は現在のところ未定となっています。
クラウドゲーミング(クラウドゲーム)とは、クラウド上にあるゲーミングサーバーでゲームを動かし、その映像のみをユーザーが所有するPCやタブレット、スマートフォン(スマホ)といったモニターデバイスへ送信し、ユーザーはその映像を見ながら、あたかもローカルなゲーム機を動かしているかのようにキーボードやゲームパッドでゲームを操作するというものです。
クラウドゲーミングの最大のメリットは端末を選ばない点です。それがPCでもスマホでも、コントローラ(ゲームパッドやキーボード)などが接続できるディスプレイ付きのデバイスであれば、なんでも良いのです。そのため、本来スマホでは到底実現できないようなハイエンドCGを用いたPCゲームが遊べたり、デバイスをまたいでシームレスにゲームの続きが遊べたりします。
まるで夢のようなゲーム環境が突然降って湧いたかのように思われがちですが、実はクラウドゲーミングという手法はそれほど珍しくはありません。過去にいくつもの企業が挑戦し、そして失敗してきたのです。なぜクラウドゲーミングは失敗してきたのでしょうか。そしてGoogleのSTADIAは成功するのでしょうか。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はクラウドゲーミングの現状や課題、そして未来のゲーミング環境について考察します。
■進化し続けるゲームコンソール「STADIA」
はじめにSTADIAの仕様や実装環境についておさらいします。STADIAは前述のようにクラウドサーバー上でゲームを動かすため、ユーザー側のデバイスはPC、タブレット、スマホなど種別を問いません(対応端末やOSの詳細は不明)。
STADIAのゲーミングサーバーの処理性能はPS4 ProやXbox One Xの約2倍となる10.7TFlops(テラフロップス)を誇り、画面解像度は最大で4K/60fps/HDRまで対応します。将来的には8K/120fpsにも対応させる予定とのことで、ハードウェアもソフトウェアもリアルタイムに更新・アップデートできるクラウドサーバーのメリットを十二分に活かした仕様です。
また原理としては「映像コンテンツ」であるメリットを活かし、YouTubeコンソールから直接ゲームを起動することができるようになっている点もGoogleらしい良UIです。起動したゲームは最短5秒でスタートでき、YouTubeの動画と同じように途中でデバイスを変更してもシームレスに遊び続けられます。
クラウドゲーミングサービスのもう1つのメリットとして、不正行為(いわゆるチート行為)に強いという点も挙げられます。
ゲームを動かすマシンがクラウド上にあり、クライアントでは映像を流すだけであるためにゲームへ直接手を加えるチート行為が難しく、仮にできたとしてもアカウントで紐付けされたクラウドサービス環境であるため、運営側が容易に不正を発見できる上、即座にアカウントの停止や凍結も行えるのです。
オンラインゲームにおけるチート行為はeスポーツのゲーム大会を中止に追い込むなど実害が出る状況となっていますが、そういった不正行為を困難にし、フェアなゲーム環境を提供できるという点は高く評価されるべきでしょう。
ユーザーが支払うコストの面でも、クラウドゲーミングには大きなメリットがあります。
ゲームハードそのものを購入したり、PC用グラフィックボードを買い足す必要がないため、映画のストリーミング配信のように月額制にしてゲームを遊び放題とすることも可能ですし、買い切り型でもゲームソフトのみを購入すれば良くなります。
STADIAの料金体系はまだ発表されていませんが、いずれの課金体系であっても家庭用ゲーム機とそのゲームソフトを購入するよりは、かなり安価にゲームを楽しめるようになるでしょう。
■人はどこまで遅延に耐えられるか
これらのメリットから、「もはや家庭用ゲーム機はいらない!」、「ゲーム機の歴史が終わる!」と考えてしまいそうですが、実際にはそう上手くは行かないようです。まず、クラウドゲーミングプラットフォームで最大の問題点とされるのが応答遅延です。
ユーザーがゲームパッドで何か操作を行った時、家庭用ゲーム機であればほぼタイムラグなく瞬時にゲームに反映され、遅延を感じることなくプレイができますが、クラウドゲーミングの場合入力された操作は一度クラウド上に送信され、そこで処理されたゲーム映像を送り返してくるという仕組みであるために、どうしても通信回線と映像圧縮(エンコード)由来の応答遅延が発生するのです。
STADIAでは極力遅延を抑える工夫がされていますが、それでも通信回線を通した応答遅延は最速でも160ms(ミリ秒)程度だと言われています。例えば一般的なゲームの場合、画面描写や入力操作は60fps(秒間60フレーム)で処理されますが、この1フレームは約16msです。つまり、STADIAでは最小でも入力から常に10フレームほど遅れて操作がゲーム画面に反映されるのです。
これがRPGやAVGであれば大きな影響はありませんが、格闘ゲームやアクションゲームでは致命的です。10フレームも遅れる格闘ゲームをまともにプレイできるでしょうか。
さらに深刻なのは、これが「最速でも」という点です。恐らく光回線による最も遅延の少ない環境での数値だと思われ、これがLTE通信環境であれば、さらに50ms~100ms程度の遅延は覚悟しなければいけません。仮に合計で250ms遅れた場合、入力から15フレーム以上も遅いのです。これはコマンド選択式のRPGを遊んでいても違和感やストレスを感じ始める遅さです。
また、この遅延は一般的なオンラインゲームに慣れている人でも厳しいかもしれません。PCなどで提供されるオンラインゲームの場合、通信回線の向こう側にいる別のプレイヤーのキャラクターなどは遅れて表示されるものの、基本的に自分が操作するキャラクターや操作に対するレスポンスはオフライン処理であり、遅延を感じることはありません。
しかしクラウドゲーミングの場合、自分のキャラクターもすべて通信回線の向こう側なので、移動や攻撃アクションなど、すべてが遅れるのです。
こういった応答遅延への対策として、GoogleではISPからのダイレクトなアクセスを提供したり、Wi-Fi接続の専用ゲームパッドを発売して遅延の少ないゲーム環境を提供しようとしていますが、人々がその応答遅延をどこまで許容できるのかは不透明です。
■高画質が売りのはずなのに低画質に……?
もう1つの懸念材料は通信速度と画質です。
STADIAは家庭用ゲーム機を遥かに超えるCGクオリティを超低コストでユーザーへ提供できることが大きくアピールされていますが、それを享受できるのは恵まれた回線環境の人のみです。
クラウドゲーミングプラットフォームは、回線への依存度で言えば映像コンテンツと何も変わりません。高画質の映画をストリーミング配信で楽しむには安定して15~20Mbps程度の通信速度を確保できる環境が必須であるように、フルHD/60fpsでゲームを遊ぼうとすると、同様の環境が必要になるのです。
これが4K/60fps環境ともなれば、安定して80~100Mbps程度が確保できる通信環境は必要になります。光回線の整備された日本ですらこの速度を安定して確保できている家庭はそれほど多くありません。
ましてやこれが日本以外の地域ともなれば状況はさらに深刻です。例えば日本の光回線普及率は2018年現在で75%を超えますが、アメリカでは約12%、フランスでは約6%、ドイツに至っては僅かに2%程度です。
STADIAの提供が予定されている国々であっても、ほとんどの地域でケーブルTV回線やADSL回線が使われており、その通信速度は実測の最大値でも10~20Mbps程度です。
このような回線状況では、4KストリーミングどころかフルHD/60fpsのクラウドゲーミングすらも安定して快適に楽しめるとは到底思えません。クラウドゲーミングだから家庭用ゲーム機を超える高画質ゲームが楽しめる、というのは、日本のような特殊な通信環境の国のみに通用する話なのです。
しかも、これらはすべて「圧縮された映像」です。通信速度(ビットレート)を抑えるために圧縮すればするほどエンコード時間は短くなり遅延も低下しますが、同時に画質も大きく低下します。
オフラインで完結した家庭用ゲーム機から出力される、全く圧縮されていない映像と比較してしまえば、どんなに高画質設定を選択しようとも絶対値としての高画質化には限界があります。
また、スマホのような環境でのゲームプレイでは、光回線からのWi-Fiルーター接続ではなく、LTE回線などが用いられることが大いに予想されますが、この場合も画質の低下は免れません。
理論値では数百Mbpsを誇るLTE回線であっても、実測では混雑や電波環境の問題から20Mbpsを下回る状況は多分に予想されるところであり、フルHD画質で楽しめるはずが文字も潰れるほど低画質でブロックノイズだらけだった、などという状況は十分あり得るでしょう。
冒頭で書いたように、過去に提供されていた数々のクラウドゲーミングサービスが上手く行かなかった理由が、これらの応答遅延や画質の悪さ、品質の良い通信環境の整備をユーザーに強いる難しさだったのです。
例えば2018年にニンテンドースイッチで発売された「PSO2クラウド」は、STADIAのようなクラウドゲーミング環境でゲームを動作させるもので、その画質はHD(1280×720ドット)に制限されていましたが、それでも通信環境に対する要求は高く、「画質が酷い」、「映像がカクカクしてゲームにならない」といった声が少なからず聞かれました。
当然ながら安定した通信環境さえ整備してしまえば十分に快適なゲーム環境は整いますが、その整備をユーザーに任せるという点がネックなのです。日本では一般的なオンラインゲームですら応答遅延の大きなモバイルWi-Fiルーターなどで済ませてしまう人が少なくありませんが(こちらの記事参照)、通信環境に対する認識や意識は、日本以外の地域であってもあまり変わらないのではないでしょうか。
さらにクラウドサーバーの容量的な問題として、多数のプレイヤーが同時にアクセスした場合にゲームの処理が追いつくのか、回線の混雑は起こらないのか、といった不安もあります。
何十万というプレイヤーがサーバーに同時アクセスしても問題なくゲームができる環境を整えられるのも、Googleという超巨大企業であるからこそと言えますが、AAAタイトルのサービス開始直後や大型パッチ適用直後など、アクセスが集中するタイミングではゲーム自体が遊べなくなったり、別のゲームを遊んでいる人にまで悪影響を及ぼす可能性は十分に考えられます。
これがMMORPGのようなオンラインゲームであれば諦めもつきますが、本来オフライン環境で1人で遊ぶようなゲームであった場合、たまたま他社の大作ゲームの発売日であったためにサーバーエラーや混雑に巻き込まれてしまった、といった状況が起きたとしたら目も当てられません。
オンラインゲームプレイヤーなら、接続過多によるログインエラー画面は見慣れたものだろう(画像はファイナルファンタジー14/Copyright (C) 2010 - 2019 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.)
このほか、クラウドゲーミングではゲームソフト(ゲームアプリ)を権利的な意味で「所有」できないという点にも注意が必要です。
ゲームベンダーやプラットフォーマーの都合による配信停止やアカウントの停止などによって、攻略中のゲームが突然遊べなくなる危険があるからです。
こういったストリーミング配信コンテンツにおける権利的な問題については、また次回のコラムにて触れたいと思います。
■STADIAが目指すべき未来とは
ここまで書いてきたように、筆者は現時点でのSTADIAについて非常に厳しい評価をしていますが、STADIAが見せてくれる未来のゲーム体験は、ゲーム機そのものの進化というよりも通信環境の進化にこそ突破点があるように思います。
現在のLTE環境では厳しい応答遅延も、5G環境であれば光回線並みを実現できます。タブレット端末などは今後ディスプレイ品質が4Kや8Kへと進化していくことが十分予想されますが、そういった環境でも5Gの超高速・超低遅延通信があれば、ディスプレイ品質に見合った素晴らしい映像のゲーム体験が可能になるかもしれません。
絶対値として残り続けるサーバー自体での応答遅延(エンコード時間など)についても、ボードゲームやシミュレーションゲームなど、ゲームジャンルを選べば十分に楽しめる範囲です。アクションゲームであっても1人用であれば許容範囲かもしれません。何より、どこでも同じゲームが楽しめるという点にこそメリットがあると考えます。
ちなみに、「どこでも、どんなデバイスからも同じゲームを遊べる」というゲーム体験を、すでにサービスとして提供しているゲーム機はあります。PS4です。
「PS4 Remote Play」では、クラウドサーバーの代わりに自宅のPS4本体を母艦として、別のPCやスマホからPS4のゲームを遊べます。簡易的なクラウドゲーミングに近い環境が簡単に構築できるため、STADIAに興味がありPS4をお持ちの方は、クラウドゲーミング環境というものがどういったゲーム体験であるのか、試してみるのも良いでしょう。
STADIAのサービス地域に日本が入っていない点は、言語のローカライズが面倒である点やユーザースケールによるビジネスとしての課題もあったかと思われますが、日本では家庭用ゲーム機やスマホ向けゲームを快適に遊べるミドルクラス以上のスマホの普及率が高く、STADIAのサービスが強みを発揮できない環境もあったのではないかと考えます。
一般的にクラウドゲーミングサービスは、高価な家庭用ゲーム機やゲーミングPCを購入できない環境でも同じゲームが遊べるという点が最大のメリットとされており、そういったゲーム環境の整っている日本ではメリットが削がれてしまうのです。
とくに日本のゲームプレイヤーはゲームに対する評価が厳しく、画質やゲームバランスへの注文が多いことでも有名です。クラウドゲーミングはそういった部分でも日本のゲーム風土と相性があまり良くないのかもしれません。
また、VRゲームのようなマシンパワーを要求される世界にこそ、クラウドゲーミングサービスは適しているとも考えられます。
VRゲームと言えばPS4 ProとPSVRを思い浮かべますが、あのシステムでもVRゲームの環境としては下限であり、十分に快適な環境が提供されているとは言えません。しかしクラウドゲーミングサービスであれば家庭用ゲーム機を遥かに上回る映像品質でVR体験が可能であり、しかもその性能は時代とソフトウェアに合わせて随時更新可能なのです。
応答遅延による3D酔いなどが課題だと思われますが、環境次第では自宅にいながらハリウッド映画並みの3D映像体験すら可能にする技術でもあるだけに、その技術的発展性は非常に大きいと感じます。
自他ともに認めるコアゲーマーの筆者だけに、STADIAが発表会で見せてくれた可能性やその技術への感動は決して小さくありません。むしろゲームというジャンルにとらわれない、壮大なインターネットコンテンツサービスの未来すら予感させてくれます。
それだけに、旧態依然とした現実の課題が大きく横たわったままである点が気になるのです。
人々は娯楽として、楽しさを求めてゲームをします。そのゲームのために不満を募らせたり、ストレスを感じる環境であることはとても不幸なことです。ぜひともこの技術を発展させ、「家庭用ゲーム機なんていらない!」と胸を張って言えるようなゲーミング体験ができるようになることを心から願っています。
記事執筆:秋吉 健
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