スマホの販売価格に対する割引上限規制について考えてみた!

皆さんは、今お使いのスマートフォン(スマホ)をいつ買い替えたか覚えているでしょうか。1年前? 2年前? ……いや、もっと以前かも知れません。スマホを買い換えるきっかけは人それぞれですが、いざ買いに行こうと思うと、やはり気になるのは価格です。欲しい機種なら多少高くても買う人、安ければ何でもよい人、機種を選ぶ基準もまたさまざまです。

前回のコラムでは、主に総務省による携帯電話料金の長期契約解約時の違約金について考察してみましたが、記事が冗長になることも考慮し、敢えて携帯電話端末の割引上限(値引上限)を最大2万円とする改正案についてはあまり触れない内容としました。しかし、これも私たち消費者にとっては通信料金に並ぶ切実な問題です。

携帯電話端末の中でも特にスマホの端末代金については、総務省による改正案以前に、世界的な中国企業排斥の動きや国産スマホ絶滅の危機など、様々な方面の問題が複雑に絡み合っています。そこで今回の「Arcaic Singularity」では、スマホ代金の割引上限規制を中心に、今後の市場への影響について考察します。

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ファーウェイショックと総務省の改正案は日本のスマホ市場にどんな影響を与えるのか


■スマホ販売に悪影響を及ぼす可能性がある割引上限規制
はじめに、日本におけるスマホの出荷台数などを見てみましょう。JEITA(日本電子情報技術産業協会)の統計資料によれば、2018年度の国内ベンダーによる携帯電話全体の国内出荷台数は約1452万台で前年比82.6%、そのうちスマホは約962万台で前年比81.1%となっており、2017年から大きく減少していることが分かります。

一方、IDCによる海外ベンダーも含めた国内出荷台数の統計によれば、携帯電話全体の国内出荷台数は約3433万台で前年比100.4%、そのうちスマホは約3377万台で前年比100.7%です。つまり、市場全体では国内ベンダーのシェアがそのまま海外ベンダーに奪われているという実態が見えていきます。

出荷台数がそのまま販売台数に結びつくわけではありませんが、市場動向を知るには十分なデータでしょう。

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相変わらず日本ではApple(iPhone)のシェアが非常に大きい


スマホ市場も飽和して久しい昨今、未だに毎年1000万台近いスマホが出荷され人々が買っている(買い替えている)という実態に驚くばかりですが、それが可能となっているのも通信キャリアによる割引施策や各種キャンペーンによるところが大きいのは間違いありません。

そして今回、総務省が提示した端末代金の割引上限を2万円とする改正案は、その買い替え需要に水を差す可能性が大いにあります。

5月には端末代金と通信料金の完全分離が法制化され、通信料金を原資とした大幅な割引が不可能となった今、純粋な企業努力による割引にまで上限を設ける意味はあるのでしょうか。単純な不当廉売については独占禁止法などですでに規制されている上、公正取引委員会なども常に監視している現状、さらなる規制を設ける理由が不明瞭です。

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不当廉売は健全な市場競争を阻害する大きな要因である


そもそも携帯電話端末の大幅な割引が商習慣化したのは、ここ数年の話ではありません。歴史を紐解けば1994年に携帯電話の普及を狙って施行された「自動車・携帯電話買取制度」にまで遡ることができます。

以来現在に至るまでの25年間、通信事業者と販売代理店は通信料金を原資とした端末価格の割引を行い続けてきましたが、その間に不当廉売として注意や警告を受けたケースは確かに数件あり、不当なインセンティブの廃止や0円販売の禁止などを経て現在の販売形態へと至りました。

その上でさらに割引上限規制が入ることは、政府が現状の販売形態も容認していないという証拠ではありますが、規制までの議論の短さなど、結論までの性急さと短絡性が見え隠れします。

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料金分離によって増えた端末代金を企業努力の範囲内で割引くことは「悪」なのか


■規制によって割を食う国内ベンダー
この規制によって最大の打撃を被ることになるのは通信キャリアではありません。端末ベンダーです。端末代金と通信料金が分離された上に割引上限も最大2万円までとなれば、高性能なハイエンド端末の店頭価格は8万円や10万円といった金額になります。

いくら通信料金が下がり、2年や3年使い続けた場合に端末代金と通信料金のトータルでは安くなると言われても、これまで実質4~5万円で販売されていたような端末が、突然8万円や10万円だと言われて躊躇しない人は少ないでしょう。

そのため端末ベンダーはハイエンド端末を作りにくくなります。ましてや市場には2~3万円で必要十分な性能の海外ベンダー製端末がずらりと揃っており、日常利用においてはオーバースペックとも言える高額なハイエンド端末を購入するメリットや目的が年々希薄化しています。

ハイエンド端末を作り続けるメリットには、企業の開発力を維持し端末のコモディティ化による利益の消耗戦を防ぐといった点がありますが、この割引上限規制はそのテクノロジー企業の大原則すら失う可能性を大いに含んだ危うい状況にあるのです。

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ソニーの2018年度決算。モバイル・コミュニケーション部門の大幅な赤字が目立つが、今回の規制によってこの数字の改善はさらに厳しくなったと言えよう


では、海外ベンダーにとっては今回の規制が追い風となるのかと言われれば、それもまた一筋縄ではいかない様相なのが2019年のスマホ事情です。

過去に本コラムでも取り上げた、米中の貿易摩擦に端を発するファーウェイ製端末の販売禁止や各種通信関連団体からの相次ぐ除名は、それ以前に行われていたZTEの排除と併せ、欧米経済圏からの「締め出し」に近いものです。

日本ではここ数年SIMフリースマホ市場を中心にファーウェイやZTE、OPPOといった中国ベンダー製スマホが人気を博し、そのシェアを大きく伸ばしつつありましたが、一連の騒動によってすっかり熱が冷え、SIMフリースマホブームすら沈静化してしまったのではないかという印象すらあります。

中国ベンダー製スマホは、エントリークラスやミッドレンジでは圧倒的な低価格で、さらにハイエンドやミドルハイにあたる端末も比較的安価であることがシェアを伸ばした大きな要因でしたが、同様の価格帯と性能を実現できる日本ベンダーはどこにもありません。

中国ベンダーを排除すれば国内ベンダーが潤うというような単純な話ではなく、中国ベンダーがなくなれば単に選択肢がなくなるだけのことなのです。

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OPPO製スマホ「OPPO R17 Neo」。2018年末において、先進的な画面内指紋認証機能を搭載し、負荷の高い3Dゲームでも快適に動作する性能のミッドレンジ端末が4万円以下というのは衝撃の一言だった


同じ価格帯なのに今使っている端末よりも低性能なものへ、人々が機種変更するでしょうか。もしくは同等の性能でも1万円や2万円も高くなるとして、それを人々は問題ないと納得するでしょうか。結局「今の端末のままでいいや」と、機種変更する期間が延びるだけかも知れません。

これまでの端末販売が不当廉売であったにしろなかったにしろ、海外ベンダーによって低価格・高品質なスマホが提供され人々に認知されて久しい現在のスマホ市場において、日本ベンダーがその勢いを取り戻す可能性はとても低いのではないかと筆者は考えるのです。

さらに、通信料金とのセットプランによる割引の恩恵が受けられず、割引額の上限にまで厳しい制限が付けられた今、こういった価格的不利を覆すにはベンダーが卸価格を下げるしか方法がありません。当然それはベンダーの利益率を直撃します。しかしそれでも価格を下げるしか生き残る道はないのです。

そうなれば、体力のないベンダーや利益を大幅に削られたベンダーは市場撤退を余儀なくされるでしょう。

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ソニー製最新スマホ「Xperia Ace」。揶揄するつもりはないが、旧態依然としたデザインや画面サイズ、そして上記のOPPO R17 Neoよりも低い基本性能で価格は1万円近く高い


■そしてスマホ市場は縮小する
総務省は料金分離化や割引上限規制を進める中で、中古携帯電話端末市場の活性化も大きな課題としていました。料金の完全分離によって端末販売価格が上昇することは明らかであり、その受け皿として安価な中古スマホを使ってもらおうという考えです。

しかし、スマホというのはそう簡単に中古端末を選べるものではありません。普段から人々が肌身離さず持ち歩き、常に握りしめ、使用感が強く残るデバイスです。他人の使った端末を使うことへの抵抗感に加え、大丈夫だと分かっていても個人情報や端末情報の消去状況などに不安を持つ人も少なくありません。

また中古端末を売っている店舗が非常に少なく、しかもNTTドコモやauといった大手移動体通信事業者(MNO)が取り扱っていないことも人々が選択肢としづらい理由となっています。大手MNOであってもSIMフリーの中古スマホを購入し持ち込み契約することが可能ですが、それを知らない人や「難しそうだ」という先入観から躊躇している人々は数多くいるでしょう。

そもそも、中古市場というのは新品販売の市場があってこそ成り立つ市場です。新品市場での端末販売が落ち込む中で、中古市場が活性化するはずもありません。仮に活性化したとしても一時的であり、中古市場から端末が少なくなれば販売価格は高騰し、結果的に人々は「とても高い新品を選ぶか、高い中古を選ぶか」の選択肢しかなくなります。

つまり、高い新品市場の代替として中古市場を選択させるという手法は論理的に破綻しているのです。

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仮想移動体通信事業者(MVNO)のmineoは中古端末販売サイト「ムスビー」と提携し中古端末の販売も行っているが、こういった中古販売が可能なのも新品端末が売れればこそだ


これらのことから、2019年以降のスマホ市場は非常に厳しい時代に突入すると言わざるを得ません。

奇しくもこれからようやく第5世代通信システム「5G」が始まろうとしている中、スマホ市場はその本格サービス開始の頃に冷え切っている可能性すらあります。5G対応の新品端末はいずれも高額で販売は伸びず、中古端末は当然ながら対応していない。そんな状況はほぼ確実に起こると予想しています。

端末が売れなければ5Gサービスが普及するわけもなく、5Gを先導し世界に遅れを取るまいと邁進する大手MNOにしてみれば、最悪のタイミングでの法改正や規制となることは間違いありません。

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政府が推進してきた5Gインフラの整備と普及が政府の指導によって阻害される可能性があるのは皮肉の極みだ


四半世紀にわたり、不当廉売や抱き合わせ販売など独占禁止法スレスレの手法で販売され続けてきた携帯電話端末ですが、裏を返せばその企業努力があったおかげで世界でも稀に見る急速な普及と端末の進化が進んだのは、紛れもない事実です。

3Gや4Gといった通信世代の携帯電話端末が1円や0円でバラ撒かれた結果が、あのガラパゴスケータイの隆盛やその後のスマホへの急速な転換の成功に繋がったと言い切っても良いでしょう。

総務省による今回の規制は通信市場や端末市場の寡占を懸念した結果ですが、皮肉なことに市場の停滞と端末ベンダーの市場撤退を促進させかねない事態となっています。

正当な割引価格を設定した結果なのだから仕方がない、市場競争原理なのだから仕方がないと片付けるには、あまりにも官製主導すぎる気もします。また、その規制の根拠が弱いことも改正案を支持しきれない理由の1つです。

通信業界やスマホ市場に官製不況がやってきた、などと言われる未来は考えたくないものです。

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新型スマホが高嶺の花になる世界は見たくない


記事執筆:秋吉 健


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