公共や個人の安全とプライバシーについて考えてみた!

すでに1年半以上も昔になってしまいますが、このコラムの連載が始まって間もない頃、筆者はIoT技術と監視社会のあり方について考察したことがあります。その中で鉄道車両内における痴漢行為を例に挙げ、人々を防犯カメラによって撮影・録画することによる犯罪抑止効果と個人のプライバシー問題について述べました。

18日と19日に都内にて開催されたソフトバンクの法人向け商談イベント「SoftBank World 2019」では、まさに上記のような鉄道車両内での防犯対策に利用できる、MOYAI製の防犯カメラ機能付きLEDライト「IoTube」(アイ・オー・チューブ)が展示されました。本製品は5月31日より東急電鉄で試験導入が開始されており、今後も引き続き採用を進めていく方針とのことで、試験導入は概ね成功だったと見られます。

恐らく賛否両論真っ二つに割れるであろう鉄道車両内の防犯カメラ設置について、筆者は賛成派です。果たして人々は防犯の名のもとに監視されて良いのか、またプライバシーはどう守られるべきなのか、そして防犯カメラの情報は悪用されないのか。様々な不安や問題が付きまといます。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回は鉄道車両内の防犯カメラ設置の是非を中心に、今一度監視社会のあり方について考察します。

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IoTと管(Tube)、そして動画配信サイトのYouTubeを彷彿とさせるネーミングはなかなか秀逸だ


■鉄道版ドライブレコーダーとして期待される「IoTube」
まずはIoTubeのスペックや導入状況などを見てみましょう。

IoTubeは動画撮影機能を有したLEDライトで、Wi-Fiやソフトバンクの4G LTE回線を用いたデータ通信機能も備えています。撮影された動画は本体内に一旦記録され、必要に応じて各種データ通信を用いて外部へと送信される仕組みです。

展示会の担当スタッフによれば、LEDライト部の規格や発熱処理などの関係からカメラ機能部を外付けすることができず、一体型として開発したとのことで、1本の価格は15~16万円ほど(発注ロット次第で変動)。撮影画素数200万画素、視野角160度のカメラによる撮影範囲は意外と広く、1車両内であれば、4本で車両内をすべて撮影可能としています。

カメラ部分はオプションでほかのIoT機器とも変更可能な設計となっていますが、現在はまだカメラ以外の機能を付けた製品の発売は未定とのこと。赤外線センサーや温度センサーなどへ換装することで、カメラによる監視が難しいプライバシーに配慮しなければいけない場所への設置にも対応できるようになっています。

給電用端子(口金)はG13とGX16t-5の2種類に対応しており、一般的な30Wの直管蛍光灯と互換性があるため、設置の手間が掛からないのが最大の特徴です。

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カメラ部は90度のチルト機能を備えており、ある程度撮影範囲を変更できる


ソフトバンクは、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催までに同製品の需要のピークが来ると予測しており、同大会開催時期までに5万本の生産を予定しているとのことで、その多くが鉄道会社への納入になるだろうと話しています。

用法や用途は自動車向けのドライブレコーダーと似ており、犯罪抑止や犯罪発生時の証拠確認のための装置です。将来的には同製品へさまざまなIoTセンサーを搭載し、そこで得られたデータをビッグデータとして集積・分析を行い、スマートシティの実現や新たなサービスの創出へと繋げたいともしています。

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テレビメディアでの報道事例も展示されていた


■鉄道車両内防犯カメラの設置に賛成?反対?
そもそも、鉄道車両内に防犯カメラを設置するという発想はそれほど珍しいものではありません。むしろ現在の主流となる考え方です。

JR東日本も2018年7月に「鉄道車両内におけるさらなるセキュリティ向上について」として、山手線E235系や今後新たに製造するすべての旅客車両へ防犯カメラを設定していくと発表しており、鉄道車両内での防犯カメラ設置は業界として今後必須化していくものと思われます。

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防犯カメラ常設化の流れは想像以上に速い


ともすればプライバシーの侵害や撮影画像自体が犯罪行為に利用されるリスクもある中、それでも鉄道各社が防犯カメラ設置へと大きく舵を取り始めた背景には、防犯カメラ設置によるメリットとデメリットのバランスがあります。

メリットは前述したように、犯罪の抑止と犯罪発生時の証拠確認としての利用です。防犯カメラに限らず、人は誰かが見ている前で犯罪行為に及ぶことは稀です。「見られている」という意識自体が犯罪抑止効果となるからです。

当然ながら、すべての犯罪をそれで防げるわけではありませんが、痴漢行為やスリ、置き引き行為といった軽犯罪ほど効果は高いと考えられます。

またJRのように「防犯カメラ作動中」のステッカーを掲出するといった行為も大いに有効です。「監視しているぞ」という警告や意思表示そのものが大きな抑止力となるからです。

例えば自動車でも、ドライブレコーダーを設置しただけではほとんど抑止力になりませんが、車両の後方などに「ドライブレコーダー録画中」などのステッカーを貼ることで、危険な煽り運転を大きく抑止できることはよく知られています。

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人は意外と小心者。それを逆手に取った防犯対策はとても有効だ


一方、防犯カメラの設置に反対する人々の主張としては、プライバシーの侵害や防犯カメラで撮影された情報の悪用などを懸念する声が多くあります。

確かにプライバシーに関しては、自宅の部屋や企業のオフィス、トイレや大衆浴場などに設置されていたならば大きな問題となるでしょう。しかし、個人のプライバシーよりも公衆・公共の安全が優先されるような場所ではどうでしょうか。

例えば公園に防犯カメラを設置することに反対する人が少ないように、鉄道車両内も公共性の高い場所として、個人のプライバシーよりも優先されるべきであると考えたからこそ、鉄道各社が防犯カメラの設置へ動き始めたのです。

防犯カメラの情報の悪用に関しても、すでに設置・運用されて永い公園やビルなどの防犯カメラ情報の悪用が問題となったことがほとんどないことから、現状では必要以上にリスクとして大きく考える段階にはないと筆者は考えます。

重要なのは設置場所の選択と設定によるゾーニングです。そもそも人の目につく場所(駅や道路、公園など)であれば、防犯カメラを設置したとしても衆人環視の概念が人から「人とカメラ」に拡大するのみであって、事象は大きく変化しませんが、これを公衆トイレに設置したら大問題です。

他人の目に触れない場所(触れては困る場所)や機密性の高い場所への設置は、今後も厳格に制限していくことが重要でしょう。

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人に見られて困るようなものや情報は、そもそも公共性の高い場所で出さないことも大切だ


■防犯カメラが守るものは「人」である
2018年11月に「ニュースサイトしらべぇ」が行ったアンケート調査によれば、「電車にも監視カメラを設置するべきだ」という設問に対し、男性は50.5%、女性は59.1%の人が賛成としています。しかし逆に言えば、約半数の人が反対しているという証拠でもあり、一般の意見としては真っ二つといったところです。

ただし年代別に見ていくと、若年層ほど監視カメラの設置に否定的で、高齢になるほど賛成意見が増えていく傾向があります。

ニュースサイトしらべぇでは「防犯カメラの設置だけで根本的な解決には繋がらないと感じ、そこまで期待していないのかもしれない」とまとめていますが、筆者は若年層が鉄道車両ない犯罪の多さやその冤罪発生率の高さ、そして冤罪だった場合の証明の難しさなどをあまり理解していないからではないか、とも考えます。

一度でも鉄道車両内で痴漢にあったり、冤罪を受けるような危機的状況を見聞きしたことがあれば、防犯カメラが存在しないリスクと存在するリスクのどちらを取るべきか、判断の基準も変わってくるのではないでしょうか。

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防犯カメラ(監視カメラ)は是か非か(「ニュースサイトしらべぇ」より引用)


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社会経験や判断材料の豊富な世代ほど、公共と個人の安全の両立を求める声が大きくなるのは当然かもしれない(「ニュースサイトしらべぇ」より引用)


防犯カメラの設置は、一見すると個人の権利を侵害する行為であるように考えられがちですが、犯罪の防止だけではなく、冤罪の防止という側面があることを考えると、むしろ個人の権利を守るための手段でもあることに気が付きます。

これが東京や大阪のような大都市圏以外の場所の、比較的余裕を持って利用できる鉄道運用地域であれば、防犯カメラの必要性は低くなるかもしれません。

しかし大都市圏を走る超満員の通勤電車を利用したことのある人であれば、あの状況でプライバシーを論じる無意味さと、「どうせ満員で見えやしない」、「密着しているのだから仕方がない」という犯罪心理からの痴漢行為などが頻発する理由も理解できるところでしょう。

テクノロジーの進化によって、人々の生活は大きく変わりました。同じように、公共の防犯対策も変わるべき時期に来ているのだと考えます。自動車向けのドライブレコーダーやGPSトラッカーが登場した時も、プライバシーの侵害への懸念は議論されましたが、結局公共と個人の安全、そして身の潔白の証明のために人々に受け入れられました。

数年後には、日本中のすべての鉄道車両に防犯カメラが設置されている未来が来ていてもおかしくはありません。

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テクノロジーは、常に正しい使い方を模索していかなければならない


記事執筆:秋吉 健


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