香川県の条例案問題からゲームと子どもの関わり方について考えてみた!

香川県議会は1月20日、子どもたちのネット依存やゲーム依存を防ぐ目的で、コンピューターゲーム(ゲーム)の利用時間を1日60分までとするルールなどを遵守させるよう、保護者に努力義務を課す「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」の素案をまとめました。

このニュースはすでに多くのメディアで伝えられており、みなさんもよく知るところかと思います。当初はスマートフォン(スマホ)利用やインターネット(ネット)依存も含めた対策として「スマホの利用を60分までとする」という内容でしたが、反響の大きさやさまざまな意見が寄せられた結果、20日に「ゲームの利用は1日60分、スマホ利用は義務教育終了前(中学生)までが午後9時まで、それ以外の子ども(高校生以上18歳未満)は午後10時まで」とする形に修正されたものです。条例は4月1日の施行を目指しています。

2018年、WHOによってゲーム依存症(またはゲーム症/ゲーム障害)が疾病として採用されたことをきっかけに、日本国内でもゲームをどのように取り扱うのかについて大きな議論が度々起きていますが、今回の香川県の条例は非常に極端な例だと言えます。世論や多くのメディアの反応は「やりすぎだ」、「時代に逆行している」といった意見が多いように見受けられますが、この条例の何が問題であり、ゲーム依存症とどのように向き合うのが適切なのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は香川県の条例案を中心に、ゲーム依存症との向き合い方や子どもたちにとってゲームがどのようなものであるべきかを考察します。

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ゲームは1日1時間!と言われたら……みなさんはどうしますか?


■極端な制限を盛り込んでしまった条例案
まずは条例案の概要です。条例案では子どものネットおよびゲームの利用について、県や国、学校・教育機関、そして保護者への責務を掲げていますが、その多くは子どもの健全な成長を支援し、ゲーム依存を起こさせないための理念や概要となっているものの、一部の条項が問題とされました。

その問題があるとされた条項は、第11条と第18条です。

子どものゲームやスマホ利用に関する条項は第18条で、前述したようにゲームの利用時間は60分まで、中学生までのスマホ利用は午後9時まで、高校生以上18歳未満のスマホ利用は午後10時までに制限するという、非常に厳しい内容です。

この制限は飽くまでも「ルールを遵守させるよう努めなければならない」とする努力義務にあたるもので、法的な拘束力や罰則はありませんが、家庭内だけではなく学校などの教育機関においても条例を基本とした教育が行われるようになることを考慮すると、完全に無視し続けることは難しいでしょう。

そして第11条では、「インターネットを利用して情報を閲覧(視聴含む。)に供する事業又はコンピュータゲームのソフトウェアの開発、製造、提供などの事業を行う者」を対象に、「県民がネット・ゲーム依存症に陥らないために必要な対策を実施するものとする」と、より強い表現で明言されています。

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「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)(素案)」より第18条を抜粋


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「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)(素案)」より第11条を抜粋


いずれも、広くゲームを普及させ子どもたちの活躍の場としていこうという時代的な流れから大きく後退した内容となっており、最初に条例案を読んだときは「どうしてこうなった」と疑問符ばかりが浮かびました。

■ゲーム依存症は、県単位で対策を行うべき障害なのか
そもそも、ゲーム依存症とは一体何でしょうか。WHOが2018年6月18日に公表した 国際疾病分類・第11版(ICD-11)によれば、

1. ゲームをすることに対する制御の障害(例:開始、頻度、強度、持続時間、終了、状況)
2. ゲームに没頭することへの優先順位が高まり、他の生活上の利益や日常の活動よりもゲームをすることが優先される
3. 否定的な(マイナスの)結果が生じているにもかかわらず、ゲームの使用が持続、またはエスカレートする

このようになっており、物質使用症(障害)や嗜癖行動症(障害)、また衝動制御症の1つとして新たに追加されたものです。

しかし、その症状については「ゲーム症(障害)は、デジタルゲームやビデオゲームの活動に携わる人のほんの一部にしか影響しない」ともしており、ゲームを遊ぶ大多数のユーザーに当てはめて考えるべきものではないことも言及されています。

少々話が脱線しますが、香川県と言えばうどんが有名です。県をあげて特産品や名物としてのアピールを大々的に行っていますが、一方で高脂血症の罹患率や糖尿病による死亡率が全国ワーストレベルであることでも有名です。

もし病理的な理由を根拠とするなら、「うどん県を自称するほどうどんを過剰摂取していることと糖尿病による死亡率には因果関係が十分考えられるため、うどんは1日1玉に制限。関連事業者はその提供にあたり必要な対策を実施するものとし、家庭においても努力義務とする」と指定しているようなものです。

うどんに起因すると思われる糖尿病とその死亡率は、ゲーム依存症よりも余程重篤な状況にあると思われますが、そのために今回の条例案のような厳しい規制が課せられている様子は見られません。

少なくとも、長年に渡り重大な疾病を抱え有効な改善策も打てないままに、「うどん県」などと調子の良いことを言って県外にアピールできるほど余裕のある状況ではないはずです。

さらに言えば、ゲーム依存症においては統計的な根拠にも乏しい点が挙げられます。WHOでも「ほんの一部」としているように症例はレアケースであり、香川県が際立ってゲーム依存症率が高いとか、全国単位でもゲームプレイヤー全体に占めるゲーム依存症患者の割合が大きく問題視されるような状況にあるとは思えません。

県内すべての家庭に制限への努力義務を課すことは過剰介入のようにも感じられ、場合によっては人権侵害やプライバシーの侵害にも抵触するかもしれない問題となっています。

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糖尿病ネットワーク」より、糖尿病による死亡率を抜粋。香川県は糖尿病による死亡率がワースト3となっている


「糖尿病対策が甘いのだからゲーム依存症にも甘くしろ」と言いたいのではありません。本条例案では子どもの健全な成長を守るための意識づくりや環境づくりについても多くの条項が設けられ、その理念が旨とする部分は一定の理解ができます。

しかし、その「対策」としての手法もしくは手順が極端すぎる上に、思考停止に近い後ろ向きな案である点が問題だと考えるところです。

一部の子どもがゲーム依存に陥る「可能性がある」からと、全ての家庭にその使い方や時間制限まで課すのは過剰ではないでしょうか。また、その制限を行うため、ゲーム開発企業や販売店に十分な対策を求めるというのも、県単位で行うべき事柄ではありません。

例えば、香川県内で販売されるゲームソフト(ゲームアプリ)に対し、「18歳未満で、なおかつ香川県民の場合、ゲームの起動時間を1時間に制限し、さらに午後9時以降は起動できないように制限する仕様を入れる」といった面倒を、ゲームメーカーは快く行うでしょうか。

こういったゲームシステムへの変更や追加修正はバグの原因にもなりやすく、また時間制限到達時のゲーム終了プロセスをどうするのかといった多くの問題が追加されるため、ゲーム開発者が非常に嫌うところです。となれば、ゲームメーカーや小売店が取る、簡便でバグの起こりにくい対策は2つです。

・ゲーム起動時に18歳未満の香川県民かどうかを尋ねる設問を置き、該当する場合はゲームを終了する(ゲームをプレイさせない)
・香川県内でゲームを販売しない

その後に起こり得る状況はさまざまに想定することができます。例えば香川県内ではeスポーツ大会が行われなくなったり(もしくは成人限定になる)、家電量販店などでのゲーム販売の緊縮化が行われたりするかもしれません。

香川県がゲーム依存症の対策として「制限」という安易な方法を取ったように、ゲームデベロッパーやサプライヤーもまた、安易な方法を取ろうとするのは当然の流れです。むしろ利益を追い求める「企業」であればこそ、そこに大きなコストは掛けず、またできる限りリスクも回避するのが企業としての基本戦略です。

■必要なのは「前向きな議論」である
少し視点を変えてみましょう。例えばeスポーツの世界では、日本は景品表示法や風俗営業法、さらに刑法賭博罪といったさまざまな法的制限があり、その普及が海外よりも遅れている点が以前より指摘されていました。

そのような中で行われた議論は、eスポーツを禁止したり賞金額を少額のまま制限し続けるといった後ろ向きな現状維持ではなく、ゲームメーカーが主体となってeスポーツ団体を設立し、「どうすればeスポーツを一般に認めてもらい、成長させていけるのか」といった、前向きな議論でした。

その結果、eスポーツ運営団体と個人がプロ契約を行い、賞金を「労働の報酬」として受け取るプロゲーマー制度が生まれ、法に抵触することなく高額賞金を出せる素地が誕生したのです。

同様にゲーム依存症に対しても、ごく一部の症例を根拠にすべての県民のプライバシーを制限するのではなく、ゲーム依存にならないための教育(リテラシー教育)へのアプローチにとどめ、その分野をさらに強化していくことが、最も適切で前向きな方策ではないでしょうか。

また、こういったゲーム依存症対策へのアプローチを県単位で行っても、上記のように県内のゲーム市場の萎縮を生むだけであり、根本的な対策となりません。行うべきは国単位での取り組みであり、また安易な制限でもありません。

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先日行われた「東京eスポーツフェスタ」の様子。大会には子どもたちも参加し、eスポーツを健全なスポーツ・エンターテイメントの1つとして楽しんでいた


そしてもう1つ、筆者がこの条例に無意味さを感じているのは「罰則がない」という点です。仮に現在の素案のまま施行されたとして、罰則のない条例にどの程度効果があるでしょうか。

おそらく教育機関や県の指導では条例を遵守していくものと思われますが、家庭内でどのように効力を生み出すのでしょうか。「ゲームは1時間だよ!」と親に怒られ、しかし罰則も何もない条例で突き放された子どもが行うことは容易に想像できます。親にも学校にも見つからない場所でゲームを遊ぶことです。

親が子どもと一緒になってゲームを遊び、満足してから勉強や家庭内の手伝いに励むのと、学校や家庭内で厳しく制限され、親や大人の目を盗むようにしてゲームを遊ぶことを覚えるのと、どちらが子どもにとって良いのでしょうか。

重要なのはゲームを遊ばせないことではなく、正しい遊び方を教えることや、親子のコミュニケーションではないでしょうか。

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ゲームは楽しい。楽しいことを「するな」と言われれば、もっと遊びたくなる。それは人の本能に近い


■ゲームを制限された子どもは勉強をするのか
今回の香川県の条例案騒動を追いかけているとき、筆者の脳裏に浮かんだのは「自身の少年時代」でした。

30年以上前に起こったファミコンブームの際にもゲームは社会現象として大きく報じられ、その規制論があちこちで噴出しました。ゲームは頭を悪くする、ゲームは非行に繋がると言われ、学校やPTAによって槍玉に上げられ、ゲームを遊ぶことそのものを禁止した家庭も少なからずありました。

そういった家の子どもたちは、ゲームを遊ばなかったでしょうか。いいえ、制限されない家に行って遊んでいました。携帯ゲーム機が発売されれば公園などに集まって隠れるようにして遊び、ゲームセンターで格闘ゲームブームが起これば、皆ゲームセンターに集まって遊んだのです。

しかし、そんな子どもたちが現在のゲーム文化を生み出し、隆盛の時代を築きました。当時隠れてゲームを遊んでいたような少年たちの大半は、純粋にゲームを趣味や娯楽として楽しむ「普通の大人」に育ちました。

今ではゲーム文化もクールジャパンなどと政府によって持ち上げられ、2016年に開催されたリオ・オリンピックの閉会式では、安倍総理がマリオの帽子を被って土管から登場するパフォーマンスも披露され、世界中から喝采を浴びました。

もしあの時代にゲームを悪として断罪し、制限や禁止への施策を行っていたならば、このような世界に誇る文化は絶対に生まれなかったでしょう。

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ゲームは世界中の人々が認める日本の重要な産業となった


ゲームを規制したら、子どもは勉強を率先してやるようになるのでしょうか。「遊び」を制限することで、子どもは健全に育つのでしょうか。これは筆者の実体験であり贖罪でもありますが、ゲームを制限しても子どもは勉強をしません。別の娯楽に逃げるだけです。

そんな筆者が紛いなりにも勉強を楽しんでいた時期がありました。それは「勉強はゲームだ」と教えてくれた塾講師が居たからです。数学の問題はパズルゲームであり、国語は思考力とディベート力を鍛えるアドベンチャーゲームのようでした。お仕着せの退屈な問題を解くのではなく、クイズゲームを解いていく感覚で勉強をすると面白い、ということを教えてくれたのです。

仕事やスポーツでも同じではないでしょうか。仕事ができる人は、他人(他社)との競争に勝つために何ができるのか、儲けるためにどんなアイデアを出せるのか、というゲームをしている感覚だとよく言います。スポーツ選手はまさに「ゲームを楽しんでいる」からこそ強くなれるのです。

その意味では、世界はすべてゲームによって成り立っているとも言えます。子どもたちが遊ぶゲームは、その大人たちが行っているゲームの土台となるかもしれません。2020年度から小中学校で必修化されるプログラミング教育でも、その学習方法にゲームを利用しています。まずは子どもたちに楽しんでもらい、興味を持ってもらうためです。

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小学生が大人顔負けのプログラミングと電子工作を披露する。それは「つまらない勉強」ではなく「ゲーム」だからこそ熱中し、驚くような速度で知識と技術を吸収した結果だ。彼らが未来のエンジニアとなるかもしれない


■ゲームを文化として育てていくために
ゲーム依存症はたしかに存在します。その対策が必要なことも間違いないでしょう。しかし、香川県の条例案はアプローチが悪すぎるように感じられます。

重要なのは規制し制限することではありません。ゲームを勉強や仕事にどう役立てるのかを積極的に考えていくことです。ゲーム依存症は、その流れの中で自然と解消・軽減されていくようにも感じられます。

香川県では現在、条例案に対するパブリックコメントを実施しています。パブリックコメントを提出できるのは、香川県内に住所を持つ人と、第11条に該当するゲーム事業者など限られた人のみですが、条例に対する意見を伝えられる数少ないチャンスでもあります。

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案についてパブリック・コメント(意見公募)を実施します

ゲームとは一体何でしょうか。ゲームは悪者なのでしょうか。かつてのファミコンブームから現在まで、恐らくその答えを明確に出せた人はいません。だからこそ、これからも根気よく議論し続ける必要があるのです。

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ゲームを悪者ではなく、文化としていくための議論を


記事執筆:秋吉 健


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