eスポーツとダイバーシティについて考えてみた!

みなさんは「eスポーツ」と聞いてどんなものを想像するでしょうか。「ただのゲーム大会だろ」と思う人もいるでしょうし、「新しいスポーツとして育てていきたい」と未来を語る人もいるでしょう。しかし、eスポーツを「社会の多様性を支える場」や「新たな雇用の場」として考えたことがある人はどの程度いるでしょうか。

今年1月、東京ビッグサイトで「東京eスポーツフェスタ」というeスポーツの祭典が開催されました。モンスターストライク(モンスト)やパズル&ドラゴンズ(パズドラ)、太鼓の達人など、おなじみのゲームによるトーナメント大会が開催されたほか、eスポーツ関連企業によるブース出展なども行われる中、「eスポーツにおけるダイバーシティの可能性」と題されたステージトークも行われました。

eスポーツとダイバーシティ(多様性)。今までこの組み合わせでeスポーツを考えたことがある一般人はなかなかいないのではないかと思います。しかし、eスポーツは“真の意味”でダイバーシティへの福音となる可能性を大いに秘めた分野なのです。

今年はオリンピックイヤーでもあり、東京オリンピックと並んで東京パラリンピックも開催されます。スポーツにおけるダイバーシティの素晴らしさがクローズアップされる中、eスポーツが示すべきダイバーシティの姿とはどういったものなのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はeスポーツとダイバーシティ、そして「パラeスポーツ」という在り方について、その意義や未来を考察します。

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eスポーツが持つ「真の可能性」とは何か


■eスポーツにしかできない「多様性」のかたち
eスポーツというと、未だに多くの人が「ただゲームを遊んでいるだけだろう」と考えがちです。しかし、実態はそれほど単純ではありません。

確かにプレイヤー自身は、真剣さやトレーニングの有無を抜きにすれば「ただゲームを遊んでいるだけ」とも言えますが、その周辺環境は遊んでいるわけではありません。プロプレイヤーは勝利して賞金を稼ぐ必要があり、そのためにはチームを組んで緻密なトレーニングを行い、日々戦術を磨きます。

もちろんチームを組むには資金が必要です。企業をスポンサーにすべく営業活動もしなければいけませんし、宣伝も重要です。使用する機材も調達しなければいけません。時にはスポンサー契約の内容が勝敗を分けることもあります。

これらの組織構造や活動内容は、野球やサッカー、テニスなどのプロスポーツ競技とほぼ同じです。野球選手が「野球を遊んでいるだけ」とは言われないのに、ゲームの場合は言われてしまう。そこに、eスポーツのプロスポーツとしての歴史の浅さや認知度の低さを強く感じます。

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東京eスポーツフェスタでのモンスト大会の観戦の様子。そこに他のスポーツとの差異はほぼない


一方で、eスポーツには他のスポーツではなかなか見かけない珍しい光景があります。例えば、手足に障害を持つ人が、障害を持たない人と対等に戦う姿です。まさか、と思うかもしれませんが、片手がなくてもパズドラは遊べるからです。下半身不随であっても太鼓の達人は遊べるのです。

これがeスポーツの特徴でもあり、eスポーツにおけるダイバーシティの可能性そのものです。すべての人に等しくスポーツの価値を謳うオリンピックですら、健常者によるオリンピックと身体障害者によるパラリンピックを分けていますが、eスポーツの世界では分ける必要がありません。ゲームをプレイできるなら、誰もが対等なのです。

もちろんプロとして、第一線で活躍できるかどうかはプレイヤーの資質や障害の度合いにもよるでしょう。しかし、今回のステージトークでは「パラeスポーツプレイヤー」として安井達哉氏が登壇し、プロ資格を取るべく各大会に出場していることが紹介されました。

ハンディキャップの有無によって大会を分けるという手段もあると思いますが、それをしなくても良いスポーツというものが存在しても良いのではないでしょうか。

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下半身に障害を持ち車椅子で移動している、BASE所属パラeスポーツプレイヤーの安井達哉氏。現在は鉄拳7、レインボーシックス シージ、コール オブ デューティなどで活躍中


■デジタルスポーツだからこそ可能な雇用形態
また、デジタルスポーツであるeスポーツならではの雇用形態や練習方法があることも、ダイバーシティへの大きな可能性です。

一般的なスポーツであれば、練習のために競技場へ赴く必要がありますが、eスポーツの多くはオンライン対戦に対応しており、自宅や病院などにいても練習などが可能です(レギュレーション次第では大会への出場も可能)。

つまり、場所を選ばずどこにいても参加可能である点が、ダイバーシティへの許容力の高さなのです。ステージトークでは病院内の中から大会への参加を行う様子なども紹介されました。

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ゲームはいつでもどこでもできる。だからこそ可能性がある


ここで重要なのは、「健常者と対等な条件で大会に参加できる」ことだけではありません。普段から思うように動くことができず、病院の外にも出られない人々が、院外の人々と対等な交流を持ち、自分たちにもできるのだという自信を与えたことです。

現在の日本社会には、体の不自由な人々がその活動によって自信を得られる機会があまりありません。そういった機会やきっかけを、eスポーツは与えられるのです。

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たとえ体の自由が効かない筋ジストロフィー患者であっても、eスポーツであれば対等に戦える


また、雇用でもeスポーツは障害を持つ人々の福音となります。練習や大会への参加がオンラインで可能であるということは、そのサポート活動やトレーナーとしての活動もまたオンラインで可能だということです。

一般的な仕事の場合、自宅から出られない障害者などには、簡単なリモートワークや事務程度しか業務を与えられません。しかしeスポーツビジネスであれば、プロプレイヤーになる以外にも、コーチやトレーナー、マネージャーとしての活動を行ったり、宣伝活動を行うことができます。

また、昨今何かと取り上げられることの多いゲーム依存症問題についても、eスポーツプレイヤーとしての立場から適切な環境指導などを行えるアドバイザーとしての活動も期待できます。

新しい分野だからこそ、過去の常識にとらわれない雇用形態が考えられるのです。

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BASEによる障害者雇用の経緯。新たな雇用創出という面での社会貢献度は非常に大きい


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ゼネラルパートナーズが行ったアンケート結果。精神障害や発達障害の場合、幅広い対応力や応用力を求められる職業では能力を発揮しづらいが、1つのことに集中し特化する能力を求められるゲームの世界では大きなメリットとなる


■日本社会のダイバーシティを支えられる存在へ
eスポーツの世界は、まだまだ始まったばかりです。現在日本に存在するeスポーツ団体への批判や課題も少なからず散見されます。しかし、だからといってeスポーツ自体を否定することは、もはやナンセンスです。

eスポーツが持つべき役割は、単なる「ゲーム大会」ではありません。身体的・精神的な障害を持つ人々も対等且つ平等な立場で参加できる雇用の場として、これから大きく育てていくべき「市場」です。他の業界や市場が障害者雇用の在り方を未だに確立できないからこそ、eスポーツビジネスには可能性があるのです。

クラレが2019年7月に公開した「小学6年生の『将来就きたい職業』」によれば、男の子のなりたい職業の1位が「スポーツ選手」であり、その内訳の4位にはeスポーツがランクインしました。「バカなことを考えてないで勉強しなさい」と言いたくなる大人もいるかも知れませんが、子どもたちにとって憧れの職業として見られるようになったことは大きな前進です。

そこからさらに、「体が不自由でもできる仕事」や「発達障害であっても能力を発揮できる仕事」としても認知が広がれば、ますます嬉しいことです。

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現在の日本における華々しいプロスポーツ文化は、かつての子どもたちの夢によって支えられてきた


子どもたちの未来の選択肢を増やすことは、日本の社会の未来を育てることと同義です。ダイバーシティやバリアフリーを実現する社会の一翼として、eスポーツが存在する未来を期待したいところです。

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なぜダイバーシティなのか。なぜeスポーツなのか。今こそ真剣に考えるときだ


記事執筆:秋吉 健


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