デジタル・ネイティブやデジタル・ディバイドについて考えてみた!

筆者はファミコンやPCエンジンといった古いゲームが大好きで、今でも時々秋葉原に行ってはレトロゲームショップに立ち寄りファミコンのゲームソフトなどを買い漁っているのですが、そんなある日のお話。

いつものように某レトロゲームショップに行くと、そこには6~7歳くらいの欧米系の男の子。外国人観光客が秋葉原で買い物をすることは珍しくありませんが、小さな子どもがレトロゲームショップに来ることはあまりないので「どのゲームも初めて見るものばかりだろうな」と微笑ましく思っていたところ、その男の子が懐かしいブラウン管テレビに映されていたファミコンのデモプレイを見つけ、不意に画面に表示されていた「START」の文字に指を置いたのです。

男の子はゲームが始まらないこと確認すると残念そうに離れていきましたが、その様子を見ていた筆者は「これが今のデジタル・ネイティブの反応なのか!」と小さくない感動を覚えてしまいました。

生まれた時からスマートフォン(スマホ)やタブレットに慣れ親しむ世代にとって「画面に触って反応するかどうかを確かめる」という行為は当たり前の行動ですが、筆者のようなオジサン世代にはとても興味深い反応に感じます。恐らくこの“違和感とも違う想像外のものを見た異質さ”こそがデジタル・ディバイド(もしくはITリテラシー格差)というものの本質なのだろうと感じた次第です。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はそんなデジタル・ネイティブとデジタル・ディバイドについて、つらつらと書き綴ってみたいと思います。

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