5Gについて日本の各MNOの取り組みなどをまとめてみた!

いよいよ「5G(第5世代移動通信システム)」の世界が近づいてきました。NTTドコモは20日、都内本社にて「ドコモ5Gプレサービス ローンチセレモニー」を開催し、同日より始まった「ラグビーワールドカップ2019」で5Gのプレサービスをアピールしたほか、日本各地の支社を5G網で繋ぎ、ライブ映像で中継しながらセレモニーイベントを進めました。

NTTドコモのみならず、KDDIやソフトバンク、そして10月より移動体通信事業者(MNO)としてサービスを開始する楽天など、MNO各社は急ピッチで5Gの本格サービス開始への準備を進めています。

KDDIは新サービス発表会で「au INLIMITED WORLD」を掲げ、高品質な4Gと先進の5G技術を組み合わせながら、MNO各社の中では最も多い基地局を整備していくことを宣言しています。

またソフトバンクは8月より中国で開催されているプロバスケットボール大会「FIBAバスケットボール ワールドカップ2019」の事前強化試合「バスケットボール日本代表国際試合 International Basketball Games 2019」に合わせて「さいたまスーパーアリーナ」にて5Gプレサービスを行いました。

TVなどのメディアでもその名前をよく見かけるようになり、一般にも認知度が向上してきたように思える5Gですが、果たしてその未来は順風満帆なのでしょうか。また5Gによって私たちの生活はどのように変わるのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はMNO各社による現在までの5Gに関する情報を総まとめするとともに、5Gのメリットや用途、現状の課題などについて考察します。

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迫る5G。私たちにできる「準備」とは何だろうか


■見えてきた各社の5G戦略
まずは各社の5G戦略のおさらいです。5G戦略で最も積極的にコンシューマサービスやアドバタイズを行っているのはNTTドコモです。

5Gが持つ高速大容量性は4Kや8Kといった超高画質映像の配信に有利な特性であり、一般に訴求しやすく分かりやすい活用例でもあることから、同社はかなり早期から5G通信による動画配信テストなどを公開してきました。

とくにサッカーやラグビーといったスポーツを題材とし、4Kパネルを3枚組み合わせた「12K映像配信」などが5Gでは可能であることを強くアピールするパブリックビューイングなどの実証実験も多く行っています。

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まるでスタジアムを巨大な窓から眺めているような錯覚を覚える12K映像配信


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自社でラグビーチームを擁するNTTドコモだからこそ、スポーツ振興への5G活用にはとくに力を入れている


またエリア展開では、現行の4G(LTE)をさらに発展させた「eLTE」(enhanced LTE)を5G網とシームレスに接続させることで、1Gbpsを超えるような超高速通信網を早期に展開し、本格サービス開始直後のエリア展開への不安を払拭する戦略を取っています。

かつてNTTドコモは、3Gサービス「FOMA」の展開においてエリアカバー率や端末ラインナップの悪さから、他社に大きく出遅れた経験があります。5Gにおける複数アプローチによるエリアカバー戦略には、そういった苦い教訓が活きているものと思われます。

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KDDIは堅実にエリア展開の早さと安定した高速通信網の早期整備、そして5Gを使ったユーザー体験をアピール。2020年3月までに他社を圧倒する4万2000局を超える5G基地局の整備を予定しており、スタートダッシュの早さを強調しています。

NTTドコモがFOMA展開で躓いた頃、KDDIは従来の2G(CDMA)方式と後方互換性を持たせた通信方式を採用したことで、スムーズなエリア展開を行い大きくユーザーを伸ばした経験があります。NTTドコモが今回それに習ったように、同社もまた自社の成功体験を引き継ぐようにして同様の戦略を取っています。

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KDDIにとって、5Gは「天下」を取る絶好のチャンスでもある


同社はこれを「ハイブリッドネットワーク」として5G展開計画に組み込むことで、「5Gではないから新しいサービスが体験できない」といった不満をユーザーに抱かせない巧みなサービス戦略を取ろうとしています。

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3Gでのスタートダッシュの成功体験がKDDIを突き動かす


一方、独特の動きを見せているのがソフトバンクです。エリア展開や4G網とのシームレスな接続戦略、そして高速大容量を活かした動画配信サービスといった点では他社とあまり変わらないものの、ロボット分野やIoT分野など、ビジネスソリューションへの5G活用のアピールが非常に多いのが特徴です。

同社が注力するものとして、例えば自動運転車が挙げられます。自動運転車は常に外部と通信を行い、カメラやGPSからの情報だけではなく信号機の情報や交通情報も利用しながら総合的な判断を行い走行します。当然ながら自動車の運転ではできる限り素早い状況把握と判断が必要であり、低遅延性を特徴とする5G網は強力なソリューションとなるのです。

5Gに限らず、ソフトバンクはB2BやB2B2Cといったビジネスソリューションを強みとする企業でもあり、5Gはそのための武器であるという印象を強く感じます。

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通信網を新しい技術やサービスの「部品」として扱うことに長けているのがソフトバンクだ


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コンシューマ向けのエンターテインメントサービスでの活用も大きな戦略の柱であることは変わりない


■4Gの延長としての5G
5Gとその通信網を利用したサービスについて語る際、はじめに理解しておかなければいけないことが1つあります。それは「劇的なサービスやコンテンツが5Gの登場とともに突然始まることはない」という点です。

例えば3Gでは、音楽配信サービスがキラーコンテンツとして持て囃されました。高速通信を活かしたダウンロード配信は「着うた」文化を開花させ、人々の意識を「音楽はCDで聴くもの」という常識から「音楽はダウンロードして聴くもの」へと変化させました。

4Gではさらに通信が高速化され、スマートフォン(スマホ)の爆発的な普及とも重なり「動画はPCで観るもの」という常識を「動画はスマホで観るもの」へと変化させました。

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セルラー網の進化はコンテンツの進化でもあった


では、5Gではどのような変化が起こるのでしょうか。実はMNO各社でさえ明確なキラーコンテンツを提示しきれていないのが実状です。

現在各社が盛んにアピールする高精細な映像配信は、主にイベント会場や駅などの施設での映像配信サービスを主軸としているものが多く、ユーザーがスマホで視聴するようなシーンはあまり想定していません。いくらスマホの大型化が進んだとは言え、6~6.5インチ程度のディスプレイに4K映像を配信しても、その高精細さはあまり活かされないからです。

むしろ、無駄とも言える大容量通信による消費電力の増大がバッテリー消費を早め、スマホの利用時間を短くしてしまうデメリットのほうが大きくなる可能性があります。

また、街角やスタジアムの外に設けられたエキシビジョンディスプレイなどへの高精細映像配信のために5Gが利用されたとしても、それを観覧している一般客には、それが5Gによる配信なのか有線なのかは判断が付きません。5Gのメリットはビジネスソリューションとしては大きな利点を得やすい一方、末端の消費者に分かりづらいものが非常に多いのです。

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巨大ディスプレイへの超高精細な12K映像の5G配信技術は新時代を感じさせるのに十分なインパクトだが、その通信部分が無線なのか有線なのかを観覧者が見分ける術はない


そのほかに強くアピールしているものでは、VRコンテンツやクラウドゲーミングとの親和性がありますが、こちらはそもそも需要の少ないところからの掘り起こしであったり、超えるべき課題を多く持つサービスであるなど、通信網以前の問題が多く残ります。

例えばクラウドゲーミングでは、5Gの低遅延性を活かしていつでもどこでも最新のゲームがそのまま遊べるというのが大きな売りですが、それだけの安定した5G網の構築にはまだ数年かかる点や、基本無料ゲーム全盛時代の今、月額課金(サブスクリプション)モデルによる定額制ゲーム配信がどこまで浸透するのかといった懸念もあります。

少なくとも、音楽や動画ほどの客層と客数を掴めない可能性は十分にあるでしょう。

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クラウドゲーミングは有力な5Gコンテンツではあるが、人々はそこまで外出先でゲームに熱中するだろうか、という根本的な問題が横たわる


このように考えていくと、コンシューマ市場における5Gは、4Gで享受できたコンテンツをより高品質に楽しむためのインフラといった印象が強く、5Gによって何か全く新しいことが行えるようになる、という雰囲気はあまりありません。

3Gで音楽配信が当たり前になり、4Gで映像配信が当たり前になったことから、5Gでも何かが当たり前になるのかと考えがちですが、人々が持ち歩く終端デバイスがスマホであり続ける限り、人々の常識を変えてしまうようなキラーコンテンツは登場しないのではないかとすら考えてしまうのです。

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5Gでは確かに4Kや8K映像を楽しむことができる。しかしその端末がスマホではあまり意味がない


■5GはB2Bソリューションである
一方、5Gをビジネスの視点で考えると、一気にその利用価値の高さに気付かされます。

前述した巨大ディスプレイへの12K映像配信などは、観覧者にとってはその配信回線が5Gであろうと光回線であろうとどちらでも良いことですが、事業主にとっては大きな違いです。そもそも有線を敷設することができない場所やイベントの特設会場への掲示など、5G回線でなければ不可能な事業や状況は数多く考えられます。

また低遅延性を活かした遠隔操作技術もコンシューマではVRやクラウドゲーミング程度しか収益化の望めるコンテンツがありませんが、ビジネスであれば遠隔会議から工事現場のリモート作業、店舗での遠隔対応、医療現場での遠隔施術など、こちらもありとあらゆる用途が想定できます。

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医療現場や工事現場など、無線環境から高精細映像を確認しつつ遅延の少ない遠隔操作を行いたいという要望は多数存在している


5Gは、一度に多数の機器を接続して利用しなければいけないIoTセンサー機器との親和性も高く、自動車間通信などに代表される「V2X」(vehicle to X)も、超低遅延・超大容量・超多接続のすべての要素が必要になるサービスとして挙げることができます。

エンターテインメント分野では単なる「4Gの上位互換」的にしか扱えなかった5Gも、ビジネス分野では世界を一変させるほどの可能性を内包しています。各種遠隔操作は少子高齢化に伴う人材不足を補う救世主とも呼ばれ、5G網に繋がれたIoT機器とAIを駆使した管理・監視システムは、社会基盤の安定化や交通インフラの効率化に大きく貢献することは間違いありません。

また5Gは電波特性的に移動体通信にあまり向いておらず、定点(もしくは不規則な移動を伴わない環境)での高効率な無線通信環境の構築にこそ適した技術です。

例えば仮設の工事現場に高度なCADマシンを設置することは、物理的にもコスト的にもセキュリティ的にも困難ですが、そこに5Gを利用できるタブレットPCが1台あれば、クラウドコンピューティングによって計算されたCADデータを、安全かつ低コストで利用することが可能なのです。

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どんなに高度な3D処理であってもクラウドコンピューティングでは映像として端末へ配信するため、現場に高価なハイエンドPCやワークステーションは不要になる


■5G時代の生き方を考えておこう
そもそも5Gとは、厳密には3Gや4Gのような通信規格の世代を指すだけの言葉ではありません。

総務省による「新世代モバイル通信システム委員会」のまとめた資料によれば、5Gとは「様々な周波数帯、様々な無線技術から構成されるヘテロジニアス・ネットワークとなる」ものであり、LTE(4G)やWi-Fiといった無線通信技術(規格)も含めてシームレスに繋ぐ、マルチレイヤーネットワークを構成する「概念」なのです。

つまり5Gとは、2Gから3Gに移行したり、3Gから4Gへ移行した時のように通信世代を「切り替える」のではなく、その通信システムの中に取り込み・引き継いで活用していく技術であるため、そのシステムのコンシューマ向けの活用例が4Gの延長線的な扱いとなるのは必然と言えます。

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高速大容量・低遅延などの特性を持つ、一般的に理解されている5Gとは、新規の周波数帯を用いる「5G NR」(5G New Radio)を指す(総務省資料より引用)


ここまでの内容で、「なんだ、結局4G回線をそのまま使うのならほとんど何も変わらないんだな」と思う方もいるかと思いますが、それもまた違います。

5G NRのような完全新規の通信インフラがB2Bソリューションとして社会を再構築し、徐々に私たちの生活を変えていきます。スマホの中のAIアシスタントがIoT機器からの情報を元に生活をサポートしてくれたり、街を歩けばオススメのお店を紹介してくれたり。「これ、ちょっと便利だね」と思える機能が街角のデジタルサイネージやスマホに組み込まれ、人々は気が付かないままにその恩恵を受けることになるでしょう。

劇的ではなくとも、しかし確実に人々の生活へ浸透し生活そのものを変えていく技術、それが5Gです。無線通信という存在を再定義するほどのポテンシャルを持っていると言っても過言ではありません。単にそれが、音楽配信や映像配信といったエンターテインメント分野ではほんの一部しか見えてこないというだけのことです。

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5Gはあらゆる産業へ変革をもたらす


私たちエンドユーザーが5Gで得られるUXに過度の期待をしてはいけないのは事実です。5Gサービスが本格始動して5G対応スマホを買ったとしても、いきなり電車の中でクラウドゲーミングが楽しめるようになるわけではありませんし、喫茶店で8K動画を楽しめるようになるわけでもありません。むしろサービス開始から1年程度は、それらのサービスはほぼ利用できないと考えておくべきです。

かつて3Gは2001年にNTTドコモの「FOMA」からはじまり、約10年間第一線で活躍しました。4Gは、厳密には3.9G世代であるLTE通信からはじまり、2012年頃からMNO各社よりサービスが開始され現在に至っています。

そして2020年から5Gがはじまります。「次の10年を作る通信規格」とも呼ばれますが、それだけ長い目で見るべき通信世代の大変革です。携帯電話が普及し始めてから30年余りが経ち、社会インフラとして整備されてきた通信が初めて再構築される10年にもなるでしょう。

ただひたすらに通信速度を向上させ続けてきたこれまでの世代とは根本的に違う世代となります。今の私たちにできる準備があるとするなら、それは通信への価値観を変えることかもしれません。

通信が人々をつなぐコミュニケーション手段であったのは2019年までの話です。これからの時代、通信は人々の生活の根幹となります。その時、ライフスタイルそのものを柔軟に変えることができるのか、それとも旧態依然としたコミュニケーションツールとしての利用に留まってしまうのか。

私たちは新しい世代と時代に試されているのかもしれません。

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新たな時代の扉は開かれた。さあ、進もう








記事執筆:秋吉 健


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