ソフトバンクのスマートシティ構想について考えてみた! |
ソフトバンクは18日と19日の2日間、都内にて法人向けイベント「SoftBank World 2019」を開催しました。本イベントはソフトバンクおよび同社関連企業がブース出展し、AIやIoT、ロボット技術、そして5Gといった先進技術に関するビジネス商談会を主旨としたものです。
一般消費者にはあまり関係のないイベントながらも、同社の最新技術や同社が目指そうとしている未来への戦略などを垣間見ることができるため、筆者は毎年取材を行っています。
昨年は主に、5GやIoTに関する細かな技術展示と実証実験についての紹介が多く見られましたが、今年はより具体的で地に足の着いた「スマートシティ構想」に関する展示に注力している様子が見られました。
ソフトバンクが考えるスマートシティとはどういったものなのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はスマートシティの概念や技術的知見から、ソフトバンクが目指す都市社会のあり方について考えます。
■人々の暮らしをビッグデータで支えるスマートシティ構想
そもそも、スマートシティとは一体何でしょうか。現在の私たちが暮らし働く都市は、それぞれの企業や住宅が独立して存在する「寄せ集めの巨大な街」といった状態です。そこに法規制や自治体による整備が存在するために都市としての機能は維持されていますが、基本的には都市機能や企業活動がそれぞれに連携し、人々の生活と密接に連動する、といったことはあまりありません。
スマートシティでは、AIやIoT、そしてそれらを繋ぐ通信インフラを駆使することで、これらの生活圏や経済圏の密接な連携や連動を可能にします。例えば、交通渋滞等が発生した場合に手元のスマートフォン(スマホ)へ通知するだけではなく、代用の交通経路を案内したり、その交通機関の手配や予約もそのままスマホだけで可能にしてしまおう、といったものです。
これは、前回のコラムでご紹介した「MaaS」とも関連した考え方であり、今回のSoftBank World 2019でもMaaS事業を運営するMONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)の法人向けMaaSサービス「MONET Biz」が展示・紹介されていました。
では、街がスマートシティ化することのメリットとは一体何でしょうか。ユーザー目線で考えた場合、最大のメリットは「効率化」にあります。
前回のコラムで、現在の東京や京都といった大都市における超過密状態が慢性的な交通渋滞や人口密集による様々な問題を引き起こしている件についてお話しましたが、こういった超過密な都市で人々の動線を如何にスムーズ化するかというのは、もはや喫緊の緊急課題となっています。
それだけに自治体はMaaSなどの手法に活路を見出そうとしているのですが、スマートシティでは街中に置かれた防犯カメラや人感センサー、店舗の入店状況、企業ビルの収容状況などを、個人を特定することなくビッグデータとして集計し、AIを用いた予測分析などにより、人々が密集する前に空いている店舗を案内したり、代替サービスを提供することで、快適で効率的な都市利用を可能にするのです。
ソフトバンクが展示していた例では、同社のWi-Fiスポットを活用した人流データの活用や、企業内における移動案内などを効率化するスマートビルの活用例などがありました。
一方、ビジネス(企業側)の視点で言えば、人々を効率的に流動させることで集客機会を拡大させたり、ビジネスの効率化によってコスト削減や収益の増加を見込めるといったメリットがあります。
人流データを分析することで、曜日や時間、天候によって、どのような人々がどこを利用するのかを把握すれば、小売店舗などは集まる人々に合わせた商品展開が可能になります。また混雑時間への集中的な人員配置などを行うことで、人件費の削減などにも貢献できる可能性があります。
これまでにも、こういった人流データや商品販売におけるPOSデータの活用は企業単位で行われてきたことです。しかしソフトバンクはこれを多数の企業で連携・連動させ、大きな「街」の単位で行おうとしているのです。
■自社を実証実験場として利用するソフトバンクの大胆戦略
スマートシティ構想の考え方は理解できたとして、ではこれをどこで実証・実践するのでしょうか。ソフトバンクは自社を社会実験の場として選択しました。
ソフトバンクは2020年度内に本社を現在の汐留から竹芝へと移転する計画を立てており、その本社移転に合わせて竹芝周辺地域をスマートシティの巨大な実証実験エリアとして活用する予定なのです。
スマートシティの実現には、当然ながら数多くの企業や団体、そして自治体の協力が不可欠です。時には自社利益よりもスマートシティ全体としての利益やメリットを優先しなければいけないこともあるため、既存の巨大都市では実証実験もままなりません。
竹芝という新たなウォーターフロントを自社で再整備し、スマートシティの巨大実験場とする案は、大胆でありつつ最も現実的な解だと言えます。
スマートシティ構想でユーザーが気になるのは、やはりプライバシーの問題でしょう。
ソフトバンクの想定では、Wi-Fiスポットのほかに広域通信網の基地局情報やビル内の防犯カメラ、さらには鉄道やバス、タクシーといった交通機関の利用情報なども将来的には活用したいとのことでした。
当然ながらそこに個人を特定するような情報は含まれないか、もしくは防犯カメラの映像のように個人が特定できる情報であっても意図的な解析を行わなければいけないものに関して、敢えて個人を特定することはなく、また特定するメリットもないと担当スタッフは説明しています。
個人情報を企業間で共有することはセキュリティ的にも法的にも不可能に近く、仮にできたとしてもリスクがメリットを上回ります。それよりも、そこに集まっている人々が学生なのか会社員なのか、また鉄道の利用者数の推移や移動範囲などを、集合体として判断することのほうがリスクが低く、経済活動的なメリットが大きくなります。
人口密度が高く、常に広域を移動し続ける都市部だからこそ、個人を特定する意味がないのです。
■スマートシティは実現するか
現在の都市構造や企業サービスの乱立状況などを考えると、スマートシティ構想など荒唐無稽な絵空事ではないのか、と考えるかもしれません。しかし都市の主要機能である交通や商業施設の運営企業が手を組むだけでも確実にスマートシティの現実味が帯びてきます。
事実、現時点においてもNTTドコモは同社の「my daiz」(マイデイズ)で交通機関の運行状況や代替路線の提案、ショッピング案内、イベント情報の通知、店舗の予約など、利用者の行動を先読みしたAIエージェントサービスを展開しています。
NTTドコモの場合、これをスマートシティ構想とは呼んでいませんが、目指す未来は非常に似通っています。ユーザーには効率的で快適な生活を提供し、企業はそれによって動く人々から収益を得やすくなる、というWin-Winの関係を、通信インフラ企業が取り持つという構造です。
NTTドコモがマイデイズを自社アプリ・自社サービスとして展開する一方で、ソフトバンクは自社によるアプリ展開やソフトバンクブランドで販売しているスマホへのアプリのプリインストールなどは行わず、外部企業のアプリやサービスへビッグデータの提供を行ったり、企業同士の連携を後押しするなど、自社の関与を必要最小限に抑えている点に両企業の戦略の違いを感じます。
ソフトバンクとしては「仕組み」の提供とそれを支える通信インフラによる支援がメインであり、コストパフォーマンス重視の同社のビジネススタイルがここでも強く現れている印象です。
スマートシティというと、何か全く新しい都市計画がこれから始まるかのように捉えられがちですが、実はその片鱗はすでに私たちの生活に溶け込み始めているのです。スマホをプラットフォームとした情報サービスや予約システム、そして電子決済システムに代表されるようなポイント経済圏の構想は、まさにスマートシティを構成する大きな要素の1つだからです。
つまり、ソフトバンクやNTTドコモのような巨大通信キャリアが自社経済圏の拡大を図る中で、スマートシティ構想へと帰結していくのは自然な流れだったのです。
都市社会とデジタル社会の成熟化と巨大化は、街そのものが1つの商業施設であるかのように動かすまでに至りました。店舗から商店街へ、商店街から複合商業施設へ、そして複合商業施設からスマートシティへ。「なんだかよく分からないもの」の代表のような存在であるIoT技術の、最も現実的な活用例がここにあるのかもしれません。
記事執筆:秋吉 健
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