NTTドコモの完全子会社化について考えてみた! |
当ブログメディアでもすでに紹介されているように先週もまた、通信業界に激震が走りました。NTTがNTTドコモを完全子会社化すると発表した件です。すでに新聞やテレビなどの大手メディアでも数多く報じられているため、知らない人はあまりいないと思います。
第一報を伝えたのは9月29日付の日本経済新聞でしたが、同日午後にはNTTおよびNTTドコモによる緊急記者会見が開かれました。NTTドコモの完全子会社化は一般株主などからのTOB(株式公開買付)によって行われ、買付期間は9月30日~11月16日を予定、買付価格は1株あたり3,900円、買付予定数は約10億9000万株、買収総額は4兆円規模にのぼる見込みです。
大手メディアでは「NTTの大株主である政府の通信料金値下げ圧力にNTTおよびNTTドコモが屈した」といった報道も見られるようでしたが、筆者はむしろ、これを「NTTによる宣戦布告である」と捉えています。
NTTドコモの完全子会社化が何故宣戦布告なのか、NTTおよびNTTドコモはその戦いの先に何を想定しているのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は独自の視点で2社の目論見や業界の今後の動向について考察します。
■用意周到に組まれていた完全子会社化と社長交代劇
はじめに、NTTドコモが完全子会社化されるに至った経緯について簡単におさらいしておきます。
最大の要因となったのは急激な業績悪化です。NTTドコモの2019年度通期決算によれば、営業収益は4兆6513億円で前年同期比1896億円の赤字(増減率-3.9%)、営業利益は8547億円で前年同期比1590億円の赤字(増減率-15.7%)と、非常に厳しい数字が並びました。
その内訳を見てみても、通信事業の営業収益は3兆6870億円で前年同期比2901億円の赤字、営業利益は7065億円で前年同期比1598億円の赤字と、通信事業の収益力の悪化が顕著です。
通信事業がこれほどまでに大きく悪化した最大の理由は、2019年に行った料金プランの改革でした。
これまでも数年に渡って携帯電話料金の値下げ議論は続けられてきましたが、2018年8月に当時の菅義偉官房長官(現:内閣総理大臣)が「(携帯電話料金は)4割程度値下げする余地がある」と発言したことを発端に、通信料金値下げへの流れが一気に現実味を帯び、2019年6月に「ギガホ」および「ギガライト」の2つのプランを発表して料金値下げを断行したのです。
このプランは一部のユーザーからは「全く安くなってない」、「むしろ値上げになる」と批判も飛びましたが、NTTドコモによれば「(同社の)全スマートフォン(スマホ)ユーザーの約4割が4割程度料金が下がる」という点を強調し、十分な値下げ効果があると再三にわたって説明してきました。
NTTドコモはこの料金プラン施策によって、2023年度までに最大4000億円規模の利益還元となることを2018年度から説明しており、とくに最大の還元幅となる2019年度においては2000億円規模になるだろうと、2018年度通期決算の発表会で明言しています。
そして前述の通り、2019年度には営業収益で1896億円の赤字となっており、その言葉が正しかったことが示されています。この点においては、NTTドコモの収益計画や戦略の的確さが非常によく現れており、業績の善し悪しはともかく、同社の経営体制の健全性を示す証拠と考えて良いでしょう。
このように、NTTドコモは自社の収益性が一時的に悪化し、2023年度までに徐々に改善していく計画を立てていましたが、NTTの大本営がそれを良しとしなかった背景は、NTTドコモの人事を見ても推察できます。
同社の社長はこれまで4年毎に交代しており、2019年度まで社長を務めた吉澤和弘氏も2020年4月の人事で交代となると予想されていました。しかし実際は続投となり、一方で副社長にNTTの副社長であった井伊基之氏が就任しています。
そしてその井伊基之氏が今回NTTドコモの社長へ昇格するに至った背景を見れば、完全子会社化の流れは、少なくとも2019年度決算が確定する頃には大筋で決まっていた可能性すらあります。
NTTの大株主は政府(財務大臣名義)であるため、今年8月に菅義偉氏が内閣総理大臣に任命され、その就任の挨拶で「(携帯電話料金の値下げは)1割程度では改革にならない」と、さらなる値下げへの圧力を強めたことが今回の買収劇へと発展したものと思われがちですが、それは恐らく「最後のひと押し」程度のものであったと考えられるところです。
■これはNTTによる「宣戦布告」である
では、NTTドコモの完全子会社化は「NTTドコモの敗北」になるのでしょうか。筆者はそうは考えません。むしろこれは「NTTドコモによる政府および市場への宣戦布告」であるとすら感じます。
NTTおよびNTTドコモの立場で考えるならば、政府による値下げ要求に従って値下げを断行した結果大赤字となりましたが、政府はそれでもまだ値下げが足りないと要求してきたわけです。当然営利企業であればこれほど理不尽な要求はありませんが、しかしその要求はいずれ飲まざるを得ないのが現実です。
そこでNTTは大鉈を振ります。さらなる値下げを断行しつつ健全経営を継続するには、企業体力を強化し経営効率を上げ、他社へ全面戦争を仕掛け市場シェアを拡大するしかないからです。
これはある意味、これまでの携帯電話業界の流れに逆行するものです。かつて1990年代のNTTドコモはシェア100%の頃がありました。しかし市場独占を廃するために電気通信事業法による通信自由化が行われ、移動体通信事業者(MNO)が次々と参入しました。
その後も市場の流動化やシェアの平均化を狙った施策や法制度が導入され、企業同士による市場競争から買収・合併などを繰り返し、現在の4キャリア(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイル)の体制になります。
こうしてNTTドコモの市場シェアは約4割程度まで下がり、KDDIが約3割、ソフトバンクが約2割と平均化が進みました。巷では「横並び主義だ」「談合でもしてるんじゃないか」と揶揄されることもしばしばありましたが、すべては市場競争による結果であり、ある程度健全な競争が行われてきた証左だと言えます。
しかし今回の完全子会社化はNTTドコモによる本気の価格競争を示唆しており、こういった市場シェアを再びNTTドコモ一強へと引き戻す可能性すらある諸刃の剣です。
それを裏付けるように、NTTは今回のNTTドコモ完全子会社化にあたり、NTTコミュニケーションズやNTTコムウェアをNTTドコモに合併させる案まで含ませた発言を繰り返しています。
グループ企業の総力を結集し、日本国内のみならず世界で戦う体制をも視野に入れた大改革を行うための最初の一歩が、今回の買収劇の真意なのです。
雑な表現が許されるならば、これはNTTおよびNTTドコモによる「ガチギレ」です。政府の指導に従った結果の赤字値下げも本腰と見られないならば、他社潰しを行うまでと判断し、「そっちがその気ならこっちもやってやろうじゃないか」と怒髪天を衝いたのです。
実際、今回の記者会見の質疑応答の席で、記者からの質問へ以下のように答弁しています。
記者
「NTTドコモが強力な資本を持つことは今後ソフトバンクやKDDIにとって大きな脅威となると思うが、公平性や競争における独占の懸念などは?」
NTT 澤田社長
「法制度で『いけない』と言われていることではないと認識している。これは競争である。ソフトバンクとKDDIは競争に負けるかも知れない。しかしそれは競争が活性化された結果である。これは方法論だ」
※文言は要約
NTTの社長の口からこれほど強い言葉が出ることは滅多にありません。それほどの決意がある証拠です。結果として、政府が望む「本当の市場競争」が始まることになるでしょう。しかしその結末には、さらなる寡占や通信企業の撤退、統廃合を生む可能性も大いにあります。
とくにNTTは、移動体通信網と固定通信網の融合を強く主張しています。5Gの先にある6GやNTTの新ネットワーク構想である「IOWN」(アイオン)までをも視野に入れ、今後数十年の戦略の第一歩としての買収であることが伺えます。
単なる目先の通信料金値下げのためだけの策ではないのです。
■携帯電話料金は安くなるのか
とは言え、消費者として気になるのはやはり通信料金(とくに携帯電話料金)の値下げ議論でしょう。
今回の会見では、NTTおよびNTTドコモの両社ともに、はっきりと「値下げする」もしくは「値下げを検討する」とは一言も言っていません。ここにNTTグループの思惑が見え隠れします。
会見において各記者が値下げへの言質を取ろうと必死になる一方、NTTおよびNTTドコモは、
「体制の強化と効率化が図られることになれば、結果として料金の値下げという流れもある」
「料金値下げを検討する余地も出てくるだろう」
「料金値下げをやるためにコレをやる、という直接的なリンクはない」
「ただし、これ(完全子会社化)をやることでドコモは強くなるから、値下げもしやすくなるだろう」
「本件と値下げが結びついているということはまったくない」
このように様々に答弁しているものの、全てで明確な表現を避けて匂わせるのみでした。
この「はっきり言及しない態度」こそが真意です。NTTグループにとって値下げは最大目標ではなく、手段なのです。シェア拡大と他社に勝つために必要であれば、必要な策として打ってくるでしょう。
だからこそ、他の質問への回答でも、KDDIやソフトバンクが行ってるサブブランド戦略への後追いについても「今あるものを組み合わせるということもあるだろうし、新しいサービスもあるだろう」と態度を明確にしていません。
業界内ではOCNモバイルONEなどの仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスをサブブランド化するのではないかという憶測も飛んでいますが、現状では何も正確な情報がないのが事実です。
視点を変えると、先週は楽天モバイルの5Gサービス開始も大きなニュースとなっていました。楽天モバイルは5Gサービスにおいても月額料金を据え置き、4Gサービスとまったく同じ月額2,980円で自社網内データ通信使い放題で勝負に出てきました。
楽天モバイルの三木谷社長は壇上でのプレゼンで「他社の同等プランよりも7割以上安い」と豪語し、挑発するかのように4年間利用した場合の料金比較まで掲げました。これだけのパフォーマンスを見せられて、NTTドコモのみならず他MNO各社が黙っているとは思えません。
サブブランドに頼らない圧倒的な料金値下げが各社で始まる可能性があります。消費者としては、それは歓迎すべき流れかもしれませんが、市場は大きく荒れるでしょう。
自社利益を削り合う消耗戦となれば、真っ先に切り捨てられるのはサービスとサポートです。そして経済圏による囲い込みの強化や通信以外のコンテンツビジネスに注力していくことになります。
通信料金は下がっても、月額のサブスクリプションサービスやポイントサービス、さらにはIoTを活用したスマートライフサービスを中心とした各社の経済圏構想によって、消費者が雁字搦めになる未来が見えてきます(すでにそうなりつつある)。
かつてソフトバンクがユーザー流出の止まらなかったボーダフォンの日本法人を買収し、低廉な価格とその後のiPhone戦略によって大躍進したように、業界はまた楽天モバイルの参入によって大激動の時代を迎えようとしています。
NTTおよびNTTドコモの動きはこうした時代背景にも大きな影響を受けていることは間違いありません。激しい消耗戦の末に「安かろう悪かろう」な通信品質になってしまうのか、それとも低料金で品質の高いモバイルネットワークが実現するのか。業界の最前線を追いかける筆者にも想像がつきません。
すべては、私たちが望んだ結果として数年後に分かることでしょう。
記事執筆:秋吉 健
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