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スマホカメラの撮像素子について考えてみた! |
先月、スマートフォン(スマホ)業界にちょっとした衝撃が走る機種が発表されました。シャープ製の「AQUOS R6」です。一見すると特に凝ったギミックなども見当たらないスマホですが、それなりにカメラ(デジタルカメラ)に精通している人が聞いたら驚く部品を搭載していました。それは「1型(1インチ)の撮像素子(CMOSセンサー)」です。
カメラに詳しい人ほど「え!?スマホカメラに1型センサー!?どうやって搭載したの!?」と思ったかもしれません。それくらいスマホカメラには「あり得ない」部品なのです。どうして1型の撮像素子は搭載され、どういった効果を生み出すのでしょうか。また、このような巨大な撮像素子はスマホカメラに本当に必要なものなのでしょうか。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はスマホカメラの巨大センサー搭載の意義やメリットについて考察します。
■撮像素子ってなんだ?
はじめに、カメラの撮像素子とはなんぞや?というところからお話しましょう。
一般に、カメラと言うとレンズ周りのデザインを思い出す人がほとんどだと思います。実際にスマホのカメラアプリのアイコンはレンズを強調しているものも多く見られ、レンズこそがカメラの本体だと言う人もいるほどです。
しかし、デジタルカメラにおいては撮像素子の素性もカメラ(カメラ機能)を語る上で外すことはできません。
撮像素子は、銀塩カメラで言うところのフィルムです。レンズから取り込まれた光(写像)が撮像素子に当たり、撮像素子がその光を数値データに変換することで画像や映像として出力されるのです。
つまり、スマホのカメラ機能を含めたデジタルカメラの基盤技術こそがこの撮像素子であり、カメラ(デジタルカメラ)の本質部分なのです。
写真や映像というものは、すべて「光」であるため、写真や映像の美しさとは、非常にざっくりと簡単に言ってしまえば「どれだけたくさんの光を集められるか」ということでもあります。
だからこそ、前述のようにレンズこそがカメラの本体だと言う人もいるのです。より大きく、より高品質なレンズを用いることで、光を忠実に集めることができるからです。
しかし、その集めた光を受ける側が粗悪だったり、小さすぎればレンズの性能を活かしきれません。そのため、撮像素子もより大きなサイズが正義であると言われ、事実として大きな撮像素子ほど美しい写真を撮れたのです。
■超極小が当たり前だったスマホカメラ用撮像素子
では、撮像素子の大きさとはどのようなものなのでしょうか。簡単に比較図を作成してみましたので、まずはそちらをご覧ください。
上で紹介したソニーのデジタル一眼カメラ「α1」などは、フルサイズと呼ばれる撮像素子を採用しています。なぜフルサイズなのかと言えば、銀塩カメラの35mmフィルムの撮影面のサイズとほぼ同等だからです。
カメラは歴史が長いため、レンズや周辺機器は銀塩カメラの時代から規格化されているものが多く、その規格も使いやすさや汎用性から生き残ってきたものばかりなので、デジタルカメラの時代になってもレガシーな基準として残されています。
巨大な筐体を持ち、プロやセミプロ用として活躍するデジタル一眼カメラで多く採用されるフルサイズセンサーを基準とすると(さらに大きな中判というものがあるが、こちらは基本的にプロ専用の特殊機材向けで一般的ではない)、エントリーからミッドレンジ向けのAPS-C規格は、面積比で半分以下になります。
それよりも小さなものでは、4/3型(規格としてはマイクロフォーサーズなどがある)、さらに1型などが続きますが、一般的なスマホに採用されている撮像素子は1/2.3型前後のサイズで、フルサイズとの面積比は実に30分の1以下ということになります。
これほど極小の撮像素子に、最近のスマホは1200万や2000万といった画素(光を受ける点)を詰め込んでいるのです。例えばα1は約5000万画素ですので、画素1つ1つの集光量で考えても、スマホカメラはフルサイズのデジタル一眼カメラの10~20分の1程度ということになります(実際はレンズ性能や撮像素子の製造技術などが絡むため数値は大きく変動する)。
■大画素化・多画素化へのチャレンジ
写真や映像の本質が「取り込む光の量」であることから、スマホメーカー各社は撮影品質(写真画質)向上のため、取り込む光の量を増やそうとさまざまに工夫してきました。
例えば、一番シンプルな手法は「画素数を減らす」ことです。同じ面積なら、分割数が少なくなるほど1つの画素で取り込める光の量は増えます。これを実践したのが、2013年にHTCが発売した「HTC J One」でした。
2013年当時、すでにスマホカメラの画素数は1200万画素前後まで増えており、画素数の多さは直接画質に比例しないにも関わらず、一般消費者には分かりやすい数字として定着していました。
しかしHTCは「画質の本質は光の量だ」という写真の原点を主張し、このスマホでは400万画素の撮像素子を採用したのです。実際、この撮像素子の画素1つ1つが受ける光の量は通常の2~3倍であり、ノイズが少なくラチチュードの広い、自然な美しさの画質となっていました。
しかし、残念ながらそれが消費者に正しく伝わっていたかどうかは微妙なところです。人々は「数字が大きいほど良い」といった安直なルールを好む上、携帯電話(フィーチャーフォン)時代から画素数の多さこそが正義だと言わんばかりにメーカーも通信キャリアも競っていたため、1200万画素時代に登場した400万画素というカメラ性能はあまり評価されなかったのです。
そこで、他のメーカーが取った方法は2つありました。1つは撮像素子を自体を大きくしていくこと。そしてもう1つは複数の画素を1つの画素として見立てて画質を向上させる手法でした。
これらの技術の集大成的なスマホの1つが、Xiaomiの「Redmi Note 10 Pro」でしょう。このスマホでは、1億800万画素という膨大な量の画素数を持つ撮像素子を採用していますが、その撮像素子のサイズは1/1.52型と、一般的なスマホと比較して大きめです。
それでも、1億を超える画素数でその面積を分割してしまえば受ける光の量は相対的に減ってしまいますが、Xiaomiは「9-in-1ビニング」と呼ばれる、9つの画素を1つの巨大な画素に見立てて画像処理を行う技術を採用しました。
つまり、より高精細な写真を撮りたい場合は圧倒的な画素数を活かして撮影し、画質を優先した写真を撮りたい時は9画素をまとめて1つの画素として考え、画質を向上させようとしたのです。
これは、一般消費者が画素数という分かりやすい指標に反応しやすい問題を解決しつつ、画質や精細感も向上させる素晴らしいアイデアでした。
そして登場したのが「AQUOS R6」です。本機では1型というさらに大きな撮像素子を採用し、画素数を約2020万画素に抑えることで、1つの画素を大きくするHTC J One的なアプローチで画質向上に挑んでいます。
画素数に対する消費者の反応の点からも、2000万画素以上のカメラであれば見劣り感は少なく、純粋に画質が良いという点をアピールできる仕様です。
■大型撮像素子とレンズ技術が抱える課題
しかし、スマホに搭載する部品として撮像素子を考えた場合、その大型化は簡単なものではありません。そこには複数の問題が重なります。
1つはレンズ構造の複雑化です。当然ながら、大きな撮像素子全体に十分な光を集めるには大きく高性能なレンズが必要になります。
例えば筆者が仕事で愛用しているデジタルカメラ「Cyber-shot RX10IV」では、AQUOS R6と同じ1型の撮像素子を採用していますが、その光学系(レンズ)は直径70mmを超え、ボディサイズもデジタル一眼とほぼ変わらない大きさです。
撮影のためにこれだけ巨大な筐体が必要な理由は、レンズと撮像素子の間に物理的な距離が必要だからです。一般に、このレンズから撮像素子までの距離(ピントが合う距離)を「焦点距離」と呼びますが、撮影時に表示される35mmや150mmといった数字は、つまりレンズから撮像素子まで35mmや150mmですよ、という数字なのです。
なお、現在のデジタルカメラの場合、撮像素子が小さかったり、より屈折率の高い高度なレンズを用いているため、実際にはこの数字の通りの距離にはなりません。そのため、銀塩カメラの35mmフィルムの場合ならこの距離ですよ、という指標として「35mm換算で」という注釈が必ず付くのです。
つまり平たく考えてしまうと、スマホに1型の撮像素子を搭載するということは、筆者が持ち歩く巨大なカメラほどのレンズ機構やレンズとの物理的な距離がなければ撮影できないということになりかねません。しかし、それをわずか数mmの厚さに収めきってしまうのが現代のレンズ技術なのです。
AQUOS R6の場合、複雑に湾曲した7枚のレンズ群を超高密度に集積し、光を大きく屈曲させることで、レンズ群から僅か数ミリの距離しかない巨大な撮像素子全体に光を当てているのです。
そのため、撮像素子が大きくなるほどにレンズの設計と製造は複雑さを増し、コストが大きく上昇することになります。これが、スマホカメラに巨大な撮像素子を採用しづらい大きな理由です。
撮像素子自体も大型化すればコストが上がりますが、レンズのコスト増はそれ以上に大きな問題です。大きな撮像素子と複雑で高度なレンズ群を採用すれば、必然的に画質は向上します。しかし、それだけのコストに見合った訴求力やニーズが市場にあるかどうかが最大の問題です。
とくに、現在のスマホカメラは撮像素子の高性能化や画像処理技術の向上によって、同じ小さな撮像素子サイズや画素サイズであっても数年前とは比較にならないほど画質が向上しています。
また、スマホカメラで撮影した写真のほとんどはスマホの中だけで閲覧され、PCなどで等倍に拡大して細部まで入念に調べられたり、僅かなノイズの優劣を比較されることはほぼ皆無です。
一般消費者の大半がスマホで閲覧して満足する画質程度であれば、敢えて高コストなレンズや撮像素子を用いずとも実現可能な程度には画像処理技術が進化してしまったのも事実でしょう。
真に美しい写真や「観たままを撮る」というコンセプトよりも、美肌撮影や料理モードといった、後付けの画像処理によって「キレイに見せる」写真のほうが一般に好まれるという事実が何よりの証拠です。
AQUOS R6の場合、それでも同社のフラッグシップモデルであるというプレミアムがあればこそ実現可能だったアイデアでもあり、撮像素子の大型化や光学系の強化という正攻法の物理的アプローチが果たしてどこまで消費者に訴求できるのか、その反応には非常に興味が湧くところです。
■ロマンをロマンで終わらせないために
筆者のようなガジェットオタクであるなら「スマホに1型センサーだって!?そんなもの欲しくないわけがないだろう!」と大興奮するようなものでも、一般人には「え、なにそれ……」とドン引きされてしまうことは多々あります。
それはある意味テクノロジー世界のロマンであり、企業はそのロマンを如何に一般へ認知させ、単なるロマンではなく実用的な道具として普及させていくのかが常に課題となりますが、かつての携帯電話やスマホのカメラ機能の進化を紐解いていくと、そんなロマンを追いかけ続けた企業やエンジニアの姿が垣間見えてきます。
現在のスマホのカメラ機能はすでに多くのユーザーにとってメイン機能とも言え、その性能向上や画質向上が喜ばしくないわけがありません。しかしながら、そのアプローチを間違えたりニーズを読み間違えてしまうと、せっかくの素晴らしい技術が歴史に埋もれてしまうリスクもあります。
AQUOS R6が示した「大型撮像素子と高性能レンズによる高品質な撮影体験」は、人々に撮影の楽しさや写真の素晴らしさを再発見させてくれるでしょうか。メーカーや通信キャリアの腕の見せ所は、ここからです。
記事執筆:秋吉 健
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