日本で開始された衛星通信サービス「Starlink」について考えてみた!

ついに日本にも衛星通信の時代がやってきました。……と書いては流石に語弊がありますが、一般個人でも実用的なレベルで利用できる衛星通信の登場は大きな価値を持ちます。

10月11日、米国の航空宇宙メーカー「SpaceX」(スペースエックス)は、同社の衛星通信サービス「Starlink」(スターリンク)を日本でも開始したと発表しました。アジア地域で最初のサービス開始となります。

以前にも当連載コラムで衛星通信のメリットやデメリットについて解説したことがあり、さまざまな問題を抱えつつもStarlinkは今のところ順調に商業サービスを拡大できているように思えます。

衛星通信は本当に便利なのか、日本で利用するにはどうすれば良いのか、そして衛星通信の抱える課題はどこまで解決したのか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はStarlinkサービスや衛星通信の仕組みと課題について考察します。

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衛星通信サービスは通信のエリアレス時代を切り開くのか


■Starlinkが解決した「2つの課題」
はじめにStarlinkや通信衛星の仕組みについておさらいしておきましょう。

Starlinkは通信衛星による通信サービスです。通信衛星は2022年現在で約1,600基が配置されており、高度約550kmという比較的低い軌道を周回する「低軌道衛星」に属します。

通信衛星は今後10年ほどで12,000基まで増やす予定で、高度約1,150kmを周回する通信衛星を約2,800基、高度約340kmを周回する通信衛星を約7,800基配置する計画となっています。

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地上や海底を走るケーブルから、宇宙へ


これほど膨大な数の通信衛星を必要とする理由は大きく2つあります。

1つは衛星軌道の低さです。衛星とは地球の周りを回っているというのが一般的な解釈ですが、厳密には「地球に落ち続けている」というのが正しい解釈です。

ボールを速く投げると遠くに飛びます。大砲の弾はもっと遠くに飛びます。ミサイルはさらに遠くに飛びます。そのようにして速度を上げ続けて飛距離を伸ばした結果、「地上に落ち続けているのに地上にぶつかることなく落ち続ける速度」となったのが衛星です。

地球には引力があり、地球から離れるほど引力が小さくなるため衛星となるのに必要な速度は遅くなりますが、低軌道の場合は引力に負けないように非常に速い速度が必要になります。

例えば高度約400kmの場合、衛星となるには秒速約7.7kmが必要になりますが、いわゆる「静止軌道」と呼ばれる高度約35,000kmでは、秒速約3kmで十分です。

この「秒速約3km」というのが地球の自転速度とほぼ同じであるため(地表面では秒速約460mになる)、まるで上空の同じ場所に常に静止しているかのように見えるのです。

つまり、地球の自転速度に対して圧倒的に速い速度で飛んでいるために、特定のエリアで通信を行うことを想定した場合、1基だけでは僅か数分しか通信ができなくなってしまいます。

そこで、大量の衛星を打ち上げてメッシュ状の通信エリアを構築し、通信をリレーさせて途切れない仕組みを作っているのです。

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超小型の通信衛星を大量に配置することで安定した通信を実現した


「それならば、もっと高高度に通信衛星を配置すれば少ない数でカバーできるじゃないか」と思われるかもしれません。ここに2つ目の理由があります。

確かに、静止衛星ほどではなくともさらに高度を上げれば飛行速度は下がり、衛星の数は減らせます。しかし今度は「通信速度」が出せなくなります。

これまでの通信衛星が抱えていた問題がまさにここであり、筆者が冒頭で「衛星通信の時代がやってきた」と書いた理由にもつながります。

無線通信とは電波の波(の波形)によって行われます。つまり物理的な距離によって遅延が発生し、さらに電波の強さも距離によって減衰していきます。

例えばNTTドコモが現在運用している衛星電話サービス「ワイドスターII」は、高度約36,000kmの静止軌道上にある通信衛星「N-STAR」を利用していますが、商用サービスとしての通信速度は上り最大144Kbps、下り最大384Kbpsと非常に低速です。

NTTドコモが災害時の緊急回線として運用する移動基地局車両に搭載されている衛星通信機能も、このN-STARを利用しています。

NTTドコモの関係者によれば、災害時には下りで最大数Mbps程度の通信速度は確保しているとのことですが、同時に利用できる人数はわずかに20~30人程度だとしており、災害などの緊急時以外には運用できません。

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実は衛星通信自体は何十年も前から商用運用されている


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NTTドコモの移動基地局車両と衛星通信用アンテナ


これがより地表面に近い低軌道衛星であれば、電波の強度も高く、より高速な通信が行えます。

Starlinkの場合、最大で約200Mbps程度の通信が可能だとしています(ビジネスプランでは最大350Mbps程度)。実測値でも数十~100Mbps以上出ており、実用上不満のない速度が実現できています。

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Starlinkの通信アンテナ。このほかにも高速タイプやモバイルタイプが用意されている


さらに、現代の通信社会において大きな問題となるのが、前述にもある遅延(通信遅延)です。距離が遠くなればそれだけ通信遅延は大きくなります。

例えば映画や音楽のストリーミング配信であれば、受信データを一旦パソコンやスマートフォン(スマホ)などに貯めて(バッファする、と言う)そこから出力するため、多少遅延が大きかったり通信が途切れがちでもあまり問題にはなりません。

しかしながら、オンラインゲームやビデオチャット、遠隔操作技術などではデータを十分に貯めてから出力するわけにもいかず、遅延の少なさが快適さに直結し、場合によってはサービスそのものの存続にも関わります。

例えばモバイル通信の5Gサービスでは、メリットの1つとして「超低遅延」を謳っていますが、これからの通信社会では遅延の少なさが重要な鍵となります。

SpaceXによれば、Starlinkの通信遅延は約20~40ms(ミリ秒)程度だとしています。これは一般的な4G通信の遅延と同等かそれ以上であり、5G通信より若干遅い程度です。

実測値では50ms以上だとする報告もありますが、それでも十分な応答速度を保っています。

この高速な応答速度を確保するために地上との距離を短くする必要があり、そのために低軌道の通信衛星が必要で、低軌道で衛星通信を実現するためには大量の通信衛星を用意してメッシュ通信を行う必要があった、というのがStarlinkの構想と仕組みなのです。

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Starlinkの応答速度のイメージ図。高度約800kmのGEOSATの通信が1回往復する間にStarlinkは70回往復できるとしている


■覚えておきたいメリットとデメリット
Starlinkの通信の仕組みについての解説が長くなりすぎましたが、Starlinkにかかわらず、衛星通信にはほかにも「通信エリアが広く、山間部や離島などでも通信環境を構築しやすい」というメリットがあります。

この点や、衛星通信のデメリットについては以前のコラムで詳しく解説しました。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:揺れる衛星通信の天秤。安定した通信手段として期待される衛星通信が抱えるメリットとデメリットとは【コラム】

そのような中で、今回のStarlinkを現実的な目線で評価するなら、最初に導入(利用)への懸案となるのがコストでしょう。

Starlinkの利用料金は月額12,300円で、専用アンテナキットの価格が73,000円です。

一般的な光通信(FTTH)サービスやモバイル通信サービスなどと比較しても決して安くはない金額で、現状ほかの通信手段が利用できる環境にある人であれば、敢えて利用したいとは思わない金額ではないでしょうか。

メリットを最大限に活用できるのは、やはり山間部や離島に住む人でしょう。はるか上空からの通信であるがゆえに、どんな山奥でも絶海の孤島でも、場合によって海の上でも通信が可能なのです(もちろん洞窟の中など遮蔽物のある場所では無理だが)。

通信関連のジャーナリストの中には緊急回線として契約した人もいたようですが、通信環境にそこまでコストを掛けられる個人はほとんどいません。用途があるとすれば、法人や自治体単位での利用ではないでしょうか。

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Starlinkでは、より高速通信が可能なビジネスプランも用意している


それを裏付けるように、SpaceXの発表に合わせてKDDIも10月12日にStarlink回線を利用した法人・自治体向け通信サービスの提供を発表しています。

実際の利用シーンに即したサービスを考えるなら、個人向けではなく法人向けからのスタートは妥当と言えます。

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先進的な通信サービスの導入に積極的なKDDI


もう1つのデメリット(不安材料)を挙げるとするなら、やはり同時接続数になります。

SpaceXはStarlinkの同時接続数について公開していませんが、通信衛星1基に対する同時接続数はそれほど多くないものと予想できます。

NTTドコモの利用するN-STARの場合で20~30程度だと前述しましたが、仮にその10倍だったとしても有線通信には遥かに及ばず、モバイル通信と比較しても基地局1基分程度です。

また、リソースの限られた無線通信を利用しているため、同時接続数が増えるほどに通信速度はリニアに低下していきます。現状は利用者が少なく通信速度も快適かもしれませんが、利用者が増加した時、どこまで快適な高速通信を維持できるのか気になるところです。

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通信速度と同時接続数は常に反比例である


奇しくも有線通信の世界では、KDDIがStarlink回線を利用したサービスを発表したのと同日に、インターネット接続サービス「NURO」(ニューロ)が通信速度の低下や輻輳(通信が混雑して繋がりにくくなる状態)を起こしていたことに対する謝罪と対応策を発表する、という事案がありました。

かつては通信速度の高速性と安定性から「オンラインゲームを遊ぶならNURO一択」とまで言われていたほど信頼されていた同社の通信品質ですが、ユーザー数が増加するにつれて回線品質は落ち、ついにはユーザーから集団訴訟まで検討される事態に発展していたのです。

今回の謝罪および対応策の発表は、まさにそのような状況を沈静化させるために行われたものですが、通信状況の悪さで不評を買うといった類似の問題は、モバイル通信の世界でも仮想移動体通信事業者(MVNO)を中心に常に起こっているものです。

同様の事態が今後Starlinkに起こらないとは限りません。Starlinkの現在の契約数は40万件程度と言われていますが(公式には非公開)、もし導入を考えているのであれば、これが100万、500万と増えてきた時の状況はある程度想定しておくべきでしょう。

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通信回線の容量は無限ではない。無線通信であれば尚更だ


■超高度化通信時代の夜明け
いつでもどこでもブロードバンド回線並の通信速度のモバイル回線が利用できる。この素晴らしさとインパクトは相当なものです。何度も書いてしまいますが、筆者としては本当に「ついにホンモノの衛星通信の時代が来た」と感動しているのです。

しかしながら、課題も山積しています。一般的な生活の視点からはコストの問題であり、将来的には同時接続数への不安であり、より科学的な視点からはスペースデブリや天文学(天体観測)への影響などです。

手放しには喜べない技術であるからこそ、停滞させることなく解決を目指していく必要があります。

衛星通信サービスを開始あるいは計画している企業はSpaceXだけではありません。そのSpaceXの通信衛星だけでも、今後12,000基に増やそうとしているのです。地球の上空は通信衛星だらけになるでしょう。

夜空を見上げれば、星々の輝き以上に通信衛星が輝いている……そんな未来があるのかもしれません。

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通信の網に覆われる地球。それはもう未来の話ではない


記事執筆:秋吉 健


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