総務省による違約金上限の改正案について考えてみた!

今年に入り、通信業界はひたすらに慌ただしい状況へと陥りつつあります。先週もまた、大きな混乱と波紋の種が総務省より投げ込まれました。

総務省は11日、携帯電話料金の見直しに関する有識者会議を行い、多年契約(2年契約や3年契約)を中途で解約する際に発生する違約金(解約金・解除手数料などの表現を含む。以下、違約金として表記)の上限を1,000円とし、スマートフォン(スマホ)などの端末代金の値引上限も2万円とする省令改正の原案を提示しました。この案がすぐに施行されるわけではありませんが、今後大きな変更なく改正・施行されるものと考えておくほうが無難でしょう。

現在、大手移動体通信事業者(MNO)各社が違約金として設定している金額は9,500円前後であることから、9割近い減額を要求することになります。MNO各社にしてみれば突然の要求に面食らったかもしれません。通信料金と端末代金の完全分離なども法制化され、いよいよ通信業界に大きなメスが入ろうとしているタイミングであるだけに、総務省のさらなる強気の要求に若干の違和感すら覚えます。また端末代金の値引上限を2万円とする案も端末メーカーを中心に大きな波紋を呼びそうです。

果たして総務省の要求は誰にとってのメリットとなるのでしょうか。またデメリットはないのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回は総務省の改正案から、主に違約金についてユーザーメリットの視点から考察します。

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違約金の引き下げで通信料金はどう変わるのか(画像はNTTドコモ「ギガホ」プランの注意事項)


■通信料金の違約金制度は16年前に始まった
そもそも違約金とは一体何でしょうか。一般的な月額契約では違約金は発生しません。長期の継続契約をする代わりに月額料金を割引く、という発想から生まれたものです(長期割引)。つまり違約金は長期契約を担保するための保証料であり、その契約を解除するには保証料を支払わなければいけない、ということから設定されている金額です。

移動体通信の料金プランでこの長期割引と違約金制度が採用されたのは、2003年にツーカーホン関西が「ツーカーV3」シリーズのプランで24ヶ月間の長期利用契約を行った際の解除料金9,900円が始まりとされています。

以来、MNO各社は長期割引を主体とした料金プランを次々と打ち出し、顧客獲得と囲い込みの戦略を推し進めていきました。しかしこれが顧客の流動性を大きく阻害したことは間違いありません。1万円近い違約金はユーザーに解約や他社への切り替えを躊躇させるのに十分すぎる金額だからです。

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ツーカーホン関西による2003年当時のプレスリリース


■違約金が少なくなることのデメリットとは
では、違約金を1,000円にすれば全ては丸く解決するのでしょうか。確かに違約金が1,000円であれば通信キャリアの乗り換えや解約に躊躇する人は大幅に少なくなるものと思われますが、ここには大きな落とし穴が存在します。

総務省によれば、今回の有識者会議で上限額が1,000円と決められた根拠は、同省が2019年5月末に行ったインターネットによるアンケート調査であり、「携帯電話サービスを乗り換える際、違約金がいくらであれば支払うか」という趣旨の質問だったそうです。

「いくらなら乗り換えるか」などと質問されれば、誰でも「安ければ安いほうが良い」、「無料が一番良い」と答えるのは当然です。それを根拠として金額設定するのはあまりにも短絡的すぎると筆者は考えます。

そもそも長期契約における違約金は、消費者契約法第九条によって、以下の号の場合において無効と定められています。

消費者契約法第九条一号
「当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの」


この法を基に各社が違約金を決めているわけですが、「大幅な値引はするが違約金は少ない」といった、消費者契約法が定めるところとは逆に事業者不利となるような契約形態を、各社が無策のままに取るとは到底思えません。「違約金は少なくなるが、値引も少なくなる」、もしくは「値引は続けるものの別の形で違約金に相当する囲い込み策を用意する」と考えるのが順当でしょう。

例えば現在のMNO各社の2年契約に対する割引額は1,500円程度ですが、24ヶ月の割引総額は36,000円となります。これに対して違約金は9,500円であることから、違約金は割引額の25~26%程度を設定していると想定されます。仮に同じ比率で各社が違約金上限1000円から割引額を設定した場合、月々の割引額は160~170円程度となってしまいます。

消費税額でも掻き消されるような微々たる割引額をわざわざ各社が設定するでしょうか。総務省の改正案は「割引をやめろ」と言っているのと変わりなく、各社は「事業者不利」のまま自社利益を大幅に削る覚悟で現在の値引後価格を基本料金として設定し直すか、もしくは長期契約プランを廃止して通信料金の事実上の値上げを断行するしか道がありません。

昨年8月の菅官房長官による「4割値下げする余地がある」発言から引きずり続けた総務省による通信料金値下げの圧力や、通信料金と端末代金の完全分離の提言を受け、各社が苦慮の末に捻り出した値下げ策を一蹴するかのような今回の突然の改正案は、総務省が行いたいとする通信料金改革がどういった方向性であるのかも見失うほどの混乱を生み出しています。

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さまざまな割引を駆使して低料金を実現できるのも、長期契約による収益の安定化と違約金という担保があればこそだ


総務省としては、長期契約を撤廃し企業間の価格競争を促すことで顧客の流動化を図るのが最大の目的だと思われますが、そこに消費者の最終支払代金の上昇が伴う可能性があることは考慮されていないのではないかとすら考えてしまいます。

また、仮に長期契約が撤廃されたとしてもMNO各社が積極的な価格競争を行わない状況に変化が生まれるという保障はなく、料金プランに差がなければ顧客がわざわざ通信キャリアを乗り換える意味もなくなります。

消費者の支払総額は増え、MNO各社は利益を減らし、顧客は依然として流動しない。そんな未来すら起こり得る、非常に危うい可能性を大いに含んだ改正案ではないかと考えるのです。

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景気後退が懸念される中、さらに市場を冷え込ませる結果にはならないだろうか


■MNO各社が通信料金で顧客を縛らない時代が来る
とは言え、仮にこの改正案が通ったとしてもMNO各社が料金を一気に値上げする(長期契約を撤廃する)とは考えにくいのも実状です。

違約金の撤廃そのものは収益に直接響くものではなく、飽くまでも顧客が流出した際のリスクコストが増大するというだけのものだからです。その観点から言えば、重要なのは顧客を囲い込み続けることであり、違約金の有無ではありません。

むしろMNO各社には、敢えてリスクを取り違約金を撤廃もしくは1,000円に下げてでも長期契約は残す、という道すら考えられます。なぜならMNO各社は独自に展開するポイント経済圏の強化に踏み出し、すでにその路線を強固に構築しつつあるからです。

MNO各社にとって、もはや違約金は顧客の囲い込み策としては「古い」というのが実態です。今や顧客囲い込みの主たる原動力はポイントシステムであり、ポイントを使った割引や還元策によって顧客の他社サービスへの流動を食い止めているのです。

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通信会社はもはやただの「土管屋」ではない。通信インフラを軸とした巨大経済圏を動かすコア企業になりつつある


事実として、現在NTTドコモのdポイントやKDDIのau WALLET ポイント、ソフトバンクのTポイントなどを「使っていない」人はどの程度いるでしょうか。恐らくほとんどの人が、何かしらのポイントシステムを愛用しているものと思われます。そしてまた、各社のポイントシステムを並行利用している人は少ないでしょう。

人々はポイント増額キャンペーンに合わせて商品を購買し、ポイントが使える店で食事をし、ポイントを貰うために商店街へ立ち寄り、貯まったポイントでまた商品を安く購入するのです。消費者にとっては薄給の日々での小さな喜びであり、ポイントを貯めたり使うことを楽しみの1つにしている人もいるかもしれません。

事業者側の視点からも、ポイントシステムとそのキャンペーン施策によって集客が期待できるため、メリットは多くあります。MNO各社はそういったポイントシステムによって顧客を囲い込むことに成功した結果、通信料金そのもので競争をする必要性が薄れてしまったのです。むしろ、どれだけお得感のあるポイントキャンペーンを打てるかどうかが今のMNO事業戦略の柱にすらなりつつあります。

MNO各社が通信料金で顧客を縛る時代は終わったのです。少なくとも、総務省の改正案はその決定打となるでしょう。

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ソフトバンクグループがこのタイミングでヤフージャパンを連結子会社化し成長戦略の核に位置付けたことも、今思えば総務省の動きを全て察していたからかも知れない


■そして人々の動きは固定されていく
通信料金の値下げと相反するかのような今回の改正案は、MNO各社にある種の覚悟を決めさせるのに十分すぎるインパクトがあったと筆者は見ています。もはや通信料金のみで収益を増やし続けることは不可能であり、事業戦略の柱を交代する時期が来たということでもあります。

かつてフィーチャーフォン全盛の時代に、各社の収益の主体が通話料金と独自のIP接続サービスおよびそのエコシステムであったところにiPhoneが登場し、瞬く間にスマホの時代が訪れ、各社は通話料金と独自エコシステムという2つの収益の柱を一気に失う窮地に立たされました。

その際、各社が必死にもがきながら生み出した新たな収益の柱こそが、ポイント経済圏の構築でした。顧客からの直接の収益が減っても、そこで顧客が動き様々な企業でお金を落とすことが、巡り巡って自社の巨大な収益へと変化するからです。重視される事業戦略がB2CからB2BやB2B2Cへと大きく舵が切られたのです。

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NTTドコモのdポイントクラブは現在、同社の通信契約すら必要としない。通信料金による囲い込みよりもポイント経済圏の強化に重点を置いている証拠だろう


今回の改正案でスマホの割引額も抑えられることが濃厚となり、ますます端末事業とその市場は縮小の一途を辿るでしょう。これまで新端末の登場とともに新たな通信料金プランが生まれ、それに合わせて各社を乗り換えていたようなユーザー層も動きが鈍くなることが予想されます。

MNO各社が通信料金に重きを置かなくなった結果、通信料金やそのプランの横並び化が加速し、ポイントシステムによって人々が固定されるという未来はほぼ現実になりつつあります。皮肉なことに、総務省が手を加えれば加えるほどMNO各社は通信料金そのものから興味を失い競争意識も薄くなりつつあるように思えてなりません。

この状況を打開するきっかけがあるとすれば、今年10月にMNO参入を果たす楽天がどこまで料金施策で勝負を仕掛けてくるのかと、来年本格サービス開始が予定されている5Gの料金施策を各社がどのように打ってくるのかですが、消費者流動性に与える価格競争の影響は少ないだろうというのが、筆者個人としての予想です。

長期契約と違約金の問題に手を加えるのが、少々遅すぎたのかも知れません。

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MNO各社が目指す未来は「通信以外の何か」だ


記事執筆:秋吉 健


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