量子コンピューターとその未来について考えてみた!

はじめに、私事を少しだけ。本連載は連番を付けていませんが、このコラムでちょうど100回目となります。約2年前、人が持つ感性の視点からテクノロジーが持つ美しさや素晴らしさを探ったり、道具本来の存在意義を考察したいと筆を執ったのが始まりでした。

最初のコラムの題目は今でもはっきりと覚えています。AIについてでした。当時ブームとなっていたAIという言葉について、その認識への誤解やAIとは何かについて語り、AIをAIたらしめるものが「提案」にあるという独自考察を述べさせていただきました。コラムの内容については、もちろんその後に反論や批判もあったことでしょう。

あれから2年が経ち、筆者は10月15日にCEATEC 2019の会場で量子コンピューターというものを実際に見る機会を得ました。その数日後、Googleが量子コンピューターについて重大な発表を行いました。これらの出来事を通じ、筆者の脳裏に「今度こそ真のAIが実現するかもしれない」と思い浮かんだのは、決して偶然ではなかったように思います。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。節目となる第100回は、量子コンピューターの現在と未来を解説しながら、その「価値」についての未来を考察します。

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量子コンピューターで人の社会はどう変わるのか


■難解な量子力学の世界
正直なところ、CEATEC 2019で量子コンピューターを見た時、その原理や仕組みについてはほとんど何も分からない状態でした。それまでも何度か勉強しようと試みましたが、あまりにも自分の知識の外側の分野過ぎてしまい、いつも理解できないままに放置していたのです。

それでも、量子コンピューターを展示していたNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の担当者からとても丁寧に分かりやすく解説して頂けたことで大いに奮起し、約2週間ひたすら量子コンピューターについて勉強を続けていたのです。

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CEATEC 2019のNEDOブース


現在私たちが利用しているPCやスマートフォン(スマホ)などの根本的な技術は、ほぼ全てがかつての数学者、ジョン・フォン・ノイマンによって提唱されたアーキテクチャーを基礎としており、「ノイマン型コンピューター」などと呼ばれます。

投機計算など手法の進化こそあれ、ノイマン型コンピューターでは基本的に逐次計算(メモリー内のデータを順番に計算していく)を行います。

一方、現在のコンピューター技術の中でもノイマン型ではない計算手法を用いているものがあります。代表例はGPUです。表現したい図形の分解と計算、そしてその後のピクセル変換などがデータフロー的に処理されますが、この手法は厳密にはノイマン型とは異なります。そのため、「非ノイマン型コンピューター」などと言われたりします。

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現実と見間違えるようなCG技術は、非ノイマン型コンピューターだからこそ実現できた(画像はGTC 2019でのNVIDIA基調講演より引用)


そして量子コンピューターの登場です。量子コンピューターとは、非常に粗い言い方をしてしまえば「超並列演算の非ノイマン型コンピューター」です。敢えてここで量子論や量子力学の講釈をするつもりはありませんが、(そもそも筆者では不勉強すぎて解説しきれない)現象のみを解説すると、「量子の重ね合わせ状態を観測する」ことで計算しているのです。

量子とは「何らかの物理量の塊」を指す言葉です。そして量子は「複数の状態が同時に存在するもの」です。

例えばサイコロを投げた瞬間は、どの数字が出るのか分かりません。サイコロがテーブルに落ちて止まった時、初めて数字が確定されます。この、「投げている最中のサイコロ」が「量子」であり、その投げられたサイコロの状態を「量子ビット」だと解釈してください。つまり、1から6までの数字が「重ね合わされた状態」となるのです。

この量子ビットで計算するメリットは、べき乗計算を並列処理できるという点です。現在NEDOが開発している量子コンピューターでは、3ビットでの因数分解演算が可能です。因数分解はノイマン型コンピューターが苦手としている計算であり、それを量子コンピューターは数個の量子ビット単位で行え、しかも演算回路を増やすほどに並列処理できるのです。

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中央の黒い長方形の素子が、アニール型量子コンピューターの心臓部「超電導量子アニーリング3ビット因数分解回路」


例えば数百の量子ビットを同時に計算できる回路であれば、nの100乗程度の計算が可能になるということです。しかし、この程度の計算であればスマホ程度の性能でも大したことはありません。またnの数千乗程度の計算(数千の量子ビット)であっても、スーパーコンピューターすら要らないでしょう。

しかし、これが100万や1000万単位となればどうでしょうか。Googleは先日、現在のスーパーコンピューターで1万年かかる計算を、量子コンピューターによってわずか3分20秒(200秒)で解いたと発表し大きな話題となりましたが、そういった現在のコンピューター技術では非現実的な計算を量子コンピューターは得意とするのです。

このGoogleの発表については、IBMが計算の最適化などによってスーパーコンピューターでも数日で計算可能だとして、Googleが語る「量子超越性」(量子コンピューターによる計算がノイマン型コンピューターの計算能力を大きく超えること)は実証されていないと反論していますが、それも結局は規模の問題です。数日と数分では大きな差がある上、更に膨大な計算ともなれば差は開くばかりです。

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超電導量子アニーリング3ビット因数分解回路の実物を顕微鏡カメラで撮影したもの


■専用設計だからこそ実用化が可能になる
現在の量子コンピューターには、大きく2つの方式があります。ゲート型と呼ばれる汎用的な計算ができるものと、アニール型と呼ばれる「組合せ最適化」の計算に特化したものです。

Googleが開発を行っているのはゲート型と呼ばれるタイプですが、エラーに弱いという弱点があります。ノイマン型コンピューターなどではエラー訂正能力が高く、必ず同じ答えを導き出せるように進化してきましたが、これを量子コンピューターで実現させることは非常に難しく、実用化にはあと何十年もかかると言われています。

一方、アニール型ではエラー訂正を「放棄」し、ある程度のエラーを許容するという方向で開発しています。このエラーを許容する仕組みを「NISQ」などと呼びますが、これによってアニール型は一気に実用可能な段階へと進みました。

NEDOが開発している量子コンピューターを「超電導量子アニーリングマシン」と呼ぶのはそのためです。

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その名の通り、装置は絶対零度付近まで冷却され、安定化された量子状態を作り出すことで計算が行われる


そもそも、量子コンピューターは量子が持つ「重ね合わせ状態」から計算結果を導き出すという仕組みであることから、その答えは単一(確定的)ではなく統計的です。つまり「計算する度に違う答えが出る」のです。

それだけを聞くと役立たずな印象を受けますが、世の中には統計的な答えを必要とする分野はいくつもあります。例えば店舗の来店予想なら、天候や気温からどの程度のお客が来るのかを統計的に予想する必要があります。また物流システムの最適化では、大量の商品や流通経路から、最もコストが掛からないルートを「大まかに」見つける必要が出てきます。

こういった、組合せ計算が母数の増加とともに指数対数的に膨れ上がる問題を「巡回セールスマン問題」などと呼びますが、アニール型と呼ばれる量子コンピューターは、こういった組合せ最適化問題を解くのにとても優秀なのです。

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通信の分野でも、基地局の最適化などに量子アニーリング方式は適している


ほかにも、量子コンピューターは計算自体に多くの電力を必要とせず、その計算結果の検出(出力)程度しか電力を使わないため、規模が大型化するほどにスーパーコンピューターよりも電力コスト的に優位であるというメリットもあります。

Googleが言うような量子超越性を確保できなくとも、コンピューターの1つの姿として、特定の分野で高い実用性が生まれる可能性は十分にあるのです。

■量子コンピューターが変える未来
では、量子コンピューターによって未来の世界はどう変わっていくのでしょうか。

コンピューター業界やセキュリティ業界でよく話題となるのは、暗号技術の崩壊です。現在の情報通信は暗号化技術によって守られていますが、その暗号化技術は絶対に破られないというものではありません。「現在のコンピューターでは解読に時間がかかりすぎるために破るメリットがないため、現実論として破られることはない」という暗号強度を設定しているに過ぎません。

しかし量子コンピューターは現在の暗号強度を「現実的な時間内で」突破できてしまう可能性があります。そのため、量子コンピューターが汎用機として量産される未来には、より強固な暗号もしくはそれに代わる技術を作る必要があります。

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暗号が簡単に突破されたらオンラインショッピングのできない世界になってしまう?


「それに代わる技術」の代表例は、公開鍵と秘密鍵を用いた署名認証システムです。現在多くのショッピングサイトでは、そのログイン認証にパスワードとIDを要求しますが、この方式はパスワードなどを通信するため、その暗号化が解読されてしまうと非常に危険です。

しかし署名認証システムの場合、ログインのための個人認証を端末内で完結させ、「本人であることを認証した」という署名のみをサイトへ送信するため、万が一通信方式での暗号が解読されても指紋やパスワードなどの個人情報は盗まれません(端末内から出ないため盗みようがない)。

この方式は、すでに国際的なオンライン認証技術の標準化団体「FIDOアライアンス」が「FIDO認証」として普及を図っており、日本でもNTTドコモやヤフーなど、大手IT系企業がその導入を推進しています。Apple(アップル)がiOS端末やMac OS端末で採用している認証方式も、これと同じような方式です。

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FIDO認証の仕組み(引用元はこちら


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NTTドコモが2020年2月の導入を予定している「dアカウント パスワードレス認証」にはFIDO認証が使われている


量子コンピューターによってセキュリティ的な懸念が増大する一方で、より便利な生活となる可能性も多くあります。その1つが冒頭でもお伝えしたAIへの活用です。

筆者が考える未来のAIとは「提案ができるAI」です。ユーザーが質問した内容に対し膨大なビッグデータから統計的に推論して答えるだけでなく、人がどう考えるのかを「予想」して、先に「こうしたらどうですか?」と提案してくるというものです。

こういった推論や未来予測は、現在のコンピューター性能ではコストや計算時間的に実用化が難しいものです。しかし量子コンピューターが持つ並列演算技術であれば、そういった統計的予測を一瞬で導き出せます。人間であれば、これを「直感」と呼ぶべきところでしょう。

つまり、AIが直感を獲得したときこそ、真のAIが誕生すると考えるのです。そこに意思や自我はなくとも、AIは直感を持てるはずなのです。

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直感力こそが、人類とコンピューターの未来を変える鍵かもしれない


■現実解としての「シミュレーテッドアニーリング」
そしてさらに、こういった統計的予測をもっと身近に、早く実現してくれる技術として期待されているのが「シミュレーテッドアニーリング」という手法です。

これは、量子コンピューターのような計算を、現在のCMOS技術によって模倣するというものです。例えばGPUが非ノイマン型コンピューターとしてPCやスマホの世界で活用され、高度なCG処理を行っているように、超小型のシミュレーテッドアニーリングエンジンを作ることで、PCやスマホに直感性を持たせたり、より高度なAI技術の搭載を可能にするかもしれません。

事実、NEDOの展示ブースでは、日立が開発した世界最小となる名刺サイズのシミュレーテッドアニーリングマシンが展示されており、映像のノイズを効率よく除去する実演が行われていました。

シミュレーテッドアニーリングマシンは今後さらなる小型化も十分可能であり、非常に小さな電力でも動作するため、IoTセンサーからの情報解析や物流システムの効率化など、様々な場面で活躍できる可能性があります。

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日立が開発した名刺サイズのシミュレーテッドアニーリングマシン


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会場に設置されたカメラからの映像のノイズをリアルタイムの除去するデモ


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量子コンピューターは量子ビットの基底状態を検出することで計算結果とするが、それをCMOS上でシミュレートしている


■時代の転換点の傍観者となれた幸せとともに
将来、すべてのコンピューターの心臓部が、量子コンピューターやそれに準ずる非ノイマン型コンピューターになることは、しばらくはないと思われます。量子コンピューター自体はまだまだ小型化など考えられる段階になく、そして現在のコンピューターは私たちが利用するレベルでは十分に発展し、進化しているからです。

NEDOの超電導量子アニーリングマシンについて担当者からお話を伺っている時、とても印象的だったことがあります。

まったく無知な筆者にゆっくりと丁寧に解説してくれている途中、失礼にも話を遮るようにして「……まるで昔の、大きな冷蔵庫くらいのノイマン型コンピューターみたいですね」と、唐突に言ってしまったのです。

しかし担当者は嫌な顔をするどころか、何かが弾けたような笑顔で、「そうそう!そうなのです!これはまさに当時のノイマン型コンピューターみたいなものなのです!」と、嬉しそうに力説してくれました。

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その大きな装置の姿に、かつてテレビで見た巨大なノイマン型コンピューターを突然思い出してしまった


ノイマン型コンピューターが生まれた時代、そのサイズは冷蔵庫どころか1つの建物がまるごと1つのコンピューターでした。それから半世紀以上にわたるコンピューターの進化と進歩の歴史は、人々がよく知るところです。

今では誰もがスマホを持ち、世界中と一瞬で繋がり、どんな情報でも「Hey Siri」や「OK Google」と話しかければ教えてくれる時代になりました。ほんの20年前の人々に今のスマホとその技術を見せても、恐らくペテンか魔法だと感じることでしょう。

筆者が呆けた顔で見つめていた超電導量子アニーリングマシンは、半世紀以上前の人々が眺めていたノイマン型コンピューターの面影そのものなのかもしれません。そしてまた半世紀後、人々は量子コンピューターをウェアラブルデバイスとして活用し、コンピューターを相棒やアドバイザーとして活用しているかもしれません。

通信やエネルギーなど、ありとあらゆる技術が大変革期に入ろうとしている21世紀初頭。この時代に生まれ、量子コンピューターの誕生を目の当たりに出来たことを筆者は幸運に思います。そして可能ならば、この技術がさらに次の技術へと引き継がれる時代まで生きてみたいものです。

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量子コンピューターの原点から、遠い未来を俯瞰してみよう


記事執筆:秋吉 健


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