コロナ禍の今、人々が見直すべき「冗長性」について考えてみた!

シャープのオンラインシステムにおいて小さくないトラブルが4月21日に発生しました。同社のIoT家電ブランド「COCORO+(ココロプラス)」の製品にオンライン経由でアクセスできなくなり、遠隔操作不能に陥ったのです。

原因はシャープによるマスクのオンライン販売。COCORO+のアカウント管理システムとオンラインショップのアカウントシステムが同じシステム上で動いていたため、マスクの購入希望者がサイトに殺到し、ログインシステム(認証システム)がダウンしてしまったのです。

IoT家電と言っても自宅のリモコンや家電本体での操作は問題なく、マスク販売についてもその後抽選方式にするなどの対策が講じられ、現在は通常に戻っていますが、こういったアクセス集中によるシステムダウンは他の企業でも十分に起こり得る事態です。

新型コロナウイルス感染症問題(以下、コロナ禍)が日増しに深刻化する中、世界中で今まで表面化していなかった社会的な問題や課題も浮き彫りになりつつあります。私たちはこのコロナ禍とどのように向き合えば良いのでしょうか。また必要なものとは一体何でしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はテクノロジーの視点から、私たちの生活や心構えに必要な「冗長性」について考えます。

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シャープの失敗に私たちは何を学ぶべきか


■「冗長性」を蔑ろにし続けてきた世界
結論から書いてしまいましょう。今私たちの生活に必要なものは「冗長性」です。もっと簡単に「備え」や「余裕」と言い換えても良いかもしれません。

備えあれば憂いなし、とは古いことわざですが、これは物質的な備蓄のみを指した言葉ではありません。古くは「憂い」を「患い」とも書き、その文字が表すように心身の病気への心構えも含めて指した言葉でした。

今回のコロナ禍以前に世界規模のパンデミックが起きたのは、1918年~1920年の「スペイン風邪」だと言われています。通俗的にスペイン風邪とは言われますが、実際はアメリカ合衆国やその他のヨーロッパ各国も大きな被害を被っており、死者は全世界で1500万人から5000万人、あるいは1億人も死亡したとする説すらあります(当時の世界の人口は約20億人)。

そのスペイン風邪から丁度100年。何かの因果すら感じさせるタイミングですが、現在地球上で生きている人類の総人口は75億人と言われており、そのほぼ全数が初のパンデミックを経験していることになります(100歳以上の方のみが2度経験していることになる)。

少なくとも世界は第二次大戦以降、ひたすらに経済的発展を求めて驀進し続けてきました。経済的発展のためであれば、環境破壊すらいとわないという時代すらありました(程度こそ違えど、現在もそうであると言えるかもしれない)。

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人々は金銭的欲望を満たすために動き続けた


そのような中で、人々がひたすらに削り続けてきたものがあります。それこそが冗長性です。

テクノロジーの発展は人々の仕事を高速化し、効率よく完了させてくれましたが、空いた時間を余暇として使うことはありませんでした。空いた時間には別の仕事をひたすら詰め込み、テクノロジーが進化して再び仕事が効率化されると、さらにまた仕事を詰め込んだのです。

そのようにして無駄を削り、仕事を詰め込み、最大効率で収益を上げることが至上命題とされてきたのです。果たしてその社会の中で、冗長性を重視するような企業や経営者はどれだけ生き残れたでしょうか。

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誰よりもカネを稼いだ人間が勝者となる。それが現在の世界を動かす価値観だ


日本の成長や凋落を振り返っても、常に仕事の圧縮と効率化・多重化の繰り返しでした。とくにバブル崩壊以降、企業は生き残りをかけてコストカットに奔走し、正社員を派遣やパートに切り替え、仕事量だけは正社員と同じだけの仕事を与え、さらにはその人員すら削って最小限の人数で賄おうとしました。

かつて某牛丼チェーン店が深夜に店員1人で店舗を営業する「ワンオペ」(ワンオペレーション)を常態化させていたことで大きな問題となりましたが、同様の事例は探せばいくつでも出てきます。コンビニですら、店主が休めず過労死するといった事例を幾度も見てきました。

そのような余裕のない経営や事業形態で、コロナ禍のような未曾有の事態に対応できるわけがありません。人的冗長性から生産的冗長性まで何もかもが用意されていないため、「不測の事態」に何も対処できないのです。

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利益のためならば人の命も軽い。そんな社会であって良いのか(引用記事はこちら


■見習うべき通信会社の危機管理
筆者はモバイルライターという仕事柄、社会の冗長性について思案する際にいつも思い出すことがあります。それはNTTドコモのネットワークオペレーションセンター(NOC)の取材です。

NOCはその名の通り、同社のネットワーク管理の中枢を担う場所で、NOCがあるからこそ人々は何の障害もなく当たり前のようにスマートフォン(スマホ)で通信を行い、いつでもどこでも電話ができるのです。

この「通信の要塞」とも呼べるNOCを、NTTドコモは東京と大阪の2箇所に持っています。その理由は単純明快、「どちらかが壊れても正しく機能するように」です。

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NTTドコモ NOCの心臓部。人々の通信の安全は、ここで24時間365日守られている


日本は世界でも稀に見るほどの災害大国です。台風、地震、火事、水害。ありとあらゆる災害が毎年のように降りかかります。

そんな国であるからこそ、社会基盤である通信インフラが途絶しないよう、平時は関東と関西をそれぞれに担当し、万が一の緊急事態には1拠点だけでも全国を制御できるだけの機能を2拠点ともに備えているのです。

同様の仕組みはKDDIやソフトバンクも持っており、各社ともに通信インフラの断絶がどのような状況でも起こらないよう、万全の体制を整えています。

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KDDIは基幹となる通信ケーブルの迂回路も補強整備し、通信途絶への耐性強化に全力を上げる


数年ほど前、とあるイベントでNTTドコモのNOC関連のインタビュー取材を行っていたとき、災害時に出動する移動基地局車を災害対策室室長がじっと見つめながら、このような言葉をつぶやいたのを今でも覚えています。

「(移動基地局車は)本来は使われないことが理想なのです」

年間100億円近い予算を計上してネットワークの保全や災害対策を行う部署は、利益を1円も生み出しません。ましてや1台数千万円とも言われる移動基地局車が「使われないこと」を祈りながら全国に配備するという行為は、利益至上主義の社会では何かと避けられがちなことでしょう。

しかしそれでも配備を行い、万が一に備える。それが冗長性です。企業活動であるがゆえに、「余裕」などという言葉に置き換えるのは失礼だと理解してはいますが、しかしその余裕こそが人々の生活を守り、ひいては企業としての信用につながっているのです。

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1円の利益も生まない赤字部署が、企業の信用と信頼を支えている


■人々が互いに助け合える社会を目指して
シャープの一件では、システムダウンを防ぐ方策として「人が殺到するオンラインショップで販売するべきではなかった」とする声が多く聞かれますが、筆者はそれ以前にシステムの冗長性の無さが気になりました。

アカウントシステムへのアクセス過多程度でシステムの広範囲に影響を与えるようでは、マスクの販売がなくともいずれは問題が起きるシステムだったと言えます。故意にDDoS攻撃などを行われた場合、あっさりと陥落してIoT機能は意味を成さなくなったでしょう。

テクノロジー企業であれば、サブシステムを持つなどの方策は取れなかったのか。もしくはシステムダウンする前にアクセスを制限する仕組みは作れなかったのか。さまざまに考えてしまいます。

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ココロでつながる前に、ココロの余裕が欲しかった



個人単位でも、冗長性は大切です。例えば筆者の場合、取材用のカメラは常に2台用意しています(トップ画像がそれ)。これは一番分かりやすい例ですが、万が一片方が故障してももう一方で仕事ができるようにです。

事実、過去に1台が故障したことがありましたが、もう1台持っていたおかげで事なきを得ました。

取材時の移動でも、「電車が遅れるのではないか」、「移動先で何らかのイレギュラーに遭遇するのではないか」と常に考え、予定時間の30分~1時間前には現地へ到着するように移動します。

日々の生活を振り返っても、どんなときでも「無駄な時間」を必ず確保します。筆者はそれができる生活だから良いですが、みなさんはどうでしょうか。そんな余裕の作りようがない生活を送っている人も多いのではないでしょうか。

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例えばスマホを常に2台持ち歩く。それもまた冗長性だ


シャープが起こした失敗は他人事ではありません。このコロナ禍の渦中にあり、最も恐ろしいことは「余裕の無さが生み出す恐怖」です。恐怖は人を簡単に支配します。そうならないためにも、企業であっても個人であっても、万が一を想定した冗長性が重要なのです。

何度でも書いておきましょう。「備えあれば憂いなし」。万全の備えをしたという自負さえあれば、仮にその想定を超えた未曾有の危機に遭遇したとしても動じることはありません。「あれだけの備えをしてダメなのなら何をしてもダメ」と思えるからです。

今からでも遅くはありません。恐怖に取り込まれないためにも、心と生活に余裕を作りましょう。ただし、無用な買い溜めなどはいけません。心の余裕とは他人への気遣いの余裕でもあります。自分だけの備えではなく、人々が相互に備えられる冗長性が必要なのです。

コロナ禍が過ぎ去った時、世界が効率ばかりを追い求めるのではなく、様々な困難や危機に対応できる冗長性を持った社会へと変革していることを、心から願っています。

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人々が再び気兼ねなく手をつないで歩ける世界を目指して、今は頑張ろう


記事執筆:秋吉 健


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