Apple Arcadeが流行らない理由について考えてみた!

ニュースメディア「Bloomberg」は1日(現地時間)、以下のようなタイトルの記事を掲載しました。意味としては「アップルが定期契約者維持のため戦略転換。複数のアーケードゲームをキャンセル」となります。

Apple Cancels Arcade Games in Strategy Shift To Keep Subscribers - Bloomberg

記事の内容はAppleが運営しているサブスクリプションゲームサービス「Apple Arcade」がユーザー獲得不振に陥っており、状況を改善するために戦略を転換して一定のエンゲージメントに達していない一部のゲーム開発者との契約を解消したというものです。

この報道や事実に対してゲーム開発者からは反発の声も上がっているようですが、サービスとしてのゲームプラットフォームの運営が危機的状況に陥りつつあるAppleの方針転換も理解できるところではあります。

Appleの何が誤算だったのか、Apple Arcadeに足りないものとは何なのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はApple Arcadeの苦境とその問題点について考察します。

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Apple Arcadeの戦略転換を報じるBloombergの記事(引用元はこちら


■ゲームとサブスクモデルの相性の悪さ
はじめに、Apple Arcadeというサービスについて解説します。

Apple Arcadeは、Appleが運営するサブスクリプション(定期契約)型のゲームプラットフォームサービスです。月額600円(初回利用から1ヶ月間は無料)で100種類以上のゲームが遊び放題というのが最大の特徴で、音楽や動画のストリーミング配信サービスのゲーム版といったところです。

ゲームは各メーカー(デベロッパー)の有名IPから無名のインディーゲーム的なものまでさまざまにラインナップされていますが、基本的には新作ゲームが中心で他社でヒットした作品の移植といったものはありません(人気IPでもシリーズの最新作であったり完全新規の作品がほとんど)。

日本でも2019年9月末よりサービス提供が開始されており、利用したことのある方もいらっしゃるかもしれませんが、話題性の低さも含め、その認知度や利用者数はあまり高くないように思われます。

Appleとしては月額1000円を大きく下回る料金で最新のゲームが遊び放題であれば絶対に流行ると確信を持っていたのかもしれませんが、その目算は大きく外れ続けています。なぜApple Arcadeは人々の心を掴まないのでしょうか。

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みんなゲームが嫌いだった……?


Appleの最大の誤算は、恐らくゲームユーザーの心理やニーズを掴めていない点です。

みなさんはゲームを購入したり遊ぶ際に、どのように選ぶでしょうか。面白そうだ、これは遊んでみたいと強い興味を惹かれるから遊ぶことが多いと思います。少なくとも「なんとなく暇だし適当に選んで遊んでみるか」と、本当にランダムにゲームへ手を伸ばすことはないでしょう。

そこが最大のポイントなのです。例えば音楽であれば、ラジオやUSENなどのように「垂れ流し」で環境音楽として聴くという手段があります。だからこそ曲目やジャンルにこだわることなく聴き続けられるストリーミング配信が支持されるのであり、そこから新しい音楽に出会う楽しみも付加されるのです。

しかしゲームはアプローチがそもそも違います。音楽の「ながら聴き」のように「ながら游び」をするわけではありません。「暇をつぶしたい」、「趣味として楽しみたい」という目的意識がハッキリとした中で「面白いか、面白くないか」を吟味するように遊ぶのがゲームです。

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基本無料のゲームであっても、人々は游びたいと思わないゲームはダウンロードすらしない


さらに、多くのゲームは長期にわたって游び続けるようには設計されていません。例えばMMORPGやソーシャルゲームのように、継続的なアップデートと課金を促す仕組みによって遊ばせるものであれば別ですが、基本的には「始まりと終わり」があるのがゲームであり、遊び尽くせば終了するのが一般的です。

そのため、月額課金して半年~年単位で游び続けるようなゲームは少なく、また単発のゲームを次々と乗り換えるようにして何十本も游び続ける人がそれほど多くいるとは思えません。

1つのゲームを長くやり込むコアゲーマーに訴求するにはラインナップに魅力がなく、ソロゲームを気軽に遊ぶライトユースには月額課金というシステムが重く、ソロゲームを次々に游び続けるスタイルのゲーマーはほとんどいない。

果たしてApple Arcadeは誰をターゲットにしたプラットフォームサービスなのでしょうか。

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長期間のプレイが前提となる月額課金制のMMORPGでも、ゲーム本体や導入部分を無料にしないと遊ばれない時代だ


こういった状況にさらに追い打ちを掛けるのが、Apple Arcadeのラインナップです。基本的にソロプレイやオフラインでのパーティプレイゲームがほとんどで、継続利用を促すようなオンラインゲームやソーシャルゲームは皆無に近い状況です。

ソロプレイのゲームがひたすらずらりと並んでいる無料のゲームセンター、というイメージから考えればApple Arcadeというネーミングはまさに的を射たものではありますが、いくら全てのゲームがフリープレイだからと言って、遊んでみるまで面白いかどうかも分からないゲームばかりが並んでいるゲームセンターに月額料金をいきなり払えるでしょうか。

Apple Arcadeに設定された1ヶ月間の無料期間はそのために用意されているわけですが、上記のような様々な要因から、その無料サービスに踏み出そうという人が少なかった結果が現在の状況なのです。

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すべてのゲームを游び尽くすつもりなら游び足りなくはならないだろうが、それがそのまま満足度につながるわけではない


また、この「1ヶ月間無料」という言葉に忌避感を持たれ始めているのも事実です。Apple Arcadeもご多分に漏れず、無料期間をすぎると自動的に有料サービスへ移行されます。この継続課金への自動移行が人々に嫌われるのです。

「無料期間だけ試すつもりが解約するのを忘れて課金されてしまった」、「いつのまにか有料になってるのに気が付かずに何ヶ月も支払ってた」、サブスクリプションサービスでこのような経験をした人は少なくないと思います。

その印象の悪さが初回無料や1ヶ月間無料といった謳い文句に警戒感を与え、「契約解除し忘れて課金されるのが怖い」と、お試し利用すら敬遠される原因となっています。

かつてiモードやEZwebといった携帯電話向けサービスでサブスクリプションによる月額課金が全盛となった頃、巷では月額課金疲れや自動課金事故が問題視され、度々取り沙汰されました。

携帯ショップにおいても携帯電話を安く販売する代わりに大量のサブスクリプションサービスに加入させる商法がはびこり、法規制や法改正の議論で槍玉に挙げられたことも多々あります。

あれから約10年経ち、日本では再びサブスクリプションサービスがブームとなったわけですが、自動課金事故もまた人々に嫌な経験として繰り返されているのです。

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iPhoneなどでのサブスクリプション管理の分かりづらさも、サブスクリプションサービスが敬遠される理由の1つかもしれない


■ユーザーメリットを提示できていないのが最大の問題
月額課金方式へのネガティブイメージを差し置くとしても、基本無料のゲームが未だに根強くスマホ向けゲームの人気ランキング上位を占めている日本の市場においては、Apple Arcadeは分の悪い戦いです。

そもそも「お試し無料」が当たり前で、しかも「つまらない」と放置していても自動課金される心配のない基本無料のゲームがあふれる中、なぜ自動課金事故のリスクを負ってまで有料サービスの無料キャンペーンに登録しなければいけないのか。

ユーザーはその手間とリスクを面倒だと感じているのです。

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App Storeの中にもう1つゲームプラットフォームが存在している、という構造も少々分かりづらい


ゲーム内課金が一切なく、広告も存在しない月額課金制のゲームプラットフォームは、本来であればゲームユーザーにとっても非常にメリットの多い選択肢になり得たはずです。

しかしそこにラインナップされたゲームをユーザーに正しく認知させられず、自動的に有料プランへと移行するという仕組みがユーザー登録を躊躇させ、結果的に他のゲームプラットフォームやエコシステムに対するメリットや魅力をユーザーに正しく伝えられていないのが最大の問題点であると筆者は感じます。

例えば成功しているモバイル環境向けゲームプラットフォームの1つに、KDDIの「auゲーム」があります。こちらはGoogle Playなどで通常販売(無料提供)されているゲームを「auゲーム版」として提供する代わりに、auスマートパスやPontaポイントと連携させることで課金額の一定割合をユーザーへ還元するというもので、ユーザーメリットを分かりやすく明示することで安定した成長を見せています。

またそういったユーザーメリットの明示が月額料金の掛かるauスマートパスやさらに高額なauスマートパスプレミアムへのユーザー牽引と継続的な課金に役立っており、ポイント経済圏の構築において強みのあるKDDIらしい囲い込み施策の1つとなっています。

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人は絶対値としての価格のみで判断しているわけではなく「お得感」も重要な要素だ


オリジナルゲームがあるわけでもなく、月額料金も税込みで400円以上や500円以上にもなるサービスとの紐付けが事実上必須となるようなサービスが、なぜ支持されユーザーを増やし続けているのか。Appleはそこを徹底的に研究する必要があります。

月額のストリーミング音楽配信サービスや動画配信サービスでも、そこにある音楽や動画がオリジナル作品ばかりであったら契約する人は少ないのではないでしょうか。自分の好きな曲やアーティスト、誰もが知っている名作映画がラインナップされているからこそ「使ってみよう」と思うのです。

ゲームだけ「無名の完全新作を並べて喜ばれる」と考えるほうが不自然です。

2019年12月末の時点で104本ほどであったApple Arcadeのゲームタイトル数は、2020年7月1日の時点で未だに124本です。半年以上も経過しているのに20本程度しか増えていないというのは、やる気がないのでは? と見られても仕方がありません。

Appleはエンゲージメントを理由にゲーム開発者を選別するドライな戦略へと舵を切りつつありますが、問題の根本はそこではないように思われます。

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何か崇高な目標があることは理解できるが、抽象的すぎてゲームプレイヤーとしての胸に何も響いてこない


記事執筆:秋吉 健


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