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通信エリアの人口カバー率について考えてみた! |
既報通り、楽天モバイルは4日、同社の楽天回線エリアにおける4G人口カバー率が96%に到達したと発表しました。サービス開始当初の計画では2026年3月末を予定し、その後、計画を5年前倒しして2021年夏頃に96%へ達成する目標を掲げていましたが、半導体不足やコロナ禍など複数の要因が重なり、設備の導入および設置が遅延していました。
とはいえ、そのエリア展開速度は目を見張るほどの速さです。以前から同社が「楽天グループの総力を挙げ、全社員が一丸となってエリア展開に最優先で取り組んでいる」と強調していたように、通信会社にとって電波が届かないエリアがあるということは致命的であり、シェア獲得(顧客獲得)においてその払拭が最優先課題だったことは明白です。
一方で、通信エリアの人口カバー率というのは実に曖昧で、現実を正確には映さない表現であるのもまた事実です。過去にはその表記のために消費者庁から措置命令が下された例まであります。
通信エリアの人口カバー率とは一体何なのでしょうか。また消費者たる私たちが気をつけなければいけない点はどこにあるのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は通信エリアの人口カバー率について解説します。
■人口カバー率算出方法の昔と今
通信エリアにおける人口カバー率の算出の方法は大きく分けて2通りあります。
【1】各市町村の役所・役場などを通信エリアの起点と考え、それらの施設がエリア内であればその市町村の全域が通信圏内であるとする算出方法
【2】全国を500m四方のメッシュエリアで区切り、そのメッシュ内の50%以上で利用できる場合に通信圏内であるとする算出方法
【1】の算出方法は自動車電話や携帯電話のリースが利用されていた時代に総務省が定めたもので、2014年7月まで移動体通信事業者(MNO)の各社で採用されていました。
この算出方法が採用された背景には当時の自動車電話や携帯電話が主にビジネス用途で一般向けではなく、各市町村の中心部(市街地)で通話が行えれば良いという暫定的な判断によるものでした。
しかしながら、携帯電話が一般に普及し、さらにスマートフォン(スマホ)の時代に入って電話だけではなく通信端末としての活用が全国各地に広がると、この算出方法では不都合な状況が多く出始めたのです。
そこで2014年7月に登場したのが【2】の算出方法です。こちらは実際の国土面積に対してのエリアカバー率となるため、【1】の算出方法と区別するために「実人口カバー率」などとも呼ばれます。
■プラチナバンドを持たない楽天モバイルの悩み
今回、楽天モバイルが発表した人口カバー率も実人口カバー率です。そのため、カバー率と実際に通信できるエリアに大きな乖離が生じることは原則としてありません。
ところが、実はこの実人口カバー率にも小さくない落とし穴があるのです。実人口カバー率で問題となるのは電波の特性と対応周波数(バンド)です。
例えば、電波特性では高い周波数の電波ほど建物や障害物を透過する浸透性が低くなるという性質があります。また高い周波数になるほど障害物の側面や裏側(いわゆる陰)に電波が回り込む回折性も低くなります。
こういった電波特性から周波数が比較的低く浸透性や回折性が高い700~900MHz帯の電波を「プラチナバンド」などと呼ぶことがありますが、楽天モバイルはこのプラチナバンドを割り当てられていません。
現在の楽天モバイルに割り当てられている周波数帯は、
・4G用……1.7GHz帯
・5G用……3.8~3.9GHz帯(Sub-6)、27.0GHz~27.4GHz帯(ミリ波)
となっており、比較的高めの周波数帯ばかりです。そのため、たとえ通信エリア内であったとしてもビルの屋内や地下階、さらにアンテナ基地局から見てビルの陰になる場所では電波が届きづらくなることがあるのです。
同社ではこの問題を当初から重く受け止めており、総務省にはプラチナバンドの割当を強く求めつつ、直近の対策として電波を中継・増幅するレピーターや屋内アンテナの設置を、エリア展開と並行して進めています。
ちなみに楽天モバイルはKDDIと提携し、サービス開始当初にKDDIが持つ800MHz帯(プラチナバンド)の通信エリアをローミングエリアとして利用していました。
しかしこのローミングサービスも楽天モバイルの自社エリアの拡大に伴い順次終了しており、いずれは全てのエリアで終了する予定です。
プラチナバンドのローミングサービスを終了する理由はコストです。KDDIから電波を借り受け続けるには多大な費用がかかるため、インフラコストを抑えるためにも早期に終了しなければなりません。
2021年は楽天モバイルユーザーの一部から「ローミングサービスが終了したエリアで電波がつながりにくくなった」というクレームも散見されましたが、その背景にはこういった事情があったのです。
■SIMロック原則禁止と対応周波数の問題
対応周波数が問題となった事例としては、2013年にKDDI(au)が消費者庁から措置命令を受けた例などがあります。
2012年にauからアップル製の「iPhone 5」が発売されましたが、購入したユーザーから「以前の携帯電話やスマホより電波が入りにくい」とクレームが入る事態が発生しました。
当時KDDIは同社が展開していた「au 4G LTE」の広告やキャンペーンにて「実人口カバー率96%」と謳っていたため、あまりにも入らない電波にユーザーが「詐欺ではないか」と怒ったのです。
実際は、iPhone 5が対応している周波数がauの4G周波数帯の一部にしか対応しておらず、iPhone 5対応の周波数のみの場合、実人口カバー率が14%程度しかなかったために起こった悲劇でした。
端末側の対応周波数問題は過去のことではなく、現在も引きずり続けている問題でもあります。むしろ2022年5月よりSIMロックが原則禁止とされる今後こそ、ますます問題となっていく部分だと考えられます。
例えば、ソフトバンクで購入したスマホのSIMロックを解除してauで利用しようとした場合、機種によっては対応しない周波数があるために通信可能なエリアが狭くなるといった事態が起きることがあります。
MNOに限らず通信キャリアが販売する端末は基本的にその通信キャリアに割り当てられた周波数で問題なく動作することを確認した端末であるため、他の通信キャリアの周波数に対応しているかどうかはユーザーが原則自己責任で調べるしかないのです。
例えば、アップル製の「iPhone 13」などは国内全ての通信キャリアで問題なく利用できますが、通信キャリアが専売モデルとして販売している格安のAndroidスマホなどは、他社の周波数には対応していない場合が多くあります。
これは製造コストを削減したり、専売契約とすることで価格を抑えるための販売戦略の1つであるためですが、そういった事情を知らずに通信キャリアを乗り換えて痛い思いをするユーザーは今後増えていくように思われます。
また仮に対応周波数を知ることができたとしてもどの通信キャリアがどの周波数に対応しているのかなどは一般人が知るはずもありません。
SIMロックを原則禁止にするのであれば、すべての国内通信キャリアの周波数に対応させることもまた義務化しなければ、無用な問題と混乱を招く恐れがあります。
■衛星通信の強みと弱点
通信コストと通信エリアのバランスは楽天モバイルのみならず、他のMNOでも常に頭の痛い問題です。エリアを充実させ、街や建物の隅々にまで電波を行き渡らせるには、プラチナバンドの取得以外にも相応の現地調査と入念なアンテナ設置計画が必要になります。
そんな頭の痛い問題を一気に解決する秘策として期待されているのが「衛星通信」です。ただし、衛星通信は全ての問題を解決できるほどには万能ではありません。
例えば、楽天モバイルは2023年以降の計画として地球の上空700km付近を飛ぶ低軌道通信衛星を使った「スペースモバイル計画」を発表しています。
遥か上空との通信となるため、原則的にビルなどの建造物によって電波の陰が生じにくいのが特徴で、何よりもアンテナ基地局を設置しづらい山間部や、そもそも設置が不可能な海上でも通信が可能である点が大きなメリットです。
この方法であれば、実人口カバー率どころか面積(国土)カバー率すら100%を実現することが可能です。
しかしながら、欠点も複数あります。特に問題となるのは通信速度と同時接続数です。現在、NTTドコモやKDDIなどが災害時の緊急用として利用している衛星通信の速度は理論値でも50~100Mbps以下で、スマホ単体との通信での実測では数Mbpsといったところです。
楽天モバイルのスペースモバイル計画で利用する予定の通信衛星では理論値で数百Mbps程度と言われていますが、やはり地上のアンテナ基地局を利用した通信速度とは雲泥の差です。
さらに同時接続数も数十~数百単位と言われており、地上のアンテナ基地局の同時接続数や同時利用可能端末数とは大きな隔たりがあります。
この他にも、
・通信遅延
・ドップラーシフト(通信距離が非常に長いために起こるドップラー効果による周波数のズレ)
・隣国の通信サービスとの電波干渉
というように多くの課題が残っている状況です。
通信遅延などは物理的に解決しようがないものでもあり、5G時代になって数ミリ秒単位の超低遅延をメリットとして活用し始めている現在、衛星通信が地上のアンテナ基地局を完全に置き換えるものではないことが分かります。
衛星通信は飽くまでもカバーできないエリアを補完するもので、メインとなるのはやはり地上のアンテナ基地局なのです。
■人口カバー率の高さはMNOの努力の証
かつて携帯電話が一般に普及し始めた頃、電波の入りが悪いとアンテナホイップを伸ばして空にかざしてみたり、ブンブンと端末を振り回して電波を探した人も多いでしょう。
それが今では電波が入ることが当たり前となり、街で電波が入らないという状況があると驚いてしまうほどです。その背景にMNOによる涙ぐましいエリア構築の努力があったことに思いを馳せ、感謝する人はほとんどいません。
それが悪いことだとは言いませんし、通信会社の裏事情まで考えながらスマホを利用する必要もありません。しかしながら、日本が世界トップクラスの人口カバー率と通信品質だと言われるまでにエリア構築した各MNOの努力があったことは、知識の1つとして知っておいて欲しいようにも思います。
記事執筆:秋吉 健
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