企業内のデジタル・ディバイドについて考えてみた! |
筆者は仕事である以上に個人的な興味・関心という部分で、世代間や社会的なデジタル・ディバイド(情報格差)について多くの取材と勉強をしてきました。その主な取材先は教育現場や一般家庭でしたが、もう1つ、この社会を形作る上で非常に重要な場所でのデジタル・ディバイドがあります。それが企業(会社)内でのデジタル・ディバイドです。
企業を動かすのは人間であり、そこで働く人々が家庭で育ち教育課程を経て就職しているのですから、当然と言えば当然です。教育現場や一般家庭でのデジタル・ディバイドの状況は、ほぼそのまま企業内に反映されていると言っても過言ではありません。
そしてその企業内デジタル・ディバイドが企業体力を落とし、社内改革を停滞させ、旧態依然とした体制を引きずる要因ともなっています。このような現状は今度打破できるのでしょうか。また打破するためには何が必要なのでしょうか。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は企業内デジタル・ディバイドの現実とそこで働く人々が取り組むべき真の課題について考察します。
■データから見えてくる経営側と現場の意識差
MMD研究所が2月16日に公開した「企業のDXおよびデジタル課題に関する実態調査」によると、「IT人材採用への課題」の項目では、「課題がある」と答えた教育担当社員は、大企業で79.5%、中小企業で69.5%となっており、いずれも非常に高い数字となっています。
一方で対象を会社経営者・役員へと目を移してみると、その数字は36.0%と急落し、「課題はない」と答えた割合が64.0%にも跳ね上がります。
この数字の格差こそが企業内デジタル・ディバイドを如実に表しているのではないでしょうか。経営者視点ではIT人材など足りている、もしくは必要ないと考えている一方で、社内の教育担当社員は課題が山積している現状を切実に感じているのです。
同様に、「社員のデジタルスキルへの課題」という項目でも、大企業・中小企業にかかわらず教育担当社員の危機感が非常に高い一方で、経営者側の意識の低さが見て取れます。
雇用する側とされる側で視点が異なること自体は至極当然とも言えます。また短期的な収益やコスト配分にも慎重にならざるを得ない経営者側の理屈も理解できます。
しかしながら、「社員のデジタルスキルへの課題内容」という項目において、会社経営者・役員が挙げた課題の上位を見る限り、経営者側が社員や企業のデジタルスキルの現状に満足しているわけではないでしょう。
むしろ、デジタル・ディバイドの現状を把握していながら見て見ぬ振りをしているだけだということがはっきりと分かります。
これらのデータから分かるのは、企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を進めていく中で喫緊の課題となっているのが若手社員や中堅社員のIT教育ではなく、むしろ会社経営者側(雇用者側)のIT教育や意識改革である、ということです。
会社経営者や役員はミドル層からシニア層にあたる世代が多く、その世代に新しい技術やITに関する知識を覚えてもらうことが非常に難しいことは容易に想像できます。
それは企業のみならず一般家庭や教育現場でも同様です。例えば小中学校では文科省によるGIGAスクール構想を中心にデジタル教育の導入を進めていますが、その最大の障壁ともなっているのが「教育者側のIT教育」です。
結局、指導する側や指揮を執る側の人間の教育が一番難しく、しかも年齢的にも新しいことを覚えづらくなっているだけに、自ら率先してITスキルの基礎から覚え直す気概を持つ人でなければ途中で諦めてしまったり、調査データにもあったように「課題などない」と開き直ってしまう状況になるのは当然の帰結と言えます。
■企業間に横たわるもう1つのデジタル・ディバイド
もう1つ、気になるデータがあります。
自社のデジタル化について「積極的に勧めている」と答えた人は大企業で50.6%にのぼったものの、中小企業では16.7%と非常に低い数値になっています。
一方で、IT人材採用やデジタルスキルへの課題の項目で「課題がある」と答えた教育担当社員は、先ほど示したように大企業と中小企業で大きな差が見られませんでした。
つまり、自社のデジタル化についての危機感や危惧は企業規模にかかわらず持っているものの、大企業と中小企業ではその推進に大きな隔たりがあることを示しています。
これは企業内のデジタル・ディバイドだけではなく「企業間のデジタル・ディバイド」も広がっているという証左です。
企業間のデジタル・ディバイドがこのまま継続、あるいはさらに進行してしまう事態は、社会全体として大きな損失です。
取引先がFAX以外に対応していないために旧世代的な取引方法をやめられない(効率を上げられない)、取引先のセキュリティ管理が甘く契約を打ち切らざるを得ない、そういった事例が今後増える可能性は大いにあります。
少子高齢化による労働不足や市場の縮小など多くの課題を抱える日本社会において企業が生き残るには、企業内だけではなく企業間で連携したDXによる業務効率および生産性の向上やコストダウンは必須です。
少なくとも、企業間にまたがって残る「FAXとハンコ」に代表されるような古いビジネスモデルを早急に変えなければ、日本社会全体が世界から取り残されていくことは間違いありません。
■「分からない」からこそ「やってみる」ことが重要
ここまでに紹介したデータ以外を見ても、会社経営者および役員と現場の担当社員とのIT・デジタル改革への意識差があまりにも大きいことが見て取れます。
例えば社員へのデジタルスキルアップのための研修でも「実施したことはなく、実施も検討していない」と答えた割合は、自立学習支援型や講師による研修、社内OJTなどの種別に関わらず、教育担当社員の場合大企業で2割程度、中小企業でも3~4割程度であるのに対し、会社経営者・役員では6割以上にのぼるのです。
ここまで頑なに社内DXを拒む(あるいは消極的な)会社経営者が多い中、それではその研修自体にも全く効果を感じていないのかと言えば、実はそうではないのです。
「デジタルスキルアップのための研修を実施した感想」という項目を見てみれば、「研修を実施して良かった」、「どちらかというと研修を実施して良かった」と答えた会社経営者・役員は合計で62.5%にのぼります。
この数字は、なんと中小企業の教育担当社員が同様に効果を実感した数値(53.8%)よりも大きいのです。
これは、少々穿った見方をしてしまうと経営者側が研修内容を正しく理解できておらず、社員が効果を実感しているように「見えた」だけなのかもしれません。中小企業の担当社員からすれば「あれで理解できたとは言えない」と落胆される程度の効果だったとも読めます。
しかしながら、研修など必要ないと言っていた経営者や役員の数との落差を鑑みるに、ただそれだけの問題ではないようにも思えます。
研修を実施するまではその効果について懐疑的だったとしても、実際に実施してみたら思ったよりも効果を実感できたと、素直に受け止めることも必要でしょう。
■未知へのチャレンジを続けよう
最後の項目として挙げられていた「デジタルスキルアップのための研修の効果」を見れば、教育担当社員も会社経営者および役員も、すべての人が「業務効率化に繋がった」という解答が1位となりました。
また会社経営者および役員においては、「IT人材への理解がより深まった」という解答が2位に来ています。
これらのデータから分かることは、現状の企業内デジタル・ディバイドを打破するために必要なのはIT技術やそのスキルを身につけることではなく、もっともっと基礎的な「自分が分かっていないということを知る」(無知の知)、「分からないからこそやってみる」、そして「未知の領域へチャレンジする勇気」であることが理解できます。
そんな低レベルな……と感じてしまうかも知れませんが、多くの企業ではそれが現実です。そしてこれは前述のように、企業だけではなく一般家庭や教育現場にも通じる論理です。
逆に言えば、自分が何を理解し何を理解していないのかが分かってしまえば、あとは自ずと既知の知識と技術を辿るようにして自己学習できるようになるのも人間なのです。
重要なのは、はじめの一歩を踏み出すことなのです。
1970年代を境界線とした世代間のデジタル・ディバイドというものは、今後20年程度は続いていくものと思われます。その溝は世代交代が進めば自然と埋まっていくものかも知れませんが、世界における経済戦争や企業間競争は悠長に待ってはくれません。
分からないことには手を出したくない、理解できないから導入しない。それでは通用しない時代が来ています。分からないのであれば勉強をすれば良いのです。仮に理解できなくとも、理解できないということさえ知ることができたなら理解できる人材に頼ることも可能になります。
さまざまな困難の多い時代に生まれてきてしまったことを悔やんでしまうのか、それともチャレンジし甲斐のある時代だとほくそ笑むのか。企業経営者もそこで働く社員も、技術や知識以前の「心構え」が問われています。
記事執筆:秋吉 健
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