次世代のロボット遠隔操作技術「テレイグジスタンス」について考えてみた!

みなさんは「アバター」というSF映画をご覧になったことがあるでしょうか。地球から遥か遠くの惑星「パンドラ」を舞台にしたSF映画で、当時まだ一般には馴染みが薄かった3D映画を一気に普及させた金字塔とも呼べる作品です。

その映画の主人公ジェイクは、過去の事故により下半身不随となって以来不本意な日々を余儀なくされていましたが、アバターと呼ばれる惑星パンドラの原住民の姿をしたクローン体に意識をリンクさせて偵察を行う任務に志願し、原住民たちと共にその世界を自由に飛び回る様子が描かれます。その表現技法の緻密さも相まって現代版のおとぎ話のようにも感じられるほど遥かな未来感と創造性を掻き立てられましたが、そのアバターという発想はもしかしたら近い未来に実現してしまうかもしれないのです。

そのヒントとなるものが「テレイグジスタンス」と呼ばれる技術です。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はまだあまり聞き慣れないテレイグジスタンス技術とその可能性について考えていきます。

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遠隔地にもう1人の自分を存在させる技術……?


■「感覚」をフィードバックするテレイグジスタンス
テレイグジスタンスとは「Tel(遠隔)+existence(存在)」からの造語で、日本語ではそのまま「遠隔存在感」だとか「遠隔臨場感」などと訳されます。その名の通りこの技術はロボットを遠隔操作するための技術であり、かなり乱暴に平たく表現してしまえば従来からあるリモートコントロール技術とあまり変わりません。

しかしこの技術の核となるのは人間の知覚能力です。テレイグジスタンスではキーボードや操縦パネルによってロボットを動かすのではなく、人間が身につけたウェアラブルインターフェイスによって操作します。VRゴーグルのようなディスプレイを被り、手にはマニュピレーター操作用のグローブをはめ、人の動きは複数台の赤外線センサーやカメラによって3D映像として取り込まれます。操縦者の動きはそのまま外部のロボットにトレースされ、逆にロボットが何かを掴めば操縦者にも「掴んだ」という感覚がグローブを通じてフィードバックされます。

この「感覚のフィードバック」こそがテレイグジスタンスの大きな特徴と言えます。触覚や聴覚、視覚、そして温度といった情報をフィードバックすることで、単に映像を見ながら作業するよりもよりリアルかつ直感的に作業を行うことができます。この直感性が遠隔作業における精密で繊細な動きを可能としてくれるのです。

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危険かつ繊細な作業にこそテレイグジスタンスは有効だ


■5Gを活かせるコンテンツとしての技術開発
テレイグジスタンスについての研究や実用化には、通信キャリアであるKDDIが積極的な姿勢を見せています。昨年10月に幕張メッセにて開催された「CEATEC JAPAN 2017」ではKDDIブースの目玉としてテレイグジスタンス技術を用いたロボットが展示・公開され、実演なども行われました。

KDDIが展示していたのは科学技術振興機構(JST)や慶應義塾大学の共同研究によって開発された実証実験ロボット「TELESTAR V」で、本媒体でもCEATEC関連のレポートとしてご紹介したことがあります。

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CEATEC JAPAN 2017に出展したKDDIブースで公開された「TELESTAR V」の実演デモ


なぜ通信キャリアであるKDDIがロボット技術の開発や実用化に注力するのでしょうか。それは「5G」を最大限に活かせる技術となる可能性があるからです。

5Gはみなさんもすでによくご存知かと思いますが、世界中の通信業界および団体が次世代通信技術として策定しているもので、超低遅延、超高速通信、そして超多接続を可能とする夢の技術です。5Gは1つの規格や周波数帯を用いた技術を指した言葉ではなく、これらの技術的特徴を達成するために用いられる複数の技術を総括した名前として用いられます。

テレイグジスタンスの大きな特徴として感覚のフィードバックがあると前述しましたが、このフィードバックに5Gが持つ超低遅延性が活かされるのです。例えばテレイグジスタンスによって操作されたロボットが精密な作業を行うには、素早く正確な反応と感覚のフィードバックが要求されます。条件によっては100ミリ秒近くも遅延してしまうLTE通信などでは到底その要求に応えられませんが、僅か数ミリ秒という速度での反応が期待できる5Gであれば、遠隔ロボットの見たもの、触ったもの全てがそのまま操縦者に感覚として伝わるのです。

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遅延が少ないメリットは危険作業などでの緊急回避や対応力の向上にもつながる


■ロボット技術と映像技術の融合
またテレイグジスタンスはロボット技術の「手っ取り早い進歩」へのアプローチとしても期待できます。ロボットというと多くの人はAIを搭載した自立型ロボットを想像しますが、実際はその実現へはまだまだといったところです。AI本体をクラウド上に存在させ、外部端末としてのロボットを動かすのが現状最も現実的ですが、それならば外部から人間が動かしたほうが技術的にはさらに容易です。

また危険な場所での作業や人命が関わるような外科手術など、常に正確で素早い判断が必要な状況では現在のAI技術は対応できません。しかしベテランの作業員や医師であれば十分に対応可能です。そのプロフェッショナルの技術を遠隔地で利用できることこそがテレイグジスタンスの最大の強みであり、遠隔存在という名前を付けられた意味と意義なのです。

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例えはあまり良くないが、現状では戦場などでもロボットより人間のほうが正確かつ倫理的に状況判断できる可能性は高い


テレイグジスタンスに用いられるロボット技術はマニュピレーターやモーショントレースカメラのような機械的なものには限られません。現在すでに実用化も進み、スマートフォン(スマホ)での利用すら普及しつつあるVRやARといった技術もまたテレイグジスタンスを支える技術の1つです。

実際には、MR「Mixed Reality=複合現実」と呼ばれるもう一歩先の技術が用いられることが多くなるかもしれません。MRは現実世界の映像を仮想化し、映像の中に3Dのオブジェクトや情報を表示する技術です。ARに近い技術ですが、ARが「映像に情報を仮想的にオーバーレイする」という技術であるのに対し、MRでは「現実世界を仮想化し、その仮想空間上に人間が入る・人間を存在させる」という捉え方であるのが大きな特徴です。

現在ではスマホを用いたVRゴーグルなども登場し、スマホ自体の性能向上も相まってワイヤレス環境でのVRやARの利用も広まりつつあります。この通信手段として5Gが搭載されるようになれば、現在の実証実験ロボットのように大仰で重たいバッテリーケーブルを引きずる必要もなくなり、よりスマートで現実的なテレイグジスタンスが実現することでしょう。

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テレイグジスタンスに必要な装備もよりスマートに進化していくだろう


■人の存在そのものを拡張する夢の技術へ
SF映画「アバター」の中で、主人公のジェイクは下半身不随の「本来の身体」の制約からアバターによって解放され、自由に動き回れるようになりました。同じようにテレイグジスタンスは現実世界でも身体障がい者への福音となる可能性があります。移動が困難で仕事に出かけられない人であっても遠隔地の工場内での作業を行えたり、サポート業務に従事できるのです。

また身体能力を純粋に拡張し、スーパーマンのような人材を作り出すことも可能です。ビルの建築現場で通常の人間には到底持てないような重い資材を運ぶのがテレイグジスタンスで動いているロボットだった、なんて時代が来るかもしれないのです。映像作品で例えるなら巨大ロボットをウェアラブルインターフェイスで操作するパシフィック・リムやGガンダムの世界といったところでしょうか。

AIが人間の知能と知識、思考能力の拡張を手助けする存在であるとするなら、テレイグジスタンスは人間の身体機能と知覚能力、そして存在そのものの拡張です。場合によっては自分自身の分身を100体でも1000体でも同時に、しかも世界中に存在させることができるのです(それを人間の脳が処理しきれるかはともかくとして)。インターネットによって人々は自室から世界のあらゆる情報にアクセスできるようになりましたが、テレイグジスタンスによって「自室にいながら世界のどこにでも行ける」ようになるのです。

その時、個人という存在はどこまで世界を知り得ることができるのでしょうか。どこまで世界に飛び出せるのでしょうか。願わくば、筆者の生きているうちにそんな世界が実現して欲しいものです。

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「自分」という存在が拡張された時、人は何を感じるだろうか


記事執筆:秋吉 健


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