完全ワイヤレスイヤホンの魅力について考えてみた!

最近東京都内で電車に乗っていると、完全ワイヤレスイヤホンを利用している人が増えたなぁと思うことが多くなりました。すぐに気がつくのは見た目のインパクトも強いAppleの「AirPods」なのですが、ソニーの「WF」シリーズやAnkerの「Zolo Liberty」シリーズあたりは定番化しつつあり、高級なものではBoseやJabraといったブランドのものも多く見かけます。今ではベンダーやシリーズも数え切れないほどに増え、ヘッドホン市場でも1ジャンルを築き上げたと言っても過言ではないでしょう。

その普及の原点であり起爆剤ともなったのがAirPodsであることは疑いようがありませんが、これからの多種多様な製品市場を加速させる要因となりそうなのはAndroidによるLDACやaptX HDといった音声コーデックへのOS標準対応もあるでしょう。完全ワイヤレスイヤホンはどのように便利で、どのような点が魅力なのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回は完全ワイヤレスイヤホンの魅力や利点、そしてこのデバイスがもたらした利用者心理の変革について考えます。

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人は音楽とともに生きている


■使用感の軽快さや便利さが最大の魅力
はじめに「完全ワイヤレスイヤホン」の定義(のようなもの)を考えてみたいと思います。市場としての完全ワイヤレスイヤホンとはインナーイヤー型ヘッドホンの左右のスピーカー部分が完全に独立しており、音楽を伝送するためのケーブルはもとよりバッテリーと接続するための電源コードも存在しないBluetooth接続式イヤホンを指します。

つまり、音源の伝送にBluetoothを利用しているワイヤレスリスニングタイプのイヤホンであっても、バッテリー部や音源処理を行うチップセット部がイヤホン部と分離しておりケーブルやフレームでつながれたネックバンド型やオーバーヘッド型などはこの範疇に入りません。このネックバンド型と区別するために「左右独立型ワイヤレスイヤホン」といった呼び方をしているベンダーや販売店もあります。

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ビーツ・エレクトロニクスのネックバンド型ワイヤレスイヤホン「Beets X」


完全ワイヤレスイヤホンの最大のメリットは「軽快さ」です。上記のように完全にケーブル類を排しインナーイヤースピーカーのみのデザインにまとめたスタイルに煩わしさは一切ありません。重量も数gから十数gと非常に軽量なものがほとんどで、付け心地の悪さや長時間利用した場合の疲れといった重さに由来する問題を感じさせないどころか、装着していることすら忘れてしまうほどです。

そしてもう1つの大きなメリットはケーブルの煩わしさから開放される点です。イヤホンケーブルがバッグの中で絡まってしまったり電車の中で他の乗客にケーブルが引っかかってしまったり、音楽を聴きながら別の作業をしようとしてケーブルがひたすら邪魔に感じた経験は誰にでもあるのではないでしょうか。

完全ワイヤレスイヤホンであればこういった煩わしさやストレスからは完全に開放されます。断線の危険もありません。首を左右に振っても縦に動かしても、前かがみになって勉強や手元で細かな作業をしていてもケーブルが邪魔をすることはないのです。

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完全ワイヤレスイヤホンはすべての作業の妨げにならない


連続利用時のバッテリー持続時間も現在は5~8時間程度と十分に長くなり、また収納ケースが充電ケースを兼ねた構造となっているものがほとんどであるため、通勤や通学、ちょっとした買い物などで数時間使う程度であればバッテリー残量を気にすることなど皆無です。

通勤時に利用し、職場について収納すれば自動的に充電され、帰宅時に取り出したときには満充電されています。それどころか、ほんの45分から1時間程度で満充電されるものや30分程度の充電で2~3時間の連続利用ができるものも多く、出かけた先の喫茶店やレストランで休憩している時間で帰宅分のバッテリー充電は十分に行えてしまうのです。

完全ワイヤレスイヤホンの便利さは使った人にしか分かりません。こればかりは本当にそう感じるのです。完全ワイヤレスイヤホンを購入した多くの人が口々にこう言います。「これは便利だ」、「なんで今まで使うことを躊躇していたんだろう」と。その便利さを使っていない人に伝えるのは至難の業なのです(だからこそ筆者はこのコラムを書いている)。

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AirPodsなら収納ケースからの充電で最大24時間の利用が可能


■そうは言ってもデメリットはある
しかし完全ワイヤレスイヤホンにもデメリットはいくつかあります。1つめは音質です。この21世紀の革命的音響機器に否定的な人のほとんどが、この音質の悪さについて言及することでしょう。

音質が低下する理由は伝送に圧縮を掛けているからです。完全ワイヤレスイヤホンへの音楽データの伝送にはBluetoothが用いられますが、そのBluetooth上での伝送規格としては一般的にSBCやAAC、aptXといった圧縮コーデックが利用されます。SBCはBluetoothの規格策定当初より採用していた最も基本的なオーディオコーデックでもあり、音質面での評価も低くあまり特徴的な部分はありません。

AACは主にAppleが採用している方式で、AirPodsもこのAACに対応しています。同社のiTunesは基本の圧縮コーデックとしてAACを採用していることもあって相性がとても良く、大きな再圧縮などを施すことなく音質劣化の少ない無線伝送が可能な点にメリットがあります(AACで保存された音楽データが全くの無圧縮で送信されるわけではない)。

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iTunes利用者であればAAC 256bpsでCDからリッピングしたりiTunes Storeで楽曲を購入しているだろう


aptXは主にAndroidスマートフォン(スマホ)などで採用されている圧縮コーデックで、現在はクアルコムがその開発を行っています。aptXもAAC同様に音質の良さを特徴としており、コーデック的にはAACよりも音質面で評価が高いことが多いようです。クアルコムではさらに高音質化した「aptX HD」や低遅延性を謳った「aptX LL(Low latency)」といった派生コーデックも開発しており、これらのコーデックはAndroid OSでの対応が進んでいます(aptX HDなどはAndroid OS 8.0で対応、ただし対応のみで“実装”の有無に関してはスマホベンダー次第)。

ソニーのLDACなどもハイレゾに対応した高音質コーデックとして普及を進めている規格であり、同社のXperiaシリーズやポータブルオーディオプレーヤー「WALKMAN」シリーズの主役コーデックとなっています。

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aptX HDは48kHz/24bitに対応したハイレゾ仕様(クアルコムの公式サイトはこちら


音質そのものに関する不満やデメリットはaptX HDやLDACといったハイレゾ対応コーデックの普及によって解決していくものと思われますが、しかしもう1つの大きなデメリットである「遅延」に関しては絶対に超えられない壁のようなものがあります。

有線であればその遅延はほぼ無視して良いレベルですが、Bluetooth接続の場合音源の再圧縮やイヤホン側での展開の関係上どうしても遅延が発生します。公式な数値だとSBCであれば220ミリ秒±50ミリ秒、aptXであれば70ミリ秒±10ミリ秒などです(AACは800~1200ミリ秒と言われているが公式には非公開であり実際の使用感でも100ミリ秒以上の遅延は体感できず不明な点が多い)。

低遅延を謳っているaptX LLであっても40ミリ秒以下というのが限界であり、理論上遅延がほとんど発生しない有線と同等の快適さは絶対に得られません。これがただの音楽聴取や動画視聴程度であれば大きな問題にはなりませんが、音楽ゲームなどのプレイでは音ズレが起こりゲームそのものが成り立たなくなります。スマホで音楽ゲームを遊んでいる人には不向きなデバイスということになります。

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YouTubeのような動画サイトの場合、AirPods(AACコーデック)で視聴すると50~100ミリ秒程度の遅延は感じられるが、この程度であれば大きな違和感はない


そして最後に、先程の圧縮コーデックとともに音質低下の原因となる「スピーカー品質の問題」があります。完全ワイヤレスイヤホンではイヤホン部に通信モジュールと伝送データを展開するチップセット、そしてバッテリーのすべてを格納しており、そのサイズゆえにスペース的な余裕がまったくありません。そのため肝心の音質に直結するスピーカー部品を高音質なものにすることが物理的に難しくなります。

例えばダイナミック型スピーカーの場合、その音質はスピーカードライバーの大きさ(径)に大きく依存しますが、スペースの関係上同程度のサイズの有線イヤホンよりもドライバー径は小さくなる傾向があります。またバランスドアーマチュア型の場合ドライバーユニットを複数搭載した有線イヤホンが主流ですが、ここでも完全ワイヤレスイヤホンではドライバーユニットの数を減らしたりサイズを小さくする必要があり、どうしても音質面で妥協せざるを得ないのです。

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音質はドライバーの大きさと数こそが絶対正義である


■完全ワイヤレスイヤホンがもたらしたパラダイムシフト
これらのデメリットがありながら、それでもなお筆者が完全ワイヤレスイヤホンを薦める理由は“生活の大変革”が起きるからです。

以前筆者はAirPodsが発売された際にそのレビューを行い、その記事中で「ファッションやアクセサリーのように音楽を持ち歩きたい人に適している」と評したことがありますが、その認識は今でも変わっていません。AirPodsに限らず完全ワイヤレスイヤホンは静かな部屋の中で耳を澄ますようにして音楽に聞き入るためのデバイスではなく、街の中や行楽地を歩いている時、まるで服や腕時計を身に付けて楽しむように、音楽を“着て”その環境とともに楽しむためのデバイスなのです。

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音楽を“着る”という革命

【過去記事】音が途切れず遅延も少ない!ひたすらに快適なワイヤレスリスニングを楽しめる新世代イヤホン「AirPods」を渾身のフィールドテスト【レビュー】

例えば電車に乗っている時、その音質にどこまでこだわる必要があるでしょうか。街の雑踏の中で音源1つ1つの粒立ちや音場の広がりに耳をそばだてるような楽しみ方をする人はどのくらいいるでしょうか。むしろレストランやショッピングモールのBGMのように、その場所に存在する音楽として「自分だけのBGM」を楽しむ人がほとんどでしょう。そしてそういった使い方には十分すぎるだけの音質は確保されているのです。

むしろ、有線イヤホンのケーブルが服や首にこすれて発生するゴワゴワ、ガサゴソというノイズが一切ないため、音楽のみを純粋に楽しめることに気がつくユーザーはたくさんいます。ショッピングモールに気にするでもない音楽が流れることでウィンドウショッピングが楽しくなるように、完全ワイヤレスイヤホンは音楽をまったく意識させずに街歩きを楽しくしてくれるのです。

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音楽は主役ではない。飽くまでも街歩きを美しく彩るための引き立て役だ


前述したケーブルレスによる煩わしさからの解放と合わせ、完全ワイヤレスイヤホンが与えてくれる自由度はこれまでのヘッドホンやイヤホンの概念を大きく変えるものです。「イヤホンとは音楽を聴くものである」という概念を「イヤホンとは日々を音楽で彩るものである」という概念へとシフトさせてしまうのです。

この“音楽を着る”という概念のパラダイムシフトに人々がどこまで対応できるかどうかが普及の鍵であるとも考えられます。スマホがインターネットとSNSの概念を大きく変えてしまったように、完全ワイヤレスイヤホンは「イヤホンであってイヤホンにあらず」と言っても過言ではないほどの変革なのです。

筆者は決して音質重視の音楽聴取を否定したいのではありません。そういった音質重視の音楽聴取があるように、モバイル重視の音楽聴取のスタイルが完全ワイヤレスイヤホンによって誕生したことを正しく認識していただきたいのです。そしてその楽しみ方を知ると、音楽の世界はもっともっと拡がります。街がまるごと音楽空間になるのです。筆者の場合、自宅の庭の草むしりですら音楽を“着る”ことで面倒な作業が楽しい時間に変わってしまいました。

生活にもっと音楽を。人生にさらに音楽を。完全ワイヤレスイヤホン、いいですよ。

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毎日服を着るように、筆者は毎日音楽を着る


記事執筆:秋吉 健


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