世界中の通信業界を巻き込んだサイバー戦争について考えてみた!

世界中の通信業界が今、揺れています。

2017年頃から米国内で燻っていた中国製通信関連製品排除の動きは2018年5月に成立した「2019会計年度国防授権法」によって現実のものとなり、中国政府の情報機関と関わりがあるとされたファーウェイおよびZTE製通信機器の使用禁止を政府機関に通達しました。

この流れを受けてオーストラリアやニュージーランド、インドなどでも次々にファーウェイ製品の採用中止や使用禁止が決定し、とくに第5世代通信規格「5G」に関連する設備への参入はことごとく禁止もしくは中止となっています。

日本国内でも12月7日に、日本政府が「安全保障の驚異になり得る」との判断からファーウェイを政府調達企業から排除するとの動向が報じられ、その後10日にはNTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクの移動体通信事業者(MNO)3社がファーウェイ製通信設備の新規調達を中止することが報じられました。情報の出処も怪しいままにファーウェイ製の既存通信基地局設備(4G設備)の撤去まで噂され、もはや業界全体が疑心暗鬼に陥っている状態です。

風雲急を告げる通信業界の大混乱。果たして「夢の通信技術」5Gは無事にスタートできるのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はファーウェイやZTEの排除問題を中心に、今通信業界で何が起こっているのか、そしてこれからの通信業界で起こり得る脅威について考察します。

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ファーウェイ製の基地局設備ではない端末類は現在もMNO各社で予約および販売が行われている


■サイバー貿易摩擦からサイバー戦争へ
今回の大混乱のそもそもの発端は、米国内における中国製品排除とそれに対抗する中国の動きです。トランプ政権となって以来「アメリカ・ファースト」の思想による自国保護を目的とした中国製品への関税の強化や中国製品排除の動きを受け、中国側も対抗措置としての関税引き上げなどを検討している件は多くのニュースメディアが報じている通りです。

恐らく米国政府としては中国製品に問題があろうがなかろうが排除の動きは決定事項であり、その理由探しをしている中で中国製通信機器の問題が発覚した、というのが一連の流れではないかと筆者は考えています。

その問題の1つとして「不正チップ疑惑」があります。米国・Bloombergによる10月4日の報道によれば、AmazonやAppleといった大手企業を含む米国企業約30社に納入された中国製のサーバーに、極小の不正なチップが搭載されていたというものです。

この報道自体はファーウェイとは直接的な関連はないものの、まるでSF映画のような「サーバに極秘のマイクロチップを仕込んでバックドアを仕掛け、対立国の情報を傍受する」ということが実際に起こる寸前だったのではないかと言われているものです(AppleやAmazonはこの報道を全面的に否定)。

中国が国力を上げ、通信業界においても「世界の下請け工場」から「世界の製品メーカー」へと大躍進するほどに、米国との「サイバー貿易摩擦」が激化することは以前から予想されていました。しかしそこにスパイ疑惑やサイバー攻撃に繋がるような重大疑惑が浮かび上がった今、もはやそれはサイバー貿易摩擦などという生易しいものではなくなりました。これは「サイバー戦争」の幕開けです。

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中国製サーバーに埋め込まれていたと報道されたマイクロチップ(リンク先記事より引用


ファーウェイも都合の悪い報道が続きます。12月6日には副会長(CFO)を務める孟晩舟(Meng Wanzhou)氏がカナダで逮捕・拘束されました(その後保釈金を支払い条件付きにて保釈)。

一部の報道ではパスポートの複数所持などからスパイ疑惑なども浮上し逮捕容疑として取り上げるミスリードもあったようですが、実際の逮捕容疑は米国が経済制裁を科しているイランへ通信関連製品を違法に輸出した疑いであり、米国当局がカナダ政府へ孟氏の逮捕・拘束を要請していたためです。パスポートの複数所持については、その後の取り調べで判明した内容です。

しかしこの事実が業界や各国に与えた衝撃は大きく、日本政府が翌7日にファーウェイ製品排除への動きを見せたこととも時間的な一致が見られます。「疑わしきは排除」の流れとなるのも時間の問題だったのです。

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ファーウェイ最大の危機


■5G戦略で大打撃を受けるソフトバンク
このファーウェイやZTEの世界的な排除の影響を直撃してしまったのがソフトバンクです。同社では4G(LTE)設備の世代からファーウェイやZTEの製品を積極的に採用しており、5G世代でも主要な納入企業として2社を採用していました。

NTTドコモやKDDIもスマートフォン(スマホ)製品や一部の通信設備にファーウェイやZTEの製品を採用していましたが、その影響は今のところ軽微だとされています。

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ソフトバンクの中国企業への依存度は高い(MCA・プレスリリースより引用


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先日リニューアルしたソフトバンクの「5G×IoT Studio」お台場ラボにて公開されたファーウェイ製5G通信設備


ソフトバンクではノキアやエリクソンといった企業も通信機器の納入メーカーとして名を連ねていることから5G戦略そのものが完全に頓挫することはないと思われますが、しかし小型のクライアント向け通信設備や通信端末などの納入に遅れが出る可能性は十分にあります。最悪の場合、5Gサービスの開始が他社より大幅に遅れる可能性もあります。

余談ではありますが、エリクソンと言えば12月6日にネットワーク機器「MME」におけるデジタル証明書の期限切れによってソフトバンク網で大規模な通信障害を起こしたばかりでもあり、ソフトバンクとしては泣きっ面に蜂といったところです。

ソフトバンクに限らずNTTドコモやKDDIでも通信関連設備や通信端末の納入先を複数用意しているのは、そういった障害発生時のリスクを分散させるためでもあり、5G網において本来4社を主体に考えていた戦略を2社に絞らざるを得なくなったとすれば、リスク対策の面で不安が出ることは必定です。

当然ながらソフトバンクも今後国内の通信機器メーカーなどと交渉し通信設備の補填と増強へ急ぐものと見られますが、完全に国家間のサイバー戦争に巻き込まれたかたちでもあり、多少なりとも同情の念は抱かざるを得ません。

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ソフトバンクの可搬型5G設備「おでかけ5G」ではファーウェイ製通信設備も採用される予定だった


■消費者に「通信の安全」の選択を迫る時代がやってくる
米国による中国製品排除の流れから現在までの経緯を俯瞰してみると、1つの疑問に突き当たります。「果たして中国製品は本当に危険なのか」という点です。

一昔前であれば、他国の製品を平気で模倣し、時には設計や金型を盗用してまで製品化してしまう中国企業も存在したことから「安かろう悪かろう」の代名詞にまでなっていましたが、その中国製品が他国の情報を盗むための道具として意図的に製造されるといったようなことはなかったと記憶しています。

しかし高度な通信設備やサーバー設備も製造を手がけるようになった今、その安全性がこれまで以上に求められるようになったことは事実です。その上で、叩いてホコリが出るような状況が次々と発覚したのでは信頼してほしいという言う方が難しくなってしまいます。

筆者は中国製品に限らず米国製だろうと日本製だろうと、常に一定のリスクはあると考えます。リスクを覚悟した上で、どのレベルまでであればその製品を用いるのに適した安全性を担保できるのかを考えます。

日本政府とて中国は最重要貿易国であり、その中国との関係が悪化するような企業排除命令を簡単に下すとは思えません。国家の重要インフラである通信設備という部分(レベル)だからこそ、その他のリスクと天秤にかけた上で最もリスクの小さな選択を迫られたという証拠なのだと考えます。

ですが、「疑いがある」というだけで企業の経済活動を国家が阻害してよいのか、という疑問は払拭できません。疑いようのない犯罪行為や重大な過失が認められたのなら、排除への勧告や通達もやむなしと感じますが、現在ファーウェイ製の通信設備や通信機器で実害が出たという報告はどこにもありません。

被害が出てからでは遅い、という意見にも一理あるとは言え、せめて犯罪や被害を起こす証拠となるものを明示できなければ、それは魔女狩りと変わらなくなってしまいます。

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ファーウェイCFO・孟晩舟氏の拘束は「魔女狩り」だったのか、それとも本当に「魔女」だったのか(公式サイトより引用


もはや企業の論理だけでは止めることができなくなった国家間のサイバー戦争の行方は全く見えません。ユーザーたる私たちにできることは自衛のための判断と行動のみです。その通信機器は安全なのか、自分の情報を預けるに足る信頼性があるのか、そしてまた将来に渡って継続的に利用できる通信サービスなのか……。

通信は安全でありユーザーに何も問題なく提供される、という前提はそろそろ捨てなければいけないかもしれません。そもそもその前提が幻想だったかもしれないのです。通信技術と通信端末が高度化し、人々の生活に無くてはならない物となった現代だからこそ、私たち自身による通信手段の再選択や再検討が必要なのかもしれません。

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その通信は安全なのか、そこから考えなければいけないの時代なのが少し寂しい


記事執筆:秋吉 健


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