自動運転バスの実証実験を体験してきた!

灼熱の太陽が肌を焼く8月21日、筆者は神奈川県藤沢市の江ノ島へと赴いていました。単に遊びに行っていたというわけではなく(本当ですよ?)、この日の目的は自動運転バスの実証実験でした。

自動車の自動運転技術が世間的にも注目を集め始めて早数年ですが、公道を使った実証実験や走行テストが行われたというニュースや実用化の話がなかなか出てこないのが実状で、人々の関心も薄れ始めているようにも感じられます。

実際、一般人が想像するところの「クルマが勝手に走って目的地に運んでくれる」という自動運転レベルが実現するにはまだまだ超えなければならないハードルがたくさんあります。それは技術面であったり、法的な問題であったりします。

そのような中で、筆者は自動運転レベル3に該当する自動運転バスに実際に乗車し、その実用度を体感することができました。果たして自動運転バスは、どこまで現実的な存在になったのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は自動運転バスの乗車体験を中心に、自動運転の現在とこれからの課題について考察します。

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真夏の江ノ島を自動運転バスが走る!


■渋滞緩和の救世主として期待される自動運転バス
今回自動運転バスの実証実験を行ったのは、神奈川県および小田急電鉄、江ノ島電鉄、SBドライブの各社で、技術提携として先進モビリティ、IHI、コイト電工なども参画しています。

神奈川県の「江ノ島プロジェクト」の一環として行われた今回の実験は、2018年に引き続き2回目となるもので、2018年の実証実験では一般客も約600人動員しました。

ルートは、県立湘南海岸公園中部バス駐車場を発車し江ノ島の湘南港桟橋を折り返して江ノ島水族館前まで走る、約2kmのコースです。2018年には約1.1kmの距離を走行しましたので、その約2倍の距離での実験となりました。

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江ノ島の目抜き通りを通るルートだ


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この日は平日だったために人や自動車の往来も少なめだったが、休日ともなれば溢れんばかりの大混雑となる


そもそも、神奈川県や各鉄道会社が自動運転バスに積極的なのには理由があります。それは慢性的な自動車の渋滞です。

江ノ島をはじめ、相模湾に面した神奈川県湘南地域は観光目的と産業関連の自動車が集中する渋滞地域としても有名で、以前本コラムの「MaaS」関連の記事で紹介した鎌倉市なども、渋滞が大きな問題となっていました。

鎌倉市の場合、その渋滞緩和の一手として各種交通機関を連携・連動させたMaaSの導入に意欲的でしたが、藤沢市ではさらに自動運転という仕組みを用いることで、より積極的な渋滞緩和策を模索しようというものです。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:MaaSは過密社会の救世主となるか。日本における次世代交通システムへの取り組みと現実、そして実現可能性について考える【コラム】

江ノ島地域の場合、主な渋滞原因となるのが観光や行楽に訪れる自家用車による駐車場渋滞です。海岸付近には巨大な駐車場がいくつもありますが、それでも「駐車場待ち」の待機列による渋滞は緩和されないため、自家用車の地域への乗り入れを減らす目的でバスが活用されます。

しかし通常のバスの場合、運転手不足の問題があります。少子高齢化に伴う人口減少が労働者不足に直結し、総務省の調査によれば毎月約5万人(毎年約60万人)もの労働人口が減少しているという報告もあります。

バスは増発したいが運転手確保が年々難しくなっていく、というジレンマの解決策として、自動運転技術が期待されているのです。

■自動運転レベル4を視野に入れたレベル3実験
自動車の自動運転は大きくレベル0からレベル5まで6段階に区分されており(レベル0は手動運転のことなので実質5段階)、今回行われた自動運転はレベル3となります。

レベル3とは、「限定された条件のもとですべての運転操作を自動で行うが、緊急時やシステムによる要請があった場合に運転者(搭乗者)が運転操作を行う必要がある」というものです。

この実験を通し、SBドライブなどが目指すのはレベル4の「限定された条件のもとですべての運転操作を自動で行い、システムからの要請などへの対応が不要なもの」です。つまりバスであれば運転席に人は搭乗せず、乗客の乗降の補助を行う車掌のみが添乗する運行形態のことです。

今回の実証実験の目的はレベル3だけではなく、さらに先のレベル4を視野に入れた実証実験として行われています。

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実験に使用されたのは中型のコミュニティバス


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バスにはカメラやLiDARといった自動運転に必須の装備が取り付けられている


自動運転は車体に取り付けられたカメラやLiDAR(車体周辺を捜査するレーダーセンサー)、GPSなどを用いて行われるのが一般的ですが、本実験で使用されたバスでは、さらに信号機からの情報を直接受け取り、走行情報として活用する仕組みも搭載されています。

人が自動車を運転する場合、信号機は目視によって判断しますが、確認の遅れや目視忘れなどが事故を起こすケースはよくあります。しかし自動運転バスの場合、信号機の切り替えタイミングなどの交通管制情報をそのまま利用するため、「あと何秒後に赤信号になる」という情報を用いた安全で確実な運行が可能です。

当然信号機の情報だけではなく、前述したカメラやLiDARからの情報も組み合わせてAIが状況判断することで、「青信号だが横断歩道へ侵入する人を検知したために停車する」といった判断が行われます。

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信号情報との連携システムの開発はコイト電工が担当する


■改善の余地はあるが問題なく走行
実際に自動運転バスに乗った感想は、一言で言えば「一応十分な運転精度を実現しているが乗り心地はあと一歩」といったところでしょうか。

走行ルート通りの運行では、走る、曲がるという一連の運転操作は実にスムーズで、安全のために時速40km以上出さない前提での実証実験でもあったことから、一般的なバスと何ら変わらない雰囲気でした。

気になったのは、障害物や対向車などを検知した場合の回避行動(停車操作)のブレーキの効きが良すぎて、ガクガクと前後に揺さぶられることが何度かあったことです。

この点についてはSBドライブの担当者も把握しており、

「現在実験に使用しているバス自体に(自動運転によって)ブレーキが制御しづらい特性がある。新しいブレーキシステムによって改善していく予定」

「乗り心地やブレーキの強度などは、今後長い期間をかけてチューニングしていく」

「急な人の飛び出しなどへの反応では自動運転のほうが早いこともある。ブレーキの効きが悪いのではなく効きすぎるだけなので、『ブレーキを抜く』(ブレーキを緩める)というのは可能」

このように話しています。

実証実験は実際の運行を想定し、ベビーカーの乗降を添乗員が補助するデモなども行われ、単なる走行テストではない実際の運用を強く意識したものでした。

またスマートフォン(スマホ)アプリを用いた電子スタンプを乗車券代わりとする実験なども披露され、自動運転バスとともに渋滞緩和やスマートシティ化の施策として期待されるMaaSの導入テストなども行われました。

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自動運転レベル3では運転手がいつでも運転の補助ができるように運転席に座って待機している(ハンドルには触れていない)。これをレベル4にすることで、運転手のいない自動運転バスが完成する


自動運転バスの実際の走行の様子や電子スタンプなどは、以下の動画を御覧ください。


S-MAX:「江ノ島・自動運転バス実証実験」その1
動画リンク:https://youtu.be/MqqmR1rdeq8


S-MAX:「江ノ島・自動運転バス実証実験」その2
動画リンク:https://youtu.be/wLb_pxrAwg4

■自動運転車が当たり前に走る未来に向けて
乗り心地に改善の余地があるとは言え、自動運転バスが一般車輌や一般歩行者とともに往来の激しい国道を問題なく走行しているという点に、着実な技術の進歩を感じることができました。

とくに大きな技術的改善だと感じたのは信号情報との連携です。これまでの自動運転車の実証実験では車輌単体での判断に大きな比重があり、状況の事前予測や危険予測の精度に不安感がありましたが、信号機の情報という確実な情報を参照できることにより、大前提として交通規制に則った安全な運行が可能となった点は特筆に値します。

信号情報連携は常時行われており、交通量や状況に応じて切り替えタイミングが変化する信号機などにも問題なく対応するなど、システムとしての柔軟性も見事です。

いつか来るであろう自動運転車が大半を占める未来を想像した時、信号機の情報に従った安全でスムーズな運行操作は必要不可欠な技術と言っても良いでしょう。

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レベル3やレベル4では、外部(監視システム)のオペレーターが車内映像を見ながら車輌や運転手へ指示を行う


車輌を安全に運行するシステムとしての監視システムや、人の動きを検知するAI技術の進歩も大きな進展の1つです。

ソフトバンクグループは「AI群戦略」としてAI技術の導入や研究開発に注力していますが、自動運転車はまさにAI技術を最大限に活用できる実験場ということになります。

ともすれば人命に関わる重大事故すら起こる自動車にAI技術を採用し、人間が操作するよりも安全な乗り物を実現させるということは、ほんの数年前であれば荒唐無稽な夢物語だったかもしれません。しかし筆者は実際にその自動運転バスに乗りました。さらに言うなら、2018年にはすでに江ノ島の街を自動運転バスが実際に走っているのです。

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車内の人の動きをAIが監視し、走行中に車内を歩き回るなどの危険な動きを感知すると即座に外部のオペレーターへ報告され、オペレーターより車内へ安全確認の音声案内が行われる


若干ブレーキの効きが良すぎる車内から眺める江ノ島の海はとても美しく、車窓を楽しむ余裕すらありました。10年後なのか20年後なのかは分かりませんが、自動運転車が当たり前のように街を走る時代は必ずやってきます。私たちはその最初の一歩を見ているのです。

その時代には、「昔の江ノ島はクルマで大渋滞してたんだよ」と、過去の話として街の渋滞を語れるようになっていることを願いたいです。

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テクノロジーは、人と街を快適にしていくために使われなければならない


記事執筆:秋吉 健


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