次世代通信規格「Wi-Fi 6」について考えてみた!

既報通り、Apple(アップル)は10日(現地時間)に米国本社にてプレス向け発表会「Apple Events - Keynote September 2019」を開催し、新型スマートフォン(スマホ)「iPhone 11」シリーズを発表しました。

すでにアップルの公式オンラインショップや直営店舗、そしてNTTドコモやau、ソフトバンクといった移動体通信事業者(MNO)各社でも13日より予約が開始されているほか、本媒体をはじめとした各ニュースサイトでも大きく報じられ、その概要などを知らない人は少ないでしょう。

従来機種からの大きな改良点としてはカメラ性能の向上やバッテリー駆動時間の大幅な延長などが取り上げられていますが、筆者が注目したのは「Wi-Fi 6」(ワイファイ・シックス)への対応でした。恐らく一般にはまだ馴染みがないであろうWi-Fi 6に対応していることは、iPhone 11シリーズにとって大きなアドバンテージになる可能性があります。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はiPhone 11シリーズに搭載されたWi-Fi 6が持つ可能性と利便性について考察します。

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アップルの発表会ではほとんど触れられなかったWi-Fi 6。その実力とは……


■Wi-Fi 6って、なんだ?
Wi-Fi 6とは、Wi-Fi規格の標準化団体「Wi-Fiアライアンス」による呼称であり、通信規格としての正式名称は「IEEE 802.11ax」となります。

以前からWi-FiはIEEE 802.11bやIEEE 802.11gなど、「IEEE 802.11」の規格名の最後尾に英字を当てることで区分してきましたが、そもそも「IEEE」をどう読めば良いのかも分からない人が多く(正式には「アイ・トリプルイー」と読む)、さらにbやg、n、acなど、規格の世代も分かりづらいという難点がありました。

そこでWi-Fiアライアンスでは、新たに策定したIEEE 802.11axが事実上の6世代目のWi-Fi規格であることから「Wi-Fi 6」と呼称し、さらに現在も現役で広く利用されているIEEE 802.11nとIEEE 802.11acを、それぞれ「Wi-Fi 4、「Wi-Fi 5」と呼称することとしたのです。

ちなみに、各Wi-Fi規格を分かりやすく世代区分すると以下のようになります。

第1世代……IEEE 802.11a
第2世代……IEEE 802.11b
第3世代……IEEE 802.11g
第4世代……IEEE 802.11n (Wi-Fi 4)
第5世代……IEEE 802.11ac (Wi-Fi 5)
第6世代……IEEE 802.11ax (Wi-Fi 6)

日本でWi-Fiが広く普及し始めたのはIEEE 802.11bあたりからで、以降、周波数帯の変更や帯域幅の増加、MIMO(マイモ、multiple-input and multiple-output)技術の導入、1024-QAM(クアムもしくはカム、直角位相振幅変調)モードの採用などで、時代に合わせて通信相度を向上させてきました。

例えばIEEE 802.11bやgでは主に2.4GHz帯を利用しますが、この帯域が電子レンジやBluetoothと干渉し通信途絶や通信速度の低下を引き起こしやすかったため、電波干渉の少ない5GHz帯を用いるIEEE 802.11nの普及が急がれたという逸話もあったりします(IEEE 802.11aも5GHz帯だったが、世代が古く通信速度が非常に遅かった)。

Wi-Fi 6で用いられる周波数帯域は2.4GHzおよび5GHz帯で、最大通信速度は理論値で約9.6Gbpsにも達します。さらにWi-Fi 6で採用されているMIMO技術は「MU-MIMO」(マルチユーザーMIMO)であり、最大8接続までに対応する技術を採用することで、複数人で利用した場合の実行スループットを大幅に向上(改善)させています。

また「OFDMA」(直交周波数分割多元接続)を採用することで多接続時の電波の利用効率を向上させ、「TWT」(Target Wake Time)技術によって省電力化も図られています。

TWTはモバイル機器との接続を想定した省電力技術であり、まさにスマホ時代のためのWi-Fi規格と言えます。

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通信方式や変調方式など、あらゆる方向から改善が図られている(Wi-Fiアライアンス資料より引用)


■現実的な解としてのWi-Fi 6
では、iPhone 11シリーズがWi-Fi 6を採用したことの何が先進的だったのでしょうか。最も重要なことは「名より実を取った」点です。

話が若干脱線しますが、現在世間を賑わせている高速無線通信規格といえば当然「5G」です。次世代のモバイルインターネットを担う最重要技術として世界中が採用へ取り組み、日本でもMNO各社が2020年より正式サービスの開始を予定しています。

しかし、5Gには大きな落とし穴があります。それは普及速度と利用場所です。

5G用として総務省からMNO各社に割り当てられた周波数帯域は3.7GHz帯と4.5GHz帯、そして28GHz帯の3つがありますが、帯域幅などを見る限り主に利用されるのは28GHz帯であることが分かります。

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NTTドコモは3.7GHz帯および4.5GHz帯に200MHz幅の割り当てをもらっているが、それぞれの帯域に100MHz幅であり、メインは28GHz帯の400Mhz幅である


3.7GHz帯や4.5GHz帯であっても一般的に3G回線や4G回線で利用されている帯域よりもかなり高周波数帯である上に、最大幅が割り当てられている28GHz帯ともなると周波数特性が非常に先鋭的になります。

高速通信が可能である代わりに電波の直進性が非常に高く、広範囲に拡散しづらい上に距離減衰が激しいため、広域エリアをカバーする帯域として利用しづらいのです。

また屋内での電波浸透性や壁などを電波が波のように回り込む回折性も非常に低いため、狭い屋内であっても遮蔽物に合わせて細かくアンテナを敷設しなければなりません。

そのため、MNO各社は現在の4G(LTE)回線を改良した「eLTE」(enhanced LTE)などの採用によってさらに高速化し、これを5Gエリアが普及するまでの「つなぎ」や広域エリアでの5G回線として利用する計画を立てていますが、5G回線の普及や屋内での利用はかなりの期間にわたって厳しい状況が続くと考えて良いでしょう。

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NTTドコモによる5Gの展開イメージ(公式サイトより引用)


世間では2020年から5Gの時代が来る!と大きく喧伝されていますが、実際はそれほど簡単なものではありません。エリア展開や屋内での利用など、私たちが5Gを日常的に利用できるようになるのは、少なくとも2~3年先の話です。

ネット上では「今度のiPhoneは5G対応じゃないから要らない」という声もいくつか散見されますが、仮に5G対応だったとしても1~2年以内に利用可能な地域は非常に限られるか、もしくは全く実用に値しないままに次の機種変更の時期を迎える可能性は非常に高いのです。

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KDDIの計画でも5Gエリアの構築完了は2022年度末頃を予定している


しかしWi-Fi 6は、広域インフラではなく近~中距離向けの通信規格であり、何より「個人で導入が可能な無線規格」である点が大きなポイントです。

家庭用の光回線でも1Gbpsや10Gbpsといった契約プランが増え、実行速度でも下り700~800Mbpsといったスループットが出るようになった昨今、その固定回線の能力を100%引き出せるラストワンマイルの無線回線が求められています。

現在のWi-Fi 5ではギリギリの性能か、もしくは若干能力不足を感じる速度でもあり、現状の通信品質を向上させる最適解としてのWi-Fi 6の採用は、最も現実的に利便性を向上させる手段だと考えられます。

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筆者契約の1Gbpsプランの光回線に、Wi-Fi 5(4x4 MIMO)によってiPhone XSを接続した際のスループット。有線であれば下り700Mbps程度は出るため、回線性能を十分に引き出せていない


少なくとも、自宅の中で5G回線の利用が安定して行えるようになるのは3~4年先ではないかと思われますが、Wi-Fi 6であれば、iPhone 11シリーズと対応ルーターもしくは対応ホームゲートウェイさえあればすぐに導入可能なのです。

iPhone 11シリーズが5Gを採用するために発売を延期したり、本体が大型化したりバッテリー持続時間が短くなるような選択をせず、現実的な利用シーンを想定して省電力化の進んだWi-Fi 6を採用したことは、アップル自身が考えているよりも高く評価すべきではないかと考えます。

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iPhone 11 Proの一機能として小さく紹介されるだけに留まっているWi-Fi 6だが、そのポテンシャルは非常に大きい


■Wi-Fi 6で賢く快適に節約
Wi-Fi 6は現在標準化前のドラフト規格であり、正式な標準化は2020年となる予定ですが、これまでの慣例的にドラフト規格から標準化に至る際に大きな変更が加えられることは少なく、軽微な変更が必要な場合であってもソフトウェアのアップデートで対応可能なことがほとんどであるため、アップルもiPhone 11シリーズへの採用を決めたものと思われます。

今月19日にはWi-FiアライアンスによるWi-Fi 6対応製品の認証プログラム「Wi-Fi CERTIFIED 6」に関する発表が都内で行われる予定で、国内のWi-Fiルーターベンダーからも、ドラフト規格に沿った製品が予約を開始しています。

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バッファローのWi-Fi 6対応ルーター「WXR-5950AX12R」。10月中旬の発売を予定している


また、12日にKDDIが開催した「au 新サービス発表会」においても、KDDI 取締役執行役員常務 コンシューマ事業本部長の東海林崇氏が登壇し、iPhone 11シリーズのWi-Fi 6対応について、

「auひかりホーム(で採用しているホームゲートウェイ)はWi-Fi 6に対応している」

「我が家でも10Gbpsのプランで契約しており、11ac(Wi-Fi 5)でも実測値で500~600Mbps程度は出ているが、これがWi-Fi 6であれば1.2Gbps程度は出るのではないか」

「これまでよりもさらに家庭内でのWi-Fi利用が快適になる」

このようにスライドを交えながら言及する場面もあり、Wi-Fi 6の優位性や家庭用回線との親和性の高さが強くアピールされていました。

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iPhone 11シリーズの販売を予定しているauもWi-Fi 6対応は見逃さなかった


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auひかりホームで採用されているNEC製ホームゲートウェイ「Aterm BL1000HW」。2018年よりレンタルが開始されている


みなさんも、モバイル回線のデータ通信量を節約する目的や、より高速で通信を行うために、自宅や駅などでWi-Fi回線を利用することは多いのではないでしょうか。とくに仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスの回線や、MNOでも基本料金の安い従量制の料金プランなどを契約している場合、Wi-Fi接続による通信環境の整備は必須でしょう。

現在の4G回線でも、大容量のデータ通信を行おうとすればそれなりに高い料金プランを選択せざるを得ませんが、自宅の固定回線などが使える環境であれば、Wi-Fiを利用することで通信コストを大きく下げられる場合が多くあります。

今まではWi-Fi環境が通信速度のボトルネックとなりがちでしたが、Wi-Fi 6によって解消されるかもしれません。また将来的に5G回線が自宅でも利用できるようになったとしても、料金プランは現在より高くなる可能性こそあれ、しばらくの間は安くなることはほぼないでしょう。

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仮に5Gの通信速度で従量制プランを出したとしても、あっという間に通信量上限に達してしまいそうだ


通信環境はリッチに保ちたいがランニングコストはできるだけ抑えたい。そう考えている人は多くいらっしゃると思います。Wi-Fi 6はそのための手段として大いに有効であると考えます。

もしiPhone 11シリーズの購入を検討している方がいましたら、Wi-Fi 6対応ルーターの導入も検討してみてはいかがでしょうか。もちろん、自宅の光回線などが十分に速い場合に限りますが。

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より速く、より快適なWi-Fiへ


記事執筆:秋吉 健


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