テクノロジー普及にまつわる問題について考えてみた!

6月も後半に差し掛かった頃、筆者が海外のニュースサイトを巡っていると、懐かしい製品の「訃報」を目にしました。「セグウェイ」(Segway PTシリーズ)が7月15日をもって生産終了するというものです。

セグウェイと言えば、2001年に颯爽と登場し、その未来的なフォルムや操縦方法も相まって「これが21世紀の乗り物だ!」とばかりに大きな話題となりました。

今でもその動作原理は素晴らしい発想だと感嘆するばかりですが、世界中で持て囃される一方で交通事情や法律的な問題から公道を自由に走れる国は少なく、特に日本では道交法による規制が厳しかったため、ショッピングモールの警備やイベントアトラクションなどの限定された利用以外ではあまり普及しませんでした。

テクノロジーの世界を振り返ると、セグウェイのように革新的な技術と画期的なアイデアだったにもかかわらず、世界を変えるどころかブームすら生み出せずに終わったデバイスやガジェットは多数あります。その理由は実に複雑で、後世で「10年早すぎた製品」などと呼ばれることもしばしばです。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はそんな「10年早すぎた製品」たちの姿を思い出しつつ、テクノロジーの発展や普及に関連する諸問題について考察します。

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テクノロジーの発展に不可欠なものとは何か


■歴史に散っていった「早すぎた端末」たち
みなさんは「10年早かった製品」というと、何を思い浮かべるでしょうか。モバイルガジェットが大好きな筆者がパッと思いつくものだけでも、PSP go、Xperia Play、Newtonなどなど、ほとんど売れずに「失敗作」とまで言われた製品たちをすぐに挙げることができます。

PSP go(PlayStation Portable go)とはソニー製の携帯ゲーム機「PSP(PlayStation Portable)」の派生機で、当時PSPが採用していたディスクメディア(UMD)スロットを廃止し、ゲームを全てダウンロード販売にするというものでした。

今であれば非常に悪くないアイデアと設計思想ですが、PSP goの発売は2009年。世界ではようやくiPhone 3GSが発売された年で、ゲームのダウンロード購入など全く定着していない時代です。人々は「ゲームはパッケージで買うもの」という常識を捨てきれず、PSP goには見向きもしませんでした。

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PSP goが大失敗に終わった10年後、ゲームの世界はダウンロード購入が当たり前となった


Xperia Playも早すぎたスマートフォン(スマホ)です。見た目はPSP goに似ており「ゲームパッドを装備したスマホ」として2011年に登場しましたが、当時は「スマホでゲームなんて(失笑)」、「ゲームパッドで遊べるゲームがほとんどない」と酷評され、これまた全く売れずに終わりました。

しかし約10年経った今はどうでしょうか。スマホのゲーム性能は家庭用ゲーム機に匹敵するほどになり(ニンテンドースイッチが好例)、家庭用ゲームやPC用ゲームの移植作品すら多く存在します。

ゲーミングスマホというジャンルの製品や、それらを使用したeスポーツ大会も増え始めた今こそ、ゲームパッド内蔵スマホの需要は高いように思います。

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ゲームパッドの搭載はQWERTYキーボードを付けるよりも実用的だと思うのは筆者だけだろうか


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タッチパネルのソフトウェアゲームパッドでは、ハイスコアはめざせない!?


Newton(ニュートン)はAppleが1993年に発売した世界初のPDAです。当時まだポケコンや電子手帳といったものしか無かった時代にタッチパネル操作を全面的に採用した画期的な製品でしたが、価格の高さや端末の大きさ・重さがネックになり、ほとんど売れずに終わりました。

これだけを見るとPSP goやXperia Playと同じ末路に見えますが、Appleはその14年後、同じくタッチパネル操作を採用した「iPhone」を発売し、言葉通り世界を一変させます。

初代iPhoneの発表会で、故・スティーブ・ジョブズ氏が「(iPhoneを)どう操作する? マウスは無理だ。スタイラス? ボツだ」と、Newtonの失敗を皮肉るようなジョークを飛ばしていたのを今でも覚えています。

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PDAの祖、Newton。この後PalmやPSIONといったPDAとキーボード付きスマートフォンの時代を経て、iPhoneへとつながっていく


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ジョブズ氏が「ボツだ」と吐き捨てたスタイラスは、スマホやタブレットの大型化と入力精度の高度化によって復活した。それもまた時代の変遷と技術の進歩による価値観の変化だ


■立ちはだかる法律の壁
技術的な未熟さや人々の価値観および生活習慣が追いつかなかったことによる販売の不振はテクノロジー製品に常に付きまとうリスクですが、もう1つ、テクノロジー製品が普及しない大きな理由があります。それは法律です。

例えばドローンです。かつてはクアッドコプターなどとも呼ばれていたドローンは技術的な成熟と中国企業を中心とした苛烈な市場競争によって急速に普及と高性能化が進み、今では内蔵カメラによる遠隔検査や貨物運搬など、幅広い用途で運用されるまでになりましたが、その普及や運用を阻む最大の壁が法律なのです。

例えば日本ではドローン規制と呼ばれる厳格な法規制が存在します。ドローンの大きさや重量、通信方法などによって飛行できる区域や距離が定められており、それを超える運用を行った場合、刑事罰が適用される場合もあります。

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国土交通省「無人航空機(ドローン・ラジコン機等)の飛行ルール」より抜粋。ドローン(無人航空機)関連の法規制は非常に厳しい


ドローンの運用に関しては技術的な安全の確保を大前提として徐々に緩和していく計画になっており、4月1日に行われた「第13回 小型無人機に係る環境整備に向けた官民協議会」の資料によれば、「小型無人機の有人地帯での目視外飛行(レベル4)の実現に向けた制度設計」として、2022年を目処に住宅街などの有人地域での飛行を目指すとしています。

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万が一にも墜落すれば人命に関わる道具であるからこそ、その規制緩和には慎重にならざるを得ない


自動運転車もまた、ドローンと同じく法律の壁が立ちはだかっている最先端技術の1つです。

自動運転車にも段階的な運用が定められており、いわゆる「完全無人走行」と呼ばれるものはレベル4以降を指します(レベル4が特定のエリアを自動運転するもの、レベル5が全ての場所を自由に自動運転するもの)。

現在はレベル3(基本運転は自動化されるが運転席にドライバーが着席し緊急時に操作を代行できることが条件)の実証実験が行われている段階で、今年中にも商用サービスが始まるのではないかという状況です。

自動車もまた乗車する人や通行者などの命を預かる道具であり、その運用には最大限の注意を払わなければなりません。そのため規制緩和を目指しつつも慎重にならざるを得ず、テクノロジーとしての十分に成熟したとしても、法律的な壁を超えることが難しい分野となります。

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2019年夏に取材した自動運転レベル3の実証実験用バス。動作は非常にスムーズで十分商用化できそうだったが、更なる安全の確保とシステムの信頼性向上を目指し実証実験を繰り返す必要があると関係者は語っていた


■テクノロジーは「現実」と戦い続ける
以上のことから、新しいテクノロジーやデバイス(製品ジャンル)が世界に広がりスタンダードな存在となるためには、大きく「技術」、「習慣」、「法律」という3つのキーワードがあるように筆者は感じます。

Newtonのように技術的に早すぎても流行らず、PSP goのように人々の習慣が追いつかなくても流行らず、ドローンのように技術的には完成していて人々への認知や利用実態も広がっているにもかかわらず法律が追いつかない場合もあります。

そう考えた時、iPhoneのように全く新しい作法のデバイスが瞬く間に世界へと広がり旧来のデバイスを駆逐してしまったというのは、本当に稀で奇跡的な出来事なのだと改めて実感するところです。

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iPhoneがなぜ世界を変えられたのか。その正確な答えは恐らく誰も出せない(画像はiPhone 3GS)


2年ほど前、筆者の地元(隣町)の駅前のビル建設予定地に突然大きなコンテナがいくつも運び込まれ、何ができるのだろうと思っていたら、セグウェイの体験施設でした。

ビルの建設工事が始まるまでの期間限定イベントでしたが、体験料金が15分で2,500円や30分で3,500円など若干高く感じられ、実際に体験している人の数もあまり多くなかったように見えました。

どんなに革新的で便利な技術や道具であっても、人々が気軽に利用できたり体験できる環境がなければ流行ることはありません。ましてや法的な規制で一般利用において公道すら走れないのでは、生産終了へと追い込まれるのも致し方ないといったところでしょう。

テクノロジーに夢を描き続けたい筆者としては、できることならば法的な規制は積極的に緩和していって欲しいところです。しかし人命に関わる事故が想定される限りはそちらを優先しなければいけないという理由にも強く納得でき、いつも歯痒い思いをしながら取材をしています。

みなさんは最先端のテクノロジーについてどう考えるでしょうか。多少のリスクを追ってでも技術を広めるべきだと考えるのか、それとも安全第一で技術の成熟を待つべきだと考えるのか。技術開発についても当然コストが掛かり続けます。商用化できなければ次の製品を研究・開発できないというメーカーの苦しい懐事情もあります。

テクノロジーの世界は、そんな「現実」と常に戦っているのです。

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どんなに優れた技術でも、誤った使い方をすれば規制は緩和されるどころか逆に強化されてしまう。正しい使い方で技術を普及させていく必要がある


記事執筆:秋吉 健


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