衛星通信のメリットとデメリットについて考えてみた!

新型コロナウイルス感染症問題(コロナ禍)が日本でも深刻化しパニック状態に陥りつつあった今年3月末、米国のとあるベンチャー企業が経営破綻しました。その企業の名前は「OneWeb」。ソフトバンクグループが出資していた衛星通信会社です。

ソフトバンクグループはビジョンファンドへの投資に失敗し、2020年3月期決算で1兆4000億円もの巨額赤字を計上しましたが、OneWebもまたその失敗した企業の1つです。ベンチャー企業への投資に失敗はつきものであるとは言え、ソフトバンクが衛星通信事業に期待していた部分は大きく、今後の戦略にも大きく影響するものでした。

人工衛星や成層圏飛空船を用いた通信技術は、日本のみならず世界中の通信業界が注目し研究・開発を進めている分野です。日本では前述のOneWeb以外にも、楽天モバイルが米国AST&Science(AST)と提携し衛星通信の国内運用を計画しています。

しかし、そのサービス開始への道のりは非常に険しく、理想には程遠いのが現状です。衛星を用いた通信回線の運用にはどのようなメリットがあり、またどのような課題があるのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は衛星通信の現在を解説しつつ、メリットとデメリットについて考察します。

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世界の通信がケーブルから開放される日は来る?


■歴史の長い商業衛星通信
はじめに、衛星通信技術の歴史やこれまでの動きを簡単にまとめておきます。

人工衛星を用いた商業用通信回線(衛星電話含む)の歴史は意外と古く、半世紀以上も遡ります。1964年に商業通信衛星の国際組織が発足し、後に「インテルサット」(国際電気通信衛星機構)として設立されることとなります。

日本でも1967年にKDDがインテルサット2号を用いた商用サービスを開始しており、その後インマルサットやワイドスターなど、次々と人工衛星を用いた通信サービスが実現していきました。

しかし、20世紀における衛星通信サービスの大半は「音声回線」が主体であり、データ通信を主体としたものではありませんでした。理由は簡単、実利用に耐えられるだけの回線容量を確保できず、超低速通信しかできなかったからです。

2020年現在においても、すでに商用サービスとして運用されている衛星通信の回線速度は最大でも下り十数Mbps程度で、ほとんどのサービスは数百kbps~数Mbpsです。

地上を這う光回線をバックボーンとしたモバイル回線の通信速度が実測値で下り最大500~700Mbpsにも達しようという時代だけに、その差が如何に大きいか理解できるかと思います。

現在複数企業で競うように開発が進められている衛星通信サービスの速度はいずれも下り最大100~200Mbpsクラスで十分に実用的な速度が出ると期待されますが、それでも地上の有線網とは比べるべくもなく、OneWebの経営破綻に見るように、いずれの企業も商用サービスを開始し安定した運用がなされるまでは「期待値」でしかありません。

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NTTドコモの最新の災害用衛星通信システムでも通信容量は下り速度でわずか数Mbps、同時接続数は30台程度しかない


■メリットとデメリット
通信各社が衛星通信に期待を寄せる理由は複数あります。最も大きなメリットはエリアカバー力の高さです。

今や世界中で当たり前のように利用されているモバイル通信ですが、その基盤となっているのは光回線を中心とした有線網です。つまりモバイル回線とは通信設備全体から見ればラストワンマイルに当たる部分でしかなく、そのモバイル基地局までの有線敷設によるエリア拡大には多大な工事コストと期間が必要となるのです。

これが都市部や郊外の居住地域であればコストの回収も容易でしょう。しかし山間部や過疎地域、離島等は完全に赤字敷設となります。そこで期待されるのが衛星通信なのです。宇宙を介する衛星通信であれば、どんな山奥であっても数百km離れた離島であっても通信が可能になります。

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日本では三菱電機などが通信衛星を積極的に開発・販売している


そもそも20世紀に衛星電話が普及した理由も、海上や航空機での保安を目的としたものでした。有線網を敷設できない地域やエリアをカバーする手段として、人工衛星は非常に好都合だったのです。

そういった地域の場合、設備の設置コストや管理コストも相対的に安く抑えられる上、エリアカバーまでの時間も大幅に短縮できます。楽天モバイルがエリアカバーの手段としてASTの衛星通信サービスを利用しようと画策する背景こそが、まさに迅速なエリアカバー力でした。

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早期のエリア展開が急務の楽天モバイルにとって、衛星通信がその選択肢として議論されるのは必然だった


また、災害に強い点も通信会社にとって大きなメリットです。日本では7月にも集中豪雨による洪水などで大きな被害が発生し通信網も寸断されましたが、こういった場合に活躍するのが上で紹介した衛星通信システムを搭載した移動基地局車です。

地上の有線網を必要としないために現地にさえ入れれば衛星通信を受信して簡易基地局を設置可能で、通信速度は出なくとも最低限の連絡手段だけは確保できます。

こういった非常時のために、バックアップシステムとして衛星通信環境を確保しておくということは通信各社にとって必須なのです。

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NTTドコモが移動基地局車とともに運用する電源車両。衛星アンテナと電源さえあればどこにでも無線基地局を設営できる


一方で、通信衛星を用いたデータ通信には多くの課題が山積しています。前述のように通信速度が遅い点や同時接続容量の小ささは最大のネックですが、他にもスペースデブリの問題や天文観測への影響も小さくない問題となりつつあります。

かつてのインテルサットのような衛星電話を目的とした人工衛星は高度が3万6000kmと非常に高く、カバーできるエリアが広いことから同時に3~6基を運用できれば問題ありませんでしたが、ASTが開発している人工衛星などは高度500~700kmとかなりの低高度に配備されます。

これは移動基地局などを必要とせず、携帯電話やスマートフォン(スマホ)などで直接送受信できる電波の出力範囲に収めるだけでなく、通信速度やその応答速度(PING値)を確保するためでもありますが、高度が低いということはカバーできるエリアも狭いということでもあり、人工衛星の数は50~100基近くにもなります。

さらに米国SpeceXは世界中をカバーする通信衛星「Starlink」を最終的に1万2000基も打ち上げる予定すら計画しており、地球から見た宇宙は人工衛星だらけになる未来がほぼ確定しています。

当然そういった大量の人工衛星が故障しないはずもなく、ほとんどは大気圏に突入して燃え尽きるとは言え、そのまま衛星軌道上を漂流するスペースデブリになってしまう可能性はゼロではありません。



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2019年5月に撮影された60基のStarlink衛星(リンク先に動画あり


■テクノロジーと環境破壊の天秤
過密都市と険しい山岳地帯や数多くの離島が混在する上、毎年大きな自然災害に見舞われる日本において、バックアップシステムや通信エリアの確保という目的で衛星通信には常に大きな期待がかけられています。

しかし上記のようにメリットとデメリットが明確で、尚且つそのデメリットが小さくないことから、衛星通信という技術が生まれてから半世紀以上経ってもなかなか商用サービスとして成長しないまま現在に至っています。

世界がテクノロジーの発展と環境破壊の天秤で揺れ動き気候変動に苦しむ中、宇宙を舞台とした衛星通信の世界もまた、同じ天秤で揺れています。

通信の快適さや自由を優先して宇宙開発を進めるべきなのか、それとも環境への影響を優先すべきなのか。現在はその瀬戸際にあると言っても過言ではありません。

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衛星通信は人々の生活を豊かにできるのだろうか


記事執筆:秋吉 健


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