ADSLサービスの終了について考えてみた!

みなさんは初めてインターネットを利用した回線を覚えているでしょうか。筆者は56Kbpsのアナログ回線が初めてでした。あれから20余年、時代とともにISDNやADSL、CATVと徐々に高速な回線へと切り替えながら、現在は1Gbps契約の光回線(FTTH)を利用しています。

この中でも、ADSLを使っていた人はかなり多いのではないでしょうか。NTT東日本およびNTT西日本は、2023年1月31日をもってフレッツ光提供エリア内でのADSLサービスを終了すると発表し、ソフトバンクもまた2024年3月31日にサービスを終了するとしています(Yahoo! BB ADSLなどは、2020年3月より一部地域から順次終了を開始している)。

ADSLとは何だったのか、そしてこれからの時代の通信回線はどうあるべきなのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はADSLのサービス終了の話題を中心に、通信回線の今と未来を考察します。

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NTT東日本によるADSLサービス提供終了に関する案内


■爆発的に普及し、忘れられていったADSL
ADSLが日本で広まり始めたのは2001年頃。1999年から実証実験や試験的な商用サービスも始まっていましたが、2001年9月にYahoo! BBがADSLサービスを開始し、ADSLモデムを無料配布するという前代未聞のキャンペーンを展開したことで話題を広げ、瞬く間にシェアを獲得しました。2001年は、後に「ADSL元年」、「ブロードバンド元年」などと呼ばれることになります。

Yahoo! BBによるADSLモデムの「ばら撒き」キャンペーンは様々な社会問題も発生させつつも、日本をADSL大国へと押し上げました。2006年には契約者数がピークに達し、わずか5~6年で約1450万契約となります。

しかし、時代は通信高速化の過渡期。若干早く1990年代から普及の兆しを見せ始めていたISDNよりも高速だったことから一気に追い抜き普及したものの、続くFTTHにその座を徐々に奪われていきます。

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Yahoo! BBのユーザー同士で無料通話が可能なIP電話のBBフォンも大いに流行った


そしてまた、ADSLの敵は固定回線以外にも生まれつつありました。それは3G通信です。

それまで「インターネットはパソコン(PC)で利用するもの」という風潮がありましたが、2001年より始まった移動体通信事業者(MNO)による3Gサービスは、携帯電話でインターネットを楽しむという世界を人々に開いたのです。

当然ながら、当時の3Gサービスは固定回線の代用になるような代物ではありませんでしたが、しかしそもそもPCの普及率自体が低く、「今年買った無駄な買い物ランキング」の上位に毎年ランクインされるほど使われていなかったPCに比べ、日々肌身放さず持ち歩く携帯電話でいつでもどこでも(限定的ながらも)インターネットを楽しめるという手軽さは、日本人の生活習慣に非常にマッチしたものでした。

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出足こそ順調とは言えなかったNTTドコモのFOMAサービスも、その後一気に普及しガラケー黄金期を創ることとなる


その後はFTTHの普及やモバイル通信の高速化と普及によって、人々は徐々にADSLを“忘れて”いきます。

2020年9月にIT小ネタ帳が行った、ADSL回線を利用する男女1,000人を対象とした「インターネット回線に関するアンケート」によると、なんと72%もの人々がADSLサービスの終了を知らなかったと回答しています。

ADSLサービス終了の時期についても39%の人々が「知らない」と答えるなど、関心の薄さが目立ちます。すでにサービス終了が進み始めているYahoo! BB ADSLのユーザーなどであれば否が応でも終了を知らされることになると思いますが、ユーザーの多くにとってADSLは、あまり活用されていない回線なのかも知れません。

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このコラムの読者の中にも、ADSLサービスの終了を知らなかった人は多いだろう


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ADSLユーザーの半数以上がまだ乗り換えの検討すらしていない


■FTTHとモバイル回線の狭間で
ADSLの爆発的普及は日本をインターネット大国へと一気に押し上げた一方、その普及が枷となってFTTHの普及を遅らせる原因となっていたと語る業界関係者も居ます。

そもそもADSLは、2000年代から固定通信回線の本命とされてきたFTTHのインフラを整備するまでの「つなぎ」として考えられていました。そのため2000年代後半からの衰退は想定内であり、2008年に契約数でFTTHに逆転されたことも十分に想定の範囲内であったと考えられますが、しかし2006年までの爆発的普及が当初の想定を大きく上回っていたことは間違いありません。

回線速度がFTTHよりも圧倒的に遅く、しかも非常に不安定なアナログ回線を流用する方式であったことから、人々はますます「自宅のPCよりもケータイのほうがつながるし使いやすい」と、固定回線から離れていったのです。

それでも自宅でPCを頻繁に利用する層は早々にFTTHへと切り替えはじめ、固定回線をほとんど使わない層はケータイで済ませる時代に突入します。総務省の「情報通信白書」(令和2年版)によれば、2019年度末のADSL契約数は約140万件となっていますが、つまりこの140万件の内訳の多くは、自宅でほとんど固定回線を使ってこなかったか、もしくは使っていたとしてもメールや簡単なウェブブラウジング程度の利用層なのではないかと考えるところです。

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スマホ全盛の今、インターネット利用の大半はモバイル回線を利用したものになった


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今後5Gサービスが普及すれば、ますます固定回線への依存度は下がっていくだろう


■時代とともに移り変わる技術
ADSLのみならず、実はNTT東日本およびNTT西日本によるISDNサービス(ISNネット)も2024年1月よりサービス終了へ向けた切り替えを予定しており、2025年1月には完全にサービスを終了する予定です(INSネットディジタル通信モード自体は2024年1月の時点で終了となる)。

モバイル回線の世界を見ても、KDDIおよび沖縄セルラー電話による2022年3月末の「CDMA 1X WIN」サービス終了を皮切りに、各MNOの3Gサービスが2026年までに次々と終了します。

2000年代前半~中盤に「ブロードバンド時代」の象徴として輝いていたADSLや3Gサービスは、2020年代に終わりを告げます。技術とテクノロジーの進化の速さに目も眩むようですが、一方でこれだけ目まぐるしいテクノロジーの世界で1つの技術が20年あまりも現役稼働していたことに、驚きと感嘆の念を禁じ得ません。

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CDMA 1X WINがあったからこそ、今のKDDIの隆盛がある


冒頭で書いたように、現在筆者はKDDIのFTTHサービス「auひかり」を契約し、上下ともに実測600Mbps前後という回線で快適にインターネットを楽しんでいます。かつて33.6kbpsのアナログモデム回線から始まった固定回線も、20年経たずに1万倍以上の速度になりました。

テクノロジーの世界はある意味非情です。10年と同じシステムを使い続けることを許してくれません。場合によっては5年でリプレースする必要すら出てきます。

いつかFTTHや5Gすらも、過去の技術として忘れ去られ静かにサービスを終了していくのでしょうか。それとテクノロジーの進化にはある程度の目処が立ち、さらに長く利用される基盤技術となるのでしょうか。

その未来も、この目で確かめてみたいものです。

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通信回線なんて、その存在の価値を忘れてしまうくらい意識せずに使える世界が理想なのかも知れない


記事執筆:秋吉 健


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