音楽の配信売上実績から通信業界のトレンドや戦略を考えてみた! |
日本レコード協会(RIAJ)が11月21日に「2018年第3四半期(7~9月)の音楽配信売上実績」を公表しました。資料によれば、2018年第3四半期の総売上額は157億1300万円、前年同期比で108%の伸びとなっており、売上額としては非常に好調であることを示しています。また他の四半期の実績を見ても、前年同期比でいずれも110%程度の伸びを示しており、音楽業界全体として非常に堅調で安定したセールスを続けていることが分かります。
しかしながら、トータルとしての数字だけを眺めていても面白くありません。その内訳を詳しく見てみると、実によく現代の世相と社会の流行、そして通信業界のトレンドやコンテンツ戦略に裏打ちされた消費者の動向が透けて見えてきます。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はそんな音楽業界の売上や収益状況から見えてくる通信業界のさまざまな動きについて考察します。
■音楽はストリーミング配信で聴くものへ
公開された資料でまず気がつくのは音楽のダウンロード購入比率が大きく減少し始めている点です。Master ringtones(いわゆる「着うた」)やRingback tones(いわゆる「待ちうた」)といった音楽の利用方法は、人々の携帯電話端末がフィーチャーフォンからスマートフォン(スマホ)へと変化する中で廃れてしまったため、その売上の減少率が大きいことは容易に納得がいきますが、シングルトラックやアルバム、音楽ビデオなど、全てのダウンロード販売コンテンツで20%前後の落ち込みとなっている点は見逃せません。
これだけを見ると「みんな音楽を聴かなくなったのでは」とか、「CDなどの物理メディアの購入が復調しているのか?」などと感じてしまいますが、一方でストリーミングによる売上に目を向けると、ダウンロード販売の落ち込みを補うどころか販売実績全体を大きく伸ばすほどに急成長している状況が分かります。
ストリーミング配信分の収益集計に関しては統計区分が2017年より変更となっているために単純な前年との比較はできませんが、月額課金などのサブスクリプションモデルによる収益力が大幅に伸び、業界全体の支えとなりつつあるのは間違いないでしょう。
■MNOとMVNOの市場競争がストリーミング配信を伸ばした
こういったダウンロード販売モデルの変化は、通信業界の課金モデルの変遷や通信各社の戦略と密接に関わっています。
これまで音楽配信と言えばダウンロード購入による買い切り型が中心でした。その理由は簡単で、通信容量単価が非常に高かったからです。一般的なプランでは1ヶ月のデータ通信容量の上限が5GBや7GBといった物が多く、ストリーミング配信を気兼ねなく使うには少々不安を感じる人も多くいたはずです。
しかし大手移動体通信事業者(MNO)各社が格安の仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスへの対抗とARPU(1契約あたりの月間収入)の維持を目的として、20GBや30GBといった大容量のデータ通信プランを各種キャンペーンと組み合わせつつ比較的安価に提供するようになったことから、人々はその通信容量を気にすることなく自由にストリーミング配信を利用できるようになったのです。
またLINEモバイルの「MUSIC+(ミュージックプラス)プラン」のように、特定のストリーミング配信サービスにはデータ通信利用料金を請求しない「カウントフリー」プランを用意している通信キャリアもあり、ますます「音楽はダウンロード購入よりストリーミング配信のほうがお得」という流れを生んだのです。
ストリーミング配信サービスを行う企業が数多く台頭してきたこともトレンド化させた大きな要因です。現在では前述したLINEの「LINE MUSIC」のほか、Appleの「Apple Music」、Amazonの「Amazon Music Unlimited」、Googleの「Google Play Music」、そのほか「Spotify」や「AWA」など、人気の高いサービスだけでも10サービス近くが乱立している状況です。
AppleやGoogle、Amazonといった超大手企業が次々とストリーミング配信へと乗り出し、MVNO事業を手がけるLINEも野心的にカウントフリープランなどでユーザーを集め始めると、嫌でも人々の話題の中心にストリーミング配信が登り始めます。今ではブームも落ち着いてしまいましたが、スマートスピーカーの登場もストリーミング配信サービスとの親和性の高さが大きな売りの1つでした。
ストリーミング配信のトレンド化と急速な普及は、起こるべくして起こったものなのです。
■次の時代のリスニングスタイルを模索する
筆者は以前、本連載にてスマホ時代の音楽環境について執筆した際、『「音楽の環境音楽化」と「個人で楽しむ趣味化」が進んでいるのではないか』と考察を述べたことがあります。
人々が音楽を聴かなくなったとか、CDを買ってまで聴く音楽が無くなったなどと、まことしやかに言われるようになって久しい昨今ですが、このストリーミング配信の急成長は、まさに音楽の環境音楽化の好例と言えるでしょう。
【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:本当に若者は音楽を聴かなくなったのか?スマホ全盛時代における音楽と人々との「今」を考える【コラム】
特定のアーティストによる音楽をコアなファンとしてリピートして聴く時代から、好きな音楽ジャンルの曲をザッピング的に楽しむ、ラジオのようなリスニングスタイルへと変遷し始めているのです。しかもラジオと違う点は、自分の好みに応じた音楽ジャンルを選択できる点であり、またそれを各サービスのAIやレコメンドエンジンがサポートし、能動的に提案してくれることです。
音楽はストリーミング化し、聴取デバイスであるヘッドホンやイヤホンもワイヤレス化が進みつつあります。音楽を聴く環境は毎年のように目まぐるしく変わっています。いずれはAIがユーザーの体調や居場所に合わせて自動的に音楽を選択して流してくれるようなサービスが生まれるかもしれません。
人々は音楽から離れてはいないのです。むしろ音楽を身に纏い始めているのです。
記事執筆:秋吉 健
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