リチウムイオン電池と未来のバッテリー事情について考えてみた!

スウェーデン王立科学アカデミーは9日(日本時間)、リチウムイオン二次電池(リチウムイオン電池)の開発に貢献した3人の化学者へノーベル化学賞を贈呈すると発表し、そのうちの1人として旭化成名誉フェローの吉野彰氏が選ばれました。日本人のとしてのノーベル賞受賞者では27人目、ノーベル化学賞受賞者としては7人目となります(ノーベル化学賞自体の日本人受賞歴は6回)。

リチウムイオン電池と言えば、もはや知らない人やお世話になっていない日本人は皆無と言っても良いでしょう。私たちが毎日使っているスマートフォン(スマホ)やフィーチャーフォンと切っても切れない関係にある重要な部品です。リチウムイオン電池がなければモバイル製品は何も動かないと思っても良いくらいです。

リチウムイオン電池は市販化から約30年の間、ひたすらに性能向上を目指し技術的な革新を何度も繰り返しながら容量を増やしてきましたが、その技術的向上も限界に達しつつあります。果たしてリチウムイオン電池はこれからも人々の生活のスタンダードであり続けるのでしょうか。それともまた新たなバッテリー技術が生まれ、人々の生活を一変させていくのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はリチウムイオン電池の歴史やその背景を紐解きつつ、21世紀のバッテリー技術について考察します。

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災害対策として大容量のモバイルバッテリーを購入した人も多いだろう


■バッテリー革命を起こしたリチウムイオン電池
筆者が初めて再充電が可能な「二次電池」(充電池、蓄電池)というものに触れたのは35年ほど前のこと。父親にクリスマスプレゼントで買ってもらったラジコンカーのバッテリーでした。そのラジコンは、いわゆるスティック型のバッテリーではなく普通の単3乾電池を6本ほど使うタイプで、父がラジコンとともに単3乾電池タイプの二次電池を買ってくれたのです。

その二次電池は「ニッカド電池」と呼ばれるもので、正式には「ニッケル・カドミウム蓄電池」というものです。その名の通り公害の原因ともなったカドミウムを用いるために廃棄時の扱いが難しいことや、自然放電量が大きく長期間の蓄電に向かないなどの欠点がありますが、大出力に向いた放電特性や過充電に強いなどの特性から、現在でもラジコン用や工業用の二次電池として利用されています。

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ニッカド電池は昭和の高度成長期を支えた二次電池だ(画像はWikipediaより引用


その後、小型モバイルデバイス向けの二次電池としてニッケル・水素充電池が登場します。ニッケル・水素充電池には、通信衛星や宇宙探査機向けとして開発・運用されている「Ni-H2」方式のものと、小型化が容易でモバイル機器に適した「Ni-MH」方式のものがありますが、私たちがかつてソニーの「ウォークマン」シリーズなどで使っていたものは「Ni-MH」方式です。

ニッカド電池よりも高容量である点や自然放電が少ない点、そして長時間安定した放電圧を保てる点などがメリットとされ、平成初期から中期まで二次電池として多く用いられました。

当時の三洋電機製二次電池「eneloop(エネループ)」は、単3乾電池型をしたニッケル・水素充電池として大ブームになりました。エネループブランドと技術はその後パナソニックが引き継ぎ、現在も販売されています。

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ソニーは現在もウォークマン用のニッケル・水素充電池を販売している


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単3乾電池タイプの二次電池はTVのリモコンや懐中電灯などにピッタリだ


そしていよいよリチウムイオン電池が登場します。リチウムは可燃性の高い金属で爆発的に燃焼することから扱いが難しく、バッテリーとしての安全性を確保するまでに多くの時間と技術的なブレイクスルーを必要としました。それらの問題を克服し、携帯電話やモバイルノートPCの電池として活用が始まったのが1990年代です。

その容量はニッカド電池やニッケル・水素充電池よりも遥かに大きく、技術の向上によってさらなる大容量化も見込まれたため、瞬く間にモバイル製品へ採用されていきます。

フィーチャーフォン時代には600mAhや700mAhといった容量であった携帯電話用のバッテリーも、スマホの登場とその急激な性能向上に合わせるようにして1,000mAh、1,500mAhと次々に大容量化し、現在では4,000mAhや5,000mAhといった、超大容量を搭載するまでに進化しました。

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2008年発売のパナソニック モバイルコミュニケーションズ製フィーチャーフォン「831P」の電池パック。770mAhは当時標準的な容量だった


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2019年11月に発売を予定しているOPPO製スマホ「OPPO A5 2020」は、5,000mAhの超大容量バッテリーを搭載


電池容量(バッテリー容量)の増大はモバイルデバイスの進化そのものです。端末性能の向上はより多くの電力を必要とします。いくら省電力技術が発達したとは言え、バッテリー容量が同じままでは連続駆動時間が短くなるばかりです。極性材料や電解液の改良によって毎年のように高性能化を果たしてきましたが、しかしその大容量化にも限界が見え始めています。

そもそもが可燃性材料であるリチウムを基本素材としているだけに、エネルギー密度の過密化自体に危険が伴います。そこで現在、リチウムイオン電池に代わる新たな電池素材や安全なエネルギー源の模索が行われています。

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今年7月に発表された、消費者庁によるモバイルバッテリーの事故への注意喚起


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モバイルバッテリーの事故は2018年に急増した。普及が進んだことによる粗悪製品の増加、知識不足からの誤った利用、経年劣化による故障などが大きな要因と見られる


■ポスト・リチウムイオン電池は「全固体電池」
容量増加に限界が見え始めたリチウムイオン電池の「次のバッテリー技術」として期待されているのは全固体電池です。全固体電池はその名の通りすべての材料が固体物質でできており、リチウムイオン電池やニッケル・水素充電池のような液体の電解質を持ちません。

そのため電解質を封入するための「パック」を必要としないために形状での自由度が高く、低温や高温環境に強い点や、爆発・炎上の危険性が低い(不燃性である)点が大きなメリットです。

また高電圧負荷にも強いなどの特性があり、前述の不燃性というメリットと合わせてモバイル用途以外にも電気自動車での活用に大きな期待が寄せられています。

しかし、現実にはまだまだ実用化への最初の一歩を踏み出したばかりで、基板実装用の小型バックアップ電池であったり、低消費電力のIoTモジュールなどへ搭載する程度のものが実用化されている段階です。

リチウムイオン電池のデメリットを克服し、リチウムイオン電池よりも高性能な代替エネルギーとして活用されるには、技術的なブレイクスルーがいくつも必要でしょう。

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村田製作所が6月に発表した全固体電池のプレスリリース


かつてリチウムイオン電池の容量があまり大きくなかった頃、電気エネルギーを貯めるのではなく「その場で作る」ことに着目して開発が進められていたものに燃料電池がありますが、リチウムイオン電池の性能向上や燃料電池技術の小型化の失敗などから、現在はモバイル市場からほぼ撤退の様相です。

事実上全固体電池のみがモバイル分野における「ポスト・リチウムイオン電池」であり、日本政府も全力でその開発を支援している状況です。

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東芝はモバイル燃料電池「Dynario」を2009年に発売したが、翌年の2010年には早々に販売を終了している


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小型化で苦戦した燃料電池だが、効率的にエネルギーを生み出せる点や廃棄物として水しか排出しないという環境負荷の低さから、中規模の発電機としての活路を見出しつつある


■テクノロジーの原点と未来
私たちは毎朝スマホを充電台から手に取り、1日中使い、時にはモバイルバッテリーから充電し、また就寝前に充電器へスマホを置く生活を送っています。日々当たり前のように行っているこの作業の根源に、リチウムイオン電池はあります。

スマホの登場によって人々の生活は一変し、情報伝達手段のパラダイムシフトが起こりました。音楽シーンを見ても完全ワイヤレスイヤホンがブームを超えて市民権を獲得し、もはや当たり前の時代となりました。完全ワイヤレスイヤホンもまた、リチウムイオン電池があればこそ可能になった製品です。

筆者が吉野氏のノーベル化学賞受賞の報を知ったのも、まさにスマホでTwitterのタイムラインを読んでいる最中でした。世紀の発見と発明は私たちの生活を豊かに変え、そしてまた新しい発見と発明を生み出す礎となります。

10年後、スマホのバッテリーは全固体電池へと置き換わっているかもしれません。いや、そもそもスマホ自体が別の何かに取って代わられている可能性すらあります。

テクノロジーの原点を知ることは、テクノロジーの未来を知るカギなのかもしれません。

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過去のテクノロジーが、未来のテクノロジーを創っていく


記事執筆:秋吉 健


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