新製品・新サービスに関する発表会や展示会の意義について考えてみた! |
みなさん、リモートワークには慣れましたでしょうか。新型コロナウィルス感染症対策で日本のみならず世界中が紛糾する中、会社への通勤が禁止され、在宅勤務や遠隔会議に変更を余儀なくされた方も多くいらっしゃると思います。
筆者は普段から自宅が事務所でもあるため、執筆作業そのものには大きな影響はないものの、非常に困った事態に陥っております。それは「新製品や新サービスの発表会がない」ことです。
発表会だけではありません。各種展示会も軒並み中止や延期となり、取材が全くできない状況に。幸いにも大手通勤関連企業はストリーミング配信によって発表会を開催してくれていますが、それだけで十分な取材が可能かと言われれば、完全にNOだと言わざるを得ません。
なぜオンライン発表会ではダメなのか。決して少なくない交通費や時間をかけて展示会へわざわざ行く意味とは何なのか。今回の感染症問題とその余波によって、改めて考えさせられ、そして再認識した部分が多々ありました。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は企業による発表会や展示会の重要性とその意義について考察します。
■オンライン発表会は「ただのプレスリリース」
直接足を運ぶ発表会や展示会がなくなり、何よりも困ったのは「製品に触れない」ことです。
企業内でのリモートワークや遠隔会議の場合、そもそも主題がデスクワークであったり「会話」そのものであったりするため、PC上でのボイスチャットやビデオチャットで事足りることも多くあります。
ところが製品発表会などではそうもいきません。製品や試作品、時にはモックであったとしても、それを手に取り、サイズ感や重量感、使い勝手などを実際に確かめなくては話にならないのです。
発表会のストリーミング配信は、移動時間も交通費も必要なく、筆者のように長距離移動する者の場合、昼食代なども不要になるため、確かに金銭的・時間的なメリットはあります。
ですが、製品を手に取って直接話を聞く、ということの重要性を天秤にかけられるほどのメリットは、全く無いと断言しても良いでしょう。
オンライン配信の内容を記事にしたところで、それは単なるプレスリリースと何も変わりません。企業の言いたいことだけ、企業にとってメリットとなることだけしかそこにはないからです。
製品を手に取り、サービスについて直接話を聞いてこそ、そのメリットやデメリットを掴め、はじめて中立的な記事となるのです。
■ストリーミング配信では伝わらない熱、伝えきれない本気度
何より記者として歯がゆいのは、発表会を行う企業や製品の担当者が持つ「熱」を伝えきれないことです。
新製品のほとんどは、完璧なものではありません。素晴らしいアイデアを持ちつつもどこかに欠点や弱点があり、しかしだからこそユーザーターゲットを絞って、少しでもコストを下げる努力をして製品化しているのです。
その企業努力やアイデアに込められた熱意は、オンライン発表会ではほぼ伝わってきません。というよりも、伝える手段がないのです。
例えば大手移動体通信事業者(MNO)の発表会では、必ずタッチ&トライコーナーが設けられます。そこでは担当のスタッフが丁寧に記者へ説明してくれますが、単に製品の紹介だけをするわけではありません。
製品開発の苦労や他社製品との差別化のポイント、前機種で頂いた要望や改善点をどう克服したかなど、多くの「生の声」が聞けます。担当者によっては「ここが!ここが凄いんですよ!」と製品の特徴について強烈にアピールしてくる方もおり、それだけ製品開発が難しかったという証拠なのだろうと察することすら多々あります。
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新サービスでも同じようなことが言えます。サービスの発表ならプレスリリースだけで良いのではないか、と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではないのです。
例えば企業提携による新たなサービスなどは、なぜその提携に至ったのか、何故このタイミングで提携をする必要があったのかなど、プレスリリースには書かれないことが数多く情報として得られます。
ライバル企業への対抗なのか、それともライバルが存在しない新しい分野へのチャレンジによってアドバンテージを取ろうという戦略なのか。他にも提携企業への期待感など、様々な思惑も会話の中で垣間見れます。
むしろ、新サービスや新製品が成功するか否かは、担当者との会話でざっくりと感じられてしまうことも少なくありません。それは記者としての「直感」に近いものでもあります。
例えば新製品の担当者に質問をぶつけてみても、曖昧な回答しか得られなかったり、通り一遍な製品説明しか得られなかったりすると、「ああ、この製品は“場繋ぎ”か」と落胆することもあります。ターゲットやアイデアに明快さがなく、ユーザーの想定が甘い製品に成功したものはほとんどありません。
逆に、「こんなニッチな製品が売れるわけないだろう」と思われるような製品であっても、担当者が「いやいや、これはこういう層に売りたいのです!」、「きっとこの需要は発掘できます!」と力強く断言する製品は、その時点で「なるほど、売れそうだ」と直感するのです。
例えば筆者が取材した製品では、ソースネクストの「POCKETALK」(ポケトーク)があります。初めて見た時、「随分とニッチな製品を出してきたもんだ」と不思議に思ったのを覚えています。
展示会のブースでその端末を物珍しそうに眺めていたところ、頼んでもいないのに担当者がまくしたてるように説明を始め、「とにかく使ってみてください!」と、端末を手渡してきました。
その勢いに押されて使ってみたところ、悪くない製品だと思いつつも「画面が小さくて少し見づらいかも」、「UIがちょっと分かりづらいね」と思わずダメ出しをしてしまい、これはしまったと一瞬焦りました。ところが担当者はこう力説したのです。
「ありがとうございます!そうなんですよね、そこがまだ甘いんです。でも売ります!必ず売れます!今できることは全部詰め込みましたから!需要は絶対にあります!」
結果、インバウンド需要や海外旅行需要の急増にターゲットを絞ったポケトークは大ヒットとなり、筆者が指摘したような欠点も世代を追うごとに改善され、現在では3代目となる「POCKETALK S」(ポケトーク エス)までシリーズ化されています。
もしこの製品シリーズが、単なるオンライン発表であったり、プレスリリースだけであったらここまで売れたでしょうか。企業商談会が中心の展示会にブース出展し、来場した企業関係者に実際に使ってもらい、その便利さを実感してもらったからこそ売れたのです。
ましてや、市場が存在しないものを売る、という難しさは、既にそれなりの注目度のある市場が形成されている場合とは比較になりません。「よく分からないもの」を、どのようにして理解してもらうのか。そのメリットをどう伝えるのか。それらは「熱意」以外の何物でもないのです。
熱意は人の記憶に残ります。記憶に残らない製品も企業も、売れるわけがないのです。
筆者とて、展示会へ明確な取材目標を立てて行くことは稀です。「何か面白い製品はないか」、「どこかに『これは!』と驚けるような製品はないか」と探し歩くことがほとんどです。
そういった際、派手なブースや一風変わったブースはやはり記憶に残ります。一通り展示会を歩いてから「そう言えばあそこのブースは面白そうだったな」とか、「あの妙な製品を出していた企業、もう一回見に行くか」と踵を返すことは多々あります。
それは恐らく筆者だけではないでしょう。展示会へ赴いた各企業の担当者もまた、同じように掴みどころのない期待感を抱きながら歩いているのです。
■「今」だからこそできることを探して
ただでさえ今年はオリンピックイヤーです。その開催が決定した瞬間から「都内で展示会を行うことはできなくなるのでは?」、「製品発表会をどこでやるんだ」と戦々恐々としていた各企業だけに、今回の感染症問題は泣きっ面に蜂といった状況です。
オリンピック需要を見込めた企業はまだしも、多くの企業はユーザーや他企業との接点を失い、製品やサービスをアピールする場も奪われ、会社存続の危機に晒されています。そもそもそのオリンピックすら開催が危ぶまれ始めており、仮に開催できたとしても当初見込んでいた観光客による収益は絶望的です。
先に紹介したポケトークシリーズもまた、オリンピックによるインバウンド需要や、その対応を見込んだホテル・旅行業界での需要を大きく見込んでいたはずです。しかし、感染症問題によって全ての目算が狂ってしまいました。
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ありとあらゆる方面から企業活動に逆風が吹き付ける2020年を、「リーマンショック並みの危機的状況に陥る」とすら予想するエコノミストもいます。果たして企業はオンライン発表会などで、どこまで製品や自社を宣伝できるのでしょうか。
通信業界でも楽天がMNOの正式サービス開始の発表会を大々的に行うはずだったものが、オンライン発表のみとなってしまい大きく出鼻をくじかれました。その他の各社も今年から5Gサービスを開始するというのに、話題を大きく広げられずに苦心しています。
今の筆者の心境は、「端末を触りたい。サービスについて直接話を聞きたい」……そればかりです。感染症問題が終息することを願いながら自宅に引きこもり、過去に取材した情報の整理や、オンライン発表会では掴みきれなかった情報の確認を、できる範囲で行う日々です。
企業活動が危機に直面している今だからこそ、筆者にできることを探しています。
記事執筆:秋吉 健
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