テクノロジー企業と店舗運営について考えてみた!

Microsoftは6月26日(現地時間)、直営の実店舗をすべて閉鎖し小売事業はオンラインに集約するという発表を行いました。実際には極一部の旗艦店舗のみ残りますが、それらも商品の販売ではなくユーザーサポートや商品レクチャーを中心としたエクスペリエンスセンターに切り替えていく方針です。

新型コロナウイルス感染症問題(コロナ禍)によって、人々の生活だけではなく店舗運営を伴う実体経済にも徐々に影響が出始めています。またすでに紹介しているように日本国内でもASUSが赤坂の旗艦店舗「ASUS Store AKASAKA」の閉鎖を発表するなど、テクノロジー分野での店舗運営からの撤退が相次いでいます。

ウィズコロナ、ポストコロナの時代における店舗営業とは一体どういったものにすべきなのか。またテクノロジー企業(とくに通信関連企業)にとっての店舗営業の難しさとは何なのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は店舗運営とテクノロジー企業の関係性について考えます。

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テクノロジー企業による店舗運営のリスクとは


■店舗を持つことのメリットとデメリット
レストランやスーパーマーケットのように、店舗がなければ営業できない事業形態であれば、そのデメリットなどを細かく指摘する必要などないかもしれません。

しかし、製品を作り販売するテクノロジー企業にとっては、店舗は本来「要らないもの」です。商品は卸業者を通じて(もしくは直販経路によって)小売業者へ販売すれば良く、自ら店舗を持って販売する必要はないのです。

むしろ店舗というものは、家賃や地代、光熱費、そこで働く従業員の人件費や教育コストなど、ただ製品を生産し問屋へ卸すよりも莫大な費用が掛かります。

それでも尚「店舗を持つ理由」があるとしたら、それは「宣伝」に他なりません。自社の看板を掲げ、自社製品の魅力を最大限に引き出して販売できる店舗を莫大な費用を掛けてでも持つ、ということ自体が目的であり、自社の経済的体力や健全な経営状態を示す何よりのバロメーターとして機能するからです。

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ASUS Store AKASAKAでも、これまでに数多くの製品発表会や体験会が行われてきた


しかし、コロナ禍がそれらの価値観を大きく変えようとしています。人々は以前ほど自由に外出できなくなり、街頭での宣伝効果は激減しました。オンラインショッピングはコロナ禍によって利用率が上昇し、人々はスマートフォンやPCから商品を買う便利さや手軽さを覚えました。

同じ宣伝効率やPR力を求めるのなら、これからはネット上での直販サイトの充実や、効果的な広告展開を重視したほうが良い時代となりつつあるのです。

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これからは、直販サイトや公式サイトの見やすさや使いやすさがメーカーの第一印象となるだろう


■店舗を捨てるわけにはいかない通信事業者の苦悩
そのようなコロナ禍において、それでも店舗営業を捨てられないジレンマに陥りつつある業界があります。それは通信業界です。

現在こそスマートフォン(スマホ)はSIMロックフリーで購入し、SIMを差し替えるだけで利用できるようになったとは言え、未だに「ケータイはケータイショップで買うもの」と考えている消費者が大半です。それは、スマホの使い方の難しさやSIMというシステムの煩雑さに起因するものでもあり、単なる商習慣では片付けられない、根の深い問題でもあります。

例えば仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスで最大の問題とされているのが「サポート力の弱さ」と言われ続けているのが何よりの証拠です。

多くの人々は端末の使い方や契約について、店舗での丁寧なサポートを強く求めています。しかしギリギリまでコストを削り低価格を実現しているMVNOにとって、莫大な費用がかかる店舗を持つことは大きなリスクです。

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渋谷にあるMVNO「mineo」の直営店。赤字リスクを負ってでも店舗運営を行う背景には、宣伝効果とともにユーザーサポートへの本気度を示すという理由が存在する


逆に言えば、NTTドコモやKDDI、ソフトバンクのような移動体通信事業者(MNO)が全国各地に店舗を持ち、丁寧なサポート体制を完備しているというのはそれだけ凄いことなのです。

本来であれば一次代理店に丸投げしたり、家電量販店の一角に自社のサービスコーナーを置かせてもらうだけでも問題はないはずのMNOが、なぜ巨大な店舗を借りて運営しているのか。しかもその巨大な直営店舗ですら、時にはサポートを求めるユーザーが何時間も待たされるほど混雑することがあります。

それだけ人々が通信会社というものに頼り切っている証拠です。通信会社もそれを理解しているからこそ店舗運営に注力し、サポート力の向上に全力を費やしてきたのです。

例えば2017年当時、まだMVNOしか運営しておらず、MNOへの参入も表明していなかった楽天モバイルが店舗拡大に意欲的だったのにも理由がつきます。店舗によるサポート体制こそがユーザーが通信会社に最も求めている信頼性の部分であり、店舗なくしてMNOへの道はあり得なかったのです。

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より多くの顧客を獲得するには、自己責任で何でもこなすSIMフリー端末ユーザーだけではなく、通信の仕組みに詳しくない消費者層もすべて取り込む必要があった


しかしコロナ禍によって、通信事業者による店舗運営にも変革が求められ始めています。MNOはプラン変更や端末販売といった業務の多くをオンラインで可能にし始め、消費者にある程度の負担や専門知識の習得を求めざるを得なくなっています。

筆者のように普段から通信関連の事ばかり考えている人間であればいざ知らず、多くの一般人はSIM交換(端末交換)すらしたことがない人たちばかりです。そういった人々の要求に、対面ではないリモートサポートでどこまで応えられるのか。各社は頭を悩ませています。

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キャリアショップでの感染も止まらず、事態はより一層深刻化するばかりだ


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いわゆる「3密」を避けるためとして店舗への来店予約を強く推奨しているが、それがユーザーへどこまで周知されているのかは微妙だ


■暗中模索と五里霧中の店舗運営
少々辛辣かもしれませんが、事業の悪化や方針転換によって直営店舗を閉鎖したり運営戦略をすぐに転換できる一般的なテクノロジー企業は、まだ良い方かもしれません。

通信事業者のように、対面でのサポートが必須となるような事業では店舗を減らすわけにはいかないのです。ましてや厳重な疫病対策が求められる中での店舗運営は、これまで以上に高いリスクに晒され続けています。

それでも事業のため、そしてユーザーや潜在顧客である消費者のために店舗営業を続けてくれる企業に対して、筆者は強い感謝の念を抱かざるを得ません。

少なくとも、それらの店舗営業をこれまでのように「当たり前のこと」として捉えられるほど、コロナ禍を甘く見ることができません。

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ウィズコロナ時代の店舗運営の在るべき姿は、まだ見つからない


記事執筆:秋吉 健


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