キャリアメールについて考えてみた! |
筆者がキャリアメールを「捨てた」のはいつ頃だったでしょうか。Gmailアカウントを取得したのは2007年8月でした。iPhone 3Gを購入した2008年にはまだソフトバンクのキャリアメールを利用していました。他にもNTTドコモやKDDI、ウィルコム、さらには当時契約していたプロバイダー(ISP)のメールも使っており、大量にメールアドレスを管理していました。
しかし、現在はGmailのみです。厳密には他にもいくつかメールアドレスを持っていますが、オンラインサービスのアカウント取得専用で他人に教える目的では使用していません。またいずれも通信キャリアやプロバイダーに縛られないフリーメールサービスです。
10月に総務省がモバイルサービスの乗り換え促進の1つとしてキャリアメールの持ち運び(メール転送)を提言していましたが、いまさら感を感じざるを得ない一方、今やらなければ本当に手遅れになるという強い危機感もあります。
キャリアメール持ち運びは本当に必要なのでしょうか。そしてキャリアメール持ち運びを実現しなければならない理由とは一体何でしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はキャリアメール持ち運びの意義を紐解きつつ、現在のモバイル業界が抱える問題について考察します。
■キャリアメールという「拘束具」
はじめに、キャリアメール持ち運び案について簡単におさらいしておきます。
総務省からの提言が行われたのは10月21日、それがアクション・プランとしてまとめられたのが10月27日です。アクション・プランとは、総務省が主に移動体通信事業者(MNO)向けに作成した公正な競争環境整備のための指針です。
そのアクション・プランの「第3の柱」として「事業者間の乗換えの円滑化」が挙げられており、乗り換えを手軽にする施策として「キャリアメールの持ち運び実現の検討」があります。
アクション・プランへキャリアメール持ち運び案が採用された理由には、ユーザーのキャリアメール利用率の高さとその利用シーンがあります。
MMD研究所およびスマートアンサーが共同で調査を行い、2020年2月に公開した「2019年版:スマートフォン利用者実態調査」によると、1日にキャリアメールを送信する回数が0回、つまり利用していないというユーザーは59%と非常に多いことが分かりますが、逆に言えば4割以上の人が未だにキャリアメールを利用しているということになります。
キャリアメールは通信会社にとって重要な本人確認手段の1つです。基本的にその通信キャリアの通信端末を持っていることが条件であり、他の端末では利用できない仕組みであることが多いため、「端末を所持している=本人である」という前提でさまざまなシステムとセキュリティが組まれました。
つまり、キャリアメールは各通信キャリアが必死になって行っている「ユーザーの囲い込み」に最適なシステムだったのです。そのため、通信キャリアはキャリアメールを起点にさまざまなキャンペーンやお得情報をユーザーへ提供し、オンラインサービスなどへの登録にもキャリアメールを紐付けして手続きを簡便化するとともに、ユーザーを自社の経済圏(エコシステム)に閉じ込めたのです。
総務省は、これを是正したいと考えました。囲い込まれたユーザーは、他社へ乗り換えようとしてもさまざまなサービスのメールアドレス登録を変更しなくてはならず、モバイルサービスやオンラインサービスを使うほどに乗り換えしづらくなっていきます。
そこで、MNPで電話番号を持ち出せるように、メールアドレスも持ち出せるようにして、通信キャリアを変更しても各種オンラインサービスに登録しているメールアドレスを変更しなくても済むようにしようというのが、今回のキャリアメール持ち運び案の背景です。
そもそもメールアドレスとは、私事でも仕事でも自分と外界とをつなげる重要な連絡手段の1つであり、そう簡単に変更するわけにもいきません。このメールアドレスを持ち運べるようにする(もしくは通信事業と切り離す)というのは、もっと早く議論すべきことだったのです。
■通信キャリアの負担が重いキャリアメール持ち運び案
ユーザーとしてはメリットしかないように思われるキャリアメール持ち運び案ですが、通信キャリアとしては非常に頭の痛い問題です。
メールアドレスを変更する必要がないということは、通信キャリアとしては自社のエコシステムをそのまま利用してもらえる可能性も増えるため、メリットもある話ですが、問題はコストです。
簡単に一言で「持ち運ぶ」と言っても、実際にユーザーがメールアドレスを所持して自由に移動できるわけではありません。メールアドレスを管理しているのは通信キャリアであり、仮に持ち運びが可能になったとしても、それは通信キャリアが自社のユーザーでもない人のメールアドレスを他社の通信網へリダイレクト(転送)しているに過ぎないからです。
従来であれば、メールアドレスを利用しているユーザーは自社ユーザーと同一であるため通信料金などを原資として運営・管理していましたが、今後は自社ユーザー以外のメールアドレスも管理することになります。ではそのコストはどこから捻出するのでしょうか。メールアドレスの管理費用でも別途徴収しない限り、他のユーザーから徴収した通信料金で賄われることになります。
総務省は端末代金値引きの原資として通信料金を充当することを否定し、これらの完全分離を強く推し進めて実現させましたが、メールアドレスの管理費用ではそのような完全分離は推し進めないのでしょうか。同じ理屈を当てはめるなら、メールアドレスの管理費用は別途徴収するか、メールサービスを運営する別会社を設立するなどの施策が必要なはずです。
メールアドレスは電話番号のように、顧客の契約情報のみを引き継げば終わりというものではありません。さまざまなサーバー情報やIP管理のもとに運用されており、そこに蓄積されたメールデータもまた大切な個人情報です。
簡単にメールアドレスを乗り換え先の会社へ渡して即完了、というわけにはいかないのです。仮にリダイレクト方式ではなく全てを移管する方式にするとなれば、ドメインを統一するなどの方法を取らなければ現実的ではありません。その場合のコストやユーザーの負担、さらにはシステム構築も大きな問題です。
■「嫌」を感じさせない仕組み作りのために
消費者が通信キャリアを自由に乗り換えられる環境作りが必要である一方で、現状のシステムがそれを許容しない形になっているという問題は、どのようにすれば解決できるのでしょうか。答えは簡潔です。ユーザーがキャリアメールを使わなければ良いのです。しかし、それは容易ではありません。
現に筆者がメールサービスをGmailに一本化してから10年近くが経ちますが、困ったことはほとんどありません。数少ない困りごとと言えば、2010年前後の頃はGmailが一般的ではなかったため、キャリアメールでなければ登録できないオンラインサービスがあったり、キャリアメール以外(Gmail)を着信拒否している友人や取引先があったことくらいです(現在はもはやそんな問題も存在しない)。
筆者が通信キャリアやプロバイダと紐付けされているメールサービスを捨ててGmailに移行する際は、とても大変だった記憶があります。それまでに利用していた100以上のオンラインサービス1つ1つの登録情報を変更し、友人や仕事の取引先などにメールアドレスの変更を伝え、通信キャリアやプロバイダのリダイレクトサービスも利用して緩衝期間を設けたりもしました。
そのような手間と努力の末にようやくキャリアメールやプロバイダメールの呪縛から開放され、さまざまな通信キャリアを自由に渡り歩けるようになったのです。そのような手間は、他人にはまったくオススメしません。それらの手間は無いに越したことはないのです。
だからこそ、キャリアメールの持ち運び制度(?)は必要であると感じるところです。大手MNO各社はすでに通信料金での収益力向上にはある程度の見切りをつけており、自社経済圏の強化に主眼を置いています。MNOにしてみれば、自社通信網を使ってもらえなくてもエコシステムにさえ留まってもらえるならそれで良いのです。
その証拠こそが、これまで通信契約が必須であった各種サービスのオープン化です。NTTドコモであればdアカウント関連サービスがそれであり、KDDIであればauスマートパス(およびスマートパスプレミアム)などがそれにあたります。
エコシステムの開放には2つのメリットがあります。1つはMNPによって通信サービスの利用をやめたユーザーを囲い込み続けられること、そしてもう1つが自社の通信サービスを利用していないユーザーを取り込めることです。
これにメールアドレスの持ち運びも加われば、より自由で健全な競争環境が整います。ユーザー自身がキャリアメールの利用をやめられない以上、この施策は不可欠なのです。
「メールアドレスが変わるのが嫌だから通信キャリアを変えたくない」。……筆者は通信料金の相談を受けるたびに、何度その言葉を聞き続けてきたか分かりません。その「嫌」の言葉の裏にある、面倒な各種手続きや友人への連絡の手間なども山ほど聞いてきました。
そんな「嫌」を感じさせない仕組み作りが必要なのです。オンラインサービスで雁字搦めとなった現在の私たちの生活を鑑みると、もはや遅きに失してしまった感も無きにしもあらずですが、それでもやるしかありません。
料金値下げへの動きばかりが取り沙汰される昨今のモバイル業界ですが、真に重要なのは、そのような人々の生活の基盤となる部分の改革なのではないでしょうか。
記事執筆:秋吉 健
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