携帯電話の着信音について考えてみた!

ここ数年、携帯電話界隈でめっきり聞かなくなった言葉があります。それは「着メロ」や「着うた」です。今この文字を読んで「あー、懐かしい」、「そんなのに凝ってた頃もあったなぁ」と、しみじみと思い出した人もいるのではないでしょうか。

かつての従来型携帯電話(フィーチャーフォン、いわゆる「ガラケー」)の全盛時代、着信音の設定は携帯電話の楽しみ方の1つでした。スマートフォン(スマホ)ネイティブの世代にはまったく伝わらない話だと思いますが、自分だけのオリジナル着信音を設定したり、手持ちの楽曲からサビを切り出して着うたを作成することが流行った時代もあったのです。

フィーチャーフォンやスマホの進化とともに、着信音とその価値はどのように変わってきたのでしょうか。そしてまた着信音市場の隆盛と凋落から見えてくるものとは一体何でしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は携帯電話やスマホの着信音の歴史や文化を紐解き、そこから見えてくる未来へ想いを馳せます。

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着メロや着うたといった文化は一体何だったのか


■着信音が「個性」だった時代
現在のスマホには「レガシー」と呼んでも差し支えのない機能がいくつか残っていますが、着信音設定機能もレガシー機能の1つでしょう。現在のスマホユーザーの場合、デフォルト設定から変更している人すら少数派かもしれません。

少々古いデータになりますが、2017年9月にリサーチパネルで行われたデイリサーチ「携帯電話・スマホの着信音は何にしていますか?」というアンケートでは、「初期設定のまま」、「着信音パターンの中から選択した」という人が合計で77%だったのに対し、「 自分で好きな音楽などを入れた」という人が13%に留まっていることから、スマホ時代には着信音への関心がほとんど見られないことが分かります。

アンケートのコメント欄を見ても、「常にマナーモードです」、「何でもよいので」といった淡白なものが多く見られますが、中には「若い頃は好きな音楽にしてたけども…何となく街中で鳴ったら恥ずかしくて」という声もあります。実際、こういった感覚は流行りの終わったトレンドに多く見られるものであり、着信音についても合点のいくところです。

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多くの人にとって、着信音は単なる通知機能以上のものではなくなった


そもそも、かつての携帯電話では何故オリジナル着信音の作成や着うたが流行ったのでしょうか。そこには携帯電話と通信の技術的進化が深く関わっています。

人々の間で携帯電話が流行り始めた1990年代後半、その機能は非常に少なく、本当に通話しかできない代物でした。初期には通信機能どころかメール機能すら存在しなかったと言えば、スマホネイティブ世代は目を丸くするかもしれません。

そんな携帯電話での、数少ない楽しみの1つが着信音の変更だったのです。当初は1~2和音程度の発音数による、規定のパターンの中から選択するだけのものでしたが、そのうちユーザーが着信音を打ち込んで設定できる機能が追加され、4和音、8和音、16和音と増えていき、それは「着信メロディ」という名前から「着メロ」の愛称で親しまれるようになります。

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MIDI音源による128和音再生に対応したソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ(現:ソニーモバイルコミュニケーションズ)製「W32S」


2005年頃になると、着信音には新しいトレンドが生まれます。それが「着うた」です。

着うたとは、それまでの着メロような打ち込み音源ではなく楽曲ファイルを用いたもので、これを可能にしたのが3G通信の普及でした。通信が高速化されて比較的大容量の通信が行えるようになったことと、端末性能が向上して音楽再生機能が実装されたことから、ダウンロード配信された音楽を着信音に設定できるようになったのです。

通信が高速化されたとは言え、現在のように数百MBものデータを瞬時にダウンロードできるような速度ではありません。実測で500kbpsや1Mbpsといった速度でしたが、それでも当時は革命的な速さでした。

そのため、楽曲1本をまるごとダウンロード配信するには容量や通信速度的に厳しかったものの、30秒や40秒といった「サビのみ」の配信であれば十分に実用可能であったことから、コンテンツプロバイダー側としても着うたの普及によって通信技術の進化や端末技術の発展を感じさせることが容易となり、「未来を感じることができる機能」としてコンテンツプロバイダーからもユーザーからも歓迎されたのです。

そして着うたは新しい感覚を持つ若者を中心に、個性や自分を表現する手段として爆発的に普及していきます。

通信速度や端末のストレージ容量の向上によって、サビだけではなく楽曲1本まるごと着信音に設定することができる「着うたフル」などが登場し、現在のダウンロード音楽配信サービスの原型が完成したのもこの時期です。

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着うた文化とダウンロード音楽配信の隆盛を決定付けた、auの「LISMO」


■スマホとマナーモードに殺された着うた文化
着うた人気は留まるところを知らず、このままケータイ文化の象徴的存在として続いていくとすら思われましたが、その隆盛は突如として途切れることとなります。そのきっかけこそが「iPhone」でした。

iPhoneシリーズでも着信音の変更や着うたの設定などは可能でしたが、アプリマーケットが発展途上だったことから着うたサイトがほぼ存在せず、PCアプリのiTunes上で自前の楽曲から自作しなければいけなかったことや、その後登場したAndroidスマホでも同様の状況が生まれたことから、「着うたの自作や設定がめんどくさい」ということから流行らなかったのです。

思えば、携帯電話で着うたが爆発的に普及したきっかけは、「誰でも」、「簡単に」設定できたからです。着うたのマーケットやコンテンツプロバイダーが、扱いやすく分かりやすいビジネスモデルを構築したからこそ成功したのです。

また、スマホでは着信音をいじる以上に面白い機能が山程ありました。アプリの追加でカメラにもゲーム機にも動画視聴端末にもなり、それらの機能を後押しするように4Gによる大容量の高速通信が普及していきました。

何でもできる未来の端末にとって、着うたはもはや「古臭い機能」だったのです。

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筆者のiPhoneも着信音に自作の着うたを設定しているが、考えてみればもう10年近くも更新していない


そして着うた文化にとどめを刺したのがマナーモードの一般化です。

それまで、携帯電話の着信音は「鳴る」のが当たり前でしたが、電車の中や職場、学校、公共施設、ありとあらゆる場所でその音が「マナー違反」とされるようになりました。現在では喫茶店の中でさえ着信音を鳴らすことはかなり憚られます。

日本民営鉄道協会が2020年12月に公開した「2020年度 駅と電車内の迷惑行為ランキング」では、「スマートフォン等の使い方」が迷惑行為の第5位にランクインしており、その内訳を見ると、「通話の声や着信音」を迷惑だと挙げた人が12.2%いました。

この数字自体はあまり大きな数字ではありませんが、そもそも着信音を鳴らさないというのが20年近くも電車内でのマナーとして徹底されてきた上での数字であることを考えると、現在では些細な通話や着信音であっても迷惑だと感じる人々が多いという証拠かもしれません。

携帯端末の変革による文化・トレンドの寸断と、マナー意識の向上や変化による「音」への態度の移り変わりは、着うた文化を終焉させるのには十分すぎるインパクトでした。

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日本の電車内マナーは非常に特殊だが、こと「音」に関するマナーの厳しさは世界一かもしれない


■着うた文化のその先に
かつて着うた全盛期を築き上げたLISMO関連のサービスは次々にスマホ向けサービスへと統合・廃止され、同様に着うたの巨大マーケットとして名を馳せた「レコチョク」も、フィーチャーフォン向けの「着うた」および「着うたフル」サービスを2016年12月に終了しています。

レコチョクは現在、ダウンロード音楽配信サービスを主軸にBtoCのみならずBtoBにも積極的に展開していますが、かつての「着うたサイト」の面影はほとんどありません。そのほかの着うたサイトも多くがサービスを終了しているか業態を変えており、文化やトレンドとしては完全に終了したことを感じさせます。

一方LINE MUSICでは、現在もLINE内での着信音や呼出音にLINE MUSICの楽曲を設定できるサービスを行っています。このサービスは当初、有料会員限定のサービスとして提供されていました。しかしユーザーからの要望などを受け、2019年12月に無料会員への提供を開始しています。

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LINE内限定機能である点がLINEらしさでもあり、「電話」を必要とせずアプリ通話で事足りる「今風」でもある


例えばiTunes Storeにも「着信音」のタブとマーケットが存在し、そこから簡単に着信音を選んで購入・設定することが可能ですが、そこからわざわざ楽曲を購入して着信音として設定している人は少ないでしょう。それはもしかしたら、スマホが電話機ではなく「電話機能も付いているマルチメディア端末」であるという証左の1つなのかもしれません。

着うた文化とは、「電話をする」という行動に基づいたものであり、その電話をする文化自体が現在は下火です。

先日KDDIが新料金プラン「povo」を発表した際も、髙橋誠社長は「20代以下のお客様の6割以上は、“月間”通話時間が10分未満だ」として、povoでは敢えて通話無料サービスをオプション化して基本料金を下げたと語っていたのが印象的でしたが、着うた文化の終焉とは、電話文化そのものの終焉すら予言しているようにも思えてくるのです。

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今の若者にとって、もはや電話は「不要なもの」や「邪魔なもの」なのかもしれない


普段からずっとマナーモードで着信音なんてしばらく聞いたことがない、という人すら少なくない現代。携帯電話技術の発展した先が「電話の必要とされない世界」だったとは、少々皮肉な話です。

技術の進歩によって生まれた文化が、さらなる技術の進歩によって上書きされ潰えていく。それはテクノロジーの世界が繰り返してきた歴史です。

着メロ・着うた文化もまた、そういったテクノロジーの世界における「時代の申し子」だったのかもしれません。

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着うた文化があったからこそ、通信の世界は発展した


記事執筆:秋吉 健


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