半導体部品不足を深刻化させている「サブストレート不足」について考えてみた! |
ブルームバーグは11日、ソニーグループがPlayStation 5(PS5)の生産目標を下方修正したと報道しました。報道内容はソニーグループによる発表ではなく、飽くまでも「事情に詳しい複数の関係者」によるリーク情報というかたちですが、いわゆる半導体部品の不足が慢性化する中、十分に予想できる内容だけに驚きはあまりなく、静かに落胆するのみといった印象です。
PS5に限らず、任天堂のニンテンドースイッチやAppleのiPhone 13シリーズなど、半導体部品不足を理由とした減産や販売縮小は話題に事欠きません。本連載コラムでも4月にその原因や現状などについて解説しましたが、あれから半年以上が経っても状況改善の気配は感じられません。
パソコン(PC)からゲーム、スマートフォン(スマホ)、自動車、医療機器などなど、ありとあらゆる分野・業界を巻き込み、長期化の様相も呈してきた半導体部品不足の原因を更に深く追求していくと、半導体チップ(シリコンウエハー)の供給不足以上に深刻な、「サブストレート不足」という問題が見えてきました。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は4月のコラムからの続報として、サブストレート関連の情報を交えつつ現状を解説します。
■半導体部品不足に振り回された2021年
はじめに、過去のコラムのおさらいと現状について解説します。
4月に執筆した半導体部品不足(とくに半導体自体の供給不足)についての解説コラムでは、以下のような点を挙げてその原因を探りました。
・仮想通貨ブームの異常加熱によるマイニング需要過多
・Intelの製造プロセスの微細化失敗による生産ラインの大渋滞
・半導体生産工場で相次いだ火災や停電といった不慮の事故
・新型ゲーム機の相次ぐ登場とスマホの需要増が重なり需要が大幅に増加
・自動車業界では「ジャスト・イン・タイム」方式が仇となって在庫切れを引き起こした
【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:業界を襲う半導体供給不足!異常事態「商品がどこにも売っていない」はなぜ引き起こされたのかを解説【コラム】
供給不足を引き起こした原因が多岐に渡りすぎてしまい、もはや「これが原因だ」と1つに絞り込めないどころか、1つの問題がさらに複数の問題を引き起こしお互いに悪影響を及ぼし合うという、不具合・不都合のネガティブスパイラル状態にあったのが、4月現在での状況だったと言えます。
当時の状況と比較すれば、現在はこれでもかなりマシになったと言えるかも知れません。自動車業界では、半導体部品の不足以上にコロナ禍による減産が世界各国で行われていたものが徐々に回復し、その間に半導体部品の確保を積極的に進めたことから生産台数を戻し始めています。
また半導体生産の大手である台湾のTSMCは10月、日本国内に半導体生産工場を建設すると発表し、2024年の操業開始を目指すとしています。
これは即時で半導体部品の不足を解消するものではなく、また最先端プロセスの半導体生産工場ではありませんが、最も利益率が高く汎用性も高い22~28nmプロセスの半導体部品を生産するための工場とすることで、他工場のリソースを大きく分散させることができます。
これは慢性的な半導体部品不足を改善する手段として非常に大きな前進であり、長期的な供給増が見込める具体策としても期待されています。
とは言え、やはり直近の半導体部品不足はまだまだ続きます。前述のようにソニーグループはPS5の生産目標を下方修正せざるを得ない状況となっており、さらに任天堂も半導体部品不足について「改善の兆しがなく厳しい状況が続いている」とコメントしつつ業績予想を下方修正しています。
AppleもiPhone 13シリーズについて2021年末までに1000万台の減産を見込んでいるとの報道が流れるなど、非常に苦しい状況です。
海外に目を向けると、欧州では米国のIntelをはじめドイツのインフィニオン・テクノロジーズなどが次々に生産工場の建設を発表しており、日本のみならず世界中で半導体部品不足解消への狼煙が上げられています。
その投資額はIntelだけでも今後10年で10兆円規模と見られており、半導体製造メーカー各社の本気度が伺えます。
■半導体部品不足の長期化を招いたサブストレート不足
長引く半導体部品不足にようやく明るい兆しが見え始めた現在ですが、その前途は多難です。実は半導体そのものよりも深刻な供給不足に陥っている部品があるからです。それが「サブストレート」です。
サブストレートとは、半導体(チップ)を載せているパッケージ基板のことです。
例えばみなさんは、CPUやSoC(チップセット)と聞いて、どのような画像を思い浮かべるでしょうか。恐らく以下の画像のようなものだと思います。
こういったチップ部品はさらに複数の部品から構成されていますが、いわゆる半導体と呼ばれる部分は銀色のカバー(ヒートシンク)の下に組み込まれており、直接マザーボードなどのメイン基板に取り付けられているわけではありません。
半導体本体が載せられ、ヒートシンクと一体化されている緑色の基板部分がサブストレートです。サブストレートは複雑な半導体の配線をまとめ、マザーボードなどのメイン基板に実装しやすくするための部品であり、半導体部品の要とも言える部分です。
このサブストレートの供給不足こそが、半導体部品不足を長引かせている大きな要因の1つだったのです。
半導体需要の急激な増加は2018年頃から始まりましたが、これに対してサブストレートの製造メーカー各社が設備投資を渋ったために供給が追いつかなくなりはじめたのです。
それに加え、最も大きな打撃となったのは2020年10月に台湾で発生した火災事故です。サブストレートの大手製造メーカーであったユニマイクロンの工場が火災を起こしたことで供給がストップし、世界的なサブストレート不足を加速させたのです。
サブストレート製造メーカーが、需要増を見越した設備投資に積極的ではなかったのには理由があります。
かつて2000年前後に、インターネットブームからの「ITバブル」と呼ばれる突発的な好景気状態がありました。
半導体技術の目覚ましい向上と開発競争が激化していた時代に、サブストレート製造メーカー各社もまた、多額の設備投資を行ってそのバブル景気を底支えしていました。
ところがITバブルが落ち着き、さらにリーマン・ショックの余波やスマホブームからのノートPC需要の縮小などで業界が低迷し始めた2010年頃から、サブストレート製造メーカー各社は過剰在庫と設備投資の資金回収に苦しむようになったのです。
そのため、再び訪れた急激な半導体需要に当時の苦しみを重ね、設備投資には慎重にならざるを得なかったのです。
サブストレートの供給スパンは現在でも数年単位と言われており、今発注をかけたとしても納期は3~4年後と言われるケースもあります。
当然、この深刻な部品不足にサブストレート製造メーカー各社もようやく重い腰を上げ設備投資へ動き始めました。
しかしながら、2021年内は絶望的、2022年からようやく大規模な投資が始まり、現状の設備(工場)による生産強化が始まるのが2023年、新たな工場などの稼働が始まるのは2024年以降と言われています。
これらの情報を見るだけでも、現在の半導体部品不足が今年中や2022年に大きく回復するなどとは全く考えられないというのが結論です。
それどころか、現在のサブストレートの発注状況が2025年までほぼ埋まっている状況から、半導体部品不足は2025年までほぼ変わらずに続くという悲観的な見方も多いのが実情です。
■今は時期が悪い……が、買い換えも仕方なし?
当初は「2021年内にはなんとかなるのでは?」、「2022年からは若干回復するかもしれない」と軽く考えていた半導体部品不足ですが、その構造的な問題点を精査するほどに、この先1年や2年でどうにかなるレベルのものではないことに絶望します。
明るいニュースがあるとするなら「2024年以降は確実に回復へと向かう」と断言できる程度のもので、それまでの2~3年は辛抱を強いられることになります。
以前のコラムで筆者は「今は時期が悪いおじさん」として、2021年内のPCの買い替えをオススメしない旨を書いてコラムの締めとしました。
しかしながら、今後2~3年も半導体部品の供給不足が続き、4~5年先にならないと正常に戻らないのだとするなら、今PCを買い替えるべきか迷うタイミングに来ている人は、むしろ思い切って買い替えてしまったほうが良いのかも知れません。
記事執筆:秋吉 健
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