ウェアラブルデバイスの普及について考えてみた!

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」にて3年ほど前にスマートウォッチの抱える問題点や普及への課題を考察したことがあります。

バッテリーやディスプレイなどの技術的な問題も含めて「腕時計やスマートフォン(スマホ)などの既存製品の代替・補完製品として十分な魅力を獲得していない」という理由から筆者は「『ポスト腕時計』ではなく『脱腕時計』をめざすべき」という結論に至りました。

あれから3年経った今、果たしてスマートウォッチやスマートバンドなどのウェアラブルデバイスの普及はどの程度進んだのでしょうか。今回はスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスの普及状況と市場の変化について考察します。

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ウェアラブルデバイス、あなたは持ってますか?


■急速に広まったウェアラブルデバイス
はじめにスマートウォッチやスマートバンドといったウェアラブルデバイスの現在の普及状況を見てみましょう。

MMD研究所が2021年1月に調査を行った「スマートウォッチに関する利用実態調査」によると、スマートフォン(スマホ)所有者におけるスマートウォッチの所有率は男性が43.4%、女性が32.6%で、全体では38.0%の人がすでに所有しているとのデータがあります。

同社が2019年7月に行った同様の調査では男性の所有率が24.5%、女性の所有率が11.6%で、全体では18.0%であったことから、約1年半で20%前後も普及が進んだことになります。

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スマートウォッチの一般への浸透度はかなり速いように思える


一方で、別の調査会社によるデータでは所有率が11%程度であったり、健康状態を記録しているヘルスケア関連のユーザーに限定した調査でも10%程度に落ち着くなど、調査の母数や母体となる対象者によって数値に大きなバラつきが出ます。

スマートウォッチの購入理由を見ても、「健康管理をしたいから」と回答した人が29.6%と最も多かった一方で、「スマートフォンとの連携性が良いから」(23.5%)、「スマートフォンを取り出さずにすむから」(20.9%)「電話やメールなど着信の見逃し防止になるから」(17.8%)と、スマホとの連携・連動性の高さにメリットを見出して購入している人が数多く見受けられます。

スマホが電話機やメーラーとしてではなく動画視聴やゲームデバイスとして発達し巨大化したことで、スマホを手に持って歩いたり取り出すことが面倒に感じ、常に見える場所へ装着し続けられるウェアラブルデバイスの需要が高まっているように感じます。

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価格メリットよりも機能性や利便性が重視されている点もスマートウォッチの特徴の1つかもしれない


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スマートバンドやトラッカーデバイスをスマートウォッチのカテゴリーに含めるかどうかでも数字は大きく変わりそうだ


■キャズムを超えたことの意義
流通市場や物品の市場シェアについて語る時、イノベーター理論というものが度々用いられます。

新しい技術や概念が導入された製品やサービスが登場すると、はじめに利用(購入)する人々がイノベーター、次に飛びつくのはアーリーアダプターと呼ばれ、その次にアーリーマジョリティと呼ばれるユーザー層が利用し始めることで、商品やサービスは爆発的にヒットしはじめ、単なるブームではなくニューノーマルとして市場に定着すると言われています。

そしてこのアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間に横たわっている「溝」をキャズムと呼びます(これをキャズム理論と呼ぶこともある)。現在のスマートウォッチは、まさにこのキャズムを超えて一般に定着したウェアラブルデバイスと考えて良いでしょう。



世の中を見渡してみれば、スマートウォッチをしている人を多く見かけ、それを珍しいとも感じません。中には「従来型の腕時計なんて古臭い」と忌避する人も現れ始め、トレンドとしての価値以上に腕時計とはまったく違ったデバイスという認識に至った人も少なからず存在します。

この点について、3年前に筆者が感じた「腕時計とは違う新たなアイデンティティが必要である」という認識が正しく生まれ始めていると実感するものです。

かつてはスマートウォッチを「如何にして既存の腕時計を置き換えるか」という視点でしか語らなかった(語れなかった)時代があります。それは技術的な制約であったり、機能的な不足が目立っていたからです。

しかしながら現在のスマートウォッチは本体機能の向上だけではなくスマホの性能の向上や成熟もあり、強力な連携・連動のもとで生活や健康を管理するための日常的なスマートデバイスとして完全に定着しました。

それはApple Watchのような高級端末だけではありません。数千円程度で売られている安価なスマートバンドでさえ十分な機能を有するようになったのです。

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健康管理目的であれば安価なスマートバンドでほぼ満足できる


■世代間でほとんどニーズが変わらない特殊な道具
スマートウォッチやスマートバンドなどを健康管理デバイスとして考えた時、人々の求める機能や購入動機は年齢による大きな変化がないのも特徴の1つとして考えて良いでしょう。

MMD研究所が2022年4月に調査を行った「ヘルスケアとウェアラブル端末に関する調査」によれば、「ウェアラブル端末未所有者のウェアラブル端末機能への興味の有無」は、10代から70代までのほぼすべての世代で「興味がある」と答えた人と「興味はない」と答えた人がほぼ半数と、見事に均一・均等な数値になっています。

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正直、こんなに差が出ないのは驚きだ


また、「ウェアラブル端末で興味がある機能」についても、10代や20代で「音楽を再生できる機能」がトップに来ていること以外、世代による差がほとんど見られない点も注目に値します。

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人々の関心の幅が狭いのか、それとも設問が偏っていたのか


デジタルデバイスへの興味関心や求める機能についての調査でここまで年代で差が出ないことは非常に珍しく、例えばスマホで同様の調査を行えば、世代によって求める機能や用途が大きく異なってくることは容易に想像できます。

このユーザー層や潜在的ユーザー層のの均一性に見る面白さは、逆に言えばスマートウォッチをはじめとしたウェアラブルデバイスのあるべき姿や進化の先を見定めることが容易いということでもあります。

かつて人々が腕時計に「時間を知る」以外の機能をほとんど求めてこなかったように、スマートウォッチには「音楽再生機能」、「メール・SNS通知機能」、「スリープトラッカー」、「歩数計」、「ライフロガー」の5つが搭載されていれば、ほとんどの人を満足させられるということになるからです。

これら以外の機能については、それこそ腕時計のクロノグラフや気圧計のようにニッチな需要のオマケ機能だと考えて良いでしょう。あとは自分が好むブランドの製品であったり、手頃感や納得感のある価格であれば問題ないのです。

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価格の高さがネックとされたApple Wachも現在は様々な価格帯とバリエーションが用意されるようになった


■市場の自由な広がりに期待したい
世代的なニーズ・用途の差が小さくしかも明確である、というデジタルデバイスは非常に少なく、この点において「とても幸せな進化」を遂げたと言えるウェアラブルデバイスですが、市場的な不安材料を1つだけ挙げるとすれば、AppleのApple Watchシリーズの一強状態であることです。

これはAppleのiPhoneシリーズの人気が非常に高い日本独特なのかもしれませんが、スマートウォッチ市場を見てもApple(Apple Watch)が46.0%と圧倒的で、他メーカーは10%以下の「どんぐりの背比べ」状態です。

健康管理を目的とした「ウェアラブル端末」という括りで調査したデータを見ても、Apple Watchが36.9%で2位以下は腕時計型のFitbitと腕時計型のGarminが同率で8.2%、リストバンド型のFitbitが4.7%、XiaomiのMiスマートバンドが4.5%と、やはりApple Watchの一強です。

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ヘルスケアやフィットネスに限定するならもう少しスマートバンドが売れても良い気がする


世代で求める機能に差異がないという点は、裏を返せばメーカーやブランドごとに製品の特徴や機能の差別化が難しいということでもあります。

ユーザーは買いやすくなった一方で、「どうせ同じなら有名ブランドのほうがいい(みんなが使っているものがいい)」という層と、「どうせ同じなら安い方がいい(ブランドは何でもいい)」という層にくっきりと分かれている印象です。

腕時計のように多種多様なブランドがずらりと並び、人々が真の意味で自由に商品を選択するといったような市場環境までは至っていない(市場が成熟していない)ということかもしれません。

みなさんならどのようなウェアラブルデバイスを購入するでしょうか。あるいはすでに購入されているなら何を目的に購入されたのでしょうか。そしてまた購入したウェアラブルデバイスに満足しているでしょうか。

キャズムを超えて誰もが利用する「当たり前のガジェット」になった今だからこそ、もう一度その存在意義を確かめてみたい気がします。

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腕時計と決別し、新たなスタンダードへ


記事執筆:秋吉 健


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