携帯電話料金値下げ議論について考えてみた!

10月13日、NHKや日本経済新聞など大手メディアで「ソフトバンクが20~30GBで5,000円程度の通信料金プランを検討か」といった旨のニュースが飛び交ったのを覚えているでしょうか。10日ほど前のニュースですが、23日現在、ソフトバンクから新料金プランの続報などは入ってきていません。

一部メディアの「飛ばし」であった可能性も否定できませんが、このタイミングでそういった噂が大手メディアを通じて報道されるのには、それなりの理由があります。

現在の大手移動体通信事業者(MNO)の大容量データ通信向けの料金プランは、その多くが7,000~8,000円前後です。各種割引やキャンペーンによって5,000円前後になるように設定されており、それらの施策によって顧客を家族単位で囲い込むのが通例となっています。

大容量データ通信向け料金プランの引き下げはあるのでしょうか。また現実的な落とし所を探した場合に陥る可能性がある危険とは一体何でしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は携帯電話料金(通信料金)の値下げについて、改めて通信品質や消費者流動性の観点から考察します。

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通信料金値下げがもたらす未来とは


■日本の通信料金は高い?安い?
そもそも、今回のソフトバンクによる通信料金値下げ検討の報道の背景には、総務省や政府による通信料金値下げ議論とMNO各社への強い要請および圧力があります。そしてその要請などの根拠には、「海外よりも高いから」というシンプルな理由があります。

筆者としては「海外より高かったらなんでも安くしないといけないのか」という率直な疑問もありますが、今回はひとまずそれは伏せて考えます。

総務省などが根拠や参照とした数字は、主に主要先進国などの料金施策であり、料金の安い欧州ではデータ通信容量20GBの場合に、日本円で月額2,000~4,000円台、米国や韓国でも月額6,000円台程度であることを指摘し、「割引前価格として月額7,000~8,000円前後の日本は高すぎる」としているのです。

ICT総研が2020年7月に公開した「スマートフォン料金と通信品質の海外比較に関する調査」の調査結果を見ると、総務省が言うほどは日本の料金プランが高いわけではないものの、「韓国や米国よりは安い程度で高止まりしている」とも取れるため、総務省の言い分にも一理はあるように思われます。

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数字のみを見れば、確かに日本の通信料金は高めだが……


ですが、ここで同調査による通信速度や通信品質についての調査結果を見てみましょう。すると、4G接続率(電波の繋がりやすさ)では韓国を僅差で抜いて調査対象国中トップ、さらに通信速度でも韓国の次に速いという結果になりました。

いずれの数値も料金が安かったイギリスやフランス、ドイツといった欧州各国の数字を大きく引き離しており、日本のMNOの通信品質が非常に高いということが分かります。

つまり、日本のモバイル通信は「料金は高いが通信品質も非常に高い」ということになります。逆に言えば、「欧州各国のモバイル通信は安いが通信品質があまり良くない」ということです。

とは言え、絶対値として料金が高いのには変わらないのだから安くして欲しい、というのが一般消費者の要望であることは筆者も理解しています。だからこそ今回のソフトバンクのニュースなどが流れたわけで、報道そのものが「20GBで割引なしで月額5,000円程度だったらいいなぁ」という願望に近いものすら含まれていたのではないかと邪推するところでもあります。

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数字は評価の仕方や測定方法によって多少上下するが、傾向としては大きく変わらない


■20~30GBで月額5,000円という「魔物」
では、20~30GBで月額5,000円という料金プランは可能なのでしょうか。筆者としては「十分に可能な数字である」と考えます。一方で、「MNOとしては設定したくない料金プランでもある」とも考えます。

例えばソフトバンクのサブブランドMNOであるワイモバイルでは、月額4,680円でデータ通信が14GB使える「スマホベーシックプランR」があります(10分間まで国内通話無料も付帯する)。各種割引やキャンペーンを組み合わせることで、月額3,480円で17GBまで使えるようになりますが、今回は敢えてその価格は考慮しないこととします。

この料金プラン以外にも、10GBで良いのなら月額3,680円の「スマホベーシックプランM」などもあり、十分に実用的で安いと感じられる料金となっています。

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ワイモバイルの料金プランを見たことがない人もいるのではないだろうか


今回ニュースとなった「20~30GBで月額5,000円」というラインは、まさにこのワイモバイルのスマホベーシックプランRの1段階上の料金であり、尚且つソフトバンク本体が提供している、50GB+対象の動画・SNSサービス使い放題で月額8,480円の「メリハリプラン」よりも大幅に安価なプランということになります。

ソフトバンクにしてみれば、「20~30GBで月額5,000円」という料金プランは実現できないのではありません。「企業として実現するメリットがない」からしなかっただけなのです。

MNOとしてのソフトバンクにとって、ワイモバイルは「ローエンドユーザーをすくい上げ、ソフトバンクへと誘導するための入り口」としての役割があります。

通信をあまり使わないユーザーに向けたブランドであり、そこからスマホで動画やSNSを利用する楽しさを知ってもらい、より高額で大容量のデータ通信を利用できるソフトバンクへと引き上げたいのです。

そのため、ワイモバイルで「程よく容量があり程よく安い」プランを用意してしまってはユーザーをより大きな容量のプランへ誘導することが難しくなり、さらにソフトバンク本体で用意すればメリハリプランが売れなくなる、という事態に陥りかねません。

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MNOとしてはできるだけ高い料金プランを使ってもらいたい。すべての安い料金プランはそこへ誘導するための施策だと言っても過言ではない


つまり、20~30GBで月額5,000円というのは、そのくらい絶妙な「MNOが嫌がる数字」なのです。ユーザーはその数字の範囲内での利用に満足してしまい、ARPU(1契約あたりの月間平均収入)が大きく下がりかねないのです。

例えばソフトバンクの現在のARPUは、総合ARPUで4,300円程度です。高額なメリハリプランを用意しているにもかかわらずこの数字である上に、ARPUは年々下がり続けており、わずか1年前と比較しても150円も下がっています。

それだけ多くのユーザーが安価な料金プランを利用している証拠でもあり、ここにさらにリーズナブルな料金プランを設定した場合、ARPUの落ち込みが加速する可能性が高くなります。

現在の景気や世界情勢を鑑みても、安い料金プランから高い料金プランへ変更する人が、高い料金プランから安い料金プランへと変更する人よりも多くなるとは考え難いでしょう。

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以前は高い料金プランを高い割引率で安く見せていたが、その傾向が徐々に薄くなっていることも見て取れる


NTTドコモやKDDIについても同様の傾向だと考えて問題はありません。KDDIの場合はソフトバンクよりもさらに顕著に「UQモバイルは安価&小容量、auは高価&大容量(使い放題)」という極端な施策を行っています。

NTTドコモの場合は、60GBという大容量(キャンペーンによる増量だが終了期限が切られていない実質的なプラン容量)で高額なギガホと、小容量(従量制)で安価なギガライトという2つの料金プランに集約させることで、、低容量に我慢ならなくなったユーザーを高額な大容量へと誘導する仕組みです。

いずれにしても、「20~30GBで月額5,000円」という数字が“魔物”である点は共通しているため、各社ともに渋りに渋っているのです。

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丁度良い容量と価格に落ち着いてもらっては困るというのがMNOの本音だろう


■料金値下げを断行した未来を考える
しかしそうは言っても、総務省の、さらには内閣総理大臣自らが政権の実績として残したいと考える通信料金値下げだけに、MNO各社が折れざるを得ないのが現実です。もはや値下げへの流れは不可避と言って良いでしょう。

消費者としては嬉しい限りですが、前述の調査結果を思い出してみて下さい。世界的に見ても、通信料金と通信品質には明らかに相関関係があります。例外があるとするなら米国ですが、それは「料金が高いのに速度が遅い」というマイナス面での例外です。

仮に通信各社が通信料金引き下げを断行しARPUの落ち込みを他事業でカバーしきれなくなった場合、通信品質の低下もしくは向上への投資が停滞する可能性は大いにあります。

ただでさえ、現在はスマートフォン(スマホ)での動画視聴の増加によって通信容量も急増しており、通信速度維持のための設備投資に莫大な費用が投じられています。

例えばモバイル回線のバックボーンでもある光回線は容量の逼迫が問題視されるようになって久しく、通信環境は年々悪化しています。これに加えてモバイル回線の設備投資までが削られ欧州並みの通信品質に落ちたとしても、それを誰も咎められなくなります。

「料金を欧州並みにしたのだから通信品質も欧州並みで何が悪い」ということになりかねません。

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日本のモバイル通信品質の高さは世界に誇って良い


当然ながら、MNO各社がそのような態度を取ることは有り得ないでしょう。しかし、各社が望もうが望むまいが、投資し続けられなくなれば通信品質は確実に低下していきます。

しかも現在は、5G普及へ向けて全力の設備投資を行っている最中です。各社ともに最も費用の掛かる時期である上、スタートダッシュで失敗すれば他社に大きく遅れを取り企業としての事業運営自体が傾きかねません。

「ドコモの5Gはauより繋がらない」、「auの4Gは最近遅い」、「ソフトバンクは安かろう悪かろう」……そのような悪評だらけの未来が来ないとは限らないのです。

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料金は安くなったが繋がらなくなった。それでは本末転倒だ


また、各種割引などを加えた料金として、現在の価格から1,000~2,000円程度下げたとしてどれだけの人がそれを実感できるのかにも疑問は残ります。

先日テレビニュースで見た街頭インタビューでは、通信料金として月額1万円以上払っているといった意見が出ており、まるでそれが月額5000円になるかのように語られる場面がありましたが、それは大きな間違いです。

その1万円強の内訳は、恐らく5,000円前後の通信料金と2,000~3,000円前後の端末割賦代金、さらに2,000~3,000円前後のオプション料金や各種サブスクリプションサービスの料金ではないでしょうか。

そう考えた場合、割引設定なしで月額5,000円のプランが用意されたとしても、そこに適用される割引施策やキャンペーンは大容量プランよりも薄くなり、実際には1,000円程度しか安くならない可能性は大いにあります。

端末代金やオプション料金、さらにサブスクリプションサービスの利用料金は変わらないため、支払料金は月額9,000円強にしかならないことになります。

月額1万円強が月額9,000円強に微減した代償として、通信容量は半分もしくはそれ以下になるのです。今まで大容量プランを利用していたユーザーはそれで納得できるでしょうか。

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日本には月額1万円以上のコンシューマ向けモバイル通信料金プランなど存在しない


MNO各社がどのような料金プランを用意してくるのかは未知数ですが、

・割引適用なしで月額5,000円前後の料金プランに切り替えたとしても、月支払総額1万円前後の人が半額の5,000円になることはない
・容量は半分以下になり、料金は1,000程度安くなるのみ

この2点は覚悟しておいたほうが良いでしょう。

■安易なMNOの料金値下げは市場の寡占化を加速させる
筆者としては、通信料金が安くなること自体には反対しません。むしろ大歓迎です。しかしその目的だけで言えば、現在は各社が用意するサブブランドやMVNOを利用することで十分に目標の金額を達成できる環境がすでにあります。

それにもかかわらず、大手MNO各社に強引な値下げを要求することは、ユーザーのMNO集中を再び加速させ、MVNO市場を壊滅させる危険すらあります。事実、各社はサブブランド戦略や子会社化による事業集中によって着々と料金値下げのための準備を進めており、もはやMVNOを殺しにかかる勢いです。

すでに存在する選択肢を検討もせず、ただ「料金が高い」を連呼するだけの「動かぬ消費者」に向けたマイクパフォーマンスの如き料金値下げ議論には、疑問しか浮かびません。

この流れは、これまでの数年間にMVNO市場を育て、ユーザーに多くの選択肢を与えてきたモバイル通信市場の広がりと多様性を完全に止めてしまうものです。

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MVNOは高収益を見込める20~30GBの大容量プランをほぼ潰されることとなり、運営は厳しさを増していくだろう


目下の関心事は、すでに料金の値下げを行うかどうかではありません。料金値下げはほぼ確定された事項であり、その値下げによって停滞し寡占化が加速するであろうモバイル通信市場をどのように活性化させるつもりなのか、です。

現在のところ、総務省が次々に提言する施策には、そのような市場活性化策が見えません。MNP転出手数料の無料化やeSIM導入議論にしても、ユーザーが「移動しやすくなる環境」を整えるだけであって、それ自体の魅力でユーザーが通信キャリアを移動したくなるような施策ではありません。

これまでに行われてきた通信料金と端末代金の完全分離や各種法改正がユーザーの流動性を上げるどころか固着化を生んでしまったことを考えると、今後も総務省および政府の提言にはあまり期待できないだろうというのが筆者の素直な感想です。

むしろ、MNOの料金は敢えて現状維持で高止まりさせた上でMVNOへの回線卸価格を下げ、MVNOの健全経営と回線品質の向上に注力したほうが、市場としては健全な消費者流動性を促進させられたのではないかとすら考えてしまいます。

果たして日本のモバイル通信の未来はどうなっていくのでしょうか。5Gのエリア展開以上に、先の見えない不安に駆られます。

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MNOおよびそのグループブランドにユーザーが集中し、市場が再び閉じていく。それが怖い


記事執筆:秋吉 健


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