通信各社の20GBプランについて考えてみた!

既報通り、ソフトバンクとKDDIおよび沖縄セルラー電話は10月28日、相次いでデータ通信容量が20GBの新料金プランを発表しました。それぞれサブブランドとなる携帯電話サービス「Y!mobile」と「UQ mobile」向けの料金プランとなります。

Y!mobile向けの料金プランは、月額4,480円でデータ通信容量20GBと10分以内の国内通話無料となる「シンプル20」で、2020年12月下旬より提供開始予定。UQ mobile向けの新料金プランは月額3,980円でデータ通信容量20GBの「スマホプランV」で、2021年2月以降に提供開始予定となっています。

各社が今回のプランを発表した背景には、2018年より続く日本政府および総務省によるモバイル通信料金低廉化への動きがあります。当ブログメディアの読者のみなさまにはもはや説明不要かと思われますが、政府がモバイル通信料金の目安として掲げ、海外のモバイル通信会社の料金との比較に用いられていた数字こそがデータ通信容量20GBでの料金であり、その水準が日本円にして4,000円前後でした。

政府としては納得せざるを得ない料金水準を満たしてきた各社のプランですが、果たしてこれで「万事解決」となるのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はソフトバンクやKDDIによる20GBプランを検証しつつ、そこに存在する「落とし穴」や「抜け穴」、そして技術的停滞への懸念について考えます。

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料金も容量もベストに見える20GBプランの「落とし穴」とは……


■欧州水準を目指した政府と各社の思惑
はじめに、これまで政府が求めてきた料金水準についておさらいしておきます。

政府がモバイル通信料金値下げの「根拠」としてきたのは、海外の料金水準との格差です。この点については前々回の本連載にて詳しく解説していますが、欧州の大半の国がデータ通信容量20GBで2,000~3,000円台(ドイツのみ5,000円台)であることから、日本もそれに習うべき、というものでした。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:携帯電話料金値下げは是か非か。単純には答えの出ない問題に、通信品質や消費者流動性の視点から考える【コラム】

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今回発表された各社の新料金プランは、十分欧州の水準に並ぶものになったと思われる


過去記事で筆者は、通信料金以外にも通信速度や通信品質も十分に加味しなければ正しい料金価値を判断しにくいという趣旨の意見を書かせていただきましたが、今回のY!mobileおよびUQ mobileによる新料金プランは、まさに通信品質を考慮しなければいけない難しい料金プランとなっています。

語弊無きように端的に書くならば、「通信品質は問題ないが5G通信が使えない」ということです。それは各社が意図的に狙った部分でもあり、上位プランとの差別化施策でもあります。

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なぜauではなくUQ mobileなのか。そこに答えがある


■マルチブランド戦略に潜む「落とし穴」
ソフトバンクやKDDIは現在、最高品質の通信環境を提供するメインブランドと、データ通信は中容量で価格もリーズナブルなサブブランド、そしてさらに低廉な価格を必要最低限の通信品質とサービスで提供する仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスという、3つのブランドを展開する「マルチブランド戦略」を取っています。

各社のブランド分けの詳細は以下のようになります。

●ソフトバンク
・メインブランド(MNO)……ソフトバンク
・サブブランド(MNO)……Y!mobile
・MVNO……LINEモバイル

●KDDI
・メインブランド(MNO)……au
・サブブランド(MNO)……UQ mobile
・MVNO……BIGLOBE mobile、J:COM MOBILE

今回発表された新料金プランはいずれもサブブランドでの展開であり、各社ともにサブブランドでは5G通信が利用できません。これは一体どのような状況を引き起こすでしょうか。まず考えられることは、最新・最先端のスマホを十分に楽しめない可能性がある点です。

例えば、KDDIは9月25日に2020年秋~2021年春発売のスマートフォン(スマホ)として6機種をラインナップしましたが、すべての機種が5G対応となっており、キャッチコピーとしても「auは、全機種5Gへ」と掲げるなど、5Gの普及へ全力を注いでいることが分かります。

これらの5G端末はハイエンドからミッドハイクラスまで幅広く用意していますが、一方でUQ mobileの機種ラインナップを見てみれば、いずれもローエンド~ミッドレンジの低価格帯スマホしかありません。

UQ mobileでハイエンドクラスを使いたければSIMロックフリースマホを用意すれば良いだけの話ではありますが、KDDIが明確に「auは高級ブランド、UQ mobileは廉価ブランド」というカテゴリー分けをしているのは間違いありません。こういったブランド分けはソフトバンクも同様です。

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20万円を軽く超えるフォルダブルスマホなど、超高級端末も扱うau


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対するUQ mobileは廉価端末のみだ


仮にこのブランド分けのまま新料金プランが浸透した場合、5Gの普及が大きく遅れる可能性があります。

モバイル通信各社および政府は総力を挙げて5Gの普及と推進を図っている最中ですが、現在はまだまだそのエリアも狭く、5Gの恩恵を受けられているユーザーは非常に限られているのが実情です。

そのような中で、さらに5G通信を使えない料金施策が広く普及するとなれば、人々への5G通信の周知や普及は大きく遅延することになります。

「どうせ5G通信なんてほとんど使えないんだから別に要らないだろう」と思う方も多いことでしょう。それはユーザーとしては間違っていない考え方です。しかし技術的施策としてスマホメーカー各社が最新・最先端のスマホをすべて5G対応にしていこうという中で、5Gスマホが売れなくなるというのは技術的な危機的状況を生み出します。

技術とは、商品として売れて普及してこそ発展します。各社が最先端の技術を投入した最新機種が売れず、型落ちの技術や部品を用いた廉価な製品ばかりが売れる状況になると、メーカーの競争力は一気に低下します。

例えば先月から発売が始まったiPhone 12シリーズも全モデルが5G通信に対応しましたが、これらをSIMロックフリー版で購入し、敢えてY!mobileなどで利用しようという人はどれだけいるでしょうか。

「どうせ5G通信が使えないのだから型落ちのiPhone 11シリーズでいいや」とか、「もっと安いiPhone SEでいいかな」と考える人は多いでしょう。

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売りにしている5G通信の速さを殺されてしまってはiPhone 12も形無しである


■通信各社が見つけた「抜け穴」
では、5Gを推進しているはずのソフトバンクやKDDIが自社の戦略を潰すような料金プランをなぜわざわざ作ったのかが気になります。実はここに各社の真の思惑が隠されています。

モバイル通信各社としては、通信料金の値下げによるARPU(1契約あたりの月間平均収入)の大幅な低下を防がなければいけないため、敢えて「契約したくない状況」に新料金プランを構築したのです。

今回の新料金プランを最も待ち望んでいたのは、恐らくもっと高額な料金プランを利用しているユーザーでしょう。通信料金を下げたいという消費者からの要望を受ける形で、これまで政府も値下げ要請を繰り返してきました。

しかし、今回の新料金プランでは、

・新料金プランにするにはサブブランドへの変更が必要になる
(※実際は大した手間ではないが、ユーザーの心理的障壁やブランド志向からの抵抗が大きい)

・新料金プランにすると各社が用意する最新機種をそのままでは利用できない
(※端末購入後にSIMロック解除を行ってからキャリア変更するなどの方法もあるが、すべての機種でできる保証や不具合が出た場合の保障もなく、各社が用意する端末購入割引施策も利用できない)

・新料金プランにすると5G通信およびそれに併せた端末機能や最新コンテンツサービスが利用できない

こういった問題が大量に生まれるため、知識の少ない一般消費者が料金プランの変更に躊躇するのは確実です。つまり、料金プランの値下げを望んでいた消費者に対してはほとんど届くことのない「見掛け倒しの料金プラン」なのです。

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家族割引でお得感を出している高額な料金プランは、家族単位での契約から自分だけ変更するといった行動も難しくしている


さらに言えば、新料金プランは現在サブブランドを利用しているユーザーのARPU底上げ施策として働きます。

これまでは、サブブランドの小容量データ通信で満足できないユーザーをメインブランドへ引き上げるというのが各社の施策でしたが、これからは「10GB未満で足りないならぜひ20GBプランをどうぞ」と勧めやすくなります。

ブランド変更が不要であるために変更手続きにかかるコストもユーザー側の手間も心理的障壁も少なく、簡単にARPUを引き上げることが出来るようになるため、通信会社的には一石三鳥に近いメリットがあります。

絶対に無視のできない圧力に等しい政府の要請に正しく応えつつ、メインブランドのユーザーのARPUは下げず、サブブランドのユーザーのARPUは上げる。それが各社の新料金プランの真の目的であり、回答なのです。

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マルチブランド戦略は、本当にユーザーの期待に応えているだろうか


■政府の考えの甘さが生んだ「戦争」
政府はモバイル通信料金の値下げを本気で行うのであれば、こういった「抜け穴」を利用されないように「各社メインブランドで値下げもしくは中容量・中価格帯の料金プランを用意すること」とすべきでした。今回の新料金プランで非があるとすれば、それは通信会社ではなく政府です。

現在、大手MNOで20GB/月額4,000円前後のプランを用意していないのはNTTドコモのみですが、同社はサブブランドを持っていないことから、どのような施策を打ち出してくるのか大きな関心が持たれるところです。

仮にNTTドコモブランドで用意してきた場合、5G通信を利用できる唯一の20GBプランということになります。料金プランとしてはこれが理想的な未来ですが、逆に新たなサブブランドを新設した上でプランを用意してきたり、5G通信を利用できない制限を付けて用意してきた場合、ソフトバンクやKDDIと同じく既存の高額料金プランユーザーにはメリットの少ない料金プランになる可能性があります。

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系列のMVNOであるOCNモバイルONEを利用する可能性も……?


NTTドコモの施策については憶測が強くなるためこれ以上は考察しませんが、いずれにしても新料金プランが消費者の望む理想的な環境にあるとは言い難く、また5Gの早期普及を図るべき現在の通信業界の流れとしても好ましくない状況にあることは間違いありません。

消費者からも、スマホメーカーからも、そして通信会社自らからも厄介者扱いされる料金プランというのも不遇な気がします。こうなってしまった背景には政府による業界構造の不理解と、通信会社のみならず一般企業が当たり前に行う「利益追求」の理念を考慮しなさすぎた考えの甘さから来ています。

業界構造の歪みを正そうと大鉈を降った結果、落とし穴や抜け穴だらけになってしまった通信業界。料金施策のみならず、現在の通信業界はまるで戦場のようです。果たしてこの騙し合いのような戦いに勝者はいるのでしょうか。そして人々が満足し幸せになれる未来はあるのでしょうか。

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筆者はさながら戦場カメラマン……そんなわけはないか






記事執筆:秋吉 健


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