コラム連載1周年を迎え、モバイルデバイスやベンダーへの想いを綴ってみた!

先日、久々にモバイルデバイスの衝動買い(予約)をしました。DJIが12月15日に発売するハンドヘルドカメラ「OSMO Pocket」です。手ブレや歩行ブレを強力に抑制するメカニカルジンバルスタビライザーを備えつつも、手のひらにすっぽりと収まる超小型設計のカメラで、しかも4K/60fpsでの高精細動画が撮影できるというスグレモノです。紹介動画を観た瞬間に脳天へ雷が落ちたような衝撃を受け、「これは欲しい!買うしかない!」とそのままオンラインショップで予約を入れてしまいました。

ですが今回のコラムは、このOSMO Pocketの紹介でもレビューでもありません。この久々に感じた「衝動買い」の感覚があまりにも楽しく、そして人の快楽や感性の原点に近いことを思い出したことから、その視点からテクノロジーの世界をもう一度俯瞰してみようと思ったのです。

おかげさまで本連載「Arcaic Singularity」は、この12月に1周年を迎えることができました。1週も休むことなく連載を続けられた理由には、通信業界やモバイルデバイス業界の止めどない技術革新、刺激的な製品の発売、そしてそこに携わる開発者や消費者の思いと渇望があったからだと、1年を振り返って強く感じるところです。

人の感性がモバイルデバイスへ与える影響を考えていくと、世界のデバイスベンダーの姿勢や日本のベンダーが見落としてきた重要な価値観が見えてきます。今回は筆者の思うままに、モバイルデバイスの在り方についてつらつらと書き綴りたいと思います。

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「欲しい」と感じさせてくれるデバイスに出逢えることが何より嬉しい


■「欲しい」と思う直感を信じる、ということ
「迷う理由が値段なら買え。買う理由が値段ならやめておけ」……筆者のような物欲まみれの人間が多いガジェットクラスター界隈では、自嘲気味にこんな言葉が良く聞かれます。意味はそのままですが、何かを欲しいと感じて購入しようとした時、購入を躊躇する理由がその値段であるなら多少無理してでも買ったほうがいい。しかし単に値段が安いから購入してみようという安易な理由ならやめておいたほうが良い。ということです。

人の感性や趣向はさまざまですが、誰にでも「好み」はあります。好きな食べ物、好きな本、好きな映画、好きな遊び。それらは理由ではなく本能で感じ取るものです。筆者が普通のカメラを見てもあまりときめかず、OSMO Pocketを見た瞬間に「あ、これ欲しい」と理由もなく感じてしまうのは本能なのです。正直な話、それをどう使うのかとか、何がその製品のメリットなのかといった理由を考えるのは後付けなのです。

しかし、人の感性や趣向がさまざまだと言っても、ある程度の共通性はあります。モバイルデバイスであれば、操作の容易さや手軽さ、可搬性や収納性の良さ、大きさ、軽さ、説明書要らずの直感的なUIなどです。重要なのは、そういった「共通する本能」にどれだけ訴求できるのかということです。できるだけ多くの人々から「あ、これ欲しい」を引き出せたデバイスが売れるのです。

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常に持ち歩くモバイルデバイスだからこそ、心から欲しいと思える製品を買わないと損をする


■濫造競争が生み出す「良品の原石」の好循環
現在のモバイルデバイス市場を見れば、中国系ベンダーの製品が世界を席捲しています。それは人々に共通する本能を刺激するものが多いからです。例えば、OPPOは自社のスマホを「カメラフォン」と呼び、カメラ機能を徹底的に強化しました。あからさまな画像修正による美肌写真やこれでもかと言わんばかりのカメラユニットを増設は、「やりすぎ」だとか「品がない」などと眉をひそめる人も出てくるほどでしたが、しかしその戦略は世界中の多くの人々に支持されました。下品だの自己顕示欲が強いだのと言われても、みんな自分を美しく着飾りたいのです。それが本能です。

同じように世界を席捲している中国製モバイルデバイスと言えば「ドローン」があります。名もなきメーカーやベンダーが他社のパクリと呼ばれるのも意に介さず、似たような製品が雨後の筍のように次々と発売しています。その節操のない製品濫造は、ほんの数年前であれば「安かろう悪かろう」の代名詞とまで呼ばれましたが、今やそういった批評はあまり当てはまりません。

次から次へと生み出される製品の中から斬新なアイデアを詰め込んだ「良品の原石」が生まれます。するとその原石を真似した製品がまた大量に生まれ、さらにアイデアが詰め込まれて次の良品の原石を生み出すきっかけになる……そんな好循環が今の中国製ドローン市場を生み出したのです。OSMO Pocketを作ったDJIもまた、そんなドローン市場で磨かれた「原石ベンダー」の1つだったのです。

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DJIのドローンは以前、楽天モバイルでも大々的に販売開始がアピールされていた


■モバイルデバイスと高級路線は相性が悪い?
人々が直感的に欲しいと感じる製品を作ることは簡単ではありません。日本のベンダーにありがちなやり方ですが、市場調査やアンケートなどによって綿密に人々のニーズを研究し、一点突破的に製品を開発しようとしても、そんな「冒険をしないやり方」が常に成功するなら苦労はありません。

時にはニーズを読み間違え、時には経営戦略の関係から機能の取捨選択ができず、次々に新しい機能をてんこ盛りに追加し、出来上がってみれば「一体誰がこれを使うんだ?」という製品になっていた、などということはよくある話です。

それが安くてすぐに買い換えられるようなものであれば妥協もできますが、多機能を売りにする製品の多くは高額であることが多く、またその高級さ(価格の高さ)をブランドとして訴求し始めてしまうと後戻りできなくなってしまうのも企業の悪い性(さが)です。

実はこういった多機能化と高級志向は、モバイルデバイスと非常に相性が悪いと筆者は考えます。デジタル技術の進化の速度は日進月歩であり、1年前の技術がもう通用しないということもよくあります。基本的な技術が完成されていて修理しながら永続的に使うことを前提としている機械式腕時計や、素材の進化があまりない宝飾品であれば、高級ブランド品を永く愛用することも1つのステータスですが、例えば10年前に大ヒットしたハイエンドケータイ「P905i」を今使っていて、羨望の眼差しで見る人などいないでしょう。

経年劣化や部品の寿命に加え、利用している電波方式すら数年後に停波の予定となっているような“骨董品”は懐かしむ人こそあれ、実用品として欲しいと思う人が好事家以外にいるとは思えません。「物好きだね」、「スマートフォン(スマホ)にしないの?」と奇異の目で見られて終わりです。

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P905i。二軸ヒンジによるダブルオープンスタイルは、ガラパゴスケータイと呼ばれた日本の携帯電話の究極とも言えるスタイルだった


これらのことから、一般消費者の目線でモバイルデバイスを考えた場合、「安くて便利な製品を早いサイクルで買い換える」のが最も賢い選択だと言えます。多くのモバイルデバイスは日々使い続ける「消耗品」です。消耗品に高額を支払うだけの価値を見出だせる人や、その価値分だけ使い倒せる人はそれほど多くないでしょう。

最新技術を惜しみなく投入したハイエンド製品は技術の進化のためにも絶対に必要ですが、そればかり作っていたのでは大半の消費者のニーズには応えられません。技術はできる限り早くダウンサイジングし、誰でも使いやすいように機能を絞った製品として廉価に売り出してこそ、人々の「欲しい」に応えられるのです。

現在のモバイルデバイスの市場を見た時、日本のデバイスベンダーにそういった流れは見えるでしょうか。ケータイやスマホの過去を振り返っても、ひたすらに高品質で多機能な製品作りに徹してきた印象があります。ニュースメディアでも「全部入り」が持て囃され、機能を限定した廉価な製品が蔑ろにされてきたようにも感じます。

例えば京セラは決してハイエンドスマホには傾倒せず、安価で簡単に使えるエントリーモデルやミッドレンジモデルを作り続けてきましたが、そんな企業が世界のスマホベンダーを巻き込んだ熾烈な過当競争を生き残り、現在も着実に大衆向けのベンダーとしてシェアを確保していることは、決して奇跡でも運が良かっただけでもないでしょう。

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京セラ製「Qua phone QZ」。機能や性能をニーズに合わせて絞ることで価格を大幅に抑えた。京セラの得意とする端末づくりの「流儀」だ


■大手ベンダーだからこそ幅広いニーズに応えて欲しい
カメラ市場に視点を戻してみれば、ソニーやキヤノンといった大手ベンダーはひたすらに高級機を作ることに注力していますが、一般大衆が使うことを想定したアイデアや工夫がほとんどありません。

カメラもスマホのように安価なエントリーモデルをラインナップすることは大前提ですが、スマホのカメラ機能が高性能化・多機能化した今、さらに「これは使いやすそうだ」、「このカメラがあれば便利だ」と直感的に感じさせ、スマホとは別で持ち歩きたいと感じさせるだけのアイデアが必要不可欠です。

例えばソニーは「RX0」というカメラの心臓部のみのような機能とデザインのデジタルカメラを発売していますが、それ単体ではただの扱いにくい単焦点カメラです。RX0はスタビライザーやストロボ、撮影用アームなどを組み合わせ、時にはRX0自体を複数台組み合わせて利用することが目的となるカメラだからですが、それらの機材を揃え、撮影環境に合わせて的確に使い分けることができるのは仕事として利用するプロのみです。

ソニーに期待したかったのは、このRX0の技術やハンディカムシリーズで培った動画撮影技術を、自撮りブームやSNSブームに乗せて安価に使えるコンパクトなハンドヘルドカメラへ応用することでしたが、結局それを出したのはDJIでした。OSMO Pocketの画質は間違いなくRX0に劣るでしょうし作りもチープかもしれませんが、しかし一般人の大半はそれで良いし、それが「欲しい」のです。

シーンに合わせて各種周辺機器を使い分けることで超美麗な映像が撮影できる十数万円のカメラ機材セットではなく、ポケットからサッと取り出して自撮りやイベント撮影にすぐ使える4万円少々のアクションカムが欲しいのです。

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RX0はプロも絶賛する革新的な製品だが、その技術を落とし込んだ安価で使いやすいアイデア製品が欲しかった


用途が違う、購入層が違うといった批判や反論は当然あるでしょう。しかし筆者が言いたいのは「大手ベンダーを自負すればこそ、より多くのニーズに合わせた製品づくりもできるのではないか」ということです。1つの製品で全てを賄うのではなく、プロ向けから大衆向けまで幅広くラインナップできるのも、大手ベンダーならではだと感じるからです。

現在、そのような製品ラインナップに注力しているモバイルデバイス系の企業というと、ファーウェイやOPPO、ASUSといった中国・台湾系企業ばかりが思い浮かびます。販売チャネルやターゲット層に合わせてハイエンドからローエンドまで幅広く製品を揃え、しかも廉価な製品であっても人々が十分に満足できる水準に機能や性能を落とし込んできます。ことスマホ市場やカメラ市場においては、安いから性能が低く扱いづらい、という時代はすでに終わっているのです。

真の意味でのハイエンド製品を作れる企業はほんの一握りです。革新的な技術を生み出し製品へと昇華させていくのは並大抵の企業ではできません。かつて携帯電話市場で「ガラパゴスケータイ」と呼ばれるほどに独自進化を遂げた日本企業の技術の多くは、そのまま現在へと繋がることなく消えていきました。なぜ消えてしまったのか、それを考える時間はまだあるはずです。

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ASUSは人々がスマホのカメラ機能を何に使い、どうすれば嬉しいと感じるのかを徹底的に研究していた


■心から「欲しい!」と思える製品を求めて
本連載の冒頭には、毎回「感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する」と副題のように連呼する一節を書いています。それは筆者のテクノロジーへ相対する際の姿勢であり、そしてデバイスベンダーに忘れてほしくない考え方でもあるのです。

人は性能の高さや機能の豊富さだけで道具を選ぶのではありません。多少作りが粗くても、機能が少なくても、直感的に「これは欲しい」と感じたものを買うのが人の本能です。本当に心から欲しいと感じたならば、多少高くても妥協するでしょう。安いなら当然喜んで飛びつくでしょう。

デバイスベンダー各社には、自分たちが作った製品を「初めて見た感覚」で欲しいと感じられるのか、今一度考えていただきたいと思うのです。自分たちが作った製品、これから作りたいと思う製品を、少し離れた位置から「俯瞰」していただきたいのです。

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Xperiaシリーズの先進性やブランドが持つ安心感はやはり魅力だ。それだけに安価なモデルや便利さを追求したモデルも欲しい


普段であればこんなに偏ったコラムは書かないところですが、テクノロジーの最先端を追いかけながら日々勘案する中でコラム連載1周年を迎えた今、思うところも伝えたいことも、さまざまに積もりました。

華やかに見えるスマホ市場やモバイルデバイス市場にも、目を凝らせば深い闇があり、人々にはあまり知らせたくない舞台裏もあります。しかしそれをそのまま伝えるのは筆者の信条に反しますし、何より人々に伝えたい内容ではありません。

最新のモバイルデバイスとそこに関連するテクノロジーを、どれだけ魅力的に伝えるのか。そこに注力したくて日々葛藤するのです。そして、その葛藤を更に深くしてくれる興味深い製品が登場してくれることを日々楽しみにしているのです。思わず衝動買したくなる悩ましい製品が見たいのです。

最後はただの心の叫びになってしまいましたが、心から「欲しい!」と叫びたくなる製品と出会える喜びこそが、筆者の指をキーボードの上で踊らせる原動力なのです。

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デバイスに愛を。アイデアに称賛を。




記事執筆:秋吉 健


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