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QWERTYキーボード付きハンドヘルドコンピューターについて考えてみた! |
筆者は8月22日、英国大使館の中にいました。普通の人生であれば1度訪れるかどうかというような場所ですが、訪問した理由はモバイル端末の取材です。既報通り、この日発表されたのはリンクスインターナショナルによるQWERTYキーボード搭載スマートフォン(スマホ)「Cosmo Communicator」(Planet Computers製)の国内販売についてでした。
同製品は2018年12月に国内発売されモバイルギークを中心に大きな話題となったQWERTYキーボード付きスマホ「Gemini PDA」の後継機種で、最大の改良点はディスプレイの天板部分に携帯電話機能を搭載したことです。Cosmo Communicatorの国内販売は9月末を予定しており、想定販売価格は10万円程度を予定しています。
iPhoneのような1枚板のスレート型スマホが全盛の今、こういったキーボード付きスマホは奇異の目で見られることも少なくありません。「ソフトウェアキーボードでよくない?」、「フリック入力のほうがラクじゃん」そういった声があるのも当然でしょう。しかし、フルキーボードを搭載したハンドヘルドサイズのウルトラモバイルマシンというものは、なぜかモバイルギークたちの心を鷲掴みにするのです。
感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はQWERTYキーボードを搭載したモバイル端末の歴史を振り返りつつ、その存在意義や楽しさの原点を考えます。
■PSIONから続くハンドヘルドコンピューターの直系デバイス
まずはCosmo Communicatorについて簡単にご紹介します。
本機はキーボードを搭載したクラムシェル(折りたたみ)タイプのAndroidスマホです。OSにはSailfish、Debian、Kaliといったものもインストール可能となっており、マルチオペレーティングシステム(デュアルブートまで)が大きな売りともなっています。
キーボードは販売される地域に合わせて24種類が用意されており、日本で販売されるモデルについては日本語配列のキーボード1種類となります。キーピッチは14mm、キーストロークは2mmと、ハンドヘルドコンピューターのカテゴリーとしては標準的な小ささ。慣れるまでタッチタイピングは難しいものの、両手で持った状態で親指だけで打つことはもちろん、テーブルの上に置いて使うことも可能な絶妙なサイズ感です。
背面には1.91インチのタッチディスプレイと2400万画素のカメラ、そして指紋センサーなどがあり、端末を閉じたままで通話や写真撮影が可能です。
ノートPCのようなスタイルで利用するため、縦画面用のアプリを使うことは非現実的です。端末にはAGENDA(スケジューラー)、NOTES(テキストエディター)、AIRMAIL(メーラー)、DATA(データベース作成)といった専用アプリがプリインストールされており、デュアルブート環境と合わせて開発者向けに特化している印象です。
よく使うアプリを登録しておけるアプリバー(ランチャー機能)と、それを呼び出すアプリキーをキーボード面に搭載するなど、キーボードオペレーションをひたすらに突き詰めたデザインと使い勝手に驚きますが、それもそのはず、Cosmo Communicatorを作ったのは、往年の名PDA「PSION」(サイオン)シリーズの開発者であるデイビッド・ポッター氏や、クラムシェル型PDAの開発者であるマーティン・リディフォード氏だからです。
キーボード付きモバイルデバイスのすべてを知り尽くした人々が、最新の技術を駆使して作り上げたハンドヘルドコンピューターが面白くないわけがありません。
■その昔、スマホと言えばキーボード付きだった
スマホが現在のようなキーボードレス(テンキーレス)となって定着したのはiPhone以降です。それまでのスマホ(※当時はスマホと略されずにスマートフォンと普通に呼ばれていた)と言えば、QWERTYキーボードを搭載した多機能モバイル端末のことだったのです。
そのスマートフォンもさらに源流を持ちます。元を正せばページャー(ポケベル)やPDAであり、携帯電話は源流ではなく付属機能としてあとから追加されたものでした。その点で、日本の携帯電話とは大きく違った進化の歴史を持っていると言えます。
現在キーボード付きスマホと言えばBlackBerryシリーズがありますが、まさにBlackBerryはページャーから進化した直系の端末でした。
欧米人がQWERTYキーボードを好んだのは当然文字入力の必要性からです。
日本では忙しない日本人の生活特性に合わせて携帯電話による音声でのコミュニケーションが重視され、さらに「ひらがな50音+カタカナ50音+英字+数字+記号(さらには漢字変換)」という膨大な文字種を扱うのに、QWERTYキーボードよりもテンキーによるトグル入力と予測変換のほうが片手で簡単に入力できるなどの利便性が高かったことから、QWERTYキーボードを搭載した携帯電話はあまり流行りませんでした。
懐かしいところでは、映画「ダイハード 4.0」にハッキングツールとしてノキア製の「Nokia 9300 Communicator」が登場するなど、当時のスマートフォンはノートPCに代わる最新のモバイルデバイスとして注目を集めていました。
このNokia 9300 Communicatorもまた、Cosmo Communicatorの祖先に当たる機種の1つと言っても良いでしょう。
筆者もシャープ製の「W-ZERO3」シリーズなどを好んで使っていましたが、初代W-ZERO3が登場した当時、スマートフォンという言葉は日本ではほとんど耳にすることがなく、PDA機能付きPHS端末などと呼ばれていたのを記憶しています。
W-ZERO3シリーズも時代に合わせて小型化や薄型化が図られ、より日本人の使い方に合った端末へと進化していきましたが、やはりマイナーなままにシリーズを終了しました。
そしてキーボードのないiPhoneが登場し、それを真似たAndroidスマホが大量に生まれ、瞬く間に世界を席巻していきます。それまでマイナーであったスマートフォンが、携帯電話すら飲み込んで駆逐してしまったのです。歴史的にも珍しいデジタルデバイスのパラダイムシフトが起こった瞬間でした。
そしてこれは、QWERTYキーボードという入力デバイスが一部の人間のみに好まれる方式であり、キーボードレスUIこそが万人に受け入れられるUIであったことを証明した瞬間でもありました。
■「楽しさ」はイノベーションを生み出す原動力
今時、QWERTYキーボード付きスマホを好んで購入する人は稀でしょう。キーボードを使いたければ普通のスマホにBluetoothキーボードでも接続すればいいじゃないか、と言われそうです。確かにその通りなのですが、それでは「面白くない」のです。ガジェットマニアやモバイルオタクと呼ばれる所以がそこにあることは自覚しています。
クリエイティブな仕事をする者にとって、面白いか面白くないかというのはとても重要です。漫画「宇宙兄弟」の中で、シャロン博士がこのような言葉を言っています。
迷った時はね、「どっちが正しいか」なんて考えちゃダメよ。
(中略)
「どっちが楽しいか」で決めなさい。
これは本当にその通りだと感じます。面白いと感じるものを選び、楽しいと思うことをする。それがモチベーションやインスピレーションを与え、素晴らしいアイデアとイノベーションを生み出していくのではないでしょうか。
売れないから、という理由で一時は日本市場から絶滅してしまったQWERTYキーボード付きハンドヘルドコンピューターやウルトラモバイルPCが、ここ数年海外から大量に輸入され国内で小さなブームを巻き起こしていることは、何かのヒントになりそうです。
人々はiPhone型のスマホに飽き始めているのかもしれません。かつてはiPhoneを手にし、指先だけでヌルヌルと動くUIやアプリを見て未来を感じ取りました。しかしあれから十数年。iPhone型スマホは何か進化したでしょうか。
キーのない長方形の板、というデザインは全く変わっていません。指で操作するUIも代わり映えしません。強いて言うなら、画面が大きくなってカメラがたくさん付きました。
Cosmo Communicatorもまた、新しいデザインではありません。むしろ懐古的でクラシカルなデザインなのですが、そこが大きなポイントなのです。古参のモバイラーには懐かしく、そして今の10代や20代の若者には目新しい。古い人間にも新しい人間にも「これで何ができるだろうか」、「これでできることを探してみたい」と思わせるのにふさわしいデザインです。
十数年というブランクが、古い人間である私たちに再び記憶とインスピレーションを呼び起こさせます。若者にとっては初めて触るQWERTYキーボード付きスマホになるかもしれません。その新体験こそが大切なのです。
みなさんも、iPhoneに飽きたらQWERTYキーボード付きスマホなどを試してみてはいかがでしょうか。何か新しいことへチャレンジしてみたくなるかもしれませんよ。
記事執筆:秋吉 健
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