iOSのシェア復活について考えてみた!

仕事柄、筆者が常に心がけていることの1つに「知識のアップデートを怠らない」というものがあります。これまで常識だとか当たり前だと思っていたことが、いつの間にか古い情報になっていたり、陳腐化した技術になっていることが多々あるからです。

そしてここ数年、その信念であり教訓であることを感じさせる情報のアップデートがありました。iPhoneなどに搭載されている「iOS」のシェアが大きく伸び始めているのです。

「そうは言ってもどうせ国内の話だろう?」と思う人も多いかもしれません。しかしながら、これは世界規模で起きています。しかも今年や昨年に始まったことではなく4~5年前からの動きであり、いよいよその流れが確定的になってきたという段階なのです。

数年前までの「常識」からは理解しがたいiOSの逆襲は何がきっかけで始まったのでしょうか。そして今後はどのように推移していくと考えられるのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は大きく回復し始めたiOSシェアとその回復理由などを考察します。

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モバイルOS業界で一体何が起きているのか


■モバイルOSシェアに現れた「謎の階段」
はじめにデータを提示しておきましょう。海外の調査会社「statcounter」のデータベースからスマートフォン(スマホ)向けのモバイルOSシェアを見ると、2022年に入ってからのiOSシェアは28~29%前後となっており、Android OSは70~71%前後となっています。

まだまだAndroid OSが強いとは言え、一時は20%以下まで落ちていたiOSが10%近くもシェアを取り戻している状況は非常に興味深いところです。

iOSは2009年の40%台を頂点にAndroidスマホの台頭によってシェアを下げ、2010年には20%第へと急落。この頃はノキアやブラックベリーといった様々な企業が端末とOSのシェアを競い合っていた時期でもあり、iOSもまた乱高下を繰り返していた時代です。

2015年に入るとモバイルOSはAndroid OSとiOSの2強時代へと入り、ほぼ勝敗が決します。シェア第2位であるiOSですら史上最低の17%台にまで落ち込む一方圧倒的なシェア1位を獲得したAndroidは70%に迫る数字となり、世界のスマホの3台に2台はAndroidスマホとなります。

iOSの低迷はその後2018年まで長く続きます。いわゆる「iOSが強いのは日本だけ」と言われる所以となった時代です。実際この当時の日本のiOSシェアは65~70%前後に達しており、若者を中心に圧倒的な支持を得ていました。

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Android OSのシェアは2018年に80%へ迫る勢いとなり、まさに覇権OSとしての強さを見せつけていた


ところが、この「決した勝負」と思われていた流れに、まさかの変化が現れ始めます。

上のグラフでも2018年の最後だけ僅かにAndroid OSシェアが落ち、iOSのシェアが上がっています。当時はこの「跳ね」は誤差の範囲だと考えられ、当然筆者もそのように感じ取っていました。

実際、2019年に入ってからはiOSが大きく伸びていく様子はなく、跳ねた分だけのシェアをギリギリ維持しているといった流れではありました。

もちろんその流れからiOSの落ち込みが止まり、Android OSの圧倒的な成長が止まったことは感じられましたが、「80%もシェアを取ったらそりゃ伸びなくなるさ」と、その数字の変化をあまり重視していませんでした。

しかし、次のインパクトによって完全に流れが変わったことを確信します。2019年末から2020年初頭にかけてiOSがまた大きく跳ね、そのシェアを維持し続けたのです。

Android OSのように徐々に伸びるのではなく、まるで階段をのぼるようにして跳ね上がっていくiOSシェア。その独特の動きに筆者は興味を惹かれました。

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数字の裏には事実がある。シェアの変動に隠された事実とは何か


■iOSとAppleを救った廉価版iPhone
結論から先に書いてしまいましょう。iOSが階段を上がった瞬間とは、新端末(新型iPhone)が発表されたタイミングです。

「思ったよりも当たり前の理由だった」と感じる方もいるかも知れません。しかしこのタイミングにこそ重大な意味が隠されていたのです。

最初のインパクトである2018年後半、もっと正確に言うならば2018年10~11月頃に登場したiOS端末とは一体何でしょうか。そう、「iPhone XS」シリーズです。

そしてセカンドインパクトとなった2020年4月~5月頃に発売されたiOS端末は「iPhone SE(第2世代)」です。

つまり、iOS復活の裏にあったのは「廉価版iPhone」の登場だったのです。

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iPhone SE(第2世代)はAppleの救世主となった


「いやいやちょっと待て。iPhoneXSはハイエンドだぞ?廉価版ってなんだ?」と思う方も多いはずです。もちろんiPhone XSはシェア向上に貢献していません。貢献したのは1ヶ月遅れ(2018年10月)で登場した「iPhone XR」です(だから2018年9月は大きなシェア変動がなかった)。

2016年あたりから2018年前半までのAppleは、ひたすらにハイブランド戦略を推し進める企業となっていました。

iPhoneは高額化する一方で手頃な価格の端末はiPhone SE(第1世代)のような端末しかなく、「大画面で比較的性能が良く手頃な価格のスマホが欲しい」という欲張りなユーザーニーズを満たす端末がなかったのです。

筆者も2018年当時はAppleのハイブランド戦略について強い危機感を持っており、iPhone XRが発表される直前にiOSシェアの低迷とその未来について案ずるコラムを書いています。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:嗚呼、アップルよ何処へ行く。iPhoneやiPadなどのiOS端末のシェアの変遷や現在のブランド戦略から同社がめざす未来を占う【コラム】

このコラムの中で筆者は、

もしかしたら高級路線は失敗し今後数年でそのシェアを完全に落としてしまう可能性もあります。また廉価なiPhoneシリーズなどをラインナップすることで新興国などで再びシェアを奪い返す可能性もあります。

このように考察しましたが、まさに選択肢の1つであった「廉価なiPhoneシリーズなどをラインナップすることで新興国などで再びシェアを奪い返す」という未来へ舵が取られたということになります。

1つ、筆者の予想が外れた点を挙げるなら、それが新興国だけではなく先進国でも大いに歓迎されたという点でしょう。

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iPhone XRは、まさしく「大画面で比較的性能が良く手頃な価格のスマホが欲しい」というニーズに沿った端末だった


そしてiPhone SE(第2世代)です。iPhone SE(第1世代)の4インチという画面サイズはもはや時代遅れとなっていた中、iPhoneの最廉価機種でありながら4.8インチと当時としては十分なサイズ感があり、さらにSoC(チップセット)も最新のハイエンドシリーズ(iPhone 11 Proなど)と同じものが搭載されるなど、性能面では文句なしでした。

「廉価機種でも性能はハイエンド」この戦略が見事にヒットした結果が、あのセカンドインパクトだったのです。

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筐体などを流用してコストを抑えつつ、中身を最新にすることで大成功を納めた


■数字に隠された答え合わせと未来観測
Appleはその後も、それまでに取りこぼしてきたユーザーニーズを丁寧に拾い上げるが如くラインナップを拡充し、小型のminiシリーズやウルトラハイエンドモデルとなるPro MAXシリーズの性能面での差別化(カメラやSoC)を進めています。

より広い層へ訴求しシェアを広げる。それは戦略として王道であり最も正攻法と言えます。むしろ2018年までのAppleは、なぜその路線に進まずひたすらにハイブランド化しようとしていたのか、当時の筆者ですらも理解に苦しみました。

もちろんminiシリーズのように、販売してみたものの前評判ほどは売れ行きが芳しくないというラインナップもあります(次のシリーズではなくなるとの噂も)。しかしながら、そういったチャレンジや試行錯誤があってこそ思わぬヒットが生まれたり、ブランドとしての認知が向上するという側面は無視できません。

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挑戦に誤算や失敗はつきものだ。しかし挑戦しなければ成功もない


iOSシェア復活の背景には、Androidスマホの行き詰まり感やスマホ全体の性能的な成熟も関係しているように感じられます。

何十社ものスマホメーカーが性能や機能でしのぎを削っていた時代は終わり、2018年頃には一般利用ではどこのメーカーのスマホでも何ら支障がないレベルに到達していました。

メーカーも淘汰されて一部の有名メーカーのみが生き残り、毎年発表される新型スマホもカメラが良くなる程度で代わり映えがしない、というのが一般的な反応だったように思われます。

そのような「成熟した市場」でこそ活きるのがブランドなのです。どれを手に取っても大差がないのなら、少しでも所有者欲を満たせるブランドを求めるのが消費者心理です。ましてや、それで価格もリーズナブルであれば文句なしです。

その視点で言えば、Appleが積み上げてきたブランド戦略もあながち間違っていたわけではなかったのでしょう。重要なのはブランドを活かす商材とユーザーニーズを掴む戦略だったのです。

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商材の活かし方1つでシェアは大きく変わる


statcounterによれば、2022年4月現在のiOSシェアは27.54%となっており、iPhone SE(第3世代)発売によるシェアの伸びも一段落している状態です。

若干はシェアが伸びているとはいえiPhone SE(第2世代)が出た時のようなインパクトはなく、同じ路線(戦略)だけを保守的に続けていてもユーザーが慣れてしまい、大きなシェア変動に繋がらないことを証明しています。

一方でタブレットOSへ目を向けてみれば、こちらもまた2019年頃までの情報が活きないほどのシェア変動があり、それまで圧倒的なシェアを誇っていたiPad OSがAndroid OSに猛追されている様子が見て取れます。

決してAppleの全ての戦略が順調というわけではないのです。ユーザーの大半はそこまで信者的ではなく、自分たちが本当に欲しているものを提供してくれるメーカーを支持しているに過ぎません。

さらに言うなら、OSでスマホやタブレットを選択しているわけでもありません。

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タブレット市場に人々が求めているものは何だろうか


時代の最先端を行くモバイル市場だからこそ、「その時」の情報が次の瞬間にはまったく無意味なものとなることは多々あります。だからこそ筆者は冒頭でも書いたように知識のアップデートを怠らないように心がけていますが、それでもなかなか追いつけなかったり、誤った推察をしてしまうことすらあります。

AppleやGoogleが打つ「次の一手」が何なのか。ユーザーが求める手とは一体どこにあるのか。人々の評価と実際の数字の乖離にどんな意味が隠されているのか。そもそも、そこに真実はあるのか。

十数年におよぶモバイルOSシェアの変動を見ながら、そこに刻まれた歴史を振り返りつつ答え合わせと未来観測をする日々です。

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何度見ても、日本のモバイルOSシェアの推移は独特だと感じる


記事執筆:秋吉 健


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