MaaSの現在と未来について考えてみた!

筆者が本連載コラムで「MaaS」(マース)という言葉と概念を最初に紹介したのは2019年でした。当時はまだMaaSの認知度も低く、日本でも自動車や通信関連の企業と地方自治体が共同で行う実証実験などが行われている最中で、まだまだこれからの技術、といった雰囲気でした。

あれから4年が経ち、世の中にMaaSが広く浸透したのかと見渡してみれば……残念ながらまだまだ浸透していないのが現実です。というよりも、そもそもMaaSによる交通システム(移動手段)が普及していないのだから仕方がありません。

日本ではMaaSの実現は難しいのでしょうか。それとも実現に必要な技術が不足しているのでしょうか。また、MaaSのメリットとはどこにあるのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はMaaSの現在と未来について考察します。

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MaaSの「今」はどうなっているのだろうか


■知っているようで知らない、少しだけ知っているMaaS
以前のコラムを書いた2019年当時、MaaSと言えば「次世代交通システム」などと呼ばれることが多く、その形態としてはタクシーやバス、鉄道などをシームレス且つワンストップで利用できる交通サービスを指す言葉でした。

しかし今や、カーシェアからシェアサイクル、シェアパーキング、マップ・ナビゲーションサービス、さらにはタクシーの相乗りサービスなども、MaaSの一環として捉えられるほどに概念が広がっています。

そもそも厳格に規定しないければいけない概念でもサービスでもないため、MaaSという言葉を使ったサービスが増えていくことはメリットの多いことです。まずは人々にMaaSという言葉を知ってもらい、「MaaSは便利だ」という印象を持ってもらうことが何よりも重要です。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:MaaSは過密社会の救世主となるか。日本における次世代交通システムへの取り組みと現実、そして実現可能性について考える【コラム】

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正直、MaaSの定義など適当でも良い。重要なのは人々に便利なサービスとそれを使う習慣が広まっていくことだ


2023年2月にMMD研究所が公開した「移動におけるサービス(MaaS)に関する調査」によると、MaaSという言葉の認知度は「内容まで理解している」と回答した人が5.9%、「内容まではよくわからないが、言葉は聞いたことがある」と回答した人が12.4%にとどまり、実に81.7%の人々が「全く知らない」と回答しています。

日本でMaaSが叫ばれ始めてから4~5年以上も経つ現在において、これは絶望的な数字であるとともに、前述のように「現状のサービス展開状況では仕方がない」と諦めざるを得ないというのが本音です。

年代別に見ても認知度にあまり大きな差はなく、強いて言うなら30代以下と40代以上で認知度の差が見られ、30代以下の人はある程度(1~2割程度)はMaaSを知っているようにも感じられます。

若い世代は新しいサービスやテクノロジーへの関心が高く、また自動車を所有することへの執着の薄い世代でもあるため、自家用車を持つことよりも便利で低コストなMaaS関連サービスを利用したほうが良い、という合理性から認知度が高めとなっていることが推察されます。

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とは言え、圧倒的に知らない人が多い点はどの世代でも大差はない


あるいは、MaaSという言葉は知らなくともカーシェアリングサービスやシェアサイクルサービス、タクシー相乗りサービスなどは知っているし利用している、という人も多いかもしれません。

そもそもMaaSの概念は複数の交通手段をワンストップで利用するサービスに使われる言葉として導入が進められたため、カーシェアリングサービスなどが普及する際にMaaSという言葉が用いられてこなかったことも事実です。

マップ・ナビゲーションにしても、Googleマップなどのナビゲーション機能や鉄道の乗り換え案内アプリを利用したことのある人はかなり多いはずです。

バスや電車やタクシーを乗り継ぐルートを総合的に検索し、現地への到着時間や交通サービスの利用時刻を教えてくれるマップアプリ(およびその機能)は、間違いなくMaaSの概念に則したサービスであると言えます。

人々はこういったサービスをMaaSなどという言葉が導入される以前から利用しているために、それがMaaSの一環として組み込まれ再定義されたとしても、その定義内のサービスとして認知していないという状況は大いに考えられます。

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これらを裏付けるようにマップ・ナビゲーションなどは認知度が非常に高く、利用者も3人に1人と十分に浸透している様子が伺える


■使いやすそうと思われなければ絶対に使われないという交通サービスの実態
では、数少ない「MaaSを利用したことがある」という人々のMaaS関連サービスへの印象はどうでしょうか。

「MaaS関連サービスの利用にメリットを感じているか」という項目を見てみると、今度は「メリットを感じている」と答えた人の多さに驚きます。

いずれのサービスでも軒並み90%前後の人々がメリットを感じており、とくにシェアサイクルやシェアパーキング、相乗りサービスで圧倒的な好印象を獲得している様子が見えます。

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ここまで「ベタ褒め」されるサービスというのも珍しい


メリットとして挙げられている意見を見ると、各サービスの提供形態や目的によって細かな違いはあるものの、「時短に繋がった」、「行動範囲が広がった」といった意見が共通して見られ、さらに「交通費が安くなった」などが散見されます。

つまり、認知度も低く利用者もまだまだ少ないものの、使ったことのある人はそのメリットを十分に感じられている、ということが分かります。

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低コストに効率的且つ計画的な移動が行えるようになることで、人々の行動範囲が広がっていることが分かる


「それならば、あとはMaaSの認知度を向上させてどんどん利用してもらえば万事解決だな!」と安易に考えたくなるところですが、そう上手くいかないのがMaaSの難しいところです。

例えば「MaaS関連サービス未利用者の利用意向」という項目では、先ほどまで利用者に大好評だった各サービスも「今後利用しようとは思わない」と答えた人々の割合は、いずれも80%前後と非常に高く、そもそも利用したいと思っていない人が圧倒的多数であることが分かります。

また、「きっかけがあればMaaS関連サービスを利用するか」という項目を見ても、「どんなきっかけがあっても利用しない」と答えた人が75%前後と、これまた圧倒的多数です。

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人々の「未知の物事への拒否感」が如何に強いかが分かる


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そこまで拒絶しなくても……とは思うが、それが消費者心理というものかもしれない


ここまで頑なに「絶対に利用したくない」と答える理由が知りたいところですが、明確な「利用したくない理由」は調査項目にありませんでした。

代わりに「どんなきっかけがあればMaaS関連サービスを利用しようと思うか」という項目があったのでそちらを参照してみると、いずれのサービスにおいても「アプリやサービスが使いやすい」、「アプリやサービスの料金体系が分かりやすい」という項目が上位を占めており、とにかく使いやすく・分かりやすくなければ利用したくないという消費者の心理が前面に出てきています。

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すべてのサービスで使いやすさや分かりやすさが求められているのは、ある意味非常に「分かりやすい」


■近視眼的に拒否するのではなく、未来の社会を見据えた積極性で向き合いたい
ここまでのデータから分かる点をまとめると、「MaaS関連サービスをすでに利用しているユーザーからは概ね好評である一方、利用したことがない人からは強い拒否感があり、利便性や分かりやすさをアピールできないことには利用してもらうことすらできない」となります。

MaaS関連サービスへの強い拒否感は如何ともしがたいのかもしれませんが、裏を返せば「既存の交通サービスや社会環境にあまり不満がない」という証拠でもあります。

もし既存の交通サービスが利用しづらく、料金も高く、分かりづらさから不満を持っていたとしたら、恐らくMaaSへの関心も高まり利用者も増えているはずです。

例えばカーシェアリングなどは、昭和の時代からレンタカーという形で長らく商業サービス化されていますが、それが広く普及し自家用車を買う風潮が減退したという話は一切聞いたことがありません。

それはレンタカーを借りるよりも自家用車を購入して利用したほうが便利で分かりやすいからに他なりません。同様に、カーシェアリングやタクシーの相乗りサービスなどが新たに登場してきても、結局人々は「自家用車でいい」、「1人で移動するなら自転車やスクーターでいい」、「自宅から使えないシェアサイクルをわざわざ借りるくらいなら自転車を買ったほうが早いし便利」となってしまうのです。

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シェアサイクルは観光客などにはとても便利なサービスかもしれないが、その街で暮らす人々にしてみれば「特別必要には感じないもの」である可能性は高い


MaaSとは本来、人々の交通手段の利便性のみを目的に提唱されたものではありません。移動手段を効率的に使用し、エネルギーの無駄遣いや温暖化ガスの排出量を抑えることで、地球温暖化を始めとした多くの環境問題への解決策の1つという側面も持ち合わせています。

そういったMaaSの本来の目的(主旨)と人々のMaaS利用への意識の温度差を見ても、やはりMaaSへの理解度はほとんど進んでいないと考えて間違いありません。

自分1人だけの利便性やメリットを見るならば、たしかに現在の日本においてMaaSを利用してメリットがあるのは、交通事情が超過密状態で、尚且つ駐車費用や土地代の高い大都市圏に住む人々のみに絞られてしまいます。

しかしながら、MaaSが目指す未来は「個人の利便性」だけではないのです。環境負荷を低減し、持続可能な社会を作るための取り組みとして普及させる必要があります。

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半世紀前に比べれば、これでも環境負荷は下がったかもしれない。しかしまだ努力の足りない状況が続いている


人々は「便利じゃなければ使わない。分かりづらくても使わない」と嘯きますが、しかし本来のMaaSは「多少不便でもみんなでシェアしていく。多少分かりづらくてもみんなでフォローしていく」という能動的な姿勢を必要としています。

そしてまた「人々の間で使いづらくともシェアしフォローしていく」という難題を解決するためにMaaSがあります。如何にして交通サービスのシェアを使いやすく・分かりやすくしていくのか、そのためにもまずはMaaS関連サービスを使い、試してみる必要があります。

使った上で、ここが使いづらい、ここが分かりづらいとフィードバックを行い、トライ&エラーによってMaaSを推し進めていく必要があります。

こういった交通サービスを使いたくないという個人の思いや考えは否定しません。しかしながら、調査項目のように「どんなきっかけがあっても利用しない」と利用する前から完全に拒否することは、MaaSに限らず多くのサービスにおいて、できることならやめて頂きたいと願うばかりです。

「きっかけがあれば利用する」、常にそういった積極的な姿勢であって欲しいと考えます。

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自分のためだけではなく、未来の社会のために「使いづらさ」を改善していこう


記事執筆:秋吉 健


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