「脱・通信会社」へ邁進する各社の取り組みとその戦略について考えてみた!

12日、KDDIは都内で「スマートマネー構想」に関する記者発表会を開催しました。スマートマネー構想とは、KDDIがこれまで進めてきた「じぶん銀行」(2004年)や「auかんたん決済」(2010年)、そして「au WALLET」(2014年)といった金融・決済サービスをさらに拡大し、投資やローン、保険・年金といった金融サービスまで幅広くカバーし、これら全てのサービスをスマートフォン(スマホ)1つで完結させた自社経済圏を構築するというものです。

KDDIはこの構想のため、自グループの金融系ブランド会社・7社を全てauブランドで統一し、そのうち5社を「au フィナンシャルホールディングス」として2019年度内に再編することも発表しています。

こういった自社金融経済圏の構築を目指しているのはKDDIばかりではありません。現在その先頭を走っているのはNTTドコモであり、2017年に策定した中期戦略2020「beyond宣言」により、ライフスタイル革新の観点からフィンテック分野への積極的な投資と企業間共創を推し進めています。

これまで通信会社(≒移動体通信事業者、MNO)と言えば、「土管屋」などと揶揄されるほどに通信インフラの整備事業への取り組みばかりがクローズアップされてきましたが、ここ1~2年で流れは一気に変わりました。次世代高速通信「5G」サービスを目前に控えた2019年、通信の世界では一体何が起こっているのでしょうか。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回は通信業界が狙う「ポスト・通信事業」への取り組みと戦略、そしてその目論見について考察します。

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スマホ1つで支払いから資産運用まで全てが完結する世界を目指すKDDI


■通信事業だけでは稼げなくなったMNO
各社が自社金融経済圏の拡大へと戦略の舵を切り始めた背景には、通信事業による収益率の低下があります。

フィーチャーフォンがまだまだ全盛であった2010年以前のMNO各社にとって、通信は「金のなる木」そのものでした。インフラを整備し、機器メーカーとともに新しい端末を開発・販売すれば飛ぶように売れ、まだまだ通話がメインだった当時は、高額なインセンティブモデルと高い通信料金によって「高い頻度で機種変更を促し高サイクルで端末代金と回線使用料を回収する」というビジネスモデルが確立されていました。

しかしそのビジネスモデルはiPhoneとAndroid端末の登場によって全てが崩壊します。それまでのフィーチャーフォン(ガラケー)ではインストールされるOSやアプリ(サービス)などの多くを通信会社が作り、ユーザーはそのサービスを利用していたために「サービスの利用=収益」となっていましたが、スマホ時代ではOSもアプリもサービスも全てが自社収益に繋がらなくなり、本当の意味でインフラを提供するだけの「土管屋」になってしまったのです。

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2010年以前の通信キャリアは、端末開発からアプリ・サービスまで、全てを提供するトータルキャリアであった


そこに輪をかけて打撃となったのは通話無料(通話定額)と人々のライフスタイルの変化です。スマホ時代になると人々はSNSを中心としたテキストコミュニケーションの便利さに慣れ、通話をしなくなったのです。

この状況に慌てたMNO各社は、通話をしなくても一定額の通話料金を確実に確保できる通話定額プランを導入し、その通話定額プランでなければ通信定額プランも入れないといった、半ば強引な施策によってARPU(1契約あたりの月間平均収入)の確保を目指しますが、今度は格安の料金を売りにした仮想移動体通信事業者(MVNO)サービスが消費者ニーズを奪い始めます。

単純な料金競争では勝てないと悟ったMNO各社は、今度はデータ通信容量の大容量化によってお得感を誘いつつ料金は下げない施策を取り、ここでもARPUの確保に躍起になったのです。

しかし、これらの施策は全て通信事業収益偏重の企業戦略だったためにやらざるを得なくなったものです。高品質な通信インフラを維持するためには十分な収益が必要であり、その収益を得る手段もまた通信インフラであるがために、料金を下げたくても下げられないジレンマに陥ったのです。

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それまで通信容量の増加をひたすら渋っていたMNO各社が突然驚くほどの大容量化へ舵を切ったのは、過当競争がもたらした結果だった


■顧客情報資産が導いた光明
そこでMNO各社は考えます。通信事業そのものに過度に頼らない収益源とは何だろうかと。そして見つけたのが自社経済圏の確立による金融事業サービスです。

通信会社はその契約の仕組み上、顧客に関する大量の情報を持っています。住所や電話番号といった基本的なものは当然として、月々の支払状況、割賦契約状況、家族構成(家族割などで把握)、その家族の就労状況、世帯収入などです。

それに加え、例えばKDDIであればじぶん銀行の預金状況、au WALLETの利用状況、各種提携企業によるポイントサービスの利用状況など、契約者のありとあらゆる金銭的情報(資産情報)を握っていると言っても過言ではありません。そしてこれらの情報と資産(貯蓄された現金やポイント)を活かさない手はありません。

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auの契約数は約4000万件。au WALLETに貯められた残高は1000億円以上にも上る


MNO各社は一斉に飲食業界やコンビニ業界、流通業界などと提携を強化し、自社のポイントサービスや自社で扱うスマホで各企業のサービスを受けられる環境の整備を急ぎます。

スマホだけで買い物ができる、スマホだけでローンが組める、スマホだけで投資ができる。日々の生活での少額決済から数十年単位となる年金サービスまで、全てをスマホ1つでできる仕組みを構築したのです。

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NTTドコモは自社が保有する膨大な顧客情報を基に金融機関との提携を深め、ユーザーへの最適な投資や金融商品の提案を実現しようとしている


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KDDIは年金や保険といった長期契約の必要な分野にまでスマホ活用を拡げ、顧客の囲い込みと定着化を図る


MNO各社が見つけた「ポスト・通信事業」とは、金融事業でした。通信事業をやっていたことで得られた膨大な顧客情報はそのまま資産となり、金融サービスへの重要な足がかりとなります。

通信インフラから経済インフラへ。現代の社会基盤を構築する通信システムが人々の経済活動そのものに関与し始める流れは必然であったとも考えられます。

奇しくも今年後半にMNOとして通信事業を再スタートさせようとしている楽天が、自社経済圏の確立によって急成長した「経済インフラ企業」としての視点から通信事業へと切り込もうとしている点もまた、単なる偶然ではないでしょう。

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楽天にとって通信事業は屋台骨ではなく、飽くまでも自社経済圏を動かすエンジンの1つに過ぎない


■人々の望む先に通信がある
これからの社会においてMNO各社が果たす役割は、もはや「通信事業者」という枠には収まらなくなります。単なる土管屋であることを拒否した彼らは、経済インフラ事業も全て飲み込む巨大な社会インフラ事業者となります。普段私たちが利用するスマホ決済も、預金管理も、年金運用も、生命保険も、住宅ローンも、全てがMNOと繋がった世界になるのです。

現代社会がITやICTによって構築され、日常にも電子マネー決済やQRコード決済が浸透し始めた今、それらの経済活動から通信事業のみを分離して考えること自体がナンセンスなのです。これからの時代は「通信=経済」だと言っても良いでしょう。

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QRコード決済には通信が不可欠である。逆に言えば、通信できなければ経済活動は止まってしまうのである


そしてその流れを加速しより強固で便利な世界にする技術こそが5Gです。超高速・超大容量・超低遅延を謳う5Gは、いつでもどこでも常に社会と個人が繋がっている世界を生み出し、人々の生活から「通信をする」という感覚すら消し去ってしまうかもしれません。

今ですら、人々はスマホでSNSに常時繋がり続ける世界を選択しています。承認欲求からのSNS依存などは極端な例ですが、そこまでいかずとも常に誰かと繋がり情報の送受信が可能な状態を維持することは当たり前になっています。出かける際に、財布を忘れるよりもスマホを忘れたときのほうが絶望的だと感じる人は少なくないでしょう。

MNO各社が狙う次の一手はそこにあります。人々が手放せなくなったスマホを経済活動の中心に据えようというのです。そしてそれは人々が自ら望んだ未来でもあります。MNO各社が社会経済の全てを飲み込まんと驀進(ばくしん)するその姿を取材しながら、若干背筋が寒くなる思いがしたのは筆者だけでしょうか。

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通信が経済を支配する世界はすでに実現されている。MNO各社が狙うのは、その先にある「通信が経済そのものとなる世界」かもしれない


記事執筆:秋吉 健


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