ファーウェイの排斥問題から通信業界のこれからを考えてみた!

21日の東京はひどい暴風雨に見舞われました。道行く人々は傘を折られ、ずぶ濡れになりながらの通勤・通学を余儀なくされました。そんな荒天の中で行われた「ファーウェイ新製品発表会」の開場を待つ記者の列は、暴風雨以上の不穏な空気を感じ取るには十分すぎるほどに慌ただしく、ピリピリとした雰囲気でした。

理由は当然、米国政府による同社および同社関連企業68社を輸出規制リスト(Entity List)に追加したことです。輸出規制リストへの追加に関する詳しい情報はこちらの記事で詳しく解説していますが、その後も状況は時々刻々と悪化、取引先企業が次々と取引停止や端末の販売延期・中止を発表し、ファーウェイは四面楚歌の状況に陥りつつあります。

本コラムでも昨年12月にファーウェイ製通信設備の排斥問題を取り上げ、日本においてソフトバンクなどが5G通信設備の整備で大きな影響を受けることをお伝えしていますが、今回の米国による決定はダメ押しとなるものです。

しかし、米国による中国企業排斥の動きはあまりにも性急だと感じるのは筆者だけでしょうか。米国は自国利益を守り世界平和の脅威を排除するという大義名分の下に一連の行動に出ていますが、中国との国家間でも関税の引き上げ合戦による貿易摩擦の泥沼を生むなど、世界経済にも大きな影響を及ぼし始めています。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はファーウェイの輸出規制リスト追加とその後の各企業の動き、そして未来に禍根を残し通信業界のパワーバランスが大変動を起こす可能性について考察します。

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米国の決定が世界を変えてしまうかも知れない


■次々と手を引き始めた取引企業
はじめに状況の整理です。米国がファーウェイおよびその関連企業68社を輸出規制リストへ追加したのが15日、その後数日間は平静を保っていたものの、19日にGoogleがファーウェイとの一部取引を停止したとの報道が流れ状況が急変します。

Googleが行った取引停止内容は、今後新たに発売される端末へのGoogle PlayやGmailといったプラットフォームサービスの提供停止と、Android OSの技術的サポートの停止です。

既存の端末でのGoogle PlayやGmailの利用などは問題なく行えるとGoogleは発表しており、その後米国も米国輸出管理規則(EAR)執行に90日間の猶予を与える決定をしています。

今後8月中旬までは既存製品も問題なく利用できると考えられますが、その後はソフトウェアアップデートが行えなくなる可能性もあり、状況が大きく好転したわけではありません。

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ファーウェイデバイス 日本・韓国リージョンプレジデント 呉波氏


日本国内の移動体通信事業者(MNO)や仮想移動体通信事業者(MVNO)サービス各社から発売が予定されていた「HIAWEI P30 Pro/P30/P30 lite」などのスマートフォン(スマホ)については、NTTドコモ、au、ソフトバンク、楽天モバイル、LINEモバイル、mineoなど、主要な通信キャリアの多くが発売延期や事前予約の停止などを告知しています。

またインターネット通販大手のアマゾンジャパンもファーウェイ製品の直販を停止しています(外部事業者が販売するマーケットプレイスについては対象外)。

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NTTドコモは発売の延期や中止についてはまだ告知していないが、事前受付を停止した


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mineoはスマホだけではなくタブレット製品も発売延期を決定している


ファーウェイへの包囲網はプラットフォームサービスや販売チャネルのシャットアウトに留まりません。

英国BBCはソフトバンク傘下の半導体企業「アームホールディングス」がファーウェイとの取引を停止したと報じており、これが事実であればファーウェイは今後ArmアーキテクチャのCPUやSoCを製造できなくなります(現在製造中のものに関しては継続して製造可能との見方が強い)。

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ファーウェイ製スマホに採用されるSoC「Kirin」シリーズを製造するハイシリコンテクノロジーはファーウェイの子会社であり、今回の輸出規制対象企業でもある


さらに、SDカードやmicroSDカードの規格を策定・推進している団体「SDアソシエーション」の公式サイトでもメンバー企業からファーウェイの名前が消えており、今後発売される同社の端末でSD規格やmicroSD規格のメモリーカードおよびカードスロットが扱えなくなる可能性が出てきました。

現在ファーウェイ製スマホなどではmicroSDに代わる新たなメモリーカードとして独自規格である「NM」カード規格が採用されており、microSDカードスロットが搭載されなくなるリスクはあまりないと考えられますが、それでもデファクトスタンダードとなったmicroSD規格が一切扱えなくなる影響は、かなり大きいものと考えられます。

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2019年1月時点でのSDアソシエーション公式サイトにはファーウェイの名前がある


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5月24日時点の同サイトにはファーウェイの名前がない


ファーウェイが米国の輸出規制リストに追加され、Googleが各種取引の停止を決定して以降の各社の動きは、単に利益損失を避けるための損切りであるとか、泥舟からの離脱といった話ではありません。

米国の輸出規制リスト対象企業と米国商務省の許可を得ずに取引を行ったりEARに違反した場合、その取引企業もまた制裁対象となる可能性があるため、取引企業としても自社を守るために取引を停止せざるを得ないのです。

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通信キャリアの場合、消費者保護の観点からも端末販売は延期せざるを得ない


■強硬な政策が引き起こす通信業界の世界分断
ファーウェイ以前にも、ZTEが輸出規制からの業界締め出しの憂き目に遭っていますが、こうした中国企業排斥の動きは世界の通信業界にとってどのような結果をもたらすのでしょうか。

ファーウェイは広域無線通信インフラの売上高シェアにおいて、2017年には世界第1位、2018年には世界第2位となっています(英IHSマークイット調べ)。2018年にシェアを落としているのは、米国による制裁の懸念と各国へ使用中止を求める圧力によって採用を控える動きによるものと考えられます。

それでも2018年時点で26%にものぼる売上高シェアを確保していた同社の影響力が、今回の問題ですべて白紙に戻るとは到底考えられません。それは発展途上国や米国経済圏の外側とのつながりや影響力の大きさがあるからです。

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ファーウェイの市場シェアを支えるのは米国をはじめとした先進国だけではない


ファーウェイが開発・生産しているのはスマホやタブレットのような端末機器ばかりではありません。最新の通信技術である5Gも含めた各種通信基地局設備もまたファーウェイの主戦力であり、中央アジアから東欧圏、さらに東南アジア、中東、インド、アフリカに強固な経済圏を構築するために中国が推し進める「一帯一路」政策とともに、そのインフラ事業の範囲を拡大してきました。

ファーウェイ製基地局設備は軽量かつ小型でコストパフォーマンスや設置性に優れているのが特徴でもあり、大きな鉄塔が建てられない市街地や機器の搬送が難しい山岳地帯などでも設置が容易です。こういった製品特性から各国が通信設備をすぐに他社製品へリプレースすることは難しく、ファーウェイの通信機器に頼らざるを得ない国は非常に多く存在するのです。

仮にスマホなどの端末事業で米国経済圏からの締め出しに成功したとしても、この問題で同社が態度を硬化させ、敵対的な関係のまま中央アジアや中東、アフリカ圏などで勢力拡大を図った場合、通信技術の分断や社会構造的な対立を生み出すきっかけになりかねません。

事実、すでに同社では打倒米国に近い社内気運が高まり、以前より開発を続けていた独自OSの研究を加速させたとの情報もあり、輸出規制や貿易摩擦が世界を二分する通信戦争へと発展する可能性すら生まれ始めています。

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ファーウェイの国際特許申請数は2年連続で1位だ。仮にこれらの特許が米国経済圏の通信技術に使えなくなった場合、技術発展の遅れや製品開発が行えなくなる恐れすらある


■単独行動主義への批判
そもそも、米国によるファーウェイ排斥の根拠は、「国際緊急経済権限法(IEEPA)の違反やイランへの禁止された金融サービスの提供によるIEEPAへの違反の疑い、それに関連した調査妨害、さらに法務省によるファーウェイへの訴訟の申し立てが含まれる」(こちらの記事より引用)というものですが、仮にそれが事実だったとしても、今回の措置は厳しすぎる上に一方的であるように感じます。

現在IEEPAの適用国となっている国には、イラン、シリア、ベラルーシ、北朝鮮、ジンバブエなどがありますが、ロシアですら適用国なのです。それらの国の企業や政府と取引があるというだけで制裁の対象となり、その制裁対象の企業と取引がある企業もまた制裁対象となる可能性があるとしたら、多くのグローバル企業が米国の思うがままではないでしょうか。

米国の行動に不信感を持つ理由には、諸外国と協調していこうという姿勢や取り組みが感じられない点も挙げられます。仮にIEEPA違反が事実だったとして、なぜ今回の排斥措置を豪州と日本の二国しか支持していないのでしょうか(そもそも米国にファーウェイ排斥を訴え始めたのは豪州だという報道もある)。

紛いなりにも友好関係にあるEU諸国は一国も賛同していません。ドイツに至っては今回の措置へ反対すら表明しています。これが米国国内のみで完結する排斥であれば国家主権と安全保障の観点から他国が口を出せる立場ではありませんが、全世界に多大な影響と経済的損失を与える問題であるにも関わらず、友好国の賛同すらも得ないまま強硬な措置に出たことは少々理解に苦しみます。

今回の問題が単なる国際平和に関連したものではなく、米中貿易摩擦とも関連し米国の自国利益を重視した政策の一環であることは誰の目にも明らかです。そういった一国主義や単独行動主義からの制裁行動には強く異を唱えるとともに、それが引き起こす世界の経済的分断と企業活動の萎縮は看過できないところです。

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米国が黒と言えば黒になってしまう世界で良いのか


ファーウェイの基地局設備や端末機器には日本製の部品も多く採用されています。ディスプレイ関連ではAGCやジャパンディスプレイ、半導体関連では京セラや東芝メモリ、ソニーセミコンダクタソリューションズなどがあり、ほかにもパナソニックや日本電産、富士通、三菱電機など、大手メーカーがずらりと名を連ねています。

これらの企業の業績に影響が出ることは必至であり、MNOやMVNOだけではなく、日本経済全体にも大きなダメージを与える可能性があります。米中貿易摩擦とともに、もはや対岸の火事ではなくその火中(渦中)に投げ出されているのです。

米国とも中国とも良好な関係を維持し発展してきた日本にとって、ファーウェイの問題は一時的なものではなく、今後に禍根を残しかねない非常に憂慮すべき事態です。そしてそれは世界でも同様であり、もはや状況の打開には政治的交渉以外残されていないように思われます。

米国の思惑の通り、これでファーウェイが凋落していくのか、それとも奮起驀進して世界を再び席巻してしまうのか……。企業が貿易摩擦や政治判断による障害を乗り越え、世界を席巻する技術とシェアを手に入れた例など枚挙に暇がありません。

ファーウェイの現状に、かつてピンチをくぐり抜けてきた数々の企業の姿が重なって見えるのは筆者だけでしょうか。

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発表会が終わる頃には雨は上がっていた。ファーウェイを襲った暴風雨はいつ止むだろうか


記事執筆:秋吉 健


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