FOMAとiモードについて振り返ってみた!

9月30日に日本におけるポケベル(ページャー)サービスが終了し、通信業界の平成史に1つの区切りがつけられましたが、その約1ヶ月後となる10月29日、既報通り、平成を飾った2つの通信方式およびサービスの終了も告げられました。NTTドコモの「FOMA」と「iモード」の終了です。終了時期は2026年3月31日を予定しています。

この2つを知らない日本人はほぼいないと言っても良いでしょう。日本における第3世代通信システム「3G」として登場したFOMAは出足こそ悪かったものの、その後KDDI(au)や当時のJ-PHONE(のちのボーダフォンおよびソフトバンク)などとともに、フィーチャーフォン(いわゆる「ガラケー」)の最盛期を牽引しました。

そしてiモードもフィーチャーフォン最盛期を作り上げた最大の功績サービスです。これがなければ日本の携帯電話市場の隆盛と、現在に続くスマートフォン(スマホ)時代は存在しなかったと言っても過言ではありません(その理由は後述)。

FOMAとiモードは何を作り、何を残したのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はFOMAとiモードの歴史を振り返りつつ、未来のモバイル業界に思いを馳せます。

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報道発表は、注釈を含めてもたったこれだけ。歴史を作り上げた通信規格とサービスの終了告知としては寂しさも感じる


■「失敗」からのスタートだったFOMA
FOMAのサービス開始は決して順風満帆ではありませんでした。2000年当時のモバイル業界の大きな話題といえばエリア展開であり、四半期ごとに移動体通信事業者(MNO)各社が自社のエリアがどれだけ広がり、どれだけ電話が繋がりやすくなったのかを喧伝するような時代でした。

そのような中でスタートしたFOMAは、「繋がらない、すぐ切れる、(対応端末の)バッテリーが持たない」と三重苦の様相を呈していました。NTTドコモが3G方式として採用した通信規格「W-CDMA」は、それまで同社が2G方式として採用していたPDC規格と互換性がなく、基地局の整備に時間がかかってしまったのです。

一方、この騒ぎ(?)を横目にシェアを一気に拡大したのがKDDIです。KDDIは2G方式にcdmaOneを採用し(2.5G世代とも呼ばれる)、3G方式としてcdmaOneと後方互換性を持つ「CDMA 1X」を採用しました。3Gエリア外でもシームレスに2G回線で繋がる仕組みを構築したことで、表面上は快適なモバイル通信環境の素早いエリア展開を可能としたのです。

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NTTドコモのFOMAカード(UIMカード)。日本では3G世代からこういったSIMカード方式が採用され始めた


しかし、その後の見事なFOMAの復活劇を私たちは知っています。端末開発とエリア展開に全力を注ぎ、高い通信性能を武器にコンテンツを充実させることで、人々に携帯電話機をエンターテインメント端末(マルチメディア端末)として認知させることに成功したのです。

この点においては、競合他社との競争が生み出した相乗効果も大きな貢献をしたことでしょう。まさに市場原理による競争が生み出した、ケータイコンテンツブームの始まりです。

よりリッチで楽しいコンテンツを提供するために端末が高性能化し、その高性能を活かしたコンテンツが生まれる。そしてリッチコンテンツと高性能端末を競い合う通信キャリアとメーカーがしのぎを削る。こうした市場の好循環が爆発し、のちに「ガラパゴスケータイ」(ガラケー)と呼ばれる恐竜進化へと行き着きます。

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人気アーケードゲームを忠実に移植できるほどに端末は高性能化していった


■iモードが携帯電話の世界を変えた
FOMA向けコンテンツと端末の恐竜進化を促した最大の功労者は、当然ながらiモードです。1999年に2G向けの携帯IP接続サービスとして始まっていたiモードは、通信キャリアによる集約課金システムを構築し、巨大なエコシステム(経済圏)によってユーザーを囲い込むという、画期的なビジネスモデルでした。

そのビジネスモデルは瞬く間に競合他社にも伝播し、KDDIはEZwebを、J-PHONEはJ-スカイ(のちのボーダフォンライブおよびYahoo!ケータイ)を生み出します。

iモードの成功要因はいくつもありますが、1つは「インターネットではなかった」ことです。2000年当時の通信技術と端末性能では携帯電話の小さな画面にインターネットサイトを表示することは難しく、よりデータ容量が小さく処理負荷の軽い記述方式による「閉鎖的なネット環境」の構築が必要でした。

そこでiモードでは、汎用的なHTTPやHTMLのサブセット規格であるcompact HTMLを採用することで開発環境の構築を容易にし、インターネットサイトと互換性を持たせつつ、多くの開発者とコンテンツ事業者を集めることに成功したのです。

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iモードの成功はコンテンツ事業者とコンテンツを爆発的に増やし、増加したユーザーの要望に応えるようにして端末も多様化していった


iモードによって、携帯電話は「電話」から脱却したと言っても過言ではないでしょう。それまで「通話すること」が主たる利用目的だった携帯電話は、iモードによって「コンテンツを楽しむためのデバイス」へと進化したのです。これは携帯電話業界にとって、最初のパラダイムシフトでした。

それは音楽であり、ゲームであり、掲示板サイトでもありました。かつて、魔法のiらんどや前略プロフィールといった交流サイトを楽しんだ人も多かったことでしょう。着メロや着うたを集めるのが好きだった人もいたと思います。筆者はゲームメーカーの月額プランに加入し、毎月配信される新作ゲームや移植ゲームを楽しみにしていました。

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思えば電話機としてよりも、ゲーム機としてこの端末(P905i)を使ってばかりだった


■泰平の 眠りを覚ます iPhone たった1台で 夜も眠れず
しかし、このFOMAやiモードをはじめとした「鎖国」状態の閉じた携帯電話の世界へ、突如として黒船が来航します。それがiPhoneとApp Storeです。

iモードの成功は、携帯電話事業と集約課金型エコシステムとの相性の良さを世界に認知させる格好の材料でもありました。当時Apple(アップル)のCEOだった故・スティーブ・ジョブズ氏は、App Storeのエコシステムについて「日本のiモードを模倣した」と明言しています。

iPhone(iPhone 3G)が日本で発売された2008年、iモードは基本システムの構築から10年近くが経過し、端末性能の向上にシステムが追いつかなくなりつつありました。そこにフルインターネットデバイスでもあるiPhoneと、iモードを模倣したモダンなエコシステムとして新規に作られたApp Storeが登場してきたことは、単なる偶然ではなかったはずです。

当然、その後のiPhoneの爆発的普及は純粋にマネージメントレベルでの戦略の勝利ではありますが、その勝利の裏にiモードへの深い研究とリスペクトがあったことは疑いようもありません。

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開けたインターネットの世界をモバイルで楽しめる。それはiPhone登場までとても特殊な世界だけの話だった(画像はiPhone 3GS)


■2026年という戦略的設定
そして来たる2026年3月、ついにFOMAとiモードは終了します。筆者的には「随分先だな」と思うところですが、人によっては早すぎると感じる人もいるかもしれません。

NTTドコモが2026年と設定した裏には、第5世代通信システム「5G」の展開戦略があります。NTTドコモは2020年に5Gの商用サービスをスタートさせ、2020年度内には1万局の基地局の整備を完了予定です。

かつてFOMAが後方互換性を持たなかったことによるエリア展開の遅さで失敗した経験を活かし、5Gでは完全新規となる「5G NR」(New Radio)網と、現状の4G網を構築しているLTEを発展させた「eLTE」(enhanced LTE)網の2つを組みわせることで、スムーズかつシームレスなエリア展開と商用サービスの展開を目指しています。

5Gのエリア展開を2020年代前半で早期に完了させ、スムーズな世代移行を推し進めることで、3Gサービスを終了させようという戦略です。逆に言えば、FOMAの終了期限を切ることで、5G展開のロードマップに強制力を持たせたいという狙いもあるでしょう。

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「New RAT」と表記しているものが5G NR。5G NRは高周波数帯域を使用することから広域のエリアカバーに向かないため、広域の早期展開にeLTEが用いられる(引用元はこちら


iモードに関しては、すでにユーザーの携帯端末の大半がスマホへと移行していることから利用者は少なく、今後も静かにフェードアウトしていくことになります。

気になるのはフィーチャーフォンの対応状況ですが、iモード対応のフィーチャーフォンは2016年に出荷が終了しており、現在開発・販売が行われているNTTドコモ向け端末は、全てSPモード対応のAndroidベースのものとなっています。

つまり、2026年とは最後に出荷されたiモード対応端末からちょうど10年目であり、10年同じ端末を使い続ける人は稀であるという判断もあったものと思われます。

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最後のiモード対応端末となったパナソニック モバイルコミュニケーションズ製「P-01H」


■温故知新の先にあるもの
前述の通り、現在の通信業界は日本のみならず世界中が5Gへと邁進している最中です。超高速・超大容量・超多接続通信の世界は、もはや「電話」というレガシー機能を置き去りにしている感すらあります。

かつて携帯電話を「電話」の呪縛から解き放ったFOMAとiモードは、その役目を終えようとしています。忘れてはいけないのは、これらの技術やサービスがあったからこそ、今があるのです。

歴史に「if」は禁句ですが、iモードがなければEZwebやJ-スカイも生まれず、モバイルコンテンツ産業の開花もなく、フィーチャーフォンの恐竜進化もなく、スティーブ・ジョブズ氏に着目されることもなく、iPhoneは世界を席巻せず、Android OSとその端末も生まれていなかったかもしれません。

Symbian端末やWindows Mobile端末が、モバイルインターネットの世界標準となっていた未来があったかもしれないのです。

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ノキア製スマホ「Nokia E90 Communicator」。当時ノキアがアップルに完全敗北するとは誰も予想していなかった


奇しくもモバイルコンテンツの世界は今、月額や年額課金によるサブスクリプションモデルが大ブームとなっています。音楽や動画といった従来からのコンテンツは買い切り型からストリーミング型へと移行が進み、ゲームの世界ではクラウドゲーミングという新しいスタイルで月額課金サービスが開始されようとしています。

それはかつてiモードが目指したビジネスモデルであり、スマホの登場とそこで生まれた「基本無料でコンテンツ内課金」というビジネスモデルによって、一度は下火となったものでもあります。

5G時代、私たちは手元のモバイルデバイスで何を楽しむのでしょうか。またどのようなライフスタイルへと変化していくのでしょうか。もしかしたら、かつてのFOMA端末のように、スマホすらも過去のデバイスとして扱われる時代になっているかもしれません。

時代は突き進みますが、過去が捨てられて未来に行くのではありません。過去があればこそ、未来があるのです。

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ありがとうFOMA。ありがとうiモード




記事執筆:秋吉 健


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