トヨタのG-BOOKサービス終了について考えてみた!

先日、筆者のもとに1通の手紙が届きました。それはトヨタの「テレマティクス」(「カーテレマティクス」とも呼ぶ)サービス「G-BOOK(ジーブック)」のサービス終了についての案内でした。サービス終了の時期は2022年3月31日(木)と、まだしばらく先ですが、「終了」という赤い文字に想うものが込み上げてきます。

G-BOOKサービスがスタートしたのは2002年。異業種合同プロジェクトととして行われた壮大なマーケティング実験、「WiLLプロジェクト」の一環として生まれたコンパクトカー「WiLL CYPHA」(ウィル・サイファ)のカーナビに組み込まれました。

その後、G-BOOKは時代の変遷や通信技術の進歩とともに進化し、G-BOOK ALPHA、G-BOOK mx、そしてG-BOOK mx Proなどへ派生していきましたが、システムとしての老朽化や技術拡張の限界から、今回のサービス終了へと至ります。

G-BOOKは何を創り、何を残し、何を未来につなげたのか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はG-BOOKの思い出とともにテレマティクスサービスの未来について考察します。

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サービス終了のお知らせはいつも寂しい


■筆者とサイファとG-BOOK
筆者がG-BOOKを利用し始めたきっかけは、まさに2002年、初代搭載車であるWiLL CYPHAと出会ったことからでした。

当時の移動体通信業界は3Gサービスが始まったばかり。NTTドコモのFOMAがエリア展開でつまづく中、auのCDMA 1X(CDMA 2000 1x)がエリア展開の速さと端末ラインナップの充実で若者層を中心に大きな人気を勝ち取り始めた頃です。

当時からカーナビは存在しましたが、通信機能を内蔵したカーナビはほとんどなく、トヨタが純正の通信カーナビシステムとしてG-BOOKを出したことは衝撃の一言でした。

とくに驚きだったのは、2002年当時に音声認識によるカーナビ操作や、合成音声によるメールやニュースの読み上げ機能を搭載していたことです。

音楽のダウンロード配信などに対応している時点で十分に未来的であったのに、まるでSF映画のように運転中でも音声認識でニュースを呼び出せたり、カーナビへ目的地の指定が行えたのです。

そんな「未来のクルマ」だったWiLL CYPHAは、ある意味フィールドテストを兼ねた「実験車両」や「搭載試験車」としての役割を担った自動車でした。

そのため販売価格でも優遇され、最新の通信カーナビ標準搭載車としては破格の126万円という安さだったことが、筆者が購入を決めた大きな理由だったのを今でも覚えています。

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未来のクルマ、WiLL CYPHA。それまでスポーツカーの購入を検討していた筆者だったが、惚れ込みすぎて11年も乗り潰した


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キャッチコピーは「育てるクルマ」。通信カーナビという発展途上の技術とサービスを育てていくことこそが、WiLL CYPHAのオーナーに課せられた使命でもあった


ちなみに、通信カーナビなどに接続される車載通信機のことを「DCM」(Data Communication Moduleの略称)と呼びますが、WiLL CYPHAに搭載された初代G-BOOKのDCMにはauのCDMA 1Xが採用されていました。

通信速度は下り最大144Kbpsで、当時としては非常に高速かつ、移動中でも安定した通信が行える画期的な方式でしたが、今となっては隔世の感があります。

DCM以外にも、auブランドの3G携帯電話を接続して通信が可能でしたが(のちに他社の携帯電話にも対応)、当時はデータ通信の定額料金プランなどがなく、非常に高コストな選択肢でした。

WiLL CYPHAは実験車両的な意味合いが強かったことから、DCMの月額利用料金も600円で使い放題と破格の安さで提供され、コスト面からも未来のクルマを感じさせるものでした。

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奇抜なデザインと相まって、先進性を訴えるインパクトは十分だった


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WiLL CYPHAのカーナビコンソール。右上にある緑色のトークボタンで音声認識によるカーナビ操作やコンテンツ操作が可能だった


■技術の陳腐化と老朽化、そして次の世代へ
そんな未来のカーナビを実現させたG-BOOKでしたが、通信技術や端末技術、そしてテレマティクスサービスの進歩の早さは非情なものでもありました。

携帯電話の通信速度は毎年のように向上し、その通信方式も次々と進化していました。144Kbpsから1Mbpsへ、その次は14Mbps、その次は42Mbps……3G通信だけでもそのような進化があり、さらに2010年代に入ると4G通信の時代が訪れます。

G-BOOKとDCMも時代に合わせて進化させ続け、冒頭で書いたようにG-BOOK ALPHA、G-BOOK mx、G-BOOK mx Proと進化させてきたものの、やはりサービスの陳腐化は避けられませんでした。

また、そのような(今となっては)低速な通信速度で行えるサービスにも限界が訪れ、サービス自体の老朽化が進みます。スマートフォン(スマホ)の高性能化とともにユーザーニーズがリッチ化していったように、テレマティクスサービスでもユーザーからの要求は年々高くなり、G-BOOKはシステムとしてその要望に応えられなくなっていったのです。

何より、3Gサービスの終了(停波)決定が最後の一押しとなりました。KDDIおよび沖縄セルラー電話は3Gサービスを2022年3月31日に終了すると告知しています。まさにG-BOOKサービス終了の日です。

テレマティクスサービスは電波があって初めて成り立ちます。G-BOOK向けには4G対応のDCMが生産されなかったため、通信方式の終了日がサービス終了日となったのです。

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初代G-BOOKサービスは2019年3月に終了していた


そしてトヨタは2014年に、G-BOOKに代わる新たなテレマティクスサービスとして、4G通信を採用した「T-Connect」(ティーコネクト)の提供を開始しました。

T-Connectは単なる情報ポータルや通信カーナビではなく、カーセキュリティや緊急時のロードアシストサービスなど、より安全面に対応できるサービスになっています。

かつての愛車の通信サービスは2019年に終了し、現在の愛車の通信サービスもまた2022年に終わろうとしています。人とクルマと通信の関係は、20年余りの間にそれだけ大きく変革してきたのです。

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2002年から2003年にかけて全7号が発行されたG-BOOK専門誌。最終号の特集タイトルは「G-BOOKの進む道」。その道の先に、現在のテレマティクスサービスがある


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T-Connect公式サイト。右側にコネクティッドカーという言葉も見えるが、これもまたこれからのテレマティクス技術に直結するキーワードだ


■テレマティクスの未来は明るい
現在の自動車業界の最もホットな技術的トレンドと言えば自動運転車ですが、これを可能にしようとしている最も重要な技術こそがテレマティクスであることは間違いありません。

自動車がスタンドアローンで周囲を認識し、安全を確認しながら自動運転することは当然ですが、信号機との情報交換によるスムーズな運行や他車両との双方向通信による安全な車間の確保など、通信が果たす役割は非常に多岐にわたります。

そういった、自動車間および自動車とその他機器との相互通信技術を総称として「V2X」(ブイツーエックス、Vehicle to Xの略称)などと呼称します。

本連載コラムでも過去に取り上げたことがありますが、あれから2年が経ち、V2Xに必須とされる5G通信のサービス開始や、その他の自動運転技術の向上などもあり、テレマティクス技術は目覚ましい進化と発展を遂げています。

G-BOOKがテレマティクスサービスのすべての元祖というわけではありませんが、少なくとも世界トップクラスの自動車会社が世に送り出した技術としてのインパクトと、社会に与えた技術的牽引力は計り知れなかったものと考えるところです。

【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:元旦初夢はV2X!5Gが実現する交通インフラの未来とその先にある完全自動運転車を可能にする自動車向け通信技術を解説する【コラム】


筆者が子供の頃、21世紀の自動車は自動運転で空を飛んでいるんだというような漫画やSF映画が多くありました。現実の21世紀の自動車はそこまで進化しませんでしたが、しかし自動車同士で通信を行い自動運転をするまでに進歩しました。

恐らく今使われているテレマティクスサービスでさえ、10年後には陳腐化しサービス終了のお知らせがユーザーの元に届くのでしょう。その時、世界はどのような通信の世界となり、どのような自動車が街を走っているのでしょうか。

筆者がG-BOOKとWiLL CYPHAに夢見た「人と自動車と通信がともに育っていく社会」は、あまり期待を裏切らないかたちでとても品良く実現されてきたように思います。そしてこの先もまた、人々が快適で安全な暮らしのできる未来を創るテレマティクスサービスであって欲しいと願うばかりです。

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ありがとう、G-BOOK


記事執筆:秋吉 健


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