オンライン上での投げ銭文化について考えてみた!

ゴールデンウィークボケも抜けきらない5月7日、ソーシャルネットワークサービス(SNS)「Twitter」界隈が少々ざわつくニュースが飛び込んできました。Twitterに投げ銭システム(同社では「Tap Jar」と呼称)が導入されるかもしれないというものです。現在、Tap Jarは正式導入に向けて一部利用者を対象にテスト中だとのこと。

投げ銭とはその名の通り誰かが誰かに金銭を投げ渡す行為のことであり、かつては演劇の興行や大道芸人への謝礼などで行われていた行為です。数年前から動画配信サイトやイラスト投稿サイトでも金銭をコンテンツ提供者へ直接送るシステムが導入され、それらを俗称として「投げ銭」と呼ぶようになりました。

このオンライン上での投げ銭システムがTwitterに導入されるかもしれないというものですが、これまでにさまざまな動画投稿サイトやイラスト投稿サイトの現状を見てきた筆者としては「ついにここまで来たか」という複雑な心境です。

投げ銭システムはクリエイターやユーザーに何をもたらし、そこに問題はないのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はネット上の投げ銭システムのメリットやデメリットについて考察します。

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投げ銭は誠実なる贈り物……とはならないのが現実の難しさ


■隆盛を極めるオンライン投げ銭文化
はじめに投げ銭が可能な国内の有名サイトをいくつかご紹介します。大手の動画投稿サイトでは主に収録動画ではなく生配信される番組で投げ銭が行われます。

筆者が記憶するところでは「ニコニコ動画」がかなり早くから導入しており、そもそもオンライン上での「投げ銭」という言葉自体の登録商標を取得しています。なお、商標化は独占的使用が目的ではなく自由に利用可能としています。

その後、YouTubeやTwitchといったサイトでも投げ銭システムは次々と実装され、現在では「推し」やお気に入り番組への応援を目的として広く利用されています。

なお、日本国内におけるオンライン上での投げ銭システムはマネーロンダリングとして法に抵触する恐れがあることから、サイト運営会社が提供するポイントなどを一度購入(換金)した上で利用することが一般的です。

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ニコニコ動画の場合、投げ銭で用いられるポイントは「ギフト」と呼ばれる


動画サイト以外ではイラスト投稿サイトのようなクリエイター支援サービス(パトロンサービス)での投げ銭システムが大きな市場となっています。

日本国内では「Enty」や「FANBOX」、「Fantia」、「Ci-en」などが有名ですが、その草分けとなったものとして、海外で流行っていた「Patreon」などがあります。

クリエイター支援サービスの場合、1回ごとの投稿やコンテンツに対して投げ銭が行われるだけではなく、月額制などのサブスクリプション型による課金が主流です。かく言う筆者もこれらのサービスで支援しているクリエイターが数人居ますが、いずれも月額300円~500円程度の少額です。

動画投稿サイトでの投げ銭システムの場合、その課金額は任意であり課金額に応じて対価が得られる保証もありませんが、クリエイター支援サービスの場合、課金額に応じた特典やサービスをクリエイター自身が設定している場合が多く、支援者側も明確な目的があって支援している点が大きな違いと言えます。

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「FANBOX」は画像投稿サイト「pixiv」と運営が同じであることからイラストレーターなどに人気が高い


こういった投げ銭やクリエイター支援サービスが隆盛を極めている背景には、これまで単なる趣味として無料で公開していたイラストや動画などが、対価を得るにふさわしい価値があると人々に認めてもらえるようになったからです。

もちろん、これまでも同人活動による作品が販売され、それを購入することはありましたが、作品ではなくクリエイター自身を応援するという目的での課金は、2010年代以降の大きな変化だと言えます。

これによって、一般人による動画配信やイラスト製作は趣味から副業あるいは本業へと変化していったのです。

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企業系の人気YouTuberやVTuberともなると、投げ銭だけで月に数十万~数百万もの収益がある場合も


■投げ銭文化が生み出した闇
投げ銭文化の隆盛だけを見れば、クリエイターが直接支援者からお金を得られる理想的な収益システムのようにも感じられますが、現実はそれほど甘くはありません。見過ごせないほどのデメリットや問題点が様々に浮かび上がってきます。

最も懸念されるのは、ストーカー行為や嫌がらせに発展する可能性がある点です。

これはアイドルのライブ活動やホストクラブなどでも起こり得る問題ですが、投げ銭はイラストや動画といった「作品」ではなく、それを生み出す「クリエイター本人」への支援という意味合いが非常に色濃いため、支援者側は課金額に応じた対価を求めがちです。

前述したようにクリエイター支援サービスなどでのサブスクリプション型課金であれば、支援額に応じた対価をクリエイター側が設定しているために支援者側も線引が容易で大きな問題に発展することは稀ですが、投げ銭の場合「1万円も投げ銭したのだからコメントくらいくれるはずだ」、「毎日投げ銭しているのだから覚えてくれているはず」と、約束もされていない対価を期待してしまう人がいるのです。

それだけであればまだ良いですが、その「約束されていない期待」が反故にされた場合、「コメントもくれないなんて酷い!」、「名前すら覚えてくれないなんて!」と勝手な思い込みから激昂し、ファンからアンチユーザーへと変貌してしまうケースがあります。

こういったトラブルからストーカー化したり執拗な嫌がらせに発展する場合もあり、中には動画配信者としての活動を休止せざるを得なくなった事例もあります。

クリエイターとユーザーの距離が近い分、その距離感を履き違えたトラブルが起こることは必然でもあるのです。

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支援者は自分勝手な考えから容易に攻撃者へと変貌する


そしてクリエイター側にも、承認欲求の際限なき肥大化という、非常に厄介で解決の難しい懸念材料があります。

投げ銭文化以前にも作品に対する支持や応援の声が欲しくて行動が過激になっていくという傾向はありましたが、投げ銭はその行動を更に助長するものでした。

理由は行動が即収入になるという即時性です。作品を作り上げて評価を待つ(収益を上げる)という流れには一定の期間があり、それはクリエイター側にとっても思考をリセットしたり状況を俯瞰して考えるための良いクールダウンタイムになっていました。

しかし、投げ銭は自分の一挙手一投足がダイレクトに金銭へ変換されるため、「これ以上やったらまずいかも」という思考を挟む余地を狭めてしまいます。そのため、犯罪行為に走ったりセンシティブな配信を行ってアカウント停止に至る場合もあります。

原因はクリエイター側だけではなくユーザー側にもあり、犯罪行為を推奨したり、褒めたりおだてたりしてセンシティブな行為に至らせようとしたりするのです。

当然それらも投げ銭によって行われ、「5万円も投げ銭してもらったからやらなくちゃ」、「1万円も投げ銭したのだからこれくらいはしてもらわないと」と、お互いに問題のある思考へと流されていくのです。

これらの行為も前述のストーカー問題と表裏一体であり、投げ銭という文化やシステムがある限り永遠に解決不可能な問題でもあると考えます。それだけに、クリエイター側もユーザー側も、常に「入れ込み過ぎは危険」という認識を持っておきたいところです。

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人は安易にお金を得られると知った瞬間に、文字通り人が変わってしまうことがある


そしてもう1つ、大きな懸念が“詐欺被害”です。

例えば、冒頭でお伝えしたTwitterの場合、投げ銭システムには送金システムとして決済サービス「PayPal」などが利用されますが、その際に送金者側の情報が受領者側に開示される仕組みとなっています。

これはTwitterの仕様というよりもPayPalの送金システムの仕様であるためですが、この開示される情報には送信者の名前やメールアドレスなどが含まれます。

通常の送金であれば当然必要な情報となりますが、Twitterでは不特定多数から投げ銭を受けられる可能性が高いため、アダルト動画やなりすましなどによる詐欺アカウントが作られ、そこから個人情報を盗み出す目的で悪用される状況も想定されます。

他にも他人の作品の盗用や動画配信によって周囲に迷惑をかけるなどの状況なども十分に考えられ、「投稿=収益化」という単純さからの軽率な行動が生み出す問題は枚挙に暇がありません。

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犯罪者は私たちの心の隙を常に狙っている


■「誰かを支援する」ことの心構えが大切
では、投げ銭システムやその文化はすべて「悪」なのでしょうか。筆者はそうは思いません。

動画配信やイラスト投稿という文化がクリエイターとユーザーという境界線を取り払い、さらにそこで少額でも対価を得られる仕組みが存在するというのは、むしろ歓迎すべき流れです。

筆者のように自営業をしている人間であれば痛感するところですが、自らの力で収入を得ることや才能を収益に転化することのハードルの高さを、投げ銭は大きく下げてくれたのです。

少なくとも、サブスクリプションサービスが見直され始めた2015年前後からの各種支援サービスの動きは、クリエイティブな活動を行う人々にとっての福音となっています。

重要なのは、自分の活動にとってその対価は適正かどうかを見極めることです。単なるハプニング映像や過激な動画配信で安易に収益を得ようとする行為が正しいのか、行動に移す前に今一度考えていただきたいのです。

ユーザー側も、本当にその配信動画やクリエイター本人に投げ銭を行って良いものなのか、また自身が入れ込みすぎてはいないか、クリエイターを過激な行為へ走らせる要因とならないか、常に一歩引いて考える時間を持つべきです。

その上で、それでもそのクリエイターを応援したい、その支援がクリエイターの活動を助けられると考えるならば、それは正当な支援と言えるでしょう。

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本当に人々を喜ばせたくて誠実に活動を行っているクリエイターは数多く存在する


その昔、大道芸人や舞台役者への応援やご祝儀を目的として投げ銭は生まれました。おひねり、などとも呼ばれます。今でもそのようにして日銭を稼ぐストリートパフォーマーはいます。

それらがいつでもどこからでもオンライン上で行えるようになった今、投げ銭が持つメリットを、オンラインであるからこそ生まれるデメリットが上回ってしまっている気がしてなりません。

努力する人を応援したい、素晴らしい作品に対価を支払いたい。良い作品を創って人々に認めてもらいたい。そういった純粋な想いだけでは成立しないのがオンライン文化の難しいところです。

動画配信サイトなどで投げ銭システムを利用する場合は、くれぐれも上記のようなデメリットが存在するという心構えを忘れずにいたいものです。

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投げ銭が互助文化として活きる世界であってほしい


記事執筆:秋吉 健


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