今年の通信業界で最大の話題となった「端末代金と通信料金の完全分離化」についてまとめてみた!

2019年も後数日で終わる年の瀬、みなさまいかがお過ごしでしょうか。筆者は大掃除もせず毎日ぐうたらしています。本コラムも今回が2019年最後となりました。

有り難いことに連載は100回を超え、いつの間にやら2周年も迎えていましたが、コラムのバックナンバーを振り返るだけでも、今年の通信業界が如何に激動であったのかをまざまざと知ることができます(ぜひこちらからバックナンバーをご閲読下さい)。

さて、つたない宣伝はこの程度にして。昨年同様、コラムテーマから今年を振り返ってみたいと思います。5G、V2X、MaaS、スマートシティ&スマートホーム、AI、IoT、ロボット技術、IT&ICT教育、コンテンツ&サービス、セキュリティー、素材工学、量子コンピューターなどなど。我ながら多岐に渡り過ぎていて呆れてしまいますが、ひたすら記事執筆のために取材と勉強を続けていた1年間だったようにも思います。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回は数あるコラムテーマの中から今年を象徴するキーワードとして「端末代金と通信料金の完全分離化」を取り上げまとめるとともに、来たる2020年への展望や願望を書き連ねてみたいと思います。

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2019年の通信業界はどう動いたのか


■総務省に振り回された通信料金問題
たった1つ選ぶべき2019年の通信業界最大の話題と言えば、やはり前述の通り「端末代金と通信料金の完全分離化」でしょう。

本コラムでも関連する話題を度々取り上げましたが、総務省による提言や法改正、各移動体通信事業者(MNO)の施策のみならず、その決算や仮想移動体通信事業者(MVNO)関連の話題、さらには中国メーカーの台頭などでも、この問題が大きく関わってきていました。

【過去記事】 秋吉 健のArcaic Singularity:総務省と通信業界の仁義なき戦い?大手通信キャリアへの総務省の提言から業界に横たわる問題点と消費者のメリット・デメリットを考える【コラム】

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書き出すだけでもこの数です。いくら年に50回以上書いているコラムだとしても書きすぎだろうと思われそうですが、それだけ通信業界の動向のありとあらゆる問題に「通信料金と端末代金の完全分離化」が影を落としていたという証拠です。

MNOは料金の完全分離と通信料金の純粋な低廉化を総務省に要求され、そこで生まれた収益減少をどこで埋めるのか、という問題の解決に躍起になりました。その結果、これまでも進めていた自社経済圏(エコシステム)のさらなる強化とユーザーの囲い込みの強化に奔走したのです。

ユーザーの囲い込みの強化に走った要因としては、もう1つ、端末販売での「縛り」の事実上の禁止があります。これまで分割支払によって販売していた端末には代金回収の保証としての違約金制度がありましたが、その違約金の上限を1,000円とされたことで割賦販売に対する保証が弱くなり、収益の柱として重点を置き続けるのが難しくなってきたのです。

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Y!mobileや楽天モバイルのように「違約金にユーザーへの拘束力がなくなったのだから、いっそのこと違約金を撤廃してユーザーメリットとしてアピールしよう」というキャリアも現れ始めている


自社経済圏の強化は、当然その企業のみで完結する話ではありません。他業界や経済そのものを大きく巻き込み、日本の産業の分断化と大規模化を促進するほどの規模となりました。

NTTドコモのbeyond宣言を核とした企業連携戦略、KDDIのau経済圏構想とau WALLETポイントのPontaポイントへの統合、そしてソフトバンクグループとしてのヤフーとLINEの経営統合。

いずれも一見、通信料金と端末代金の完全分離とは縁のない話のようにも思われますが、その動きの引き金となった要因の1つであったことは間違いありません。

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企業は利益を追求しなくてはいけない。利益の柱が折れるのをただ指を咥えて見ているだけの企業は競争に負け、他社に潰されていく。経済圏拡大はサバイバルの結果だ


■強い逆風に晒されるMVNOと端末メーカー
MNOの通信料金の低廉化は、MVNOへの厳しい逆風ともなりました。これまでは「料金は高めだが大容量プランと安心のサービスが売りのMNO」と、「料金は安いが低容量で基本的に自己責任のMVNO」という棲み分けによって通信業界と通信プランはバリエーションを広げてきました。

しかしMNOが条件付きとは言え低容量・低料金のプランを用意してきたことで、MVNOは窮地に立たされます。仮に同じ容量・同じ価格を実現された場合、通信品質(通信安定性)で太刀打ちできないからです。

そのため、MVNO各社には様々な動きがありました。mineoはユーザーファーストの自社方針をさらに固めてコミュニティの強化とサポート体制の充実を掲げ、OCNモバイルONEはさらなる低料金プランと通信速度低下を抑制する仕組みの導入によって薄利多売の道を模索しています。

既に大きな自社経済圏を持つ楽天モバイルのように、自らMNOとなることで攻勢的に大手MNOへ対抗していこうという企業も生まれました。

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回線増強の難しいMVNOにとって、高品質と低価格を両立させはじめたMNOは大きな脅威だ


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楽天にとって通信回線は自社経済圏を動かすための「エンジン」だ


同じように、厳しい逆風の中で戦わざるを得なくなったのはスマートフォン(スマホ)メーカーです。

端末代金は通信料金と分離されただけではなく、その割引額にまで総務省が「待った」をかけたからです。ただでさえ通信料金を原資とした値引きができなくなり実売価格の上昇が懸念される中、その割引上限も2万円までと制限されてしまったのです。

これは業界全体としても、私たち消費者としても非常に痛いところです。例えばこれまでであれば、単体価格で10万円を超えるような端末でも長期契約などの条件次第で半額以下で購入できることすらあったものが、一気に数万円も実売価格が高騰することになったからです。

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この先、AppleのiPhoneシリーズは高嶺の花になるかも知れない


当然ながらMNOがそれを黙って見ているわけもなく、一定期間利用したのちに下取りや買取という形で端末を回収することを前提にした割引販売を次々に打ち出し、価格の高騰をできる限り抑えようという流れはあります。

しかし、その施策はすべての端末に適用されるものではなく、また「人気のない機種は買取価格が下がる」という前提があるため、人気のない機種は値引き幅が小さくなり(≒販売価格が上昇)ますます売れなくなる、という負のスパイラルに陥りかねません。

また、こういった買取施策はユーザーの囲い込みにも繋がりかねず、ここでもまた総務省との大きな摩擦を生むこととなります。

ユーザーによる通信会社の選択を流動化させるという大義(目的)で始められたはずの端末価格と通信料金の完全分離化ですが、その道程はまだまだ長いと言わざるを得ません。

さらに、こういった販売システムの複雑化はユーザーの混乱も招きかねません。シンプルな販売方式や料金施策を目指していたはずの総務省の施策が、ますます料金体系の複雑化を生み出してしまったことは皮肉です。

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端末回収を前提としたSoftbankの「トクするサポート」だが、月額利用料がかかる点や端末買い替えが必須である点を総務省から指摘され、2020年3月には月額利用料がかからず端末買い替えを強制しない「トクするサポート+」の提供が決定されている


もう1つの弊害として、端末の開発技術の低下の懸念があります。端末メーカー各社は端末価格の上昇による消費者の買い控え(買い替え抑え)を恐れ、総務省が定める2万円以下の値引きの範囲内でも手頃な価格となる端末づくりに傾倒し始めています。

ただでさえ中国メーカーをはじめとした海外製の「安価で高性能な端末」に席巻されつつある国内のスマホ市場において、「高価だが高性能」を売りとした端末が売れなくなれば、製造コストで対抗できない国内メーカーは同じ価格を実現するために性能や機能を落とさざるを得ません。

かつて中国製品を「安かろう悪かろう」と揶揄していた日本製品が、まさに今「安かろう悪かろう」になろうとしているのです。しかも、そういった製品ばかりに傾倒すれば最新技術への研究開発費は削られ、ますます性能は陳腐化していきます。

技術開発に経費を出せなくなったテクノロジー企業に未来はありません。もちろん、MNOの庇護なしには同じ土俵で戦えないような製品を作っている時点で既に負けていたという見方はありますが、だからといって国内メーカーの撃沈していく様子を淡々と見られるほどには冷徹になれません。

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中国企業の圧倒的な高コストパフォーマンス戦略に日本企業はどう対抗していくのか


■5G普及にも「待った」をかけかねない完全分離施策
そしてこれからの時代で最重要となる「5G」についても、端末代金と通信料金の完全分離化は大きな影響を与えます。

3Gや4Gのスタートの際を思い出してください。当時、対応端末が非常に高価でした。それでも当時はMNOによる割引施策によって十分に買い求めやすい価格まで下げられ、普及を大きく後押ししました。5Gではどうでしょうか。

一番実現しそうでもあり、そして実現して欲しくない未来はこうです。

2020年春、MNO各社による5Gサービスは順調にスタートしたものの高額な5G対応端末は売れず、売れるのは安価な4G端末ばかり。中古市場もかつての高性能4Gスマホが安価に購入できると市場を拡大させ、ますます5G端末は売れなくなり、5Gの普及は大ブレーキ。結果、世界の通信市場から大きく出遅れることとなった。

前述のように端末の回収を前提とした割引施策などもあるため、ここまで酷い状況にはならないと思いますが、総務省による提言や指導がなければ、消費者は様々な購入条件を付けられつつも、現在より安く5Gスマホを手に入れられていた可能性はあります。

他人の料金を原資に偉そうな、と思われる方もいるでしょう。しかし、1億総携帯電話時代となって久しく、現在は1億8000万契約もある携帯電話市場において、その契約者のほとんどが誰かの原資によって恩恵を受けてきたのです。

例えるなら保険や共済のようなものです。自分が料金を支払い続けていたおかげで、いざ自分が端末を購入するという段階では驚くほど安く購入できていたのです。仮にこのような仕組みが消費者に不利であれば見直す必要がありますが、現在の見直し施策はいずれも裏目に出ているような気がしてなりません。

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他人の原資を期待してはいけなくなった以上、自分の端末を売ることで原資を作るしかなくなった


■「お金が回らない市場」になりつつある通信業界
これだけの状況が、2019年には立て続けに起きたのです。これを激動と呼ばずしてなんと呼ぶべきでしょうか。

これまでの商習慣に問題がなかったとは思いません。通信端末の0円ばら撒きやMNPすればするほど消費者が儲かる逆鞘問題、行き過ぎた購入条件の付与による優良誤認問題や契約詐欺など、これまでに通信業界で起きた問題は少なくありません。

しかし、だからといって現在総務省が推し進めるやり方が全て問題がないとも思えません。そもそも、総務省が第一に目指していたのは消費者の流動化です。消費者が自由に商品やサービスを選択し、健全に契約できる環境を作ることが目的であったのに、結局その施策が生み出したのはMNOによるユーザーのさらなる囲い込みと消費(買い替え需要)の低迷、さらには端末メーカーやMVNOへの逆風でした。

過去30年近くにわたる不景気でも、日本の通信業界は成長を止めませんでした。それは端末を次々に安く買い換えられる独自の経済システムを作り出し、独特な商習慣のもとに消費サイクルを回し続けてきたからに他なりません。市場でお金が回らなくなることが何よりの不況だと知っているからです。

そして今、通信業界は「お金が回らない市場」になりつつあります。個人は個人の範囲でしかお金を回せず、MNOは通信以外の分野で収益の柱を立てようとしています。少なくとも、これ以上通信や端末販売のみで収益を上げ続けることはできなくなったのです。

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通信単体では頭打ちとなった収益力を、経済圏の拡大と強化によって成長させていくのがMNO各社の戦略だ


現在筆者の手元にある資料や数字は、2020年の通信業界の行く先を照らすにはあまりにもか弱い光といった様相です。少なくとも、消費者はどこかしらの経済圏の中で、個人情報を各企業に売りながら金銭的な恩恵を受ける時代となるでしょう。

筆者のように、SIMロックフリーのスマホを片手に必要最小限のコストで通信各社を渡り歩くという手もあります。しかしそれには多くの知識が必要であり、何より「全てが自己責任」という大きなリスクが伴います。

言うなれば、無保険で社会を生き抜くようなものです。多少不自由で高くとも保険や保証のある生活と、自由で安上がりだが無保険の生活。みなさんはどちらを好み、選ぶでしょうか。

2020年は、そんな選択を迫られる年になるかもしれません。

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通信とは。契約とは。……自由とは


記事執筆:秋吉 健


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