テクノロジーの視点からクルマの未来と問題点を考えてみた!

米国の民間宇宙開発ベンチャー、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(以下、スペースX)は日本時間7日未明、自動車メーカー・テスラのスポーツカー「ロードスター」を宇宙へ打ち上げました。

……これだけを書くとまるでどこかの出来の悪いフェイクニュースのようですが、笑うなかれ事実なのです。スペースXとテスラの創設者であるイーロン・マスク氏の突拍子もない発想やその大胆さ、そして実行力は常にIT業界やテクノロジーの分野で驚きを与えてくれますが、今回は自社のロケット開発力の高さをアピールするため、同じく自社の電気自動車(EV)を実験台として使用したのです。

本来であればここでロケットの技術解説などを延々と書き綴るべきなのでしょうが、今回は残念ながらロケットではなく自動車のお話です。世界の自動車業界が一気にEVやハイブリッド自動車(HV)へと舵を切り始めたきっかけを作ったのもテスラであり、誰もが最初はイーロン・マスク氏の大言壮語だとばかり思っていたものが圧倒的な行動力と実行力によって次々と実現させていったことが大きな要因となったのは間違いないでしょう。

感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する「Arcaic Singularity」。今回はそんな次世代自動車の未来と現実を考えてみたいと思います。

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宇宙に浮かぶ地球とロードスター。まるでCGのようだが現実の画像だ


■新技術は常に新たな問題との戦いである
以前本媒体にて、ソフトバンクが12月に都内にて自動運転バスの公開試乗会を開催したことをお伝えしましたが、この時用いられたNAVYA(ナビヤ)製の自動運転車両「NAVYA ARMA(ナビヤ・アルマ)」もEVの1つです。自動車業界は現在大変革期に入っており、自動運転化とEV化の流れが同時進行で到来しています。

そもそも、自動運転車とEVは自動車業界の長年の夢でもありました。有限資源である石油を効率的に利用するにはどうすればよいのか。人による自動車事故を減らし渋滞を緩和する技術はないのか。自動車業界はエンジンの改良やハイブリッド化、オートクルーズ機能や自動ブレーキシステムの開発など、様々なアプローチでノウハウと技術を積み重ねてきましたが、その集大成的な自動運転EVの躍進が全くの門外漢であるはずのIT業界出身者によって切り開かれたというあたりにもまた、新しい時代の流れを感じさせます。

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テスラ「MODEL S」の公式動画より


しかし、未来への革新に溢れたこれらの技術が内包しているものは輝かしい側面ばかりではありません。むしろ解決しなければいけない問題が山積しているのです。

自動運転技術での大きな問題は責任の所在です。自動運転にはいくつかの段階があり、自動ブレーキシステムなどはレベル1、車間距離を保ち走行車線を認識して運転補助を行う高度なクルーズコントロール技術などはレベル2といったクラス分けがなされていますが、その行き着く先は当然ながら人が運転を全く行わない高度自動運転「レベル4」や完全自動運転と言われる「レベル5」です。

この「人が介在しない自動運転」で事故が起こった場合、その責任の所在はどこにあるのでしょうか。日本では現在国交省主導による「自動運転における損害賠償責任に関する研究会」が毎年数回行われており、今年も1月26日に開催されています。現在のところその責任は自動車メーカーにあるとされ、自賠責保険などは自動車の保有者が負担するという方向で話が詰められていますが、機器の故障やハッキングによる事故の責任はどこが負担するのか、システムの欠陥などによる自損事故は自動車損害賠償保障法の保護対象とするのかなど、まだまだ議論は続いています。

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2017年6月に事故を起こしたMODEL S。当初「自動運転車が事故を起こした」と報道されたこの自動車の自動運転システムはレベル2相当であり、いわゆるオートクルーズ機能の域を出ていなかったため責任の所在を掴むのは簡単だった(責任は運転者にある)。PHOTOGRAPH COURTESY OF NTSBCC BY-NC-SA 2.0


■エネルギー問題を解決するはずの技術が新たなエネルギー問題を生み出す
EVの大きな問題点はエネルギー源です。……あれ?EVって内燃機関のエネルギー問題を解決する方法だったのでは?と思う人もいるかもしれませんが、実は内燃機関よりも厄介な問題が残っているのです。

EV自体のエネルギー効率は非常に高く、低速域でのトルクもあるため街乗りに最適で、そのメリットを活かしガソリンエンジンのメリットと共有させたHVが日本では先行して一気に普及しました。当初懸案とされていたバッテリーの容量や充電時間の問題も技術革新によって解決の目処が付き始め、もはや解決すべき問題点など些細なものしか残っていないようにも思えますが、実は最も重要な「どこから電気を得るのか」という問題が放置されたままなのです。

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東芝が2017年10月に発表した次世代二次電池SCiB。全固体電池の研究が進む中、従来のリチウムイオン電池の負極材を変更することで超高速充電と大容量化を実現した。2019年度の製品化を目指す(画像はプレスリリースより引用)


EVの動力源である電気は当然外部からバッテリーへ充電して利用します。では、その電力はどこから手に入れるのか。元を辿れば発電所になるわけですが、日本に限らず現在の世界の電力需要は常に逼迫した状態であり、仮に世界中を走っている自動車の半数程度がEV化したとしてもその電力需要をまかないきれるだけの余力などどこにもありません。日本で言えば、現在停止させている原発を数基再稼働させたとしても全く足りない状態です。

内燃機関(≒ガソリンエンジン)というのはエネルギー効率こそあまり良くありませんが、エネルギーを生み出す場所が個々の機器(自動車)内であるためにインフラとしての整備が容易である点が大きなメリットなのです。極端な話、何の設備もなくともガソリンさえあればどこででも始動できるのです。

そのため日本ではEVだけではなく水素自動車の研究や外部充電のみに頼らないHV、PHV(プラグインハイブリッド)などの研究も盛んです。完全にガソリン車をやめるのではなく、メリットやデメリットを正しく認識した上で環境負荷の低い方法を選んでいこうということです。全ての自動車をEVにしたものの、バッテリーの製造で環境汚染が進み原発の再稼働や新規製造で未来へのリスク負担を増やすといったことになっては本末転倒だからです。

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日本の電力供給量割合。2011年の東日本大震災以降原子力や利用は一気に減ったが、このままEVが普及し電力需要の逼迫から原子力や石油の利用が再び増加するような事態となっては何の意味もなくなってしまう(経済産業省エネルギー庁「エネルギー白書2017」より引用)


■それでもEVと自動運転技術は未来へ歩み続ける
人間の歴史を紐解けば、それは技術革新と問題解決のせめぎ合いの歴史でもあります。産業革命で人は機械を動かす力を手に入れ同時に公害を生み出しました。飛行機の発明は地球を小さくしましたが同時に戦争の規模を拡大させました。原子力エネルギーに夢を描いたジュリアス・ロバート・オッペンハイマーは自らが作り出した原子爆弾に苦悩し続ける生涯でした。

しかし、それらの問題に人々はただ手をこまねいていたわけではありません。公害対策や公害を起こさない代替エネルギーの開発に尽力し、航空技術は戦争の道具から人々の一般的な交通手段へとコモディティ化され、原子力エネルギーはその利用を厳重かつ慎重に管理すべき対象として現在も議論を続けています。

完全自動運転で走るEVが世界に登場するのも、もはや時間の問題です。日本の通信キャリアも超高速次世代通信技術(5G)やIoT技術をこの自動運転EVに活かそうと様々な研究を続けています。自動運転車同士だけではなく、自動車が関わる事故全体を減少させる夢の技術となるかもしれないV2X(Vehicle to X)技術などはその端的な例でしょう。

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「クルマ向け5G」とも呼ばれるV2X技術。人や自動車が相互に通信し合うことで渋滞や事故を抑制する


自動車好きの筆者個人としても、自動運転EVの未来はとても興味深い分野です。自分で運転できないクルマなんて面白くない、吹き上がるエンジン音を楽しめないクルマなんてつまらない……とオジサン臭いことを考えつつも、しかしAIとIoT技術によって完全制御され快適に走るクルマが登場するならそれも見てみたいと、年甲斐もなくワクワクするのです。

テスラが打ち上げたロードスターは、今後地球の太陽周回軌道を離れ火星軌道へと旅立っていくそうです。頭のおかしな金持ちのとんでもない道楽だと笑い飛ばすのも良いかもしれませんが、そのとんでもない道楽を実現させるために最先端技術を惜しみなく投入し技術革新を促した社会貢献度は計り知れないだろうとも感じるのです。

そしてまた、その道楽の先にある未来はまだ誰にも分からないのです。問題点は山積しているかもしれませんが、その解決に向けて人々が一気に動き始めていることだけは分かります。その人々の熱意とチャレンジを肌で感じるほど間近で見られることに、大きな喜びを感じざるを得ません。


LIVE: Starman Driving in Space after Successful Heavy Falcon Launch SpaceX Real-time Updates
(宇宙へ打ち上げられたテスラ・ロードスターのライブ映像)

動画リンク:https://youtu.be/y3niFzo5VLI

記事執筆:秋吉 健


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