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iモードの歴史とiモードが残した成功体験について考えてみた! |
NTTドコモは7日、ひっそりと1つのプレスリリースを公開しました。既報通り、2021年11月30日をもって「iモード公式サイト」の提供を終了するという内容です。「iモード」自体は2026年3月31日に終了となりますが、それに先立ち「店じまい」の支度としての公式サイト終了ということになります(2026年3月31日までは各企業のiモードサイトなどは利用可能)。
わずか250文字足らずのプレスリリースですが、この業界に携わる者や筆者のように業界を見つめる者以外の人々であっても、感慨深く想う人は多いのではないでしょうか。日本のみならず、世界に名を轟かせたiモード。その登場と設計思想は多くのオンラインサービスやエコシステムに多大な影響を与えました。
iモードは何を創り、何を残したのでしょうか。感性の原点からテクノロジーの特異点を俯瞰する連載コラム「Arcaic Singularity」。今回はiモードの歴史を振り返り、iモードが教えてくれたエコシステムやサービスの在り方について考えます。
■「簡単さ」が人々に受け入れられたiモード
すでに終わってしまったサービスであるかのように語ってしまうのも申し訳ないとは思っていますが、しかし現在iモードサービスを頻繁に利用している人はほとんどいないでしょう。
総務省が公開してる令和元年版情報通信白書および令和元年通信利用動向調査の報告書によれば、国民全体におけるモバイル端末の保有状況は2018年に84%に達しており、うちスマートフォンが64.7%、携帯電話(フィーチャーフォン)・PHSなどが26.3%となっています。
この26.3%の中でも移動体通信事業者(MNO)および仮想移動体通信事業者(MVNO)でユーザーが分かれ、さらにNTTドコモではiモード対応端末の販売を2016年に終了し(厳密には「らくらくホン F-02J」が2017年頃まで販売)、2019年9月にはiモードサービスの新規契約も終了しているため、現在iモードを利用している人(利用できる環境にある人)は本当に極少数だと思われます。

携帯電話利用者の割合は急速に低下しており、ごく一部の高齢者と法人需要程度になりつつある
このように風前の灯となったiモードサービスですが、最盛期には約5000万人が契約し、毎日利用している生活インフラとして機能していました。iモードがここまで人々に受け入れられたのには、1つの大きな理由があります。それは「簡単だったこと」です。
それまでのオンラインサービス(オンライン接続)というのは、ある程度PC関連の知識やUIに関する作法を知っている必要がありました。オンライン接続のための設定を行い、アプリやブラウザの各種設定を端末の仕様に合わせて調整するなどの一手間程度でしたが、一般人にとってはそれすらも面倒かつ「よく分からないこと」そのものでした。
しかしiモードは何の設定の必要もなく、「i」アイコンのボタンを1回押すだけでポータルサイトへ接続されます。インターネットの仕組みや接続の仕方などを知らない一般人にとって、何も考えずにつながるということは何よりも重要だったのです。
例えば、その真逆であるのがパソコン(PC)です。さまざまな知識と手順を学ばなければインターネットにつなげることすら難しいパソコン(PC)は、未だに日本のコンシューマ市場では不人気です。Windows 98のブームから20余年、PCからインターネットへつなぐ手順は大きく簡略化されましたが、それでも人々は100個近くあるキーと分かりづらい設定画面を駆使して利用するPCを忌避し続けます。
「1つのボタンを押すだけ」という簡単さに、すべての高度な技術が負けたのです。
■App Storeはiモードの模倣だった
iモードの登場によって日本の携帯電話技術とインターネット文化は花開きましたが、それは「閉じた世界」でもありました。
そもそも、iモードは技術進化の踊り場に生まれた「苦肉の策」でもありました。当時の携帯電話の通信速度は遅く、さらに処理性能やRAM容量なども不足していたため、PC向けのサイトを表示するには負荷が重すぎました。
そこでNTTドコモはウェブサイトの記述言語であるHTMLをコンパクトに簡略化した「cHTML(コンパクトHTML)」を採用したケータイサイトのネットワークを構築することを起案しました。それがiモードです。
この「簡単だが閉じた世界」に特化した端末とネットワークの進化は、次第に日本の携帯電話市場を「ガラパゴス化」していきます。これが、日本の携帯電話が「ガラパゴスケータイ(ガラケー)」と呼ばれる所以となります。
しかし、そこへ突然「黒船」がやってきます。iPhoneです。
海外で初代iPhoneが発表された当初、日本人のほとんどが見向きもしませんでした。かく言う筆者も「Appleが物理キーのほとんどない変なスマートフォンを出したらしいぞ」と小耳に挟む程度で、ガジェットギークとしては興味があったものの、実際にそれ(iPhone 3G)を触るまでは「iPhoneの成功を確信する要因」に気がつくことはありませんでした。
iPhoneの成功を確信する要因とは、物理キーのないタッチパネルデザインなど、物理的な機能ではありません。ざっくりと言ってしまえば「ガラケーおよびiモードのビジネスモデルの模倣」だったことです。
iPhoneには、専用のアプリマーケット「App Store」がありましたが、これこそがiモードの模倣でした。1タップで簡単に閉じた世界へアクセスし、そこで自由にアプリをダウンロードして機能や楽しみ方を次々に拡張していく。その簡単さと高い拡張性のギャップに圧倒されたのです。
iPhoneが日本で発売された当時、当時AppleのCEOであった故・スティーブ・ジョブズ氏自身が、「App Storeは日本のiモードを徹底的に研究し模倣した」という旨の発言をしていたのを覚えています。
物理的な端末とOSとサービスをすべて自社で管理し、そこに最適化させたエコシステムを構築する。それはユーザーが増えなければ大失敗へとつながる非常に危険な賭けでもありますが、NTTドコモはそれを日本で成功させ、Appleは世界で成功させたのです。
振り返ってみれば、iモードの生みの親とされる夏野剛氏もスティーブ・ジョブズ氏も、時にその発言が問題になるほど破天荒な性格の持ち主であり、冒険家気質の強い人物です。
技術者や経営者の視点で製品やサービスを語ったり、ギーク的発想で「多機能で色々設定できるほうが面白いかも」と考えるのではなく、一般消費者の視点で「簡単じゃなかったら誰も使わないだろ」と一蹴するような逆転の発想こそが成功を生んだのです。
夏野氏は2009年に行われた携帯電話関連の研究会の場でiPhoneの話題に触れ、「iPhoneは凄いよ。とにかく凄い。もうガラケーなんてゴミだよゴミ。iモード?もうダメでしょ」と、自らが生み出したサービスすらもバッサリと斬り捨てていたのを今でも覚えています。
iモードを模倣したと公言するApp Storeを批判するどころか大絶賛する屈託の無さと着眼点に、同氏やジョブズ氏に流れる冒険家(チャレンジャー)としての資質を垣間見た気がします。
■iモードが教えてくれたこと
その後、GoogleがiPhoneとそのエコシステム(App Store)を模倣したAndroidスマホおよびGoogle Playを創り、iPhoneのシェアを奪って世界最大の携帯電話向けOSのシェアを獲得するに至ります。
Googleの場合、端末とOS(およびサービス)を完全に自社管理する手法は取らず、端末は自由に生産して良いという方式を選択したことが勝因となりました。このあたりはNTTドコモと携帯電話メーカーとの関係に似ています。
世界中でApp StoreやGoogle Playのエコシステムが機能しているため、それが閉じた世界であることを忘れてしまいがちですが、例えば最近話題となった、App StoreおよびGoogle PlayからのEpic Gamesのゲーム「フォートナイト」のリジェクト問題や、それに関連した騒動および訴訟問題などは、これらのエコシステムが一企業による支配的な管理体制のもとで動いているということを再認識させる良い事例となりました。
【過去記事】秋吉 健のArcaic Singularity:フォートナイトがApp StoreやGoogle Playから突然の削除!背景にある理由をプラットフォームガイドラインから考える【コラム】
フィーチャーフォンからスマートフォンへと端末が代わり、iモードの時代が終焉し、端末もOSもオンラインサービス(アプリ)もすべて自社の管理外となってしまった今、NTTドコモはポイントサービスや電子決済サービスを中心とした巨大経済圏によって人々を取り込もうと必死です。そしてこれはNTTドコモに限りません。KDDIもソフトバンクも同じ道を模索しています。
iモードが創り上げた「端末とエコシステムによってユーザーを囲い込む」というビジネスモデルは、形を変えて今も私たちを縛り続けています。それはデメリットもある一方、誰もが指先のタップ数回で簡単に高品質サービスを受けられるという多大なメリットを与えてくれています。
iモードは「サービスとは簡単であるべきである」という真理を、企業にも消費者にも教えてくれました。その真理は恐らくこれからも、様々な業界と市場で活かされていくことになるでしょう。
記事執筆:秋吉 健
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